「くぉらっ斎藤!!にべたついてんじゃねえよ、どけっ」


「貴様こその行く先々後をつけて恥ずかしくないのか」




















「「殺すっ」」


























+其路〜〜それぞれの歩むべき路を〜+











「今日という今日こそ、簀巻きにして鴨川に浮かばせくれる!」


「ふん、の太夫姿がそんなに見たかったのか?
ククッ・・あれはそう簡単には忘れられんな」


「っ!!てめえっ!!そこになおれぇ!!」




ガスッ



「はいその二人激しく五月蝿いですv静かにしてくださいねvvケホ」


「「はい;どうもすいません;」」




 涼しい顔の斎藤に顔を真っ赤にした土崎が食ってかかる。
ボルテージがあがる土崎が鯉口を切ると同時にいつもどこからか
飛んでくる沖田の脇差。顔面すれすれの柱に刺さるのを一瞬「チッはずしたか」と
舌打ちしながらもにっこり二人に微笑む姿に、一瞬にして血の気を引かせる斎藤と土崎。
そしてそれを沖田を支えながらクスクスと眺めているの姿。

 血の流れぬ日などないに等しかった日々。
しかし、あの頃は笑いやぬくもりが溢れていた。
それが長くは続かないこともわかっていた。しかし無駄とわかっていても
心の奥ではそれを願っていたのだ。
瞼の裏を駆け巡るその楽しき日々を惜しみながら、山口次郎は静か目を開いた。




 鳥羽伏見



新撰組は窮地に追い込まれていた。
達はというと、伊東甲子太郎の件が済み斎藤が山口という名で帰屯してから
しばらくして、未来で待機していた原塚の連絡で全員未来へと帰っていった。
情勢が急激に悪化したのに加えてキメラを操る組織の全貌が浮き彫りになり、
いよいよ組織とキメラ対新撰組を含む政府との全面戦争になると土崎が言っていたか。

はどうしているだろうか。

しかし、山口もまた愛しいのかわいらしい笑顔を思い浮かべる余裕もないほど
一瞬の気の緩みが命取りになる、生死が隣り合わせの状況下に置かれているのである。
敵の目を掻い潜り、土方らと合流を果たすや否や告げられたのは、江戸に戻るという知らせだった。
原田とともに他の隊士達への伝達、後処理を済ますと集合場所へと足を早める。

「よおう・・斎藤よぉ」

再三自分は山口であると直させても、原田は一向に「斎藤」と山口を呼ぶ。
原田だけではない。永倉や沖田、土方や近藤までもが「斎藤」と呼ぶのだ。
それが幾度となく続けば、山口も諦めるほかなく。
もうどうとでも呼んでくれと深い溜息をつくのであった。
馬鹿元気だけが取柄の原田から零れたか細い声に、さすがの原田もまいっているのだろうと
横目でちらりと見やる。
それを返事として受け取ったのか、それとも聞いてなかろうが無視を決め込んでいようが
知ったこっちゃねえという感じなのか、原田は山口には目をくれずに覇気のない声色で呟いた。




「俺たち、どうなっちまうんだろうなあ・・・」






   成るようになる!


そういつも豪語しては大笑いしていた男と同一人物かと疑いたくなるほど、
原田の口から零れたのは弱々しいものだった。
風を切りながら歩く姿も、どこか手にしている槍に縋るようにとぼとぼと
足をすすめる様に、山口は原田の肩をパンっと威勢良く叩きつける。



「成るようになる。それが原田、あんたのいつもの言葉だろう」




幾度か物陰に隠れてやり過ごす危機を掻い潜りながら、山口と原田は
なんとか土方が待つ船着場へと辿りついた。
島田魁に付き添われながら、荷物の上に座り込んでいる沖田の
蒼白な表情に、山口と原田は思わず顔を見合わせてしまう。
鳥羽での戦には出てこなかったが、病は着実に沖田の体を蝕んでいたようだ。
つい最近顔を合わせたばかりだというのに、今の沖田はさらに酷いものになっていた。
スッと土方へと視線を走らせれば、土方は目顔で首を振ってみせる。
近藤の肩の傷も酷いし、山崎も戸板に寝かされている状態だった。
山口は思わず唇を強く噛み締めた。
粗方揃ったところで、船に荷物を運び始める。ふと、原田は背後の暗がりに
人の気配を感じ取り、ザッと槍を構えた。
その姿に山口、永倉の表情にも緊張が走り構える。



「誰だ!!」



原田の鋭い声があたりに響く。
暗がりの人の気配は一人二人ではない、十数人ほどの気配がある。
こちらは負傷者が多い。構える原田、山口そして永倉も動けるが決して
無傷というわけではない。
大人数に全力で攻め込まれたら無事では済まされないだろう。
三人の表情に焦りと緊張が駆け抜ける。
暗がりから一人の影がゆっくりと出てきた。
バッと提灯を取り近づいてくる人物へ掲げる永倉に、山口はいつでも
抜刀できる体制を取る。



「私です」



まだ顔は伺えない。
しかし、緊迫した空気に凛と響いた声に三人はハッとして、柄を持つ力を緩めた。


!!」


暗がりから現れたのは、鳥羽の戦が始まる直前に未来へと帰っていっただった。
の後ろからは土崎と山下、そして見たことのない者達が数人出てくる。
全員黒い隊服を着ているのでおそらく新撰組の者だろう。
山口はふとがいなかった二年の間に、が改めて三番隊組長としての
位置を確立し、新隊士を編成したことを思い出した。
となると彼らは三番隊の者か。
原田がだばーっと滝のような涙を流しながらを抱き上げ、山下の後ろにいた
隊士達がぎょっとした表情で「隊長っ!」と声をあげる。
山口と永倉で原田をなんとか宥め、を開放させると、永倉は土方を呼びに
船の中へと入っていった。
やっとのことで開放されたは、ふーと息を吐き出すと、にっこりと原田を
見上げる。
「ご無事でよかった」と安堵の表情を浮かべるに原田と山口はスッと
体の底から重い泥のようなものが消えていくのを感じ取った。
山口はの前まで来るとそっと抱き寄せる。
ふわりと鼻先を掠める淡い金木犀のような香り、がいつもつけていた香りに
山口は思わず抱きしめる力を僅かに込めた。
それを受け取って、もそっと山口の背中に腕を回した。
の背後で土崎が気に入らないといった表情で、二人を見つめていたが
前のように引き離すことはしなかった。

永倉に呼ばれて船から出てきた近藤と土方、そして沖田が現れると
はそっと山口から離れて、近藤達に頭を下げた。
土崎と山下もの隣に立ち頭を下げる。山下は相変わらずのふてぶてしい
目礼だけであったが、近藤は嬉しそうに目を細めて達を見やった。


「我々は江戸に向かうことになったよ、土崎君」


肩に巻かれた血が滲んでいるさらしはとても痛々しいものであったが、
それに反して近藤から紡がれた言葉と表情はとても穏やかなものであった。
おぼつかない足取りで沖田がのもとへ歩もうとするが、上手く足が運べず
土方に支えられたままの姿に、はサッと沖田のもとへ寄った。
別れた頃よりもさらに顔色が悪い沖田に、は一瞬胸の内で表情を
曇らせるも、穏やかな表情で沖田の手を両手で優しく包みこむ。


ちゃん、もう会えないかと思ってた・・」


「でもこうして会いにきました」


「うん・・」


にっこり笑うに沖田も弱々しく微笑む。
達の後ろで近藤と土崎が話し込んでいた。




「そちらの方はどうなったのかね」


真剣な表情で聞いてくる近藤に、土崎は一瞬口を閉ざすと
沖田の手をとるに視線を向けながら、ぽつりぽつりと口を開いた。



「組織との全面戦争が始まりました。我々新撰組は歴史の中に紛れ込んだ
キメラの殲滅に。この時代には率いる三番隊があたることになりました。」


倉永と原塚もそれぞれの隊を率いて、当てられた時代へと向かったという。
未来はまさに地獄絵図だと、吐き捨てるかのように呟く土崎に、
近藤はもちろんそれを聞いていた原田や山口、永倉と土方も表情を固くした。
沖田は到底話を聞いてられる状態ではなく、が船へと連れて行こうとしたが
「ここにいる」と頑なに言い張る沖田に負けて、近くにある荷物の上に座らせ
は沖田の傍に屈んで付き添いながら、土崎へと視線を向ける。
山下の背後に控えている十数名の隊士を三番隊隊士と紹介すると、
彼らは敬意を持って近藤達に頭を下げ、近藤もまた深々と頭を下げた。


「これから・・我々新撰組はどうなるんだろうか土崎君。
・・・いや・・いいんだ。語ることは法度だったね」


憔悴した近藤の表情に、土崎は思わず目を伏せた。
彼らの向かえる結末。それを考えると、できることなら彼らが命を落とさない道を
示したいと思う。しかし。


「我々はこの時代の歴史が崩壊しないように全力でキメラを制圧します。
だから・・・・だからあなた方も全力で定めた路を進んでください。
俺が言えるのはこれだけです」


真っ直ぐに見つめてくる近藤の表情はとても穏やかで、それがとても辛い。
逸らしたくなるのを堪えて、土崎も真っ直ぐに近藤を見つめた。
船の準備が整った。
船から呼ぶ声に土方は沖田を支え立たせる。
そっと沖田から離れようとするの手を、沖田はキュッと握った。



「沖田さん?」


「約束して・・・必ずまた会うって」


蒼白な表情に荒い息づかい、しかし沖田の眼光は力強く輝いて
を捉える。


「キメラを、組織を潰したら必ず僕たちに会いに来て」


の手を握る沖田の手が白く変化する。
込められた力に、は一度目を閉じるとゆっくりと目を
開いて沖田へと膝まづいた。
両手で沖田の手を包み込むと、ゆっくりと彼を見上げる。



「必ず・・」


船の中へと消えてく沖田の見つめるの横にそっと山口斎藤が立つ。
のろのろとした動きで見上げれば、山口もまた船を見上げていて。
小さく息が零れる音がした。
波の音がとめどなく続く。
言葉が見つからず、は山口から視線を逸らすと船を見上げる。
瞬間、じんわりと包み込むような暖かさが右手を覆った。
ぴくっと顔を上げれば、山口の左手がの手を取っていた。
そのまま山口へと視線を上げれば、力強くそして暖かい眼差しの金色の瞳と重なる。




「生きろ」


「うん・・」


「生きて再び会うと誓え」


「・・・・・・」



返す言葉が見つからず俯くが、ぐいっと引き寄せられ急に視界が暗くなる。
見開かれたの目に映るのは間近に迫った整った顔。
口唇に伝わる感触とその熱に、はそっと目を閉じた。
























「これで彼らとは会うことはないだろうな」

「そうだね」



港を去っていく船をずっと見つめるの背中に、土崎の言葉が降り注ぐ。



「これでいいの。歴史を変えることはできない」

「あれだな次会う時があれば、藤田夫妻とご対面だな」

「あはは・・」


ふわりと海風が頬を撫でていく。
背後の土崎と山下がジャリッと音を立てながら踵を返すのが伺え、
は一度ゆっくり目を閉じると、すっと険を宿した瞳で目再び開く。



「行こう、私たちの進むべき道を」






























斉藤さん



私は誓います



必ず生きて、貴方に会いに行きます。






そうしたら


互いに笑いあって


昔話でもして
























それじゃあと挨拶をして


さよならをしましょう。













私は結局・・・この時代に存在してはならないもの。

私が存在したことにより、貴方の歴史が変わらないことを


ただひたすら祈るだけ。







そうだ・・・・


次会うときは奥さんを紹介してもらおう。


たしか時尾さんという女性だったよね。








だから









どうか

















ご無事で








































それから数日が過ぎたある晩、この時代には不釣合いな黒装束を纏った
集団が異形たちとの激闘の末壊滅したが、それを知る者はこの時代には誰一人としていなかった。





そして10年の月日が流れる。





















やっと復活しました。心身ともに復活(何があったのよ)