翌日、は爽快な目覚めを迎えた。
悩み事もなくなり昨日の夕食の席で明日は遊ぼう!とグリフィンドールの皆とも約束したのだ。
今日は休日。楽しい事になりそうだとは期待に胸を膨らませた。
「起きているかね」
「あ、スネイプ先生。おはようございまーす」
「語尾を延ばすな」
「はーい」
「………」
ムッとした顔をするスネイプにはニッコリ微笑んだ。
昨日、夕食の後で朝食を一緒に取ると言う約束をしたのだ。
昨日の一件での中にはスネイプに対する特別な感情が生まれたが、はとりあえずそれを無かった事にする事にした。
二度と会えなくなるのかもしれないのだ。そんな思いは辛い。それよりは今一緒にいることを楽しみたかった。
「今日の予定は?」
「フレジョと遊びます」
「……誰だそれは」
「フレッドとジョージ。面倒だしフレジョ」
「……そうか」
名前さえロクに呼んでもらえないとはとスネイプは少しばかり双子に同情した。しかし今はそんな事はどうでもいい。
「あの2人と遊ぶと本当に冒険になるぞ」
「それは昨日覚悟しました。フレジョったら凄く私に気を使ってて気の毒なぐらい」
「自業自得だ」
「あ、凄い先生っぽい台詞」
ケラケラと笑うをスネイプは微笑んでみていた。
どうせ止めても無駄なのだから好きにさせてやろうと思う。そして自分が意外と寛大である事にスネイプは苦笑した。
「怪我だけはしないように」
「はい、痛いのはやなので気をつけます」
朝食を終えると2人並んで廊下を歩く。相当好奇の目で見られたがあんまりは気にならなかった。スネイプが微笑みかけてくれるのが凄く嬉しい。
中庭に差し掛かるとを見つけたフレッドとジョージ、そして何故かルーピンが寄って来た。
「やぁ、」
「「おはようございます姫♪」」
「おはようございますルーピン先生、それにフレッドとジョージもおはよ」
ニッコリと3人に微笑みかけるにスネイプはさっきまでの寛大さはどこへやら、こめかみをヒクつかせた。
そんなスネイプの神経を逆なでするようにルーピンが言う。
「、朝からセブルスと朝食かい?ちゃんと食べられたかい?」
「姫、ストレスを感じながらお食事すると消化不良になりますぞ!」
「あぁ、おいたわしや姫」
「……減点して構わないかね」
「あー…私が見て無い時にお願いします」
どうせ駄目だと言っても授業か何かでしっかり減点はするだろうと思ってはそう答えた。
あぁ、そんな!と双子が大袈裟に嘆くのに笑う。
「それで、何して遊ぶの?私皆がどんな事して遊ぶのかしら……な、い…」
ヒュォォォォォォォ………
中庭の中央に突然真っ黒な穴が現れた。周りの空気を吸い込んでいる。
「どうかしたの?」
「え?」
ルーピンに怪訝そうに尋ねられては驚いて振り返った。スネイプもフレッドとジョージも不思議そうにしている。
(皆に…見えてない?)
黒い穴の傍を生徒が何事も無いように通っていく。
(あぁ……)
はそれが何を意味しているのかに気がついた。
(もう…なんだ……ちょっとだけ、早いよ)
帰りたかった自分の世界だけど何だか今はお迎えが恨めしく思ってしまう。もう少しだけでいいからここに居たかった。
「フレッド、ジョージ…ゴメンね」
は両手をパンと打ち合わせると頭を下げた。突然の事に目を丸くする面々に笑いかける。
「遊ぶ約束、守れなくなっちゃった」
「え?」
「それって……」
「…まさか!」
ルーピンがハッと息を飲む。がチラリと視線を送るとスネイプは物凄い難しい顔をしていた。
(もうちょっとリアクション取ろうよこの人は…)
でもそれもスネイプらしくて何だか笑える。は困ったような顔で笑った。
「帰る時間みたい」
「そりゃ無いぜ姫!」
「俺たちまだ姫と何にも…!」
昨日、泣かせたお詫びを何にもしていないと双子が大慌てで言い募る。はニコリと微笑むと首を振った。
「もう十分。凄く楽しかったよ。あ、でも言っとくけど私、フレジョより年上なんで宜しく」
「「……えぇぇぇぇっ!?」」
どうみても年下にしか見えないにフレッドとジョージが絶叫した。
それにもう一度笑顔を返して、ルーピンの方を見る。ルーピンは寂しそうな表情で微笑んでいた。
「元気でね」
「勿論です!元気が取り柄ですから!!」
「うん…そう、そうだったね」
「私、ルーピン先生の事応援してますよ!」
「……え?」
の言葉の意味が判らないルーピンがキョトンとする。それには返事を返さずにはスネイプを見た。
「力一杯お世話になりました」
「全くだな。手間賃を貰いたいぐらいだ」
「あー…私の手料理をご馳走ってのはどうでしょうね」
「悪くない」
「そ、ですか。良かった。でも……」
今度…なんてものは無いのだ。約束をしてなんになる。ギュッと唇を噛み締めたにスネイプが言った。
「気長に待つとする」
「!?」
は弾かれたようにスネイプを見た。
今度、なんて無いのにそれでも待っててくれると言っている…。は何だか本当にまた会えるような気がして、ふと考えた。
(そうだ…誰かに聞いたけどハリポタって7巻でお終いって…本当かどうか知らないけど…でも……)
物語の終わりの、その先の世界をは知りたい。
「4年後!」
「…何?」
「意地でも来る!!」
「…4年待てと」
「解釈はお好きに」
約束は出来ない。でもきっと自分はここを探す。だから、ここを探すためにも帰らなくては。
(冒険は終わり。日常があるからこそ冒険には価値がある)
「帰るね!」
「あぁ…幸せに」
「今で十分幸せ!」
はニッコリと、本当に心からニッコリと笑った。寂しい、悲しい…でも会えた事が幸せ。
ふと見るとみんなの後ろにダンブルドアが立っていた。
「…お世話になりました」
「元気で毎日を過ごすのじゃよ」
「はい!校長先生も!!全てがよい方向に進む事を祈ってます」
(あ…ヤバイ)
は悲しくはなかった。でもこれ以上別れの時間を引き延ばすと泣いてしまいそうだと思った。
それは嫌だ。意地や根性でしか無いけれど、でも笑ってさよならをしたい。
「や」
「え……?」
もう行こうと踵を返そうとしたにダンブルドアが話しかけた。
「いつでも、どこでも、誰とでも…世界は繋がっておるよ」
「………はい!」
ダンブルドアの最後の一言にの涙は綺麗に蒸発してしまった。微笑み、全員に手を振ると走り出す。
「皆!またね!!」
(あ……)
穴に向かって走っていく途中で茂みの影に溶け込んでいる犬を見つけた。ジッと見送るようにこちらを見ている。
それには嬉しくなって微笑んだ。
(シリウスだ!あ…私、思い出してきてる。そっか……帰るんだもんね)
がこちらを見たことに気がついたシリウスが器用にウィンクを送ってきた。
(頑張れ!シリウス!!ハリーは凄い良い子だよ。身元不明の人間をスネイプ先生から守ろうとしちゃうぐらい本当にいい子だよ)
だから頑張れ!と心の中で応援する。
(えいっ!!)
は目前に迫った穴の中に迷う事無く飛び込んだ。
パシュー……バタン。
「おー、ギリギリセーフ!!」
「………ぇ?」
は電車に滑り込んでいた。目の前にはいつもと同じ友人の姿。はポカンとしてから慌ててホームを見た。何も無い。
「なに、どうしたの?特売に間に合ってよかったじゃん」
(…校長先生だ)
どうやったのか全く判らないけどにはこれがダンブルドアの仕業だという確信があった。
時間をほんの少しだけ巻き戻してを日常に返してくれた。
(ありがとうございます校長先生)
「ちょっと大丈夫?何か忘れ物でもした?」
友人が心配してくれるのに笑顔を返す。
「大丈夫!あ、そーだ!今日は特売付き合ってよ!一人限定2つまでのトイレットペーパーが安いんだよねー」
「……マジッすか?」
「マジッす★」
うわー…と嫌そうな顔をする友人にニッコリ笑いかける。
「ま、何事も経験さ!将来役に立つ経験になるかもよ?」
「…とりあえず今は役に立たなくて良い」
あんた人格壊れたの?と訝る友人にはもう一度ニッコリと大きく微笑んだのだった。
「よぃ…しょっと!」
あれから4年。は医大を春に卒業したばかりの新米…にさえなってない新米医師になっていた。
しかし今、は白衣を着てもいなければ病院にもいない。
「姉貴、マジで行く気?」
「…姉さん人格崩壊したよね」
「ねーちゃん……」
は大きなトランクに荷物を一杯に詰めて、家の玄関先に立っていた。
輝かんばかりの笑顔のとは対照的に弟たちは表情を曇らせている。
「何よその顔は!姉の晴れの日を笑顔で送りなさい!」
「…俺やだなぁ……姉貴が冒険家になったなんて、職場で言えねー」
「というか姉さんの荷物は冒険家のそれじゃ無いよ」
「医学書に薬に、調味料…絶対税関で止められるって」
「大丈夫!」
は大学を卒業してもどこの病院にも就職しなかった。首席の就職拒否に大学が荒れたのはついこの間。
再婚して穏やかな家庭を再び手に入れた母親と弟達にはこう宣言したのだった。
『冒険に行って来る!いつ戻るかは判らないけど死ぬつもりはサラサラ無いし心配しないで!!』
どこの世界にそれで心配しない身内がいるだろうか?喧々囂々の議論の後、全く意見を曲げないに家族がとうとう折れたのだ。
『まぁ…はこれまで家の事ずっとやってくてくれてたから…好きな事させてあげたいわ』
母親も、新しい父親も最後には笑って許してくれた。
ガチャガチャとトランクを道まで運び出すとは弟達を振り返る。
「健二、正樹、駿一。お父さんお母さんと仲良くするのよ。もしお母さん泣かせるような事したら…」
「ねーちゃんいないのに何にも出来無いじゃん」
「…やっぱり今のウチに制裁加えておく?」
「いやいやいや!結構です!!大丈夫だから!!」
「駿一、くだらない事言うなよ!!」
の目が僅かに据わったことに弟達が本気で怯える。
「姉さん高校卒業間近からやっぱりキャラ変ったよ…」
ため息をつく正樹にもは動じない。
「じゃあ行って来るから!家の事、よろしくね」
そう言うとはトランクを引っ張り朝の道を軽やかに歩き出した。
約束の4年。長かった4年。大学卒業の時には就職も悩んだけど、今のには不安などなかった。理由はが腕に大切に抱いている一冊の本。卒業の日に『お祝い』として贈られてきた差出人不明のもの。
それは『ハリー・ポッターと“それから”・8巻』と表題に書かれ、綺麗サッパリと中身が真っ白の本だった。
(これがあるからどこにだって行ける)
この世界はどこにでも繋がっている。
自分もあの人まで繋がってる。
はギューッと本を抱き締めると空を仰いだ。
(世界の果てまでだって探しに行くよ)
「ってか世界の果てにこそありそうかもね!」
どこまでだって行ってやるぞー!と気合を入れるに答えるかのように空はどこまでも晴れ渡っていた。
が果たしてスネイプまで辿り着けたかどうか。
それは半年後、実家に届いた消印も切手も無い手紙だけが知っている。
ちょっとだけオマケ
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