「山崎さんの読みがあたりましたね」
「そうだな」
斬り伏せた浪士を冷ややかに見下ろしている斎藤に、沖田ののんびりした声が響いた。
相変わらずの無愛想な受け答えの斎藤に小さく笑うと、沖田は家屋の上へと視線を走らせる。
「ちゃんも今夜は大忙しですね」
+蕎麦+
沖田の言葉に斎藤も上を見やった。
月光に照らされ刀がきらりと光ると同時に、黒い巨大が灰となって消える。
が刀を取るのを見るのはこれで何度目だろうか。
その無駄のない動きは女特有のしなやかさを最大限に生かし、まるで隙がない。
彼女がもし敵側だったらと思うと、斎藤は少し肌寒くなった。
たんと軽い音をたてて、が降りたつ。
「皆さん怪我はありませんでしたか?」
その言葉にに斎藤と沖田は顔を見合わせた。そんな2人に傾げるに
斎藤は呆れたように息を吐き出し、懐から手拭を取り出してそれをそっとの米神へ押しあてた。
突然のことに目を僅かに見開くが、ツンとした痛みが押さえられている箇所に起こり、顔を真っ赤にさせる。
「へへへ、私が怪我してましたね」
「阿呆だな」
「うぅ・・」
さらりと吐き捨てる斎藤にはむぅっと頬を膨らませば、小さく笑いぽすんとその大きな手をの頭に乗せてやる。
にへらと笑うに、その様子を見ていた沖田はぴくりと眉を顰めた。
その翌朝。新撰組屯所内の稽古場はいつになくざわついていた。
平隊士はもちろん、幹部のほとんどに局長・副長までも顔を出し、盛り上がりながらも異様な空気が流れている。
稽古場の中央には三番隊組長の斎藤と、近藤局長遠縁のいまや新撰組では大人気の。
2人は木刀を構えて互いにの出方を伺っている。
しかし、近藤や土方をはじめとするの素情を知る者は別の意味でこの手合いに釘付けていた。
現三番隊組長と未来の三番隊隊長の手合い。
斎藤の腕は今更語るものではない、対するの腕も相当なものである。
この手合いどうなるか。
互いに正眼に構えて微動だにしない。
しかし、腕の優れた剣格なら感じ取れる剣気が稽古場に渦巻いていた。
斎藤は鋭い剣気を容赦なくに叩きつける。対するから流れる剣気はまるで清流の如く、
静かに、だが凛とした刺し抜く冷たさを斎藤に突きつける。
ふと斉藤は、剣気の投げ合いだけで自分が楽しんでいることに気づく。
この手合い、楽しくなりそうだ。
やがての木刀がゆっくりと弧を描いた。それに惹き寄せられるように足を踏み出す斎藤。
ガンッと木刀が激しく打ち合う音を合図に、連続した激しい打ち合いが始まる。
稽古といういうにも関わらず、斎藤は容赦なく得意技の牙突を繰り出していくが、
は持ち前の素早さでひらりひらりとかわしていく。
ふと、は体を捻りキュッと音たて目にも止まらぬ速さで一回転をした。斎藤の目が僅かに険しくなる。
ヒュオッと風を切る音ともに、下段からの木刀が襲いかかった。
が、それを斎藤は木刀で動きを封じる。
この技は何度か見たことがある。
キメラと戦っている時に見る最速の技。
遠心力で刀の威力を倍増させた、おそらくの得意技だろう。
腕がたつといってもやはり女の力。
の技はの持つ素早さを上手く利用した、力不足という弱点を補った技のようだ。
いつだかのその技を指摘したとき、は驚いた表情を浮かべ、
自分の弱点をどう活かすかとしばし、斉藤と議論したこともある。
と斎藤の目がかち合う、互いに小さい笑みを浮かべると、バッと間合いをあけて立った。
改めて木刀を構える。
稽古場は水を打ったように静かだった。平隊士達は息をするのも忘れたように
目の前で繰り広げられている試合に釘付けになっている。
その表情は皆「これがただたの稽古か?」という表情だ。
しかし、幹部たちは次の一撃で決まると察し、2人の動きを見守った。
先手を打ったのは斎藤だ。だんっと踏み込むと同時に凄い速さでに襲いかかる。
牙突だ。
もキュッと一回転をすると下段から木刀を振り上げた。
ガツンと凄まじい音が響く、が、次の瞬間斎藤は上体を捻り、の木刀を擦るように自分の木刀を引くと
別方向からの肩に打撃をあたえた。
「一本!それまでっ」
衝撃で倒れ込んだに手を伸ばせば、にっこりと斎藤の手を取る。
「まいりました。ありがとうございますっ」
の言葉で稽古はにわかに騒がしくなり、やがて拍手と歓声の嵐が2人を飲み込んだ。
少しよろけたの肩を支え、稽古場の隅へ腰を下ろす。
その様子を沖田がじっと見つめていたが、話をしていた斎藤とは気づく由もなかった。
いや、斎藤は気づいていた。
と話をしていると必ず感じる視線。
ふと沖田を見やれば、にっこりと微笑んでくる。が、彼から発する気は正反対のものだった。
−一さん、ちょっとちゃんに馴れ馴れしいんじゃありません?−
そんな凍てつくような視線を鼻で笑いのけると、にっこりと笑顔を向けてくるに小さく笑った。
いまだ興奮が収まらない稽古場に監察方の山崎がひょこっと顔を出した。
の姿を見とめると、の元へとやってくる。
「はん。少し休んでからお願いしてもよろしいか?」
「あっうん!今日もお願いします」
「じゃあ、裏で待っとるわ」
山崎が稽古場から出て行くと、斉藤は呆れたようにを見やった。
「疲れんのか?」
「はいっ。私にとって柔術も大切だから稽古ができて嬉しいです!」
そう満面の笑みを浮かべるに、斉藤は呆れた溜息をつくと、
の木刀を片付けながら、着替えてこいと促した。
ありがとうっと稽古場を去るの後姿を見送りながら、
もし、これが稽古でない敵味方に分かれての実戦だったら、自分は
窮地に追い込まれるだろうと少し怖さを覚える。
は剣術だけではなく、忍としての柔術にも長けている。
キメラ相手に剣術だけでは到底追いつけないということだ。
ふと、が斉藤へと振り返った。
「今日も日向ぼっこに行きますね!」
「あぁ」
「ふわ〜あったかじんわり〜」
ふと聞こえた言葉に、斎藤は顔をあげた。
そこには猫のように目を細めにんまりと笑っている。
日が若干傾きかけた頃、は先ほどの予告通り、斉藤の部屋で
のんびりと日向ぼっこをしていた。
この間の件から頻繁には斎藤の部屋を訪れるようになっていた。
最初こそは仮眠する目的できていたのだが、時折、口数の少ない斎藤と少し話をしたり、三番隊士と話したり。
今ではが訪れるのを少しばかり楽しみになったのもたしかだ。
そっと手を伸ばし、軽くの頭を撫でてやれば、へにゃりと斎藤に笑ってみせる。
それを顔に出さぬよう小さく笑いつつも、斎藤はため息をついた。
「一さん・・ずるいですよ。なーんか自然に撫でてません?いつもいーっつもっ」
「なんでいっ、仮眠なら俺のところでもいいじゃねえか」
が来ることはいい、の話は斎藤も興味を示したし、
斎藤の話はを大いに楽しませた。
しかしここ二、三日あたりから
にくっついて珍客まで転がり込むようになった。
斎藤の隣にはぺたんと座る、そしてその隣には腹這いになって斎藤をうらやましそうにみあげてくる沖田。
そしてそしてその後ろでは、片腕を立て顔をのせている原田と胡坐かいている永倉の姿。
沖田と原田の言葉にぴくりと柳眉をあげて見据えると、ぱたりと本を閉じる。
「ここは日がよくあたるし、しずかなのでね。
沖田君達こそ、ここでくつろいでいていいのかね」
「だってちゃんがいるし?。一さんばっかりいい思いさせません?」
ねーvとにっこりとを見あげれば、は「ん?」と不思議そうに首を傾げながらも
つられてにっこりと沖田に笑いかける。
はそのまま斎藤へと視線を向けた。
「沖田さん達によく街に連れて行ってもらっているんです。空気はおいしいし、空も高くて青いし。
その下で食べるお団子はもうっ格別!」
美味しいんです〜
そう微笑む姿に思わず目を瞠った。と、同時に静かに納得もする。
そうか、厚い雲に覆われた世界では青い空も見れないのだろう。
話の中で空気も悪く、「ますく」という顔をおおうものがないと外にでられないと聞いた。
ここにいるのが任務であるとはいえ、なぜかの住む世界がとてもいいものではないように思う。
それならばこちらにいるあいだだけでも、楽しい思いをさせてやりたいと思うのは
問題ではないだろう。
「腹が減ったな」
「あ、じゃあ何か作りますね」
そう立ち上がろうとしたを手で制すると、出かけるぞとを促した。
「蕎麦が食いたくてね」
「お蕎麦?」
「またかよ〜。斎藤、ほんっと蕎麦好きだよな〜」
「えー僕お団子がいいな〜」
「おいおい、それよか酒だろ〜酒!」
並んで歩く斎藤との後ろからからだらけた抗議がかかり、斎藤は迷惑そうに肩越しに振り返った。
「俺はだけを誘ったのだが?」
「「「気にしないv」」」
「気にする」
間髪入れないやりとりにはカラカラと笑い、斎藤は恥ずかそうに足を早めた。
沖田も声を出し笑いながらの横を歩き出す。
やがて一向は斎藤の行き着けの一つだという店へ入っていった。
蕎麦だけにかぎらず、酒や甘いものもおいてあり、はにっこりと斎藤を見上げた。
文句をいいつつも、皆か食べたい飲みたいと示す物がおかれている店をあえてえらんだのだ。
原田と永倉は酒を、沖田は団子を。
そして斎藤とは蕎麦を頼んだ。
「私ね、お蕎麦初めて食べるんですよ」
楽しみ〜とワクワクした表情で奥の方を覗き込むの姿に、一同はぴたりと動きをとめた。
かなり違う環境で、もしかしたら食べ物も違いがあるのではと思ってはいたが。
斎藤は今まで聞いた違いよりも驚いた表情でをみつめた。
「まさか蕎麦がないというのか」
自分の好物がない世界というものはなんと腹立たしいことか。
どこか怒り染みた口調には不思議そうに首を傾げた。
「はい、蕎麦の栽培は行われていないんです」
米と小麦だけで追いつくのがやっとで、野菜の栽培もままならないいんです。
一同は信じられないと行った表情で顔を見合わせた。
永倉がいいにくそうに口を開く。
「ねえ、ちゃんさ、そんなところで暮らしていて楽しい?」
湯のみ茶碗を手にしていたは急にシュンとなり、コトリと茶碗を置いた。
永倉は「しまった」と後悔の色を浮かべたが、永倉の言葉すでにの耳に
入っており、取り消すこともできない。
「うん・・ここはお日様があって青い空あって空気がきれいで、水にきれい。
食べ物もおいしいし、とてもいい所です。
はっきりいって私のいる世界はいつ生物が絶滅してもおかしくない状況ですし・・」
大気汚染が進み、酸素ボンベマスクを着用しないと外に出れない。
厚くおおわれた雲のせいで、日の光が通らないため人工太陽を作りそれで栽培を行い。
食料は栄養だけをとりいれた、ブロック型のクッキーや飲み物がほとんどだ。
それに輪をかけるように、は全ての機能が機械に制御されている生活においつけないでいた。
全てが機械化された中で、は極度の機械音痴で、今住んでいる家もアンティークの
ただ電気が通っているだけの家にしている。
食べ物もバランスフードがあわず、高値だが野菜などを買って自分で調理している。
はっきりいって自分のいる世界から逃げたいと思う時がほとんどだ、
しかし
「でもね。新撰組の仲間がいて学校の友達がいて。私は確かにあの世界の住人なんです。
情勢は最悪だけどそこが私のいる世界なんです。」
どこか悲しそうな笑みを浮かべるに一同は何も言えなかった。
幸い、の話が終わると同時に蕎麦が運ばれ、一同はそれぞれたのんだものを口にする。
わあvと器や蕎麦をしげしげ眺めているに、一同は顔を見合わせて笑った。
はサッと顔を赤くすると、肩を窄めて笑ってみせる。
斉藤が蕎麦を食べているのを少し見つめた後、も箸を取り蕎麦を掬い上げた。
「・・・・・・vvvvv」
もきゅもきゅと噛みしめているの顔が、どんどん幸せそうになっていくのを
沖田は面白そうに眺め、原田は「お前は栗鼠か」とおもしろそうに突っ込んだ。
にぱあと斉藤に「おいしいっ」と微笑めば、斉藤も呆れたように笑い返す。
「ここにいる間に美味いもんたくさん食わせてやる」
「わvありがとうございます!楽しみ〜v」
屯所への帰り、少し寄り道をして河原へ足を伸ばす。
水に足をつけて遊んでいると原田、永倉を眺めながら、斉藤と沖田は並んで岸辺に腰を下ろした。
「いやーvもうかわいいねちゃんvvさっきの顔!まるで栗鼠ですよねぇ
ん〜やっぱり手だしちゃおうっかなv」
「沖田君?」
沖田の言葉に怪訝そうに斉藤は沖田を睨みつけた。
−今、この男はなんていった?手を出す?にか。
未来からきた者だぞ?−
思考がぐるぐると頭の中を駆け巡るが、それ以上に斉藤は胸の奥で苛つくのを覚えた。
「一さんもちゃん好きなんでしょう?」
見てればわかります!
そう少し頬を膨らませて睨みつける沖田に、斉藤は僅かに目を見開いた。
−惚れている?に?−
そんな斉藤に沖田はぶつぶつと口を開く。
「いつもいーっつも一さんちゃんの頭撫でてるし、ちゃんも嬉しそうだしっ
も〜いくら同じ三番隊組長だからって意気投合しすぎですよ。
絶対ちゃん一さんのこと好きですよね!でも僕めげませんよ!」
やや憤慨したような口調に斉藤はふと、口を閉ざした。
「・・・の目を見たことがあるか?」
「は?何言ってるんですか。僕はいつもちゃんと話しをする時は僕しか
映らないように目を見てますよ」
「そうじゃない。沖田君たち話している時のの目は本当に楽しそうだ。
だが、俺と話をしている時、はどこか懐かしそうな目をする」
「?どういう意味です?」
斉藤の表情が険しいことを見、沖田は真剣な表情で斉藤を見つめた。
斉藤の視線は河原で遊ぶ、を捉えている。
「沖田君の言うとおりだ、たしかに俺はに惹かれている。
だが、未来の者だ。もし俺や沖田君・・この時代の者がと親しくなり
そんな仲にでもなってみろ。のいる新撰組は歴史を管理している。
歴史に亀裂を及ぼし、彼女の立場も危うくなるだろう」
「そう・・ですね」
彼女のいる新撰組にも局中法度のようなものがあるといった。
規律を破れば、切腹という刑はないにして、相当の処罰があると以前聞いたことがある。
斉藤はのことを気遣っているのだろう、沖田は少し申し訳ないことを言ったかと後悔した。
「それに、は俺には惚れていない」
きっぱりとした口調に、沖田は驚いたように顔を上げた。
「が俺を見る目。あれは何かを懐かしむような目だ。おそらくかつての上司を
重ねているだけだ。」
のかつての上司の斉木 元。
はその男の直属の部下であり、常にその男の近くで剣を振るっていたと
土崎が話していた。
斉木の命令に従順で、仕事もしっかりこないしていた。おそらくそれは育ての親の枠を
通り越して、斉木に惚れていたからだ。
そして斉木が新撰組を裏切り「きめら」に加担して、の前から姿を消した。
そう、は斉藤に以前の上司の面影を重ねているだけだ。
そう淡々と語る斉藤に、沖田はいたたまれない表情で原田達とケラケラ笑い合っている
を見つめた。
「それって、辛いですね。一さんもちゃんも」
「・・・・がここにいる間だけでも楽しい思いはさせてやりたいとはおもう」
その言葉が妙に沖田の奥に引っかかった。
それは斉藤の気持ちを押し殺すことだろう。
けれど、もし歴史を気にすることなく、彼女の立場を気にすることなく
思いをぶつけられたら?自分は、斉藤はどうするだろうか。
ふと、が原田と永倉と分かれて斉藤と沖田へ小走りにやってきた。
「原田さんと永倉さん、もう一軒飲みに行くそうです」
「元気だねーあの二人はv」
「では屯所に戻るか」
そう、立ち上がる斉藤には元気よく頷いた。
と、いきなりクスクスと思い出したように笑い出す。
斉藤と沖田は顔を見合わせて、を見やる。
「何がおかしい?」
「ううん。ちょっと。
原田さんと永倉さんね、一緒によくうちの副長に悪戯しかける仲間に似ているんですよ」
沖田と斉藤はさっきまで自分達が話していたことを
思い出した。
「任務に行っていると言ってたから、怪我とかしてないといいけど」と少し心配そうな表情に、
沖田はチラリと斉藤を見やるとにっこりとに微笑んだ。
「へ〜vそうなんだ。きっとその仲間も賑やかなんだろうね」
「うん!、もううるさいくらい」
「ははっそういえばさ、この間きた副長の土崎さんもうちの副長となんか似ている感じがしたな〜」
「えー・・うーん雰囲気は似てるかも・・。でもうちの副長すっごい性格悪いんですよ!
あれは鬼通り越して閻魔です!!閻魔!」
なにやら相当恨みであるのだろうか、拳をぎゅっと握って豪語するに沖田は
ケラケラと笑った。
は仲間のことが懐かしくなったのか、沖田の顔を覗きこんでにっこりと笑った。
「沖田さんもね、大の仲良しの先輩ににているんですv笑ったときの表情とか
甘いもの好きなところとかvあ、でも女性なんですけどね」
「へえ〜vv」
「皆どうしてるかな?」そう空を仰ぐ、を斉藤は小さく笑いながら見つめた。
ふと、隣に視線を感じ斉藤はハッとして沖田を見やる。
何かを企んでいる笑みに、斉藤は何か嫌なものを感じる。
「じゃあさ、一さんは?」
「え?」
「沖田君」
きょとんとした表情に斉藤は咎めるように沖田を窘めたが、沖田はにっこりとへと
身を乗り出す。
「一さんは誰かに似てる?・・そうだな・・たとえば以前の上司にとか」
「沖田君!」
斉藤は一気に双眸に険を宿すと、ぐいっと沖田の肩を掴んだ。
かつての上司という言葉に、は目を見開き顔を真っ青にさせた。
かつての上司。斉木元。裏切り者。
斉藤はの表情が一気に青ざめたのを見やり、沖田に喰ってかかった。
「何を言っているんだ!!沖田君っ・・の上司は・・・」
「副長から聞いたのね」
沖田は言ってからしまったと後悔した。
の反応は沖田が想像していた以上に過敏だった。言ってから自分の軽率さを呪う。
と仲のいい斉藤に嫉妬していたせいで、少し意地悪くしすぎた。
斉藤の慌てた様子に、は儚げに笑ってみせた。
「副長が話したのね」
「・・あぁ、新撰組を、人を裏切り今では死刑確定の手配犯と」
歯切れの悪そうに吐き捨てる斉藤に、は一つ息を吐き出した。
「そう。三番隊の皆を殺して、私だけ生き延びてしまった」
「ごめん、ちゃん僕・・」
「ううん。斉木先生が裏切ったのは事実で、見つけ次第、殺すようにも指示されている。
私は副長に止められているけど・・・」
でもね?
そう続けるに沖田はゆっくりとを見た。
「私にとってはまだ・・とても大切な人なんです。
・・・・4歳の時、キメラに家族を殺されて、私も殺されそうになったところを
斉木先生が助けてくれたんです。斉木先生は命の恩人。そして私を育ててくれた父親なの・・・・」
僅かに震える肩に沖田はギッと拳を握った。
なんて馬鹿なことをしたんだろう僕は・・
俯いていたがスッと顔を上げた、どこか無理に笑っている笑顔に
沖田は胸がズキリと痛む。
「・・先に屯所に戻ってます」
「あ・・」
サッと踵返して走り去るは沖田は止めることができなかった。
途端、胸倉を掴まれる衝撃に目を瞠る。目の前に殺気を丸出しにした斉藤が沖田を睨みつけていた。
「あんた・・俺のことが気に入らないのはいいがを巻き込むな。
ここにいる間だけでも辛いことを忘れさせてやりたいと思わないのか」
普段沖田に対する口調とはまるで違う言い方に、沖田は辛辣そうに俯いた。
「すいません・・・・本当に・・すいません」
どこか追い詰めたような沖田に、舌打ちをすると斉藤はが走り去った方へと
足を向けた。
わかっている・・・自分が焦っていることに。
自分の灯火がそう遠くない日に消えることに。
だから、焦って苛ついて。
突然に得た安らぎと浮つく想いに胸焦がれるも、目の前で楽しそうに
話す二人に嫉妬が抑えきれなかったんだ。
「僕は・・・最低だな」
クッと唇を噛み締めると沖田はゆっくりと、歩き出した。
川にかかる橋を渡りながら、は俯きながら屯所へと走っていた。
沖田達が斉木のことを知っているのは、なんとなくわかっていた。
この時代にキメラが大量に流出したのは、斉木の手引きが大きく関わっている。
それも長州側についたとなれば、新撰組にも伝えなければならないことだろう。
自分でも解っているはずだった。たとえ自分の師匠でも親でも、人類を裏切った師は許せない。
しかし、沖田の言葉がやけに胸に刺さっていた。
−一さんは誰かに似てる?・・そうだな・・たとえば以前の上司にとか−
何が言いたいのかわからなかった。けれど急に溢れ出す思いが
の体内を渦巻いていく。
どうしてそんなこと言うの?どうして?
ふいに視界が揺らぐのを感じて、クッと袖で涙を拭った。
ドンッ
「きゃっ!」
「危ないっ」
前方を見ずに走っていたせいで、前から歩いてくる人に気づかなかったようだ。
は誰かにぶつかり、よろけ転びそうになるが、ぐいっと腕を捕まれて無様に転ぶのは回避できた。
ペタンと地面に座り込んでしまい、のろのろと顔を上げれば綺麗な赤毛色の
髪がの視界に飛び込んできた。
左頬に十字の傷をつけた男が心配そうにを見下ろしている。
は慌てて立ち上がると、男に勢いよく頭を下げた。
「ごっごめんなさい!!私がちゃんと前を見てなかったからっ」
「いいや・・・泣いているのか?」
男は小柄だった。の方が若干背が高いだろうか。
男はの目が真っ赤なのに気づき、怪訝そうにの顔を覗きこんだ。
「え?あ・・・ちょっとね・・」
そうにへらと笑うに、男は何も追求してこなかった。
「そうか」と小さく笑うと、夕陽を見やりながら口を開く。
「じきに日が暮れる、早く家に帰ったほうがいい」
「はい。ありがとうございます」
「!」
が頭を下げると同時に、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
この声は斉藤だ。は一瞬躊躇した後、ゆっくりと振り返った。
そこには、殺気を押し出した斉藤が睨みつけていた。その異様な剣気に
は一瞬凍りつくも、睨みつけている相手が自分でないことに首を傾げる。
「斉藤・・さん?」
「、その男から離れろ」
「え?」
強張った口調にはますます頭が混乱する。
「命令だっ離れろ!」
わたわたしているに斉藤は怒鳴り声をあげ、の手を掴み引き寄せ、
自分の背後へ隠し男を睨みつけた。
「命令」ときいて、男は一瞬眉を潜める。
「その娘も新撰組か」
刀はさしてはいない。
袴姿で男装のようだが、誰が見ても女だと一目瞭然の娘。
赤毛の男はさきほどとは打って変わって、刺し抜くような視線をに突き刺した。
一瞬体を強張らせるに、斉藤はさらにを背中に隠すと、ふんと鼻で笑う。
「こいつは雇いの家事請いだ。よって手出しは無用」
「・・・そうか」
男は斉藤に鋭い視線を向けると、静かに歩き出した。
通りすぎざまに一瞬斉藤と男の視線が強くぶつかり合う。
「任務中でないのが残念だな」
今は隊服は着ておらず巡回中ではないため、抜刀はできない。
任務中以外の抜刀は局中法度に背くことになるのだ。
「命拾いしたな」
「お前がな、抜刀斎」
歩き去る男の背中に斉藤はずっと殺気をぶつけていた。
こちらへと歩いてくる沖田も険しい目で赤毛の男を睨みつけている。
やがて男が橋の向こう側へと消えると、沖田は小走りにのもとへと
寄ってきた。
「ちゃんっあの男に何かされなかった?!」
酷く心配そうな表情には少し驚いて首を振った。
「ううん。私がぶつかちゃったの。・・その・・あの人は?」
「緋村抜刀斎・・・俺達の敵だ」
つまりは倒幕派の人間。
斎藤の言葉いつになく険しい。
沖田が申し訳なさそうにに頭を下げた
「ちゃん、さっきは本当にごめんなさい。
ちゃんと一さんがいつも仲がいいからつい・・・」
「沖田君」
さらりと斎藤を追い詰める言い方に、斎藤はやや目を細めた。
しかし、はその意味がわかってないのか小さく首を振る。
「ううん・・私も。もう大丈夫だと吹っ切れたはずなのに
取り乱してごめんなさい。」
「気にするな、先ほどの非は全て沖田君にある。が謝るものではない」
「一さん・・なんか気に障りますねその言い方」
「正論だろう」
を囲んで、斎藤と沖田の視線がぶつかり合う。
が、視線を外したのは沖田の方だった。にっこりとの顔を覗きこむ。
「ここにいる間だけでもいいんだ。僕はちゃんのこと
好きだから。これからたくさん楽しい思い出つくろうねv」
「っみ//」
「なっ!」
ふわりとの頬を掠める沖田の口付けに、は目を見開いた。
みるみるうちに真っ赤にさせわたわたと沖田を見つめる。
斎藤は沖田の宣戦布告のような笑みと合図を突きつけられ、思わずを
抱き寄せていた。
しっかりと抱き寄せられてしまい、不思議そうに斎藤を見上げる。
「一さん、確かに歴史を変えるのはまずいですが、僕はそれでは気がすみません。
たとえ期間限定だろうと、僕はちゃんの心を掴んでみせますよ?」
「沖田・・・」
「一さんも本気出してくださいよ?そうじゃないとどちらがちゃんが
好きかちゃんに伝わりませんからねv」
「;;あのう;」
自分を置いたまま勝手に燃え上がっている二人を交互に見やりながら、
は顔を真っ赤にさせていた。
ふと斎藤がを見つめる。もちろんしっかりと抱き寄せたまま。
まっすぐに見つめられて、は思わず胸が高鳴った。
「そういうことだ。いや・・・・。
俺はお前に惚れている、だからお前が未来に帰る日まで、
お前の心を絶対俺に向かせてやるからな、覚悟しておけ」
「へ?;;」
「一さんそれ脅迫」
「ふん、沖田君相手ではそうもなるさ」
突然名前で呼ばれたことに、は一気に思考が停止した。
優しく頭を撫でる斎藤の目はとても優しいものだった。
不思議そうに瞬きをし見上げてくるに、穏やかに笑って見せると、
そっとを開放する。
「さ、今度こそ戻るぞ」
そう、の肩に腕を回し歩き出す斎藤に、沖田は頬を膨らませて
の隣を歩き出す。しっかりとの手を握る様に斎藤の片眉が
不愉快そうに跳ねた。
「あのう;私に拒否権ちゅーもんは・・;」
「ないに決まっているだろう」
「うん。僕か一さんどちらかだからね!原田さんたちはいれちゃいけませんよ」
「そーじゃなくてえ・・・:」
はは・・と乾いた笑みを浮かべるを見つめながらも、斎藤は
先ほどうやむやになってしまった事が気になって仕方がなかった。
は俺のことを以前の上司と重ねているのだろうか?
聞き出したいところだが、それは一瞬のうちに思いとどめる。
もしそうだとしてもだ、その上司とやらの面影を埃一つ残さずに追い出し、
斎藤一に惚れさせてやればいいだけのこと。
そう確信すると、不敵な笑みを沖田へと投げかけた。
−沖田君、君には負けないよ−
−ふっきれましたか一さん。でも僕だって負けませんよ−
「。明日はもっとうまい蕎麦を食いにいくぞ」
「むっ!ダメですよ。明日は僕と干菓子巡りに行くんです!」
二人の間で、「これから大変なことになりそうだ」とげんなりしながら溜息をつくがいた。
達が歩いていくのを橋の対岸から、先ほどの赤毛の男−緋村抜刀斎がずっと見ていた。
ふと、隣に誰か立つ気配を感じ、僅かに眉間に皺を寄せる。
「斉木殿か」
「あれは?」
緋村よりもかなり背が高い男は、温和な笑みを浮かべながら先ほど
緋村が一触即発になりかけた三人の後姿を眺めている。
長髪ではなく、襟足で切りそろえられた黒い髪。しかし前髪は長く
穏やかな翡翠色の瞳を隠しているようにも見える。
その笑みはどこか冷めたようにも見え、緋村は仲間だというのにこの男のことが
果たして信頼を置ける人物か疑っていた。
800年後の見らから来たという、政府に属する男。
なんでもこの時代で起こることが後に影響を及ぼすらしく、政府の命で
この時代に来たというが・・・・
緋村は斉木を怪訝そうに見やりながらも、橋の上の達に視線を戻しながら
小さく口を開く。
「新撰組です」
「へえ・・あれが」
どこか楽しそうに笑みを深める斉木に緋村は不機嫌そうに顔を顰めると
サッと踵を返し歩き始めた。
「戻りましょう斉木殿」
「ええ」
穏やかに微笑みながら、斉木はもう一度橋の上の三人へと視線を戻した。
いや、正しくは二人の男に挟まれている少女一人を。
男二人がなにやらやりとりをしていて、それを交互にわたわたと見ている少女。
ふと、斉木の笑みに不敵なものが宿った。
「ここの管轄は、お前なんだね」
くすりと笑いながら髪をかき上げると同時に、スッと瞳が開かれた。
翡翠の瞳が哀れむようにを捉える。
「楽しくなりそうだ」
そう呟くと、斉木も静かに踵を返した。
今度こそ、殺してあげよう。。
「そうだな・・・」
月光に散る血の花びらもいいものだろう
やっと進展ありですな展開。
うわい抜刀斎出せたv