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今から800年後の時代より来た新撰組の三番隊隊長。
年は16といっていたか・・−
稽古場の隅に座り、手ぬぐいで汗を拭き取りながら、
斉藤は今永倉と木刀を交えている、袴姿のをなんとなく見やった。
+陽溜+
−あの女子がここに留まると聞いた時、俺は一瞬思考を巡らしたあと反対の意を唱えた。
しかし、一瞬の思考が仇になったか、その言葉は局長の耳には入らなかった。
反対の理由は無論、女子というためだ。
先日の「きめら」という化け物一件で、あの女子の腕は相当のものだと確証した。
それは認める。
しかしだ。
男だけの新撰組に女子が一人となれば話は別だ。ましてや普通の女子ではない。
未来という時代からやってきた女子の身に事が生じれば、いろいろ厄介沙汰になるだろう。
それに、女子がいるということで組内の士気に影響を及ぼさないか。
三番隊組長という役についているせいか、やはりそちらの方が俺にとっては重要だった。
しかし、危惧していたものは全て無用のものとなって消えた。
局長の遠縁というふれ込みもあり、なかなか手を出す者がいなかったのだが、
先日悪ふざけをしようとした隊士を多くのものがいる中で、瞬きの間にねじ伏せたことで、
さらに手を出す者がいなくなり、危惧していた士気も、逆にあの女子が来たことで以前よりも活気づいた。
食事、掃除洗濯と一挙に引き受け動き回る様は日のように輝くかのようだと
逆に隊士たちは活力を得ているようだ。
食事も組内金銭維持のため一度に使うものは限られているものの、
質素ながらその美味さに今ではほとんどの者が食事を楽しみにしている。
中には故郷に残してきた、家族や恋人を思い出す者もいて、
今では という存在は新撰組に欠かせないものかもしれない−
斉藤は木刀を部下に手渡すと、改めて永倉との手合いを眺めた。
仕事の合間に暇ができると、も稽古に参加している。
日中は炊事洗濯に励み、夜は黒コートに身を包み都を見回る日々。
少しでも稽古をしておく必要がにはあった。
そんな真剣な表情のは今は袴姿の男装。土崎が持ってきてくれたものだ。
こちらに来たときはおろしていた長い髪も、ここでは常に高い位置で一つに結っている。
は女ものの着物は着なかった。
常に作務衣か袴姿。かといって女であることを隠しているわけではない。
この方が動きやすいし、なによりもこちらの方が新撰組内に溶け込みやすい。
へたに女ものの着物を着ていると目立ち、隊士たちも気にしてしまうだろう。
永倉との激しい打ち合いを見守っている者がどんどんとのめり込んでいく。
結局、どちらも一本を許さず手合いは終わりになった。
原田と沖田が駆け寄りなにやら四人で盛り上がっている姿に、斉藤はゆっくりと立ちあがり
稽古場を後にした。
は原田達と一緒にいることが多い。
といっても、原田達がいつもにつきまとっているのだが。
しかしそれを邪険にせず、ににっこりと受け答えをするため、
よく連れ立っては外へ買い物へいったり、沖田と団子を食べに行ったりしている。
「わvなんだか香ばしいよっ沖田さん!!」
「あーそれはたれをつけて焼いているからねv僕は餡子がいいんだけどねー」
時折、団子や菓子を買ってきては縁側でよく笑い合っているのを斉藤はよく見かけた。
しかし、は斉藤と話しすることはほとんどすることはなかった。
食事の時や稽古場であった時に挨拶や少し言葉を交わす程度。
斉藤自身あまり人と関わりともたない性格と、常に原田達がに構っているので、
自然とそうなっているわけで。
しかし斉藤は自分でも驚いていることがあった。
それは滅多に人のことを気にしない自分が、の心配をしていること。
朝日が昇らぬうちから食事の用意をし、掃除に洗濯。
そして稽古。夜になれば都の警備に出かけ空が白むまで帰ってこない。
「きめら」は日の光に弱い。空が白めば「きめら」は影に潜んでしまい
見つけだすことができないという。
いったい、いつ休んでいるのだろうか。
ふと振り返れば、原田達と木刀を片付けながらにこにこ笑うの姿。
しかし、その顔にうっすらと隈ができていることを見抜き、斉藤は小さく息を吐いた。
「そのうち体が壊れるぞ・・・」
そう危惧する自分に驚きを感じる。
きっとそれは同じ三番隊の長という立場のめなのだろうか?
斉藤は自室へと足を向けながら、未来の新撰組副長−土崎が語った
の上司であった、元・三番隊隊長のことを思い出した。
−貴方がたにはお話しておきます。斉木 元という重罪人のことを!−
あの時の土崎の目は憎しみにも似た物が宿っていた。
三番隊隊長であり、の剣の師でもありそして
育ての親でもあった
斉木 元 という男。
事細かなことは知らない。
しかしその上司であり親でもある者が、組を裏切り自分を裏切った。
それだけでもの心中が吹き荒れている様が容易にわかる。
しかし、はこちらにきて、自分が見る範囲ではとても楽しげな様子だった。
無理をしているのであろうか?
「俺は新撰組を裏切ることがあるのか?」
斉木という男はまるで子供が悪戯を仕組むかのように、楽しげに
部下を殺したと土崎は拳を握り、何かに耐えるように時折唇を噛んでいた。
現在、800年後の新撰組三番隊はしかいないという。
上司の裏切りを、部下の隊士をゴミのように斬殺する様を、は目のあたりに
していたという・・・そして、自分に刀を振り下ろす時も心底楽しげに。
もし、自分がと考えた瞬間、斉藤は小さく鼻で笑った。
「ふん、有り得ん」
斉藤には部下を信用しているし、裏切るなどという考えは毛頭ない。
部下も自分を慕ってくれているのがひしひしと伝わってくる。
おそらくも斉木という人物に対しては相当信頼していたはずだ。
そんな部下を裏切ることがなぜできる?
の存在が違和感のないものへと馴染んだ、ある日のこと。
日が傾き始め頃、斉藤は日中の見回りを終え、報告を済ますとそのまま自室へと足を運んだ。
夕餉の刻までまだある、書物でも読もうかと考えながら自室へと踏み入れた途端、
斉藤はピクッとその足を止めた。
ここはたしかに自分の部屋。その隣は三番隊の部屋であり、時折三番隊の隊士達が
斉藤の部屋にいることも珍しくはない。
しかし、今斉藤の前でこくりこくりと居眠りをしているのは三番隊士でも
また新撰組の者でもなかった。
斉藤の部屋には、膝に何枚もの着物を置いて座ったままの状態で、
寝ている少女。だった。
一瞬固まるも、斉藤はそっと気配を殺し静かに自室へと上がった。
しかし、逆に気配を殺したことで違和感を覚えたのか、ピクッとの閉じた目が
動き、ふわりと漆黒の瞳が斉藤に向けられる。まるで磨き上げられて宝石の
ようだと思わずにはいられなかった。
「ん・・・あ、斉藤さん、見回りお疲れ様でしたv」
斉藤に気づき、にっこり微笑む姿に一瞬、目を奪われたが
その目に薄っすらとみえる隈に、斉藤は少し眉を潜めた。
「ああ」と短い返答をすると、浅黄色の羽織を脱ぐ。ふとが手を差し伸べてきたので、
斉藤は不思議そうにを見やった。
「羽織。たたみます」
「あ、いやしかし・・・」
「たたみますv」
「・・・すまんな」
丁寧にたたむ仕草を眺めながら、斉藤はふと思い出したようにへと口を開いた。
「殿、どうしてここに?」
ここにいることを咎めるつもりはないが、気になるのは確かである。
「あれ?ご存知ではありませんでしたか?」
きょとんと首を傾げると、は膝に置いてある着物を持ち上げて見せた。
「先日から一番隊から順番に、隊士さんの着物の綻びを直しているんですよv
今日は三番隊の皆さんの着物の日で、隊士さんがこちらでって・・・・・・て?斉藤さん?」
ぴくぴくと顔を引き攣らせている斉藤に、は何か変なことを言ってしまったかと
言葉を噤んだ。たしかここは斉藤の部屋というのを三番隊の隊士に聞いた。
もしかして勝手に使っていたことに腹をたてているのだろうか。
「あの・・勝手に部屋を使って、怒ってます?・・よね;そのお顔は;」
斉藤は勢いよく立ち上がり、の手から着物を半ばひったくるように
取り上げると、すぱーん!と隣の襖を勢いよく開けた。
そこは隊士達の部屋で、刀の手入れをしている者や寛いでいる者が数名いて、
驚いたように顔をあげる。
「どうかしましたかっ、斉藤先生?」
急を要する出動か、そう隊士達の顔をにサッと険が宿る。
が、斉藤はそんな隊士達にもさらに苛立ちが募り、滅多に張り上げることのない
声を張り上げた。
「綻びくらい自分で直さんか!!阿呆どもがっ!!」
ぶんっと着物を身近にいた隊士に放り投げると、再びすぱーん!と
いい音をたてて、襖を閉じた。
小さく息を吐き出し、振り向けばぽかーんとしたが斉藤を見上げている。
「あのう;」
「そこまで面倒なぞみなくていい。そんな暇があるのなら少しは休みたまえ」
腰を下ろし、文机においてある書物を取り上げながら、ぶっきらぼうに吐き捨てる
斉藤には一瞬目を丸くした。
そんなにさらに息を吐き出すと、開きかけた書物を閉じを見据える。
「まさか自覚がないとは言わせんぞ、殿。
君がここに来てから、新撰組の雑用を一挙に引き受け稽古に励み
夜は見回りで朝まで帰ってこない。
その目の隈もひどいし、廊下を歩く時も少しふらついている。明らかに睡眠不足だ」
淡々と口を開く斉藤に、はポケーと斉藤から視線を外すと
むぅと小さく唸りながら、自分の頬に手をあてた。
「・・・・疲れているのかなあ・・・やっぱ」
「おい;」
本当に自覚がないのか!?貴様、阿呆だろう!
そう言ってやりたい衝動に駆られるも、目の前の天然か思えるほどの無自覚な少女は
真剣に唸り悩んでいる。そこまで悩むほど自覚がないのか?
斉藤は呆れた表情でを見据えた。斉藤の考えることを汲み取ったのか、
はへへっとちょろりと舌を出して、肩を窄めてみせる。
「あ、今「こいつ間抜けだ」とか思いませんでした?
んーなんていうのかな?嬉しいんですよv」
「嬉しい?」
「はいv嬉しいの!」
怪訝そうに見据えてくる斉藤に、は満面の笑みを浮かべた。
睡眠時間を割いてまで掃除に洗濯、食事の用意。挙句の果てに全隊士の着物の
綻びを直して何が楽しい?
「井戸から汲み上げた水が透明だったり、薪を割る瞬間が楽しかったり、
おてんとうさまの下で洗濯物を干したりっ。とーっても嬉しいんですv」
「わからん;。水が透明なのは当たり前だし、日の下で物は干すのも当たり前だ
雨の日に干してたまるか。・・?殿、薪まで自分で割っているのか?」
「はいv」
一層輝く満面の笑みに、斉藤は何も言うことができなかった。
この娘はかなり変わっていると思う。確かに家をあずかる女子となれば
炊事洗濯は義務であるが、果たしてそれは嬉しいものなのか・・・。
斉藤の訝しむ視線を他所に、は再び小さく唸って首を傾げた。
「でも、うたた寝しちゃってたみたいだから・・やっぱり疲れているのかなあ?」
これ以上付き合いきれんと斉藤は、書物に没頭することにした。
自分が書物に集中すれば、この女子も部屋から出ていくだろう。
「あ、お日様のせいかな?」
無視だ。無視をしろ
「ぽかぽかして気持ちいいいんですよv」
頼むからここから出て行ってくれ;
「ここにいる間にたーっくさんお日様の光浴びておこうと思っているんですv」
その言葉が妙に引っかかった。
ふと顔を上げれば、ニコニコと差し込んでくる日の光を気持ち良さそうに
浴びる。
斉藤はパタリと書物を閉じて、真剣な表情でへと向き直った。
「どういう意味だそれは」
「へ?」
「まるで君の世界には日の光がないような言い草だが」
数回瞬きをしたあと、は困ったように笑って見せた。
「うん・・私のいる世界はいつも厚い雲に覆われていてね、お日様は見えないんです」
その言葉に斉藤は信じられないと目を瞠った。
ぽつりぽつりとの口から零れる言葉は、今まで斉藤が当たり前だと思っていたこと
全てを覆すものだった。
日の光が届かない世界に、人々は人の手で日の光になるものを作りだし、
部屋の中で作物を育て、物を干すという。
水は汲み上げたものは使えたものではなく、何度も濾過を繰り返し殺菌を
しないと使えないとか、木は森林が激減しているため伐採は禁止され、
火はガスと呼ばれるもの使用しているなど・・・
時折、理解できない言葉もあったが、斉藤はがなぜ炊事洗濯が嬉しいと
微笑むのが解ったような気がした。
部屋に差し込む日の光がやんわりとの頬を照らしている。
ここでは当たり前のこと。
しかし、の住む世界はあまりにも衝撃的であった。
いまだ驚きから回復できないでいる斉藤に、は小さく笑って
「それが私のいる世界なんです」と答える。
「うおわっ、そろそろ夕餉の支度しなきゃ。斉藤さんお邪魔しました!」
「・・・・この時間、この部屋にはほどよい日の光が差し込む」
「へ?」
立ち上がり出て行こうとしたの背に、静かな声がかかった。
間抜けな声を上げ振り返れば、すでに書物に視線を落としてる斉藤の姿。
「着物の綻びは各自で直すように、俺から言っておく。
空いたその間はここで睡眠をとれ。」
「えー・・でも」
「日光浴と睡眠、一石二鳥だろうが」
の心にすとんと何か温かいものが転がってきたような感覚が起こる。
「でも、迷惑じゃあな・・・」
「だったら、言わん。」
そうを見据えれば、ほのかに頬を染めたが嬉しそうに微笑んでいる。
「ありがとうございます!斉藤さん!!」
「いや。夕餉楽しみにしている」
「うん!うはー!!今日の夕餉は一味違うぞ〜!!」
袖を捲くりながら、軽やかに廊下を歩いていく姿に、斉藤は小さく息を吐き
再び書物へと視線を戻した。
今夜は少し早めに食事場へ向かおうと決めながら。
その日から、斉藤の部屋で差し込陽溜まりに嬉しそうに仮眠をとるの
姿がよく見かけられ、そんな時は必ずといっていいほど、隣で斉藤が書物を読んでいた。
「ぬくぬく・・」
「?・・・・・寝言か」
穏やかな陽溜りがじんわりと広がっていた。
くおー!やっとやっと斉藤氏との絡み!辛味!
幕末時代はひたすらのんびりいったれー!とか思っているんですが、
未来新撰組さんのお仕事もあるわけで?それに早く明治突入して
剣心達とか書きたいし?
幕末は急ピッチですすめたいと思います。
読んでくださり、ありがとうございますv