闇舞う蛍が誘う天の架け橋



長い年月をかけて再会を待ちわびた人など



貴方以外にはいなかった
























+蛍灯+















(はあ・・どうしてこうなるのでしょうか・・)




「このあまあっ!調子になるなよ!」


「調子に乗っているのはあなた方の方です」


「女のくせに生意気な口をききやがってぇ!」



「何をしている」



「ぁあ?!・・っ壬生狼!」


(壬生狼?・・うわ、新撰組;!)










白昼天下の往来で堂々たるいざこざはなんとも潔ぎ良いことかと、斉藤は小さく息を零した。
見廻りを終え屯所への帰路に視界に入れたいざこざ。
見たところ刀を持たぬやくざなチンピラのようだ。それが4〜5人。一人の女を囲んでいて。
血が零れぬ程度のものなら多少活気があり、もめごとが起きてもと構わぬと常々思っていた斉藤だが
女一人に数人の男とはよくないことであるし、小刀が光れば黙ってはいない。
「団子団子v」とニコニコ顔で連呼する沖田の横を離れ尋問すれば、
浅葱を纏った男に男達は一目散に逃げ出して行った。
その滑稽さに小さく息を吐くとちらりと女を見やる。
陽の光に照らされた高く結わえられた美しい髪がさらりと揺れた。
少し長めの前髪に凛とした涼しげな表情が覗き、一瞬惹きつけられるものを感じるも、
ひどく怯えている表情にフンと鼻で笑いとばす飛ばす。


そんなことは慣れていること。


浅葱を見て表情を強ばらせない者の方が珍しい。


斉藤はいつものようにぶっきらぼうに口を開いた。




「怪我しているな」


「え?・・あ・・」


指摘され、女は驚いたように斎藤の目線を辿り、自分の左手を見やった。
小刀で脅された時にかすったのだろう。
緊張で気づかなかったのかもしれない。



「やだ・・傷深そう・・ひゃっ」


腕につけられた傷は感じる痛みよりもひどいもので、女は困ったように顔を顰めた。
怪我をしているにも関わらず、平静な表情を浮かべる女を不審に思うも、
斉藤は女の腕をとり、近くに積みおかれている材木へと座らしその前に跪く。
びくりと強張る女をちらりと見やり、懐から手拭を取り出した。
沖田が部下達を先に帰らせるとこちらに歩み寄ってくる。
女は沖田を視界に入れると先程斉藤に向けたように、表情を固くした。
その様子に微かに目を細め。


(うわ〜ん。もう一人きたよぅ)


「うわ。怪我してたんですか?」


「あのっ大丈夫ですから・・他の隊士さん帰られてしまいましたし」


(早くここから逃げなきゃ!)


どこか慌てているような態度に沖田と斉藤は一瞬を顔を見合わせる。
斉藤は時間をかけるように手拭いを傷口にあてた。


「いやいや。彼らはいいんだ。それよりごめんね斉藤さんなら一人でいいかと思ったから。
怪我させちゃった・・。」


「いえっその、私の不注意ですし、あのっもう大丈夫ですから。」


(あなた達といたら余計にゴタゴタになっちゃうんだから!)


手ぬぐいを傷口に縛り付けようとする斉藤を制して、慌ててたち上がる女に、
沖田はとんでもないと顔を顰める。



「ダメですよ、ちゃんと傷口縛らなきゃ!」


「いえ本当にいいので、私、その・・・急いでますから」


(もうっしつこいっ!こんなところ兄様に見つかってしまったら・・)


「動くな傷が開く」


沖田と女のやりとりを静かに見守るも、女が急に立ち上がったため手ぬぐいが傷口がずれてしまい、
些か気分を害したように斎藤は女の怪我をしていない右腕を引きもとの場所へと座らせた。
斉藤の鋭い双眸に怖じ気づいたのか、女は一瞬声を詰まらせると諦めたように口を尖らす。
手拭いを裂き傷口が開かぬように縛ってやる。
きつめに縛っているというのに女は顔を顰めることなく斉藤の行動を見つめていた。
整った顔立ちに真剣な表情で手当てをする仕草。
その長い指に妙に惹きつけられ。
関わらないように、遭遇しないように注意を払ってきた新撰組。
彼らとは敵同士なのだ。
だけど・・


(・・助けてもらったんだしね)



「あの・・」



呟くような声に斉藤は顔を上げる。
そこには頬を薄紅に染め、恥ずかしそうに目を泳がすあどけない顔。


「助けてくれて・・・ありがとうございます」


ふわりと穏やかな目が斉藤を捉え小さく微笑めば、微かに斉藤の動きが止まった。
鋭い琥珀が小さく和らぎ柔らかく口端を引き上げる。



「どういたしまして」


材木に腰をかける女にその前に跪く男。
二人小さくも穏やかに微笑み合う仕草はまるで一つの絵のようで、沖田はニコニコと見つめていた。








!」




斉藤が女の手をとり立たせたそのときだ。
沖田の背後から怒気を含んだ声がかかり振り返れば、一人の男が刀に手をかけこちらに走ってくる。



「壬生狼があっ」



キインと沖田と男の刀が合わさる。
ギラリと男の視線が女へと注がれ、斉藤は女を引き寄せ後ろへと隠す。
その斉藤の行動に男の目が見開かれた。



に触れるな!」



ガッと沖田を振り払うと、男は斉藤へと斬りかかった。
寸前のところでとよける斉藤を追わず、男は女の腕を掴んだ。


大丈夫か!」

「あ・・うん」

「っ!怪我しているのか。っ貴様ら・・になんてことをっ」

「え?あっこれは違」

「お前は黙ってろ!」



突然襲いかかってきた男に沖田と斉藤はゆっくりと刀を構え、女の表情が強張る。


「昨晩振りですね維新志士・一馬さん」


「お尋ね者が白昼堂々と歩き廻るとはいいご身分だな」


突然遅いかかってきた男は斉藤と沖田がよく知る人物だった。
維新志士・斉藤達とは敵同士である一馬。。
斉藤達とは幾度となく刀を交えていて、腕前はあの人斬り抜刀斎と並ぶほどだ。
そんな一馬とも決着はなかなかつかず、斎藤と沖田は嬉々とした表情でを捉える。


「にっ兄様やめて!」

が背後に隠したと呼ばれた女が、の腕にしがみついた。
「兄様」という言葉に斉藤と沖田の動きが止まる。
互いに顔を見合わせ信じられないといった表情でを見やった。


「兄様って。・・えー・・・さんその人は妹さん?」


「・・そうだ」


ぽかんとした表情の沖田を睨みつけながら、唸るように答える。
斉藤はさも胡散臭そうにを交互に見やった。


「似てないな」


「うっ;うるさい!俺は父上、は母上に似たんだ!!
大事な妹に怪我させやがって!」


「兄様っ違うの!この方々は助けてくださったのよ」


「そうか!助けられたか。ならばますます・・は?助けられた?」


刀を構え直すだがふと停止し首を傾げてを見やった。
頬を膨らましながら見上げくる妹が不機嫌そうに頷く。


「チンピラな人達に絡まれて小刀で斬りつけられたの!
その時こちらの方々が通りかかってっ」


刀をおろすようにと促しながら、兄一馬の腕を下へ押しやりつつ、は斉藤達へと振り返る。



「どうか刀を収めてくださいませんでしょうか?その・・私に免じてどうか」


深々と頭を下げられては斉藤と沖田も言葉も出ず、妹に急かされながら渋々と刀を収めるに斉藤達も刀を収める。
を引き寄せ背後に隠すとは斉藤達を睨みつけながら低く唸った。


「妹を助けてくれて感謝する。今日は妹の手前失礼するが次は必ず貴様の首を落としてやる」


「兄様!」


「いくぞ


浅葱を纏った男達を睨みつけながら、の腕を引き町中へて足早に消えていくいった。
引きずられそうになりながらも、はふわりと振り返る。
そのどこか寂しげな表情が斉藤の心に焼き付いた。





それから斉藤は度々と会った。いや、最初のうちは見かけていた。
を助けた翌日、恐る恐る彼女が屯所へやってきて、助けられた礼と兄の非礼を詫びにきたのだ。
最初こそは維新志士の妹が新撰組に関わるなとあしらっていた斉藤ではあるが、
町で川べりでとを見かけ言葉を交わすうちに、斉藤の中での存在が欠かせないものになっていき。
「兄は兄!私は私です!」と頬を膨らませるに、次第に斉藤もと約束をして会うようなっていった。
兄に内緒で斉藤と会っていただが、頻繁に出かける妹を不審に思った一馬に
斉藤と一緒にいるところを見つかるも、斉藤の前で派手に兄弟喧嘩をし呆れたように止めに入った
斉藤に兄・一馬は納得がいかないといいながらも、二人が会うことを禁止することはなかった。
それでもがいない時に合えば容赦なく刀を交え。


「てめー!!生半可な気持ちでといてみろ!首とるだけじゃすまされねえからな!」

「ふん。貴様こそいつまでも女々しい」



そんな日が続いたある晩のこと。
今夜の見廻りも一番隊と三番隊で、斉藤と沖田は並んで川岸を歩いていた。
ヒラヒラと舞う蛍に自然と見廻りという緊張がほぐれ。
ふと沖田が思い出したように声をあげた。


「そういえば今日は七夕ですね。あ、天の川ですよ!斉藤さん」
今夜は織姫と彦星会えましたねv」

「・・御伽噺だろう」

「もう、斉藤さんは夢がないですねぇ」


しらっと答える斉藤に、沖田はむうっと頬を膨らませる。
乱舞する蛍に「地上にも天の川ができましたね」と喜ぶ沖田に斉藤は
ちらりと川岸を見やって、沖田の言葉に同意するように小さく頷く。
ふと、川に掛かる橋に目をやったそのときだった。


「沖田君」

「人斬り抜刀斎・・・あれ?さんもいる・・って斎藤さん?」


橋の上に浮かぶ二つの人影は斉藤達がよく知る人物だった。
一つは蛍の光に照らされて浮かぶ緋色の髪。もう一つはさらりと揺れる黒い髪。
斎藤はを見とめると足早に橋へと向かった。
ジャリと砂を踏む音に、抜刀斎がザッとを背後に隠し刀を構える。
それを鋭い双眸で睨みつけ、斎藤はその背後にいるへと視線を向けた。
の恰好はいつもとは違う旅装束で、斎藤は不審に目を細める。
斎藤の言いたいことを汲み取ったのか、は抜刀斎の肩に手を置き
刀を納めるように促した。


「剣君。あなたはここでいいわ。早く戻らないと怪しまれるから・・・」

「しかし、殿・・」


斉藤達を気にしながら曇った表情でを見るが、は小さく笑って首を振った。


「大丈夫よ。今まで本当にありがとう・・・元気で」


足早に消えていく抜刀斎を見やると、斎藤はへと足を進めた。
儚げな笑みを浮かべるに胸騒ぎを覚え。





「兄が・・・死にました」




ふわり蛍が舞いあがる




「!!?が?なぜっ」



一馬は斎藤達が苦戦するほどの剣の持ち主だった。
そんな奴が死んだ?病気でもしたのか。驚きを隠せない斎藤には静かに首を横に振る。



「仲間の裏切りがありました。薬を飲まされ身動きがとれなくなったところを・・」


一馬の墓がある寺の名前を呟くと、はどうか
会いに行ってやってほしいと小さく、儚く微笑んだ。


「私と斎藤様の前ではあんなこと言ってましたけど、兄は斉藤様のこと
好敵手と、敵同士ではなかったら大いにお酒を飲み交わしたいと
よく言っておりましたから・・・」


薄っすらと涙を浮かべるに斎藤は「必ず参ろう」と小さく頷き
そっと零れだす銀の水滴を指で掬い取ってやる。
頬から伝わる斎藤のぬくもりには耐えるように顔を顰め。
そんなを力強く抱き寄せれば、腕の中でが少し強張るのが伝わり。


「強がるな」


「・・・う・・・・っく・・兄様・・・いなくなってしまったよお・・・」



はらはらと涙を流すの髪を愛しげに梳いてやる。

たった一人の家族と、

斉藤様はどう思われているわからないけれど、自分にはとても優しい兄だと。

よく斉藤に向かって笑顔で話していた。

心より兄の一馬を慕っていたのだ。

たった一人の家族を失ってはいったいどうするのだろうか。

しばらくしてはゆっくりと顔をあげ「ありがとう」と小さく笑った。
旅装束にどこへ行くと問えば、は寂しそ気に顔を伏せる。



「関東へ。上総に知人がおりまして、兄が亡くなって私も何かしら
危害及ぶと限らないと桂様のご配慮です」






さよならです





そう寂しげに笑うに思わず斉藤は口唇を重ねていた。
こげ茶色の瞳が見開かれ、ぴくりと体を強張る振動が斎藤の腕に伝わる。




「誓ってくれ。死なぬと生きると。再び会うと」



「斉藤様・・・」



耳に染み込む包容力のある深い声に、もゆっくりと斎藤へと腕を回す。



は斉藤様が好きです。どうか斉藤様も。生きてくださいませ」










ゆっくりと離れる手の間を蛍がふわりと舞う。





涙を溜めつつも、気丈に微笑むにまた必ず終えると確信を覚え。



橋の向こう側へ、深い闇へと消えていくとこちらで佇む斎藤の姿に



沖田はまるで織姫と彦星のようだと思わずにはいられなかった。










それからほどなくして、鳥羽伏見の戦から新撰組は敗走の道を辿った。
常に死が背中に付き纏う日々。しかし、斎藤はどんなに状況が不利になろうとも
刀を握る力を弱めることはしなかった。


誓ったのだ。生きると。


そして必ずを探し出して、二度と手放さぬと。



その強い想いだけが斎藤を不死身にしていく。








そして時は明治十二年


晴れ渡った夜空はまさに七夕日和であり、いつも以上に人が町に溢れている中を、
斎藤は制服をしっかりと着込み歩いていた。
七夕飾りを手にした子供が、楽しげな笑顔を浮かべながら父親と手をつないで歩いていく。
七夕の日を迎えるたびに鮮明になる記憶。
決して忘れているわけではない。ただこの日になるといつも以上にそれを思い出させるのだ。

あれから十数年という月日が過ぎた。
警官という立場を使い、の行方を追うも何一つ手掛かりがなかった。
志々雄討伐の折に行動を共にした、かつての敵・抜刀斎にも聞き出すも
抜刀斎もまたの行方が知れず、身を案じていると表情を曇らせていた。


死んでしまったのか


しかし、その思いは一瞬のうちに消し飛ばす。

誓ったのだ。

それになぜか斎藤はがどこかで生きているような気がしてならなかった。






「今夜は蛍がたくさん飛んでいるらしいわ!河川敷に行ってみましょうよ!」





若い女と男が楽しそうに通り過ぎていく。


と別れたあの夜も蛍が舞っていたか


ふと斉藤は足を止め踵を返した。


足を進めたのは町外れの川。


そこはいつもなら人気のない場所だが、今夜は七夕そして蛍が飛び交っているということもあり、
多くの人々が蛍を見に、そして涼を求めて川へと集まっていた。
多くもなく少なくもない人の波を避けながら、斎藤は己も気づかないうちに橋の方へと
足を進めていた。








胸騒ぎがした





斎藤を誘導するかのように蛍が淡い光の筋を作りながら飛び回る。



時の流れが曖昧になっていく



鮮明に蘇るあの夜の記憶



明治なのかそれともあの日なのか。





橋の上にも多くの人が蛍を楽しんでいた。
しかし、斎藤はそんなものには目をくれずに橋を渡っていく。




ふと斎藤の歩調が緩んだ。




橋の終わりの欄干にそっと寄りかかりながら、眼下に広がる蛍の舞踊を
愛しげに眺める横顔。




時が止まり、周囲の気配が薄らいでいく。



ゆっくりとその横顔がこちらへと注がれた



見開かれた目と驚愕に漏れた小さな声



ゆっくりと足を進め、涙を浮かべ佇むその前に歩み寄る。






「斉・・藤様」


「ずいぶん長い間探したぞ



ぽろぽろと堰が崩れたように涙が零れ、は斉藤の胸の中へと飛び込んだ。
受け止められる温かい手に、あの時のぬくもりを思い出させ。






「蛍に・・・」


「ああ」


「蛍に誘われてきたのです」






ゆっくりとその口唇を己の口唇で塞げば、少しばかり体を強張らせながらも
そっと腕を回すあの時と変わらぬ仕草。
名残惜し気にゆっくりと離れるとは斉藤の胸に顔を埋めた。



「斉藤様?誓ってくださいませ」


「?」


をもう・・一人にしないでください」



長い時を経てあの頃よりも美しく成長しただが
頬を染めてじっと見上げる仕草にはいまだあどけない表情が残り。
穏やかな笑みを浮かべそっと抱きとめる。




「もう手放さん」





長い時を経た旅路に、織姫と彦星は再会を果たした。



もし、沖田が見ていたらそう穏やかに二人を見守っていただろう。



抱きしめ合う二人の周りを祝福するように蛍がいつまでも舞っていた。





















あとがき


Up一日遅れじゃないっすか!
七夕っつーたらっやぱ織姫&彦星かなと。
もっと蛍をたくさん書きたかったのでが、無理でした。(おい)
はい、ドロンします!ドロン!


執筆日・06年7月7日