+除夜の鐘+
「ん・・・・・」
遠のきかけた意識の隅で、低音の長い音が微かに意識を覚醒させる。
それとともに感じる肌寒さに身震いして一つして、のそのそと顔を上げた。
カタン・・カタッ
閉めたはずの窓が細く開いていて隙間から冷たい風が差し込む。
もうひとつ小さく身震いすると席を立ちしっかりと窓を閉じた。
パタン
訪れる静寂にコチッコチッと規則的な時計の秒針音。
そして微かに鼓膜を刺激する
除夜の鐘
「年・・・明けたんだ」
そう呟くと、窓越しに外を見やる。
当たりは真っ暗で、町の方が少しだけ明るかった。
「先生・・・・と張君風邪引かなきゃいいけど・・・・・・・・」
ちらりと時計へと視線を送れば、悠に帰庁予定時刻は過ぎていて。
時は12時05分を指し示す。
はまた小さく息を吐き出すと、自分のデスクへと踵を返した。
「っかー!なんやもうっ!!お前ら正月くらい活動休止しぃや!」
「ぐはっ」
海風が容赦なく肌を突き刺す港。
その倉庫で行われる闇取引きの一斉検挙に刈り出されていた張は、ピキピキと
青筋を立てて、捕らえた男の頭を思いっきりどついた。
「おまっ!!あれやっ本当なら今頃はなぁ、ちゃん特製の蕎麦食って
のんびりぬくぬくやったんだ!!返せ!わいのひと時の幸せ!!」
「張」
ガスガスと足蹴している姿を視界の隅で捉えながら、現場指揮をしていた斉藤は
胸袋から煙草をを取り出し、深く吹かす。
斎藤の硬い声に一瞬怯むも、張はさも頭きているかのように「なんや!」と振り返る。
「手温い。やるからには精神的に極限まで追い詰めろ。」
「・・・・了解」
男の断末魔を鼓膜に捉えながら斉藤は煙を深く吐き出す。
のんびりと倉庫の天井を眺めているようだが、斎藤の視線を何もとらえてはいない。
(くそっかなり時間をとられた)
本当なら、今夜は斎藤が受けもつ部署(といっても張としかいないのだが)は
日ごろの働きにより、川路から特別に晦日から元旦まで休みを与えられてた。
の蕎麦で年を越しそのまま張を追い出し、と二人で少し眠り二人で初日の出を拝みそのまま
二人で初詣にいく予定だった。
しかし、突如舞い込んだ反政府の不穏な動き。
しかもかなり深いところまで情報を掴み一斉摘発となり斉藤達も借り出される羽目になった。
斎藤と張は現場に、は警視局に残り待機。
これがも斎藤達同様に現場へ出てきているのなら、いくらか虫の居所は収まるのだが、
潰された休日・隣にいない愛しい部下・おまけに寒いは煙草も今吸っているので最後と
重なれば、斎藤の不機嫌度は最高潮だ。
(こうなったらあとは他の奴らにまかせてさっさと帰るか)
せめての反抗だと斉藤はククッと小さく笑うと、短くなったら煙草を足で揉み消し踵を返す。
「張、帰るぞ」
「はいよぉ」
いつもは静まり帰る夜だが、今夜は違う。
子供から大人まで楽しげに道を行きかい、商店も振る舞い酒やら何やらで呼び込みをしている。
あぁ正月なのだなと改めて思い返すと同時に、やはり沸き起こる腹立たさ。
一歩後ろを歩く張は、恨めしげに店に並べられた酒や露店を見やりながら「うらやましいわ」と
呟いていた。
結局のところ現場から早々に引き上げても、事後処理という立派な仕事が警視局で控えているわけで。
賑あう通りから逆らうように警視局へと足を向ければ、徐々に少なくなる明かりと正月を祝う人々の喧騒。
門をくぐるとあたりは一層静けさを増し、闇も濃くなる。
そして鼓膜を震わせる
除夜の鐘
その音に斉藤はそれをもっとよく捉えるかのように耳を澄まし目を閉じる。
「旦那ぁ、あれ」
少し慌てたような張の声に些か気分を害したように睨み付けてやれば、
そんなことかまいなしのように警視局の建物の方を指差す。
指し示す先を見やれば、窓にの姿。
当たりは真っ暗でおそらく自分達に気づいていないのだろう、は不安そうな表情で外を眺め
小さく溜息を吐き出すとそのまま部屋の奥へと消えていった。
の姿を見ていくらか元気になったのだろうか、嬉しそうに張が警視局内へと走っていく。
それを眺めると斎藤も足を進めた。
「!!おかえりなさいっ」
部署へ戻ると、は心配と安堵が混ざったような笑顔で迎えた。
斎藤と張の前に小走りで立つと、怪我をしてない二人にホッと安堵の溜息を吐き出し、
「寒かったでしょ?今お茶入れるから」とにっこりと微笑む。
っと、踵を返した瞬間に腕にかかる引力感。「え」と声をあげた時にはすっぽりと
何かに抱き寄せられていて、それが斉藤であると認識するのに数秒かかった。
「斎藤先生?」
「寒い」
「はぁ、だから今お茶を・・・・」
「張、早く茶を用意しろ」
「はぁ?!なんでわいが「つべこべ言うな」
相手を怖がらせるには十分な声色で呟けば、「ひぃぃっ〜」と叫びながら給湯室へと
走り出て行く張。は小さく笑って哀れみの溜息を小さく吐き出す。
いまだ抱きしめられた体制に、そっと斎藤の腕に自分の手を添えれば幾分力を弱められ。
それでもでは解けないほどの強さで抱きしめられ。
「先生?現場で何かあったんですか?」
琥珀の双眸を持つ整った顔はの肩に埋められ、その表情は伺えず。
滲み出る気は殺気だってはいない。
まったく斎藤の意が掴めない様にさすがにも困った表情を浮かべた。
「今夜は斬ってませんね?血臭がしません。気は昂ぶってないですね」
「・・・・・」
「ひょっとして風邪ですか?・・む、でも先生の体温いつもと同じだ」
「・・・・・」
「もぉ・・・先生ぇ〜!」
「鐘」
「はい?」
まったく反応を示さない斎藤がじれったくて声を上げ、ようやく返ってきた言葉に
は不思議そうに首を動かせば、いまだ自分の肩に顔を埋めたまま。
くぐもった声が続きを紡ぐ。
「除夜の鐘が鳴っている」
「はい、私も聞きました」
「蕎麦食い損ねた」
「年明け蕎麦でもよかったら、事後処理済んでから作りますよ。
ってお蕎麦食べれなかったから拗ねてるんですか?!」
「んなわけあるか阿呆。・・・少しな」
「やっぱり」
クスクスと笑うにようやく肩にかかっていた重さが和らぐ。
それでも抱きしめられたまま。斎藤の腕の中に収まったままそっと見上げれば、
穏やかな金色と目が合わさる。
「また年を越せた」
「はい」
「お前とともに越せた」
「はい」
ゆっくりと斉藤の腕の中で、斎藤に向き合うように振り返りそっと腕をを回せば、
背中へと優しく回される斎藤の腕。
あの頃から
いつ死が訪れてもおかしくはなかったあの頃から
ともに年を越してきた。
いつも隣にいた同志達
気づけば隣にいるのは斉藤だけになっていた
そして新たに隣にたつ仲間たち
それでも死と隣り合わせなのは今でも変わらない。
「これからも」
「はい。私はこれからも斎藤先生とともに歩んでいきます」
「そうか」
「斎藤先生」
「ん」
「今年もよろしくお願いしますね?」
「あぁ」
響き渡る
体に染み込んでくる心地よい低音
それを鼓膜でじんわりと捉えながら、は放すまいとさらに斎藤へと抱きつく力を強めた。
またあたらしい年を迎えられた幸せが
また次の年に繋げられるように
あなたの傍で
ただ
それだけを願う
そして部屋の外では、二人の空気に中に入れず立往生している張がいたとさ。
なんかねきっと「あけましてーおめでとー!!」とかどんちゃんしなさそうじゃん斎藤さん。
なんかこうしみじみしてほしいなと。
(2007年1月2日執筆)