あの日から俺の時は止まったまま。
刀を握り、いくつもの死線を乗り越えてこれたのは
新撰組のため
会津のため
国のため
そして
お前のため。
ただひたすら前だけを見据え、お前との再会だけを一途に願い刀を握る。
だが
十年の歳月が流れた今になってもお前は現れない。
深い闇の底へと追いやられた誓い。
俺の時はお前と別れたあの時から止まり続けている
+時音〜絶たれた時の音〜+
「斎藤!例のやつがまた届いたぞ!」
打扉もなしに乱暴に扉を開けズカズカと足早に入ってきた男に、斉藤はさも迷惑そうに
睨みつけた。
斉藤の上司にあたる警視局総監の川路は斉藤の表情に目もくれずに、斉藤のデスクの上に手にしていた
紙束を放る。デスク前の椅子にドカリと腰をおろす川路をやや目を細めて見やると、川路は手紙へと顎をしゃくってみせ。
手にしていた煙草を灰皿へと押し付けると、放られた紙束へと手を伸ばす。
それはずいぶんと分厚い文だった。
飛脚を通して警視局に送られてきたもので、斉藤は僅かに目を細めて文を開いた。
斉藤が文を読んでいる時間がじれったそうに、川路は腕を組み人差し指でとんとんと己の腕を叩く。
やがて小さく息を吐き出し文をデスクの上に置いた斉藤に身を乗り出した。
「この文、どうみる」
「・・・・信用・・してみる価値はあるだろう」
斉藤の言葉に川路は思案するように小さく唸った。
斎藤が手にしているこの文は匿名で警視局に送られてきたもので、今回が初めてではない。
今までにも数回、同じ筆跡である集団の動向情報が記されていた。
それは斎藤と川路が、いや、警視局だけではなく明治政府が今最も危険視している集団の極秘情報。
志々雄 真実一派のものであった。
最初こそは敵の罠だと警戒していた斎藤達であったが、送られてくる文の回数が増すにつれて
流しておくこともできなくなり、一度その文に従い示された場所を張っていると、
文どおりそこは志々雄真実の息がかかった下っ端が集う場所であった。
それをきっかけに斉藤たちは今まで送られてきた情報の裏づけを行い、そのおかげで志々雄真実を
取り巻く配下や仲介組織、そして占領された村などを早期にしかも細かに把握することができたのである。
しかし、だからといってこの文に対して警戒が解かれたというわけではない。
様々なことが浮き彫りになると同時に生まれる疑問。
この文を送ってくる人物はいったい何者なのか
ここまで細部の情報を入手できる人物。
もしかして志々雄真実に屈する者が、スパイとして情報を流しているのか。
そう考えた瞬間に斉藤は「いや」と琥珀の双眸を細めて否定した。
その理由は文が出される際に捺印される受付場所。
今回の文が出されたのは小田原。
その前へと遡れば、会津・仙台・多摩・駿河・大坂・京都とかなり広範囲に散らばっている。
志々雄真実は全国に息のかかった配下を従えているというが、この文はすべて同一人物によって
書かれたものであった。ならば出した人物が違うのかと文が受け付けられた際に必ず書かせる、受付の書き覚えと
文を照らし合わせて見ればやはり同じ人物のもので。
一介の配下がそう日本中を飛び回れるとも思えない。となれば、幹部クラスの者からの密告情報か。
そう考えて、斉藤は鼻先で笑った。
それこそ幹部クラスとなれば志々雄真実に忠実であるはず。罠ならともかく、こんな細部にまで的確な情報を
送ってくるとは到底考えられない。
そう幾度となく考えを巡らせ辿り着いた答えは、志々雄一派ともまた警察関係者とも無関係な
第三者
によるもの。
部屋から出て行った川路が閉めた扉をジッと見つめながら、斉藤は胸袋から煙草を取り出した。
「では本官はこれで失礼します」
例の文が届いてから数日たった夜のことだった。
斉藤はとある料亭を後にすると、ゆったりとした足取りで警視局へと足を向けた。
先ほど自分がいた料亭の一室から感じる嘲笑染みた視線を背で感じ取ると、僅かに口角を上げる。
元新撰組幹部が今や歯牙なき政府の犬
さしずめそんなことを言っているのだろう。
「ククッ笑っていられるのも今のうちだぜ渋海」
そう小さく呟くとゆっくりと人波に紛れて行く。
少しすると、警視局が視界に入ってきた。
「よぉ。遅かったじゃねーかい藤田警部補」
「なんだ貴様は」
警視局へと戻り、部屋へと入ると同時に斉藤の双眸がキュッと細められた。
スッと左手が鞘へと落ちる。斉藤の視線の先には滅多に使われない来客用のソファ。
そこに一人の男がふてぶてしく踏ん反り返っていた。
長身痩躯、身丈は斉藤よりやや低いくらいだろうか?大陸の黒い民族衣装に少し長めの髪を
無造作に後ろで小さく結わえていて、長めの前髪からは右目が不敵に斉藤を捉えている。
しかし、服装・風貌より斉藤の目を引いたのは顔の左半分。
左耳の下から頬、そして左目上の額にまでかけられた獣のものと思われる三本の傷。
それにより左目が潰されたのだろうか、左目は完全に閉じられていて、前髪で少し隠すような感じだった。
大陸の民族衣装に大陸の人間なのか脳裏を過ぎるが、どうもそんな感じがしない。
眉を潜める斉藤に、男は小馬鹿にするように小さく鼻で笑った。
瞬間、僅かに見開かれた斉藤の双眸。
「お前・・・・山下勉・・・・」
「気づくの遅えよあんた。・・・10年振りってとこか?」
パタンと静かに扉を閉め、ソファへと足を向ける。
「ずいぶんと遅かったな」
「あーほんとにな」
「?お前・・・随分背が伸びた・・というか老けたな」
「・・・あんた自分で鏡見てみろや。10年前から老け顔だったがあんたも老けてんよ」
斉藤はふと怪訝そうに山下を見やった。一瞬眉を潜める山下に斉藤は思案するかのように
腕を組む。たしか未来とこちらの流れる時間の早さがかなり違っていたはず。
こちらの1年は半月ほど。10年たっても向こうでは半年もたっていないのだ。
そう早く成長するわけではないだろう。それなのに目の前の山下はまるでずっとこちらにいたように
成長していた。見た目26〜7くらいだろうか・・。
斉藤の思案する視線に山下も気づいたのだろう。「ああ」と小さく納得すると、ぽりぽりと
人差し指で頬を掻く。
「俺ぁ、この10年ほとんどこっちにいたんだ。向こうに戻ったのは合わせても一日にも満たない。
もう、向こうには戻れねーんだ」
戻る術がなくなっちまった
そう自嘲染みた笑みを小さく浮かべる山崎に、斉藤は小さく眉を潜める。
「山下・・この10年何があった」
「・・・・・・」
「山下」
「・・・・そうだな。あんたには話しておかなきゃいけねーな」
深い溜息が山下から吐き出された。
未来は崩壊した
新撰組で生き残ったのは
俺だけだ
山下の右目が小さく揺れた。
あぁ・・・時はすでに絶たれていた・・・・
斉藤は自分の体から何かが抜け落ち、自分が何もない抜け殻になったような感覚を覚えた。
何度も何度も書き換えた二部始めですが、ヒロイン全然出てきませんっ!(いい加減にしいやぁ!)
というかすんません、途中で切ってます。
本当ももっともーっと長かったんですが、やばいくらい長くなったので
区切らせていただきました;
かなり前から大筋はできていたものの、文章するまでかなり時間を食ったものの、
歴史考慮も入れたのに、まったく意味がなかったです。阿呆です。うう・・
2007年1月21日執筆