それでも
心は求めてしまう
時は止まることなく流れていく
この想いもまた
+其想 〜其々の想い〜 +
それから数日が過ぎた。
土崎から諭されたあの後、新撰組屯所へと戻ったと土崎は、
近藤と土方に斎藤の暴言を許して欲しいと頭を下げられ、また未来の者がどう言おうと
自分達も知る権利があるとなんとなく諭されてしまい、は深く項垂れ、
土崎は静かに頷くも少し待って欲しいと申し出た。
斉木をこの時代で抹消する。
そう政府より命が下され、と土崎そして山下が屯所へと留まった。
倉永と原塚は一度未来へと戻り、連絡待機となる。
斉木の体がどうなっているのか予想もつかないが、山下に言わせれば
人の形そして意志を保っているかもわからない状態だという。
おそらく思うように身動きも取れないだろうと山下は涼しい顔で言い放った。
その証拠に今まで毎日のように京の都に蔓延っていたキメラがぷっつりと姿を現さなくなっていた。
時代人の被害者を出すことがなく安心すると同時に、斉木との決戦が近いということをひしひしと感じ取れ。
はいつその時が来てもいいように、常に夜は戦闘態勢を整えていた。
そして、あの日から斉藤と会うのが気まずくて、全くといっていいほど顔を合わせていない。
斉藤も職務のためか屯所を出たり入ったりしていて、会えないせいもあるが。
時折、脳裏に斎藤の顔が過ぎるがその度にはフルフルとかぶりを振った。
今はそんなことを考えている暇などない。自分がこの手で斉木を打つのだから。
そんなある日のこと。
と山下、そして沖田は屯所近くにある壬生寺の境内で寛いでいた。
いつでも動ける体制を取っているが、日中は斉木やキメラは動けないので
へたに待っていても仕方ない。日の光を苦手とするキメラは夜に活動するのだ。
なるべく夜に力を蓄えておくため、達は昼間寝ているか、寛いだりして日が沈むのを待っていた。
ふと首を巡らせば、寺の後側から緋村が静かに現れる。
一瞬、緋村と沖田の視線が険しく合わさるも、緋村はつと視線を外し山下の隣へと腰を下ろした。
「なんだぁ?赤毛、お前よく来るなあ」
「沖田さんいるのによ」と笑う山下に、緋村は少しムッとしたように山下を横目で睨みつける。
「その赤毛という呼び方はやめてくれ。俺の名前は緋村だ」
「わかった赤毛」
「・・斬っていいか?」
目を据わらせ刀を持ち上げる緋村に、山下はニヤリと見据える。
は小さく笑って緋村の肩をぽんぽんと叩いた。
「緋村さん気にしないで。勉はいつもこうだから」
「おぉ気にすんな。ちなみにこいつあ万年迷子
数年いるのにいまだにフロア・・あっ屯所内のほうが判りいいか。
さまよっているからな。見ものだぜ?半泣き状態で助け求めるんだからよ」
思い出しながら笑う山下に、は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
は機械音痴な上に、よく新撰組が組み込まれている政府機関の新撰組フロア内で迷う。
そもそも、その広さはこの時代の屯所の比ではないのだ。
フロア内は鍛錬所・休憩所・会議所・射撃所・武器倉庫・宿舎全てが組み込まれており、
車やカートで移動するのが常である。
またフロア内もほとんどがオートマチックのため、機械制御の設備に慣れない
は必ずといってオート扉で手こずり、目的先の入力を間違えよく迷う。
その度に携帯電話で山下や土崎、はたまた原塚達に助けを求めて迎えに来てもらうのだ。
この間などとうとう、一人でフロア内をうろつくのを禁止されてしまったのを思い出し、
はむうっと山下を睨みつけた。
「ふっつーにあそこ迷うよ!!
あのセキュリティ絶対おかしいもん!」
「学習能力ねえだけだろ?ぼーけ」
「蹴るよ」
「おお、怖え」
にっこりと笑うに山下はわざとらしく肩を窄めた。
そんな二人のやりとりに小さく笑うと、緋村は山下の膝の上にあるパソコンを覗き込む。
「昨日の続きだ。鉄の塊が空を飛ぶ・・・・」
「あー飛行機かーちょい待てよ・・」
カコカコとパソコンを操る山下の両脇から、緋村と沖田が覗きこむ。
4人はよくこうやって壬生寺で寛いでいた。
最初パソコンに興味を持ったのは緋村で、話の流れで山下が歴史に支障が出ない程度に
未来の乗り物や海外の習慣などをパソコン表示させては説明していた。
沖田も広い世界にいる民族の習慣などに興味を持ったようで、とくにアフリカコルテガ大陸に
多く見られる、手足や首を長くする習慣など体を再構築するものに興味示していた。
土崎もこちらに留まっているものの、情報処理や報告などでこちらと未来を行ったり来たりしていて
あまり姿を見せなかった。
に部下であった自分が斉木を討てを諭した日から、土崎はあまり笑わなくなった。
以前はよくや山下をからかっては笑っていたのに。それが妙にせつなくては時折小さく溜息を
着くのだった。
この時代に来てから、なんだか急に情勢が変わったみたい・・・
それは自分がこの時代に親しみすぎてしまっただめだろうかは
それとも・・・
ふっと脳裏をよぎる人影に慌てて頭を振る。
考えてはいけない
任務を遂行するためにも
歴史を変えないためにも
脳裏に浮かんだ人影を追い払うように、は山下達へと視線を写した。
いつの間にか話題は、キメラのことになっていて、緋村と沖田は真剣な表情で山下の説明を聞いていた。
今まで山下がパソコン上に表示しては説明していたものとは異なり、キメラは彼らもその目で見、
また対峙したもの。実在するたしかなものとして、緋村と沖田の関心は大きい。
粗方の説明をすると、山下は大袈裟に肩を窄めてみせる。
「まっ、キメラの殲滅は俺達の仕事だからな」
「でも・・・」
沖田は今までとは微かに低い声で呟いた。
「それでも僕は、君達未来の新撰組を見届けたい。
過去と未来と君達は言うが、僕は君達未来の・・・新撰組同士としてキメラを・・・
あの斉木を粛清するのを見届けたい」
「同士」その凛と研ぎ澄まされた言葉と沖田の真っ直ぐな眼差し。
彼は同じ時代には存在しないと山下を同士と呼んだのだ。
その言葉には動揺を隠せない。緋村も小さく呟く。
「俺もだ。未来の出来事かもしれないけど、この時代で起きているもまた事実。
歴史に記されることはなくとも、俺は・・俺自身の歴史には記しておきたい」
鋭く紡がれた言葉と、揺るぎない瞳。
彼らは控えめに口を開いてはいたが先日の斎藤同様、意志の強さを
持っているとは感じ取り、山下へと視線を巡らせた。
山下は一瞬へと視線を向けると、小さく息を吐き出しパソコンを閉じる。
「ま・・その時が来たらなるように動くだけだろ」
その言葉は緋村達の言葉を肯定してのものか、否定しているものなのか。
は山下の表情に今まで見たことがない、憂いを帯びた笑みを見たような気がした。
斎藤さんも私たちのことを同士として見てくれていたのだろうか
だから
あんなに冷たい目であんなことを言ったのだろうか
「お?万年迷子どこ行くんだ?」
「ねぇ、やっぱり一度殴っていいかな?」
その翌日は、厚く雲がかった寒い日だった。
買物に出かけようと草履を履くの後ろから、山下のやる気なさげな、しかも
山下らしい嫌味もしっかりと入った声が響いた。
満面の笑みで振り返るもその目は全然笑っていないに、「おー気にすんな」と軽く交わしながら
最初に声掛けた問いを再度目顔で問いかける。
買い物にと答えると、山下はとくに興味ないように「ふぅん」と相槌を打った。
「団子」
「荷物持ち」
「寒い」
「こんの、若じじいめ」
「俺あ、お前と違ってデリケートなんだよ。みたらしと胡麻な」
単語だけの会話に、他の者が聞いたら頭の上にいくつもの疑問符を浮かべるだろう。
しかしこれだけで十分に通じてしまうのが、と山下なのである。
「団子を買ってきてくれ」
「それなら買出しの手伝いをしろ」
「寒くていけるかボケ」
温度の低い会話であるが、別段二人にとっては喧嘩でもいがみ合っているわけでもない。
薄く笑いながら悠々とした足取りで部屋の奥へと消えていく山下に、
むっとした睨みをくれてやると、は軽い足取りで門へと向かった。
ヒュオッと冷たい風が頬を突き刺し、思わず身震いをする。
のいる世界は気候も気温も制御されていて、暑さや寒さに苦しむことはない。
しかしこの時代にそんなものはもちろんあるはずもなく、が来た頃は夏で暑く、
今は時折雪が散らつく冬。
それすらもは喜び楽しんでいたが、山下や土崎達には少々辛いらしい。
先ほども飄々とはしているものの、山下の声が少し掠れ鼻を啜っていたのをは
しっかりと見抜いていた。
帰り際に薬湯を買ってこよう、あれは恐ろしく苦いから、
それで日頃の恨み晴らせるかもと少し嬉しい気分になりながら屯所の門をくぐり抜けようとした時、
は心臓がびくりと跳ねる衝動に駆られた。
ちょうど私用から帰ってきた斉藤と鉢合わせしてしまったのだ。
肩をびくつかせるに斉藤は黙ったままを見据える。
二人の間に沈黙という空気が流れた。
その重苦しい沈黙に耐え切れなくて、ペコリと頭を下げるとそのまま斉藤の横を通り過ぎ屯所の門をくぐり抜ける。
フーと胸を撫でおろし、冴えない表情で町のほうへととぼとぼ歩き出した。
どことなく胸が痛む気がして、きゅっと衿を握る。
「黙りこくったまま通り過ぎるとは、随分嫌われたようだな」
「っ!」
息を吐き出し落ち着くも、不意に振ってきた深みのある声にビクッと体を強張らせた。
恐る恐る振り返れば、いつのまに背後に忍び寄ったのだろうか?
腕を組んだ斉藤が不敵な笑みを浮かべてを見据えていた。
はしばらく斉藤を見つめていたが、そーっと視線をそらすと
何事もなかったように歩き出そうとする。が、がっつりと斎藤に頭を掴まれて
行く手を阻まれてしまった。
「あうっ;」と情けない声を出すに、斎藤は呆れたように深く息を吐き出し、
そのままわしゃわしゃと強めに頭を掻き撫でれば、きゅうっときつめに目を瞑る。
「どこへ行く」
「あ・・・その・・・買物に・・・」
蚊が鳴くように呟くに斉藤は納得したように頷くと、の手を取り歩き出した。
突然のことにバランスを崩しそうになるのを必死に堪え、どんどん歩いていく斉藤の顔を伺う。
その表情は伺えないが、の腕を掴む力が僅かに強いことからまだ怒っているのだろうか?
恐る恐る「斉藤さん?」と声を掛ければ、ふと斉藤は立ち止まり、その反動では斉藤の背に激突してしまった。
「はふっ」と情けない声が背中越しに伝わり、斉藤は小さく笑ってさっきよりも
優しくの手を取るとゆっくりと歩き出す。
不思議そうに隣を歩き見上げてくるの表情が、まるで栗鼠がちょろちょろと悩んでいるようで
思わず笑みが零れた。その穏やかな笑みにの鼓動が早くなる。
いけない・・この間決めたばかりなのに
これ以上辛い思いはしたくないから、苦しくなるのは嫌だから
斎藤のことを考えるのを避けていた。
屯所でもほとんど会うことがなかったから落ち着いてきていたのに、
そんな笑顔を見てしまったら忘れられなくなる
離れられなくなる。
の脳裏に「歴史」という文字が過ぎり、ふと足を止めた。
怪訝そうに斉藤が振り返るのを、困惑した表情で見上げればの考えることが
わかったのだろうか?。斉藤はゆっくりとの頭を落ち着かせるように撫でる。
「何を買うんだ」
どこかぎこちなく問いかけてくる斉藤の琥珀色の瞳は、いつもより慎重という色が
微かに見え隠れしていたが、もまた斉藤と突然鉢合わせし、彼の意が汲み取れないまま
ここまで手を引っ張られて来てしまったので、斉藤の微かな動揺に気づくことができなかった。
しかし、彼から流れる気は穏やかなもので、その気に幾分安堵し「んと・・」と
紡ぐ言葉を吟味するかのように首を傾げた。
「一度帰るので、病気で伏せている人に何か甘いものでも買って行こうと」
脳裏に今では自力で起き上がることのできない一番隊の沖の儚い笑顔を
思い浮かべながら小さく呟いた。
甘いものが大好きな人で、いまや未来では文献や写真でしか見ることのできない
金平糖や干菓子でもと思っていると続けるに静かに頷くも、
斉藤はふと目を細めてを見つめた。
「未来に帰るのか」
どこか慌てているかのようなその口調に、きょとんと数回瞬きをしてこくんと頷く。
「そうか」と冷静に受け答えをするも、心は穏やかではない。
未来に帰る
が住むところ。いずれはそうなることであり別段驚くことではないはずなのだ。
しかしいまや斉藤にとってという存在は欠くことができないほど大きなものに
膨らんでいた。
ただでさえこの数日間、話はおろか顔を合わせることがなく、斉藤は心苦しい思いをしていたのだ。
やっと今日その機会が訪れたと思えば、の口から零れたのは未来に帰るということ。
その言葉に斉藤は言葉を失った。平静を装っている自分が自分でないように思える浮遊感。
まるで自分でない誰かが自分の身体を動かしているように斎藤は再び町の方へと
足をすすめる。隣を歩きながらは斎藤の心中がわからないのかぎこちなく話を続けた。
「三日ほどでまたこちらに戻りますが・・。何分こちらに来てから私一度も向こうに帰ってないので
体の時空誤差濃度の調節や脳波シンクロ修整をする必要があるんです」
「・・・・・すまんが、わかりやすく説明してくれないか?」
再び戻ってくる
その言葉に一瞬にして安らぐ自分は本当にどうかしていると思う。
それほどまでに隣を歩く娘に惚れているのか。いや、それはもう少し前からわかっていることだが。
二度と会えないわけではないことがわかりホッと胸を撫で下ろすも、
続けて紡がれた言葉に斉藤は首を傾げるしかできなかった。
理解不能な言葉が出され、理解を試みようとするも如何せん知らぬ言葉を理解するのは
到底無理なことで、眉間に皺を寄せて首を傾げている斉藤にはあっとばつが悪そうに小さく笑うと
ゆっくりと歩きながら説明をする。
「この時代と私がいる時代の時間の流れが若干違うんですよ」
なぜそのようになっているのかわからないんですけどねと付け加えながら、
はどんよりと湿った色の空を見上げた。
斎藤が存在する江戸という時代。そしてが存在する和時という時代。
二つの時代には当然時間が流れているが、その流れの速さが違うのだ。
江戸時代で過ごす一日は、未来の時間にするとたった一時間ほどでしかない。
がこの時代に来てから数ヶ月いや、半年以上の月日がたっているが、
未来では一週間と少ししか経ってないということである。
それにより、過去へ任務に赴き未来に戻る際に、大幅な時間のズレが生じてしまい、
身体に影響を及ぼしてしまうのである。
そのため、過去から帰還した際に未来の時差へと、体を慣らすための術のような物を施すのだと言えば、
斉藤は興味を示したように頷いた。
本当は、テクノロジーが発達した未来に術という古典的なものは存在しない。
CTスキャンのようなドーム型の機械に入り、麻酔と酸素を配合した溶液に数時間つかり
体の細胞や脳波の調整を行うだの。それは過去に長くいればいるほど辛いもので、
がここに滞在している期間がギリギリのところであり、一度帰還することを
土崎から命じられていた。
「それに未来の様子も気になりますし」
以前から聞いた話をおもむろに思い出す。
未来でもキメラが蔓延り、残っている新撰組の隊士が全力で殲滅にあたっているという。
それに最近情勢がぐらついてきていて、政府も厳しい状況に立たされていると聞いたことがあった。
キメラを操る組織の力があまりにも絶大だということを思い知らされると。
小さく溜息を吐くに、斉藤は静かに組んでいた腕を解くと、再びの手を取った。
ぴくりと驚き顔を上げるが、斉藤の視線は前方へと向けられていて、その意が読めない。
「俺は甘いものは好かんが、以前沖田君がいい店があると教えてくれた。
彼も大の甘党だから、その床に伏せている者も気に入るだろう」
「・・・はいv」
一瞬首を傾げかけたが、僅かに口端を上げるのを見た瞬間は満面の笑みを浮かべた頷いた。
「斉藤さん、本当にありがとうございましたっ」
風呂敷に包まれた菓子を大事そうに抱きながら、ほのかに頬を紅潮させにっこりと微笑んでくるに
一瞬言葉を失うも、斉藤は先ほどから自分に対して敬語を使っていることに、かすかに苛立つのを感じていた。
表情こそ以前のように柔らかいが、紡がれる言葉がどこがよそよそしいものに感じとられ、
がまだ斉藤に対して抵抗があるのが容易に感じ取られる。
一方、もまた斉藤と話せるようになり嬉しいと思う反面、こみ上げる感情とともに土崎の言葉が脳裏を駆け巡り、
その度に現実に引き戻されていた。
それでも今だけはと小さく願ながら、にっこりと斉藤に微笑むのだ。
ぽつ
つと頬に落ちた冷たい感触には空を見上げた。
それにつられて斉藤も空を仰ぎ見る。
薄暗い空は冬のせいだけではなかったようだ。小さな雨滴も量を伴えば大雨となり、
重力の法則に従ってそれは徐々に強く降りそそぎはじめる。
「わわわ」と慌てるの手を取ると斉藤はそのまま走り出した。屯所まで走るつもりか、
ここから屯所まではだいぶ距離があるから帰るまでずぶ濡れになってしまうだろう。
それならどこかで雨宿りをした方が得策ではないだろうか。
そう口を開こうとしたとき、斉藤の向かう先が屯所ではないことに気づき、僅かに首を傾げる。
二人が駆け込んだ先は人気のない家だった。
知り合いの家なのだろうか、そう思っていると斉藤は懐から鍵を取り出して戸を開けた。
さも当たり前のように入り込む斉藤に不思議そうにしていると、微動だにしないの様子に気づいたのだろう、
斉藤は薄く笑っての手を引き入れた。
「俺の家だ」
「え、斉藤さん家持ってたの?」
がこの時代に来てから斉藤が外泊することはほとんどなかった。
まさか家を持ってたとは思いもよらず、は素直な気持ちで驚きを露にする。
その様子にいつものを見出し。
「まあな。以前身請けした女のために用意した家だが、今は誰も住んでいない」
つまりは妾宅。
さらりと言ってのける斉藤には話の流れに乗って相槌をつきそうになるが、言葉の意を理解して固まった。
ん〜と五秒程唸ってから顔を上げる。
「今は誰も?」
「ああ」
それでは身請けした女性はどうしたのだろうか?
飽きて捨ててしまったのだろうか。
この時代遊郭で女を買い身請けをするのはごく当たり前にあり。
も任務に着く際にこの時代の下調べをしているので大して驚きはしなかったが、
斉藤も遊郭で女を買い身請けをしていたと知って妙に心がざわついた。
斉藤も健全な成人男子というわけだが、それが妙に寂しく思うのは気のせいだろうか。
斉藤はをおいてさっさと家の中に入ると、すぐに戻ってきた。
その手には手拭いがあり、その手拭いを受け取るとどこか落ち着かない様子で湿った髪を拭く。
心ここにあらずといったに斉藤はの思っていることがわかったのだろう。
上がれと促しながらポンとの頭に手を置いた。
「こんな性格だからな。愛想をつかれ他の男へ行った」
あまり感情を表に出さず、口数も少ない斉藤に女はやきもきして出ていったということだろうか。
実際、沖田と斉藤の追いかけ回されていた時も、
積極的に言い寄る沖田とは逆に斉藤は言葉少なめだったような気もするが、
あまり感情出さないわけでもないと思う。
何度斉藤の言葉と視線に心が揺らぎそうになったことか。今も揺らいでいるのも事実なのだ。
それで愛想を尽かしてしまうなんてよほどその女性はプライドが高かったのかもしれない。
「俺も餓鬼だったからな。勢いで身請けしたものの、ここに帰らず島原に入り浸ったのが原因だろう」
「それ・・誰でも出ていくよ」
更にしれっと言い流す斉藤には「はあ?」と眉をしかめ深い溜息を吐き出した。
「その人可哀想」とカリカリと頬をかくに斉藤の口端が不敵にあがる。
草履を脱ぎ揃えるのにしゃがみ込んいるの耳にそっと呟いてやる。
「お前にはそんなことなどしないがな」
「!?」
湿った吐息とともに深みのある低い声がダイレクトに響き、は一気に顔を紅潮させて耳を押さえた。
バッと斉藤を見上げれば至極楽しげな笑みを浮かべている。
「茶くらい淹れるか、入れよ」
そう奥の襖を開けここにいろと指し示すと、さっさと踵を返して奥へと消えていった。
しばらく斉藤が消えていった廊下を睨みつけていただが、
いつまでこうしていても仕方ないし、ここは寒い。
再度雨で汚れたところがないかと確認すると、指し示された部屋へと踏み入れた。
泊まりはしなくても時折帰っては掃除をしているのだろう。
長く使ってないと言いながらも埃はきれいに掃かれているし、黴臭くもない。
そういえば、屯所内の斉藤の部屋も他の隊士達とは違って、綺麗に片付けてあるのをなんとなく思い出す。
床に物を置くという行為が許せないらしく、三番隊隊士の畳に羽織や本などが散らばっていると
「部屋の乱れは心の乱れだ」と片付けさせていたの思い出す。
それでは無法地帯よろしく、度々土方に片付けろと怒鳴りつけられている原田の部屋は、心が乱れに乱れているのだろうか。
いや、おそらくあれは原田の人柄そのものを表しているのかもしれないと小さく笑う。
ふと、は斉藤の几帳面さは着物にも表れていることを思い出した。
この時代に訪れたのは6月。本格的な夏を迎える京都の地形は盆地でとても蒸し暑いもので、
無論それは屯所とて同じこと。多くの隊士達が暑さに伸び着物をだらしなくはだけさせているなか、
斎藤はしっかりと着物を着、また暑いからと手拭いを首にかけることはしなかった。
また毎日洗濯をしては、しっかりと糊付けして着崩れがないようにしているのを
洗濯しているの横で作業していたのを思い出す。
そんな斉藤がこまめに帰っては掃除してる様を想像して、ちょっとおかしい気分になる。
けれどもきれいに掃除されてはいても雨戸が閉まっているととても薄暗く、
なんだか湿ったように感じる。
はゆっくりと雨戸を開けるとそこに開けた小さな庭にかすかに息をのんだ。
縁側に腰を下ろしその光景に見惚れる。
とても小さい庭。
けれどもさりげなく植えられた金木犀などの樹木が雨滴でしっとりと潤い、
季節は冬のため、ほとんどの草花は姿を消しているものの、それがまた趣きがあり。
雲で厚く覆われた灰色の空から止めどなく降り注ぐ雨滴が地に染み込んでいくと同時に、
仄かに土の香りがの鼻腔を擽る。その香りに嬉しそうに顔を和ませはにっこりと微笑んだ。
「雨だねぇ」
「雨なぞここに来てから何度も見ているだろうが」
「ひゃっ」
独り言として紡いだ言葉に真後ろから返事があり、は思わず声を上げて飛び上がった。
わたわたと振り向けば少し呆れたよう笑っている斉藤。驚いたのを隠すようにへらと綻んだ笑みを零す。
「そこは冷える、こっちに来い」
そう畳へと腰を下ろすと、手にしていた盆を軽く持ち上げてみせる。
湯呑みから温かそうな湯気が上っている。
は小さく頷くと斉藤と向かい合うように腰を下ろした。
「あったかい・・」
冬の寒さにわずかながらも雨にさらされ、冷え切った体にじんわりと溶け込む茶の暖かさに、
は大事そうに両手で茶碗を包み込みながら、にっこりと目を細めた。
口内に広がる茶の渋みと甘さが喉を通る度に、芯から冷えた体がゆっくりと温まっていく。
そうやってゆっくりゆっくりと茶を口に運ぶ仕草を、斉藤は満足気に眺めると自分も静かに茶を啜った。
とくに何を話すでもなく、二人は静かに雨に溶け込む庭を眺めていた。
心地よい沈黙が二人の間を流れていく。
まるで二人に変わって木々や屋根から滴り落ちる雨雫が会話をしているように。
「すまなかった」
不意に破られた沈黙には一瞬斉藤が何を言ったのか理解すらまでにしばし時間を要した。
斉藤の視線はいまだに庭へと注がれている。
「え?」
掠れた声が穏やかな沈黙が長かったことを物語っているようだった。
コトリと盆に飲み干した茶碗を奥と、まっすぐにへと視線を向ける。
「酷いことを言った」
微かに琥珀の瞳が揺らいだように見え、それが先日のことだと思い出す。
はすぐにはその返答はせずにゆっくりと再度喉を潤すと、コトンと盆に茶碗を置いた。
「正直痛かったよ」
ポツリとの口から悲痛の声が紡がれる。
の隠さない素直な告白にやっと心から向き直ってくれたと安堵するも、
深くを傷つけていたことに後悔の念がこみ上がる。
「でも、斉藤さんも痛かったよね」
薄い笑みを向けるに琥珀の瞳が僅かに見開かれた。
気づいていたのか。
自身の心を滅多に他者に悟られることはなかったし、それを局長に買われて密偵という職も引き受けている。
はっきりいって内面を隠すのは得意だ。
それを目の前で儚げな笑みを浮かべ見つめてくる、愛しいと胸焦がれる少女は見抜いていたというのか。
の黒曜石を思わせる瞳がまっすぐに自分に向けられていることに、
抑え込んだはずの想いがふつふつとこみ上げてくるのを感じる。
(抑えろ、これ以上を苦しめるな)
過去と未来という見えない壁が自分との間にそびえているのだ。
は斎木を粛正しキメラを纖滅したらもとの世界に戻るだろう。おそらくも自分と同じ気持ちなのだ。
でなければ「痛かったよね」なんて言えるわけがない。
斉藤は堪えるように瞳を閉じ再度を見つめると、わしゃわしゃとの頭を乱暴に掻き撫でた。
「み〜!ぐしゃぐしゃになるよぉ」
そう抗議の声を上げるにくつくつと喉の奥で笑い意地悪見据えれば、
むうっと頬を膨らまして睨みつけくる。
一瞬視線が合わさると二人は小さく吹き出して笑った。
その瞬間に体中に泥のように溜まっていた黒い塊がふっと消え失せ。
はクスクスと笑いながら少しぐしゃぐしゃになった髪をほどいた。
さらりと流れる髪が背中に流れる。
かすかに畳につくかつかないかの長さにかろやかに揺れる髪。
斉藤は惹かれるように一房手にとり、そのままそっと口づけた。
その自然に流れる動きに一瞬見惚れるも斉藤のしていることにの頬が徐々に紅潮していく。
「っささ斉藤さん?」
ゆっくりとの髪から顔を上げ見つめてくる琥珀には、穏やかな優しさが灯っていた。
スッと頬に伸ばされた大きな手は竹刀だこでかさついているも、それが妙に心地よく感じ、
一瞬その手に顔を傾けたくなるも、ハッとして体を退こうとする。
が、それは降り注いだ温かい口づけにより拒まれることになった。
のぷっくりとした口唇に、斉藤の少しかさついた口唇がゆっくりと惜しむかのように離れ、
真っ直ぐな琥珀に微かに揺れる黒曜が映し出される。
刀を握る長い指がゆっくりと頬を撫であげると、それは温かな櫛となり優しく絹のような艶やかなの長い髪を梳いていった。
その流れるような動きが心地良くて、は静かに目を閉じて斉藤の行為を感じる。
つと、首筋にかかる吐息には弾かれたように瞳を開いた。
その瞬間、一気に視界が揺らぎ背中全体に感じる畳と目の前に広がる天井にの思考は一時混乱する。
刹那、ピリッと首筋に走る小さな痛みにはそこでようやく斉藤に押し倒されたのだと認識した。
「っちょっ・・待っ・・待ったぁ!!」
首筋に顔を埋め、ゆっくりとその口唇が鎖骨へと移動していく様を、は慌てて制止しようとするが、
しっかりと押さえつけられて思うように身動きが取れない。
ゆっくりと壊れ物を扱うような優しい手と、ぬくもりを感じる口唇に一気に思考がもっていかれそうになる。
自分が大切に扱われていると思うと涙が出るほどに嬉しい。けれど・・・
脳裏によぎる土崎の鋭い声には悲痛に目を閉じた。
衿に手を触れたその時、斉藤はの表情が悲痛の色を浮かべてきつく目を閉じているの見、
その行為を停止させた。
「」
「・・・っだめだよう・・・」
あやすように優しく頬撫であげ、その瞼に優しく口づけを落とすも、
何かに耐えるかのように眉をしかめ、目尻からうっすらと光る姿に、
斉藤はその耳に捕らえように愛しい名を呼ぶがは答えない。
「斉藤さんが好き・・たまらなく大好きだよ。
だけど・・だけど私は・・仲間を新撰組を未来そして過去・・
時代を生きる人々を裏切ることできない・・っ」
自分の下でしゃくり上げはらはらと涙を零し始めたに、斉藤はその辛辣な告白に静かに琥珀を伏せた。
の行動全てが時の流れに反映する。
歴史を壊してまで己の心を突き通すことはできない。
が背負うは歴史という時の大河。その華奢な身体に圧し掛かるは、抱えきれない時代を生きる人々の命。
これがもし、もしも新撰組ではないただの という少女なら。
想いを押し殺すことはしないで済んだだろう。
私より公
それは斉藤自身にも染み着いているものだ。新撰組への忠義・会津への忠義。
揺るぎない信念を持ちながらも全ては忠義のため。
自分また、何にもとらわれないただの斉藤一なら躊躇などしなかった。
「ごめんなさい・・ごめんなさい」
まるで呪文を唱えるかのように零れる言葉は、「私」と「公」に挟まれ苦しみにまみれていた。
そんな姿を見るのが心苦しくて、を抱き上げて強くこの腕に抱きしめる。
驚きに声を上げるの口唇を優しく塞ぎ、額と額を合わせて揺らぐ黒曜の瞳を真っ直ぐに見つめる。
戸惑いに瞳を震わせ僅かに逃れようとするが、放すものか。
しっかりとの腰に腕を回し逃れぬようにしてやれば、体を強ばらせながらも儚げに瞳を潤わせ、
意をつかみ取れぬ琥珀を見つめ反してくる。
「放し・・」
「誓え」
真っ直ぐな琥珀とよく通る深みのある声には息をのんだ。
逸らすことができない、吸い込まれそうな琥珀が心苦しい。
「必ず生き残れ。お前の忠義を貫き通せ」
「俺に誓え」額から伝わる温もりに視界が一気に揺らぐ。
その命令する口調とは裏腹に、額越しから伝わる熱は優しい温もりに溢れ、は静かに目を閉じ頷いた。
「誓うよ・・・だから」
斉藤さんも誓って
忠義を信念を捨てないと。
生きると。
琥珀と黒曜の瞳が柔らかく揺らぐ。
再び重なり合った口唇には
愛しさと
切なさと
そして誓いが満ち溢れ。
改めて抱き寄せれば、その胸にすり寄り瞳を伏せる。
せめてこの瞬間だけでも温もりを感じていたいと切なに願う。
雨音が心地よく響いていた。
ふと、腕の中のがピクリとも動かないことに不思議に思い覗きこめば、
小さな寝息をたて穏やかな表情のがそこにはあった。
泣きはらし疲れたのだろう。
先ほど押し倒した際に少し着物がはだけ、僅かにのぞく胸元に無防備な寝顔。
チリっと再び込み上げる欲情を必死に抑え込み呆れたように笑う。
「ったく、やはりこのまましてやろうか」
「みゅう・・」
まるで肯定するかのような寝言に、くつくつと笑うとを抱き寄せたまま静かに畳へと横になる。
の規則的な寝息と温もりに己も眠りを誘われ、ゆっくりと瞼を閉じた。
今だけでいい。
せめてこの瞬間だけでも腕の中の愛しい女の温もりを感じていたいと。
だが、もう心を決めたのだ。
それによりは悲しみと苦しみに泣き崩れるかもしれない。
しかし、もはや自分の中で選択肢などない。
「、俺はお前を手放す気はもうない」
優しい温もりに包まれ僅かな眠りについている間にも、耳に響いていた雨の降る音が途絶えたことで、
はふっと目を覚ました。僅かながらに寝てしまったのか、
そういえば山下に頼まれていた団子をまだ買ってないやとぼうっとした頭で思い出すと、畳に手をつき起きあがろうとする。
が、全く身動きができずそこで初めてはまだ自分は斉藤の腕の中にあると認識した。
間近に斉藤の穏やかな寝顔があり、びっくんと肩を揺らすもその整った寝顔から目が離せなくなってしまう。
頬を僅かに染め、恐る恐るもその頬に手を添えてみる。
「なんだ、起きたのか」
突然紡がれた低い声にさらにびっくんと肩を揺らす。
ゆっくりて開かれる琥珀の瞳が意地悪げに揺れ、はわたわたとその腕をほどき起き上がった。
「雨っ止んだね」
「ちっもう止んだのか」
ごまかすように庭を眺めるを愛しげに眺め、惜しむかのように艶やかな髪を一房とり口づける。
斉藤の行為を真っ赤になりながら見守り見下ろしてくるに小さく笑うと体を起こし、雨滴に濡れた庭を眺めた。
「私ねまだ買い物があるんだ。斉藤さんはどうする?」
「ああ、もう少しここにいる。先に屯所へ帰っていてくれ」
そうくしゃりとの頭を撫でると、へにゃりと笑ってみせる。
「じゃあ後でね」とは立ち上がると、ぱたぱたと出て行った。
まるで小動物が慌てて逃げていくような様にも見えて、くつくつと喉の奥で笑う。
やはりあいつは栗鼠だ。そう確信しながら。
「で?部下に手を出すなと言いにきたのか?」
琥珀の双眸はしっとりと濡れはてた庭へと注がれている。
はすでに出ていって誰もいないはずないのにだ。しかし、斉藤は確かに人の気配を庭の奥に感じ取っていた。
ピチャと雨滴が跳ね、斉藤の前に現れたのは土埼と山下。
物珍しげに斉藤の家の奥を覗き込んでる山下とは正反対に、土埼は拳を強く握り斉藤を睨みつけていた。
挑発するかのような斉藤の視線と怒りを露わにした土埼の視線が激しくぶつかり合う。
「二度とあいつに近づくな」
「あんたに命令される謂れはない」
唸るような土崎の言葉に、斉藤の容赦ない返答が斬りつける。
ぐっと歯を食いしばり、今にも飛び掛りそうな気持ちを押し堪え土崎は斉藤を睨みつけた。
「斉藤さん、あなたも聞いたはずだ。歴史を変えれば未来と過去の・・」
「違うな」
「何?」
「歴史が変わるのは未来だけだ。違うか?」
土崎の瞳が僅かに細められ、山下は横目でちらりと斉藤を見、再び庭に植えられている
木々を興味気に眺めだした。
その二人の僅かな感情の動きを見過ごす斉藤ではない。
斉藤が疑問に思っていたこと、不審に思っていたこと。
どうやらそれは的中したようで、斉藤は土崎が放つ怒りとどこか焦りが混じった気を
気にせずに再度口を開いた。
「そもそも、なぜ過去に遡ることができるようにした」
「・・・何のことだ?」
表情を固くする土崎に見透かすような琥珀が不敵に光る。
「未来から過去へ。時代を越えることなどこの時代の優れた技力すべてを
合わせても実現することは無理だ。
それとは逆にあんた達新撰組が持つ道具や武器はどれも俺達では到底理解できぬもの。
よって、時代を越えるという芸当はあんた達の時代に実現し得たもの。
違うか?」
や山下達が使っていた携帯映写機やパソコン、そしてボウガンや銃などが
斉藤の脳裏を掠める。
その斉藤の読みに反応したのは、飄々と斉藤の家を珍しげに見回っていた
山下だった。
「へー。あんたやっぱ洞察力ずば抜けてんなー。
時代を越える。そうだな、これは俺達の時代しかもごく最近に
政府が開発したものだよ。まったく余計なもの作るから尻拭いが
俺達にきやがってよー」
「勉!!余計な事を言うな!」
「政府?・・・「きめら」を作り出した組織が作ったものではなかったのか」
「ことの始めは政府が極秘に開発したものなんだけど、どっかから漏れてよ
組織がその製作工程を盗み、独自に開発したってわけよ。
ほんと、アホだろ?。無駄なもん作る暇があったら環境汚染なんとかしろってな。」
「勉!!しゃべりすぎだ!!」
「そうか。どうりで歴史ということに強くこだわると思っていたのは
政府自ら蒔いた種というわけか。」
フンとちいさく笑う斉藤に、山下もシシッと笑う。
その二人の様子に土崎は顔を真っ白にさせ二人を睨み付けた。
「だから何が言いたい!!キメラの流出は最小にとどめられているのは
政府の動きも早かったからだ。それに俺達は正当な手続きの上でこちらに来ているっ
咎められる理由はない」
「ならば、この時代の誰にここに来る許しを得た」
「!?」
「過去とあんた達は言うが、俺にとっては過去でも未来でもない。今だ。
土崎さん、あんたは正当だというが、俺から見れば過去という他人の家に
上がりこんだ不法侵入者しか見えない。
無論、あの「きめら」絡みとなれば話は違うだろうが、
人の家の中で勝手に暴れまわっておきながら、未来・過去と大層に言うとは
随分偉そうな不法侵入者なことだ。
それに」
そう一度口を閉ざすと、斉藤は真っ直ぐに鋭い双眸を土崎に突き刺した。
「歴史に支障が出るのは、この時代じゃないあんた達の未来だけだ」
「・・お前に答える必要はない」
「副長」
拳を握り、声を震わせる土崎に山下の落ち着き払った声が背中に投げかけられる。
振り返れば、いつもの飄々とした中にもどこか真剣味を帯びた山下と目がかち合う。
「この人には隠し通せねえよ」
「・・・・勝手にしろ」
吐き捨てるかのようにそっぽを向いてしまった土崎に苦笑いを浮かべると、
山下は「よいせ」と縁側に腰を下ろした。
斉藤は先ほどからずっと座敷に鎮座している。
「なにかもあんたの言うとおりだ斉藤さん。歴史が変わることにより崩壊するのは
俺達の住む未来だけだ。
斉藤さん。これから話すことは局長と副長、そして俺しか知らされてないことでよ。
や大っさん、新さん達をはじめ隊士は皆知らないことなんだ。」
山下の視線はしっとりと濡れた庭へと向けられているが、その目はどこか儚げで
焦点が合ってないようにも見える。
斉藤は忍耐強く、山下の言葉を待った。
「俺達の世界はもう崩壊寸前なんだよ」
長きに渡り、幾度に続いた戦争
戦争が生み出した民族の対立
汚染の雲の上へと消えた太陽
環境の悪化
奇病の蔓延
人類、いや生あるもの全てが絶滅という道に方向を定め始めた矢先に
突如出現した
キメラとその組織
政府が出した最終手段は歴史を操作して未来を修復することだった。
しかしそれさえも裏目に出、キメラが恰好の場所と求めるかのように
過去へと遡り、それにより未来がさらに悪化することになったのだ。
しかし、それを知るのは政府に属する者の中でも上層に位置する者だけに
留まり、現状を知らない市民はさすことのない希望を持っているのだ。
や原塚、倉永達もまた自分達が剣を振るうことで、未来に光をもたらすことが
できると信じ、頑なに歴史を変えないようにと務めているのだ。
実際は彼らがどう動こうと、もはや未来の崩壊は免れないのに。
「知ってるのも嫌なもんだけど、知らねえのも痛いよな。
どうあがいたってどうにもこうにもなんねえのによ」
山下から初めて息が零れるのを見た。
その様子をそっぽを向きながらも黙って耳を傾けていた土崎がスッと
斉藤を見据える。
「だが、俺達はキメラを殲滅することはあきらめない。
や倉永達に真実を知らせる必要はない。俺達は未来に住まう者だ。
は俺達と未来に帰る」
どこかを意識しているかのような口調に、斉藤の眉が僅かに潜められる。
ほんの数秒だが、土崎と斉藤に激しく火花が散った。
先に視線に逸らしたのは土崎。山下に先に戻ると告げるとそのまま裏戸から足早に出て行ってしまった。
その様子に「へーい」とやる気なさ気にこたえると、
「うちの副長、頑固だろ。それにあいつのこと気に入ってるからなー」と
肩越しに斉藤へと振り返りシシシッと笑って見せる。
「まあ、未来にしか影響が出ないといいながらも、
やっぱり歴史をいじくるのはまずいからよ。あんまり副長突付かないでやってくれや。
政府の根性ねえお偉方にネチネチ言われてきたみたいだしよ」
「そうか・・君達も苦労が耐えんな」
「互いにな」
けけっと笑う山下に、斉藤も僅かに口端をあげて目を伏せる。
閉じられた瞼に、の笑顔を浮かべながら。
「なあ、斉藤さんよ・・・
俺達の、ここでの仕事が終わった時、俺がもしをここに置いて行きたいと言ったら
あんた、の面倒みてくれるかい?」
「!?」
「副長には悪いんだけどよ。
あいつ、あっちの世界で生きていくには難がありすぎる」
環境汚染の拡大に伴い、それに対抗するため機械化対策が
大幅に行われることになったことを、つい先日山下は知った。
そしてこちらにきて、の晴れ晴れとした表情に一つの思いが過ぎる。
全てが機械化された世界に、あいつは生きる術を持たないだろう。
それならいっそのこと、ここに置き去りしてやったほうが・・・
ピピピピピピ
口を開きかけた山下の懐から、不可思議な音が漏れた。
不思議そうにしている斉藤に「悪い」と小さく笑いながら懐へと
手を伸ばし、印籠のようなものを取り出す。
それは先日山下が斉木に何かを取り付けたと言っていた、受信機というものだった。
山下の表情が一瞬にして引き締まり、斉藤は僅かに目を細めた。
「斉木のおっさんが、きやがったぜ」
時が狂い始めようとしている。
波が飲み込もうとしている。
其々の想いを巻き込みながら。
+後書きというなの始末書+
どうもー。
今回も長いですってか長すぎよっ!なんでまとめられないの私っ。(よよよ)
もっとこうさ?スパーン!サックリ!と進められないかなあ?!
えー、長々ながらもヒロインちゃんと斉藤氏の仲が修復できたので
自分の中ではグッジョブvなんですけどね。
とにかくオリジナル部はさくさくっと抜けようぜ、本当に。
えー。個人的に山下君書くのが好きみたいです私。
未来の新撰組キャラはピスメイメージなんですけど、山下に関しては
某小説の某魔術師なキャライメージを持ちつつ、ススムを明るくした感じ?無理?
ちなみに斉木はあのぬぽけーな斉藤さん、アニメでは笑顔が素敵な斉藤さんを
おっそろしく狂人にした感じ?大無理?
いいんだよう、どうせそのうち明治に突入するからさ(逃)
2006年6月24日執筆