「もう〜、一さんずるいですよ」

「だーめだな、ありゃあ・・。斉藤の奴楽しんでやがる」



















+攻防(前編)+













沖田と永倉は小さく溜息をつくと、刀を納めて目の前で
繰り広げられる死闘へと傍観する姿勢をとった。


「総司、お前の隊士はどうした?」


「三番隊の皆さんと一緒に先に帰しました。一さん途中で止めると機嫌悪くなるし。
永倉さんのとこは?」


「俺も。だって見たいじゃん」


「ですよねえv」





斉藤と刀を交えているのは、彼らの宿敵である緋村抜刀斎。
久方に交える刀に、斉藤は不敵な笑みを浮かべながら容赦なく牙突を繰り出していく。
対する緋村も、牙突が決まる肩先の寸前でひらりと交わし、牙突の死界から
斉藤を攻め立てる。
どちらも譲らない死闘に、これは長くなるなと沖田は小さく息を吐いた。


途端、二人の頭上に影が差し、斎藤と緋村は互いを意識しつつも、影の正体へと視線を向けた。


白く大きな満月に照らしだされた二つの影がぶつかる。
きいぃぃんと響く刀の音。
その次の瞬間、一つの影の体から血飛沫が起こった。
月光に照らされた血飛沫は、まるで風に舞い散った花びらのように美しいと思えたが、
ぐわりとその体が傾き、落ちてくる者の顔に斎藤は目を瞠る。



!」


ドンッと緋村を押しのけ跳躍すると、真っ逆さまに落ちてくるを抱き留めた。
斎藤が地面に着地すると同時に、沖田と永倉も血相を変えて駆け寄ってくる。



っ大丈夫か!」



斎藤は声を荒げながらの体を確かめた。どうやら右肩を斬られたようだ。
しかも今だけではなく、直前にも斬られたらしい。左肩にも血が滲んでいた。
ひゅーひゅーと喘ぎ呼吸をするを抱き寄せ、その顔を覗きこむ。
斬られたせいかもしれないが、それでも様子がどこかおかしい、
顔面蒼白で体中ガタガタと震えている。
刀を握る手もいつ落としてもおかしくはないほどに震えていた。

 斎藤の腕の中で刀を手にしたまま青ざめて震えている少女に、
緋村は目を細めた。
先日、橋の上でぶつかった少女。
斎藤は隊士ではないといっていたが、やはり新撰組隊士だったか・・
だが隊服が違う。それにの纏っている空気がどこか違和感を覚え、緋村は僅かに眉を潜めた。
ふと、背後に感じた気に眉を潜め肩越しに振り返る。


「斎木殿。どうしてここに?」


斎木は夜警には出て来ない。
別の、未来から受けた仕事があるため常に別行動だ。
しかし、いきなり現れた斎木はいつも以上にただならぬ気配。
ふと、斎木が抜刀していることに気づき、緋村は顔を険しくする。


「斎木殿?」


二度の呼びかけにも答えない緋村の言葉に、斎藤達が反応した。


「斎木?それではお前がの元上司か」





元三番隊隊長。の師であり親でもある男。
長めに伸ばされた前髪の奥に隠された瞳は穏やかに細められ、
斉木から染み出る空気もまた穏やかであるが、どこか不気味なものも
感じ取られる。
鋭い双眸を向ける斎藤に、緋村は不思議そうに斎藤を見やった。


「上司?まさかその娘も未来の者・・」


驚いた顔で斎藤の腕の中にいる少女を見やれば、
は必死に息を整えながらも、恐怖を露わに斎木を見つめていた。
ジャリッと斎木が足を踏み出すと同時に、斎藤はをさらに抱き寄せ斎木を睨みつける。
しかし斎木はそれを気にすることなく、穏やかな笑みを浮かべたままに微笑んだ。



、お前はいつまでたっても弱いな」


「・・っ」


斎藤の腕の中で、声にならない悲鳴を上げる、
見開かれた目に斎木の笑みが映る。



「弱くて醜い生き物だよお前は」



ゆっくりと斎木の刀が弧を描く。月明かりに輝く刀があまりにも美しかった。



















「何のつもりだい?」



穏やかな笑みを浮かべたまま、僅かに斎木は首を傾げた。
斎木の前には刀を構え立つ斎藤の姿。
その後ろにはいまだに青ざめた表情で、視界の定まらないに沖田と永倉が屈みこんでいた。


が弱いだと?」


と出会い数ヶ月。の剣術などの技量はもちろん、
その精神力は並大抵のものではないと、斉藤は確信していた。
それを笑顔で踏みにじる目の前の男に、僅かながらに怒りを覚える。
ちゃきと刀を握る力を込めて斎藤は斎木を睨みつけた。



「お前はの上司であると同時に、父親のはずだ。なぜを苦しめる。」






「・・・・・君は?」




「新撰組三番隊組長・斉藤一」





ふわりとした斉木の空気に、斉藤の刃の如くの冷たい空気が突き刺さる。
しかし斎木はそんな斉藤の剣気を気にせず「ああ」と小さく頷いた。




「そうか君が斉藤一君かあ。三番隊。
懐かしい響きだね。私もそこの隊長だったんだけど、部下は皆、殺したから誰もいないんだ。」



「あっ」と思い出したように斎木は頭を上げる。



「そう、が残っていたね。その子を斬り残してしまったのは私の失態だったよ」


「貴様・・」





まるで、昨日の出来事を思い返す軽い口調に、斎藤の目が僅かに細められた。
低い声で唸る斉藤に、沖田と永倉は険しい目で斎木を睨みつける。
緋村も斉藤を気にしつつも、僅かに表情を険しくして斎木を睨んだ。
今ひとつ状況は飲み込めないが、斎木といまだ青ざめてヘたり込んでいる少女はかつては
同じ意志の元刀を握り、また父子の関係だったようだ。
その娘を斉木は斬ろうとしているのか。





「声がね、聞こえたんだよ」


「・・声?」



ふと空を仰ぎ見る斎木に斉藤は怪訝に見やった。
意図が読めない表情と呟きに、刀を握る力を僅かにこめる。




「800年後の新撰組の任務はキメラとそれを作りだす組織の殲滅。
私もね、キメラを作り出すのは許されないことだと思っていた。
人と獣が、人の意志とは関係ないところで合わさり作り出される。
なんて、残虐なことだろうと。」








けどね





「気づいてしまったんだよ。私達がキメラを殺しても世界は変わらない。
キメラが生み出される世界になってしまったのは人類。
大気汚染を作り出したのも、日の光を閉ざしたのも全て人類。
そんな人類がのうのうと生きていていいのか」









そんな時に声が聞こえたんだ










「空から降り注いできたんだよ。キメラこそ世界の救世主。
私は世界を返るための鍵となるとね。
そう・・あれはまさに神の声」






穏やかに微笑む斉木に、斉藤は鼻で笑うと「阿呆」と鋭く呟いた。





「三番隊の長というからには、どんな奴かと期待すれば
ただの妄想野郎か」









斉藤は知っている。
が自分の部屋で仮眠を取る時、時折魘されては斎木の名を呼んでいることを。
それは斎木を慕い、今でも思いを寄せているものだと、
自分を見つめる視線は斎木を重ねているものだと。
だからこそ、その影を追い出してやろうと思っていた。
しかし、斎木を前にした斎藤は激しい怒りを覚え刀を向ける。







こいつは俺に塵ひとつたりとも似ていない。










新撰組の理に背き

人としての理にも背き

神などという、幻の声に負け

仲間を裏切り

育ての子をも裏切り




俺にあてはまるものは一つもない。
そんな奴に嫉妬心を覚えた己にも怒りを覚える。
そしてこんな男を慕うにも。





、お前はこの男のどこに惚れているんだ?















「・・・・おい。こいつは死罪確定なんだよな?」


「斉・・藤・・さん?」



斎木に殺気を突き刺しながら、声だけに向ける斉藤には不思議そうに首を傾げる。
斉藤の心中を汲み取った沖田と永倉は、が動かないように抱き寄せた。



「えぇ、土埼さんは見つけ次第殺していいという、命令が出ていると言ってましたね」


「ああ、斉藤じゃなかったら俺がやってる」


「え・・ま・・・まさか」


三人のやりとりにようやく理解したのか、は慌てて立ち上がろうとした。
しかし沖田と永倉に抑えられてぴくりとも動けない。



「なら誰が貴様を殺しても問題あるまい」




斉藤は斎木を見据えると、上体を低くし左手に刀を構えた。


あのかまえは














           牙突


















「貴様をやる前に一つ。抜刀斎、貴様もこいつの仲間か」




今まで蚊帳の外で静かに見守っていた緋村に、斎藤は声だけを緋村に向けた。
牙突の構えに双眸は斎木を捉えたまま。





チャリ





鯉口を切る音があたりに響き、バッと永倉が緋村の前に立ちはだかった。
が、緋村はゆっくりと永倉の横を通り過ぎると、を隠すように立ち止まる。
緋村の前には斎藤の背。






「奇遇だな。俺もこの男が気に入らない。今の件で俺が斬り捨てたいくらいだ」



「ああ、そう来ると思っていたよ緋村君。君はいつも僕に警戒感心を強くしていたからね」



困った笑みを浮かべる斎木に緋村の双眸に険が宿る。






「斬れ、斎藤」



「命令するな阿呆」









その言葉を合図に斎藤は地を蹴った。
刀と刀が激しくぶつかり合う、
斉木は斎藤の牙突の死界へと回り込むが、すぐさま横薙ぎの体勢に変換して斎木を追い込む。
途端、斎木は上体を低くく構えると深く体を捻った。
斎藤の瞳に緊張が走り、鋭く細められる。
ひゅっと風を斬る音が耳を掠め、斎木は急回転をしながら下段から刀を斎藤へと振り上げた。
が、斎藤はそれを難なく交わし、斎木はやや驚いたように上体を起こす。


「へぇ・・この技を瞬間に見切るなんてね」




この技を見るのは初めてではない。
屯所の稽古場でのとの手合いで、また夜警でが放つ技。
なるほどこの技の元は斎木か。


となると



斎藤は再び牙突の構えに入りながら、斎木を捉えた。


斎木も力に関して言えばそう強くない、斉藤より劣るだろう。
あの技は力不足を遠心力によって倍増させて斬りつける技。
斎木の剣はよりも軽く感じたし、抜刀斎よりも力が弱い。
しかし、斎木から放たれる異様な空気。
おそらくこいつの得意とするものは刀ではないほかの何か。


ふと斎木は刀を納めると、右手を空にへと翳した。
は目を見開き、沖田達を押しのけながら叫ぶ。



「飛んでぇ!」


の叫び声が耳を掠めると同時に、斉藤は後ろへと飛び退いた。
土砂崩れでも起きたかのような轟音が起こり、斉藤がいた場所に砂塵が荒れ狂う。
砂塵が薄れると同時に現れたのは、深々と抉られた地面。
そこにいればおそらく斎藤も同じようになっていただろう。
抉れた地面に息を飲み、斎木へと視線を移すと同時に斉藤は驚愕に目を見開いた。


斎木の右腕が異様に伸び、その手は一畳ほど大きく膨れ上がり、
その先端には黒く光る爪がギラリと光っていた。




「はは・・はずしたかあ」


「っつ・・!?」



「っな・・なんだあれは!?」




緋村と沖田、そして永倉に冷たいものが駆け抜ける
沖田に支えながら、は声を震わせながら呟いた。



「斎木先生はさらなる力を得るために・・自らキメラになったの」


「な・・んだと?」



斎木に注意を払いながら、斉藤はへと振り返った。
まだ顔は真っ青だが、刀を握る力はしっかりとするまでに立ち直ったようで安心するも、
から紡がれた言葉に目を見張る。


「私がいた三番隊の主な任務は、密偵行動や情報収集。
キメラ相手の新撰組は剣術や忍術、体術とさまざまな分野を使いこなせるけど、
私達の隊は情報収集を得意とする分、個々の戦闘能力は他の隊に比べれば弱いの。」



確かにも剣術・忍術と幅広く使えるが飛び抜けて強いというわけではない。
それでも、かなりの上段者であることは確かなのだが。
抱き留める沖田達を制して、はゆっくりと立ち上がった。




「斉木先生は、自らキメラになることで力を得、
世界を作り直そうと時代を壊しはじめた。」


「・・?・・ちょっと待て、「きめら」になれば人の意志はなくなるんじゃなかったのか?」



永倉が思い出したように口を開く。
永倉の言葉に斎藤と沖田もはっとした様に顔をあげた。
そう、一度キメラに姿を形を変えてしまえば、人の心は失い、ただひたすら人の血と肉を
欲する化け物になってしまうという。
しかし、彼らの目の前で穏やかな笑みを浮かべるこの男は、現れた時の外見は人となんら変わりはなく、
以前沖田と斉藤が切り伏せたキメラより、知能がしっかりしている。


「今までのキメラは不完全体、失敗作と呼ばれるもの。
・・・キメラを作る組織の目的は意志を持つ人間兵器の製造なんだ。
精神力と戦闘術が長けている斉木先生は、融合される獣の力に勝ち、自我を保ったまま
キメラになった。以前私が倒したあの鎧武者もかなり力を持っていた人間だったみたい・・
言動がはっきりしていたから・・・。」



ゆっくり斉木の前に立つと、は先ほどとは打って変わって
冷ややかな表情で刀を構えた。




「先生。たしかにあの世界をあんなふうにしてしまったのは私達人間です。
ですが、キメラもまた人の手によって作られしもの。
まして、人の意志関係なく無理やり作られた違法物。先生・・・あなたがしようと
していることは悲しみしか生み出さない。
それでもあなたはキメラを作り出すのですか?」



「それが私の使命だからね」



満月を背に微笑む斉木はまるで聖天使のようだった。
は唇を噛み締めると、スッと斉木を見据える。
先ほどとは違う、研ぎ澄まされた剣気に斉木の目が僅かに蔑みを帯びた。



「父さんや母さんがキメラに殺されて、先生に助けられて。
私は新撰組隊士となった。私はキメラを許さない。敵だとずっと思っていたけど
今は違う。人の弱さが作り出した悲しい生き物なんだ。
だから私はキメラを殲滅する。

先生・・・・いえ、斉木元。
貴方を第一級テロリストとして、静粛します。」












剣を教えてくれた師



人としての歩み方を教えてくれた父親



















ーいいかい?。キメラは化け物だと言われているけど彼らもまた
元は罪もない人間だったんだ。憎んではいけないよ?ー



ーでも、父さんと母さんを殺したんだよ?ー



幼いは、斉木の膝の上に座りながら、納得がいかないように
頬を膨らませた。困ったように斉木が小さく微笑む。



ーたしかに。だけどキメラも悲しい生き物。人の弱さと醜さが作り出した
あってはいけない生き物なんだ。憎しみを持って刀を振るってはいけない。
私達新撰組はよりキメラを理解し、倒さなきゃいけないよー












あの頃の斉木は誰よりもキメラを理解し、あってはならないものだと何度もに教えた。
彼がキメラを斬り倒す時にいつも聞こえる、念仏の言葉。



(どうか、死して安らかに)



キメラにされた人と獣を思いながら、彼は刀を振るっていた。



















それなのに、どうして貴方は悲しい生き物を作り出す側になってしまったのだろう?












先ほどとは打って変わって、鋭い目を向けてくるに、斉木の顔から
笑みが消えた。
今まで浮かべていた微笑で隠されていた異様な空気が、全面に押し出され、
斉藤達はいつでも抜刀できるように柄へと手をかける。
翡翠色の瞳に険を宿しながら、斉木もへと向き直った。





「どうやら覚悟は決めたようだね、



「私は新撰組として生きます」



「そうか、いい答えだ」






ひゅっとは地を蹴って斉木へと飛び込んだ。
上体を捻りながら、右腕を掲げる斉木にはぴくりとも反応を
示さず、スッと刀を水平にする。




「あれは・・」


今まで見たことのないの剣術に、沖田は目を瞠った。



「平突き・・・いや待て!あれは・・・斉藤のっ」



永倉も驚いたように声をあげた。
土方が編み出した、刀を横にした平突き。新撰組隊士の扱う技。
その技を昇華させた斉藤は、その攻撃力を数倍にも力を増した「牙突」の持ち主。
がとった体勢は、斎藤の牙突そのものだ。斉藤も驚いたように目を瞠るが・・・


「しかし、の力ではっ」




どすっとの牙突が斉木の巨大な右手首に突き刺さる。
掌を狙ったのだろうが、的は外れて手首に刺さるも、力が弱いは斎藤なら貫けるものを貫けない。
斉木の顔に笑みが宿る。


が、


牙突を放った刀から手を離すと、はキュッと上体を捻り鞘を抜き振り上げた。
やけになったか。しかし、が狙ったのは斉木の体ではなく、突き刺さったまま刀の柄。
そこへめがけて、鞘を振り上げる。
がんっと柄に当たると同時に、突き刺さった刀が反動で斉木の手首を斬り落とした。

ずんっと重い音をたてて、斉木の巨大な手が地面に落ちる。
ぴくりと動いた瞬間、巨大な手は灰となって消えた。
空を回転する刀を跳躍して掴むと、ざっと間合いをあけて体勢を整える。
斉木は失った自分の右手を嬉しそうに眺めながら、ゆっくりとを見やった。



「なるほど・・梃の原理と似たようなものか」


これで右腕による凄まじい破壊力は封じ込めた。
は表情を変えることなく、再び刀を構える。
ザンッと飛び込み、斉木を斬りつける。

しかし

先端を失った斉木の異様なまでに長い右腕が、びくりと波打った。



「!?ぐっ!!」



ぐわりと波打った斉木の長い腕が、へと襲い掛かる。
白く酷く冷たい感触がの首に巻きつき、込められる力にぐっと顔を顰めると
刀を振りかざし腕を切り落とす。自由になった体を跳躍で斉木から遠のけ、
絡みついたままの腕を払い落とすと同時に、それも灰となって消えた。
先ほど斬りつけられた肩がズキリと痛む。肩で息をするを嬉しそうに
眺めながら斉木は右腕を僅かに揺らせてみせた。



「驚いているね。あぁ、そうか。たしか以前は一体の獣と融合していなかったから。
あれからいくつかと融合をしてね。今この体には12体の獣が混じっているんだ」


さも嬉しそうに微笑む姿に、は目を見開いた。
そんな数の獣を体内に納めて、いまだ人の形を保っているというのか。
一体の獣だけでも自我を保てる者はそうはいないという。現に達が
倒してきてキメラは皆、自我を保っていなかった。



「それは・・蛇ですか・・・・?」


「ん?そうだよ大蛇を入れたんだ」


ごくりと唾を飲み込む。鬼と大蛇・・さらに10体もの獣の力を持っているというのか。


「そしてこれが」



ひゅおっ



斉木の右腕がさらに波立つ。同時に吹き付けられた強風に
は思わず目を瞑った。



「!・・かはっ!」


瞬間、体を斬りつけられる感覚が走り、反動では倒れこんだ。
恐る恐る体を見やれば、まるで刀で斬りつけられたように腕や足が斬れている。



「ま・・さか・・・鎌鼬・・・・??」



「正解」



鎌鼬は獣ではない。紡ぎ風が吹きぬける中で起こる真空の空間だ。
それにより切り傷が発生するもの。まさかそれを科学的に実体化し取り込んだというのか。
軋む体を起こし、斉木を睨みつける。
なぜそこまで強さを求める?


「!?」


斉木を捉えると同時には息を飲んだ。
斉木の背後から斉藤と沖田が斉木へと斬りかかる瞬間だった。
しかし、まるでそれを予期して以下のように斉木は小さく微笑むと、左手を斉藤達へと向ける。
斉木の左手から銀色の糸のようなものが繰り出され、それが斉藤達の肩や頬を切り掠めた。
斉藤と沖田は寸前のところで間合いをあけると、柄や腕に絡みついた鉄の糸を見やる。
とても硬い糸だが、かなり粘着を帯びている。



「蜘蛛か」


「そうなんだ。人を切り裂けるほどの鉄の糸に改良したんだ」


しゅるりと左掌からまるで糸そのものが意志を持っているかのように
白く不気味に光る糸が蠢いている。
まるで切り裂く獲物を探しているかのようなその動きに、
斉藤は鋭く舌打ちをした。






「化け物が・・・・」





苦々しく吐き捨てる斉藤に、斉木の柳眉が僅かに跳ね上がった。
一瞬にして穏やかな笑みが消え、初めて斉木の瞳に殺気が宿る。





「なんだって?」




ゆっくりと斎藤へと顔を向けながら、斉木は翡翠色の瞳で斎藤を射抜く。
さきほどとはまるで違う斉木の気配に、斉藤は僅かに口端をあげた。




「ほう?自覚がないようだな。化け物といったんだ化け物」



「黙れ!!」



穏やかだった口調の斉木に、初めて怒りの色が混じった。
くわっと斉木の瞳が見開かれ、ぐわりと左腕が波立つ。鞭を扱うように
体を捻るとそれを斎藤へとと振り下ろした。
蛇の腕と蜘蛛の糸が斎藤に襲い掛かる。斉藤は跳躍すると、襲い掛かる糸を切り裂いて
跳躍したまま牙突の構えをとった。


牙突・弐式



ひゅおっと風を切る音とともに斎藤の牙が、斉木の蛇を撃墜した。
これで奴の両腕はもう使えない。が、しかし次の瞬間には斉木は右腕を
斎藤へと叩き込んでいた。巨大な拳が斉藤の瞳に映りこむ。
ふと、視界の隅に何かが飛び込んできた。それは斎藤に体当たりすると、
寸前のところで巨大な拳の攻撃を掠める。


反動で地面を転がる斉藤は体当たりしてきたのがだと認識すると、
ぐっとの腰を抱き寄せた。
地面との摩擦で腕に激痛が走るが、口を噛み締め堪え、を抱き起こす。
先ほどの鎌鼬でいたるとことに傷を受け、血が滲んでいる姿に思わず顔を顰めた。
斎藤の腕の中で、肩で息をしながらも斎藤があの拳の餌食なることを回避できたことに
ホッとしたようには斎藤の顔を見つめる。
しかし、すぐにも険を宿し斉木へと視線を戻した。




「なんで・・さっき斬りおとしたはずなのに・・」



斉木の右腕は、さきほどが斉藤の牙突から得た技で斬り落とした。
あの絶大な破壊力を持つ右手はこちらにとってはとても不利になる。
だからこそはじめに斬りおとしたのに。



「再生能力がね、発達しているんだよ」


不敵な笑みを浮かべながら、斉木は右腕を軽く持ち上げて見せた。
月光に照らし出された、鋭く長い爪が獲物を欲するように怪しく光る。


「私の体は融合をするたびにあらゆる体の機能が進化を辿った。
この再生能力もそのひとつ。私を仕留めるならここを狙うべきだね」


そう、トントンと左親指で心臓を指し示す。


もっとも



「私が完全なキメラとなったら心の蔵を潰しても死なないけどね」



「完全なキメラ?」


の体がぞわりと粟だった。
これだけの力と再生能力を得ておきながら、まだこの男はさらなる強さを
得ようとしているのだろうか。
しかし、斉木はの呟きには答えずに、鋭い視線を斎藤へと向けた。





はねとても気に入っているんだ。弱くて醜いけどとてもかわいい。
以前の私の影と悩み苦しむ姿は最高だ。もっと楽しませてもらってから殺したい。

だけど、斎藤一。
お前は別だ。お前は私を化け物と言い放った。
この神聖な力を化け物だと?
許さない。
お前はひとおもいには殺さない。」


ゆらりと斉木の体から異様な空気が流れ出た。
斉藤も刀を構えて斉木を捉える。





「いい度胸だ。人を捨てた化け物に神聖もへったくりもあるものか」



「・・・殺す」















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