流れる時代








  生きる時代







              

                   存在する時代






















同じ三番隊の長であるにも関わらず、いや同じだからこそか
貴方と私は相容れてはならない存在。
私は長であることを認めてないけど・・・。



過去と未来は対の存在であり、決して絡み合ってはならない存在。



それが崩れた時、過去も未来も消えてしまう。













だから














私は未来という自分の生きる世界のために、貴方の世界から去ろう






































けれど、もし許されるならば



貴方の心に片隅に


私が存在したことを


思い留めておいて欲しい











それは私の我儘だろうか

















































+  分道  〜ワカレミチ〜  +



























「カレーライス!」

「ナポリタン!」

「ビフテキ」

「マクダルバーガー」




「・・・帰れ」







江戸時代・京都。
新撰組屯所内食事場。
上記より原塚・倉永・土崎・山下の言葉に、は目を据わらせて肩越しに振り返った。
昨夜、斉木の前に立ちはだかった800年後の新撰組のメンバー。
彼らは斉藤達ともに屯所へと訪れ、そのまま朝を迎えた。
いつものように朝餉の支度をするに、斉藤と沖田、そして永倉は血相を変えて、
の手から器を取り上げる。
斉木との戦いで一番怪我をしたのはだ。斬られた肩の傷も相当ひどかったし、
鎌鼬による傷も一つ一つは浅いにしても、やはり痛むはず。
「おとなしくしてろ」と促す斉藤に一瞬きょとんとするも、次の瞬間には、にへらと笑った。



「怪我は全て完治したよ」


「嘘つけっ、あんな傷で一晩も掛からずに治るものか」


「嘘じゃないよう。ほら」


そでを捲くり腕を見せるに斉藤達は息を飲んだ。
傷だらけだった腕には一つも傷が残っておらず、白く綺麗な肌が露になっている。
驚きと疑いが混じった表情の斉藤達に、は小さく笑って見せた。
なんでも、未来から来た隊士が持ってきた薬をつけたらしい。
致命傷のものでなければすぐに傷が塞がるという、キメラ相手に休息もまともに
とることの許されない達のために、開発された薬だという。
いまだ納得のいかない斉藤達に、「じゃあ手伝って」と笑うとは火加減を見に
踵を返した。
そこへどかどかと土崎が現れ、「食べる?」と問えば、この時代にはないメニュー要望が
返ってくる。



真夜中に突然現れた、見知らぬ男達が屯所へと訪れた時。屯所内にいた隊士達に緊張が走るも
の事情を知っている近藤と土方は、斉藤達からいきさつを聞くと、快く彼らを迎い入れた。
屯所に現れた当初こそ彼らは800年後の隊服である、黒い踝まである長いコートを着ていたが、
朝には彼らも着物を着ていて、平隊士達で不審に思う者はあまりいなかった。

包丁を片手に無表情で見つめてくるに、「冗談だ!」と手をひらひらとさせながら、
用意されている膳へと腰を下ろす。
土崎の真向かいに沖田と斉藤が腰をおろしていて、土崎はにっかりと挨拶をした。
土崎の隣に腰を下ろしながら、ぶつぶつと山下が呟く。


「俺ぁ、朝はマクダルのコーラとライスサンドなんだよなあ」


そう文句を言いながらも、いそいそと箸をすすめる山下にの睨みが炸裂する。


「なにさ、いつもバランスフードで終わらせるくせに。
このファーストフードおたくめが」


「ぉお、なんだ機械おんち」



ぴしりとの笑みに亀裂が走った。ような音を沖田達は確かに聞いた。
話している内容は今ひとつ、理解できないが、と山下の周りを漂う空気が一度下がったのは
確かだ。が、しかし、山下の隣の土崎や、原塚と倉永も知ったこっちゃねえといった様子で、
もくもくと飯にありついている。
大して気にするものではないのかもしれない。が・・・





「・・・・・メカおたくの根暗ヤロー」


「飯お代わり。万年屯所内方向音痴女」






















       


        ぷちv








「表出ろぉ!!勉!!今日こそ刀の錆にしてくれる!」


「ぁあ?!上等だ。電気ケーブルの餌食にしたる」




















       ごんっ











「「う;」」


「うっせえ」


ざっとと山下が構え立った瞬間、二人の脳天に土崎のグーが炸裂した。
頭を押さえ蹲り唸る二人を、チラッと一瞥すると何もなかったように味噌汁をすする。
呆気にとられている沖田・斉藤・永倉を視界にいれると、土崎は呆れたように笑って見せた。



「気にしないでください、いつものことなんで」




(((いやっ!気になるし!)))




そう平然と沢庵をつつく土崎に、斉藤達は顔を見合わせた。
その隣の原塚と倉永も土崎の拳が炸裂しようが、特に気にした様子もなく、もくもくと箸を進めている。



「やっぱ飯は白米が一番っ。炊くのがうまいよなあ」



「んだな。レトルト飯はなんか臭うしよお」





「「「おかわり」」」





「遠慮してクダサイ、お願いだから」



「ここの食材食い尽くす気?」と顔を顰めるに土崎らは不服そうに言葉を詰まらせると、
「だって美味いんだもん」と口を尖らせる。
そんな光景が妙におかしくて、沖田達はにこやかに笑った。



朝食を食べ終えると土崎らは近藤と土方がいる座敷へと向かった。
移動を開始する面々に、斉藤達も付いてくる。
廊下で原田も合流し、一同が集まると座敷は妙に狭苦しく感じた。
近藤、土方の前に土崎が座り、土崎の後ろにと山下、原塚、倉永が並んで座る。
斉藤達は襖の方へと座り土崎達の方を眺めた。

土崎と近藤、そして土方が軽く挨拶を交わすと土崎は倉永へと振り返る。



「紹介します。を含め、こいつらは新撰組の中でも最も信頼をおける連中です。
こいつは二番隊隊長・倉永新一、このでかいのが十番隊隊長・原塚大介。」

倉永と原塚が丁寧に頭を下げる。
好感を持つ近藤と土方に、傍らに控えていた原田と永倉がきょとんと顔を見合わせた。



「なんか不思議な気分だよな」


「んあ?どうした原田、永倉」



小声で話す原田と永倉に近藤が声をかける。
永倉は少し遠慮がちにそう口開けば、原塚と倉永もにっかりと原田と永倉に顔を向けた。



「俺らもです。原田殿は槍の名手とお聞きしました!
実は大介も槍が得意なんですよ」

そう大介の肩をバンバン叩く倉永に、原田の顔が綻ぶ。


「本当か!今度手合わせ願うぜ!!」

「マジっすか!!うわーどうしよう新ちゃん!!」

嬉しそうに倉永の頭を乱暴に掻き撫でる原塚に、倉永が「くあー!やめろー」と
抗議の声をあげる。そんな光景に原田と永倉、原塚と倉永は一気に友好を深め、
それを近藤達は穏やかに見守った。
さらに盛り上がる彼らを何とか宥めて、まずは本題に戻ることに専念する。
土崎は一つ息をつくと、彼の左後方に控えている、長めの黒髪を後で小さく結わっている
男へと視線を移した。


「そしてこいつが山下勉。情報解析と武器開発をしています。
銀を打ち込んだ刀、光明弾を作り出したのもこいつです」


「・・・ども」


食事場から長楊枝を口にくわえたまま、目礼だけの素っ気ない態度に、
近藤と土方は呆気にとられ、土崎は半眼で山下を睨みつけた。


「つ〜と〜む〜」


ワナワナと拳を握る土崎に、山下は飄々と土崎を見据える。
ユラユラと長楊枝をくゆらす姿に土崎のボルテージは加熱する。



「楊枝をとれ!先代殿の前だぞ!」


「俺らあ、畏まった礼儀は苦手だ。性に合わねぇ」





「礼儀知らないだけじゃん?」




隣で小さく呟くに山下の柳眉が跳ね上がる。



「うっせえブス」


「(かちーん)タレ目の能面」

「ぁあ?泣かすぞこら」

「奥歯ガタガタいわすよ」



バチバチて火花を散らし始めたと山下に、
原塚と倉永が楽しげにニヤニヤしなが肩を小突き合う。



「くはー!始まりやがった!」

「やっぱ山下とのバカ騒ぎがないとな!
おいお前らっ室内壊すなよ?」


「「黙れデカチビ!」」


「誰がミジンコ豆チビだコラアッ!」

「ぁあ?そこまで言ってねえし」

「そうそう。新さん、微妙に視界に入るとウザイから退いてて」

「んだとってめえっ。」


ガバッと倉永が立ち上がり、山下とを睨みつける。
隣に座る原塚がニヤニヤしながら、倉永を宥めた。


「落ちつけって新ちゃん。誰も豆粒みたいに小さいからって馬鹿にしてねえよお〜」



肩を震わせながら笑いを堪える原塚の姿に、倉永の米神がぴくりと動く。


「脳みそ空っぽのデカブツに言われたくねえっ!」

「なにを!俺の脳みそは合わせ味噌だぞ!」

「訳わかんねーし!」

「ぁあもうっ!!デカチビうっさいよ!!」


と山下、原塚と倉永は互いにに睨み合うとぎゃんぎゃんと言い争いを始めた。
その内容はあまりにも程度が低いが、当の本人達は真剣らしい。
近藤と土方、そして斉藤や沖田達は口が挟む隙もなく、ある者は呆気にとられ、
またある者はあんぐりと口を開いて4人を見つめた。
その時、土崎の眉がぴくんと跳ねたのを誰も気づかなかった。膝に置かれていた手が僅かに
震えだし、その顔には薄っすらと引き攣った笑みが浮かぶ。
やがてユラリと立ち上がる土崎に、土方はそこで始めて、土崎から異様な殺気が
滲み出ていることに気づいた。その手には彼の刀が握られている。
土崎の目がギラリと鋭く光ったその瞬間−



ゴンッ ガコッ ゴスッ ガツッ


鈍い音がリズムよく、山下、原塚、倉永の脳天に響き渡った。
突然走る激痛に呻き声をあげ蹲る達の前に、ザッ土崎が立ちはだかる。
土崎から漂ってくる、異様な気に達はびくりと肩を震わせておそるおそる顔を上げた。
おそらく刀を納めたままで打ったのだろう、土崎はにっこりと微笑み
ゆっくり抜刀をすると、冷ややかに口を開いた。ぎらりと刀身が鈍い光を放つ。
  



「てめえら、いい加減にしろよ、コラ。ばらして東京セントラル湾に沈めるぜ?あ?」


とても爽やかな笑みだが、それとは逆にその言葉は普段の土崎からかけ離れるもので、
背筋に一気に凍るほのもの駆け巡った。
達はゴクリと青ざめると、わたわたと姿勢を正して座り直す。
その様子に満足するかのように、「よおうし」と見据えるとゆっくりと刀を納めた。



「いやあ、すいませんねぇ。騒がしい奴らで」


近藤と土方へと振り返る時には殺気が消えたいつもの笑みを向けていたが、近藤と土方はひくりと口端を震わせた。
傍らに鎮座していた斉藤達も一瞬のうちに4人を黙らせた土崎のただならぬ気配に強張ってしまっている。
と、同時に彼らに暗黙の空気が流れた。




この人は怒らせないようにしよう。うん、そうしよう。



いまだに頭をさすりながら「痛ひぃ・・」と呻いているに、
沖田は一瞬目を丸くしたが、すぐにクスクスと笑いだした。
これが昨晩、血まみれになりながらも敵に必死に刀を向けていた娘と同一人物かと思うと、
無性におかしい気分になる。
肩を震わせ声を殺して笑う沖田に、は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。



「沖田さん笑いすぎっ。副長の鞘打ちめっちゃくちゃ痛いんだからあ!」

 
むうっと睨みつける目にはまだ薄っすらと涙が溜まっており、その間抜けさにさらに笑いがこみ上げるも、
沖田は手をひらひらさせて謝った。
しかし明らかに楽しんでいる様にはさらに頬を膨らませる。
ふと、沖田の隣の斉藤へと視線を走らせれば、いつもと変わらぬ無表情だが、
その中にも穏やかさを纏った目で自分を見つめている斉藤と目が合い、はさらに紅潮してバッと顔を背けた。
わたわたと顔を背けてしまったに斉藤は小さく笑う。
昨晩から朝餉の時までどこか陰りが見えただったが、この座敷に来てからそんな陰りは吹き飛んでいて、
斉藤は誰にも気づかれないように胸を撫で下ろした。
しかし、普段見ることのないの慌てた様子と斉藤のを見つめる眼差しに、
土崎は僅かに、ほんの僅かに眉を潜めた。
 
ふと、にわかに外が騒がしくなり沖田達は不思議そうに顔を見合わせた。
斉藤は近藤と土方に視線を戻すと、無言で立ち上がり廊下と座敷を隔てる障子へと手をかける。
数人の足音が廊下の向こうから響き、斉藤の琥珀色の瞳が僅かに細められた。


足音は三人。それも酷く狼狽えている急ぎ足。
その足音は間違いなくこちらに向かっている。おそらくは近藤や副長に早急の伝達。
何か起きたか。


障子の向こうに三人の人影が落ちた。
斉藤がスッと障子を開けばそこには自分の隊の部下。
隊士は突然障子が開いた事に驚きを隠せないようだったが、それが上司の斉藤だとみとめると、
少しホッとしたように表情を緩める。


「斉藤先生!」

「何かあったか」


「はっはい!そっ・・それがっ人斬り抜刀斎が屯所に」







人斬り抜刀斎





その言葉に近藤と土方、斎藤・沖田・永倉・原田に緊張が走る。
バタバタと座敷から慌てて出ていった面々に土崎らは呆然と、
彼らが出ていった廊下を見つめていた。





「なんだあ?」

「抜刀斎?」



土崎は首を傾げながら、血相を変え出ていったこの時代の新撰組を眺めた。
頭をさすりながら、は「あぁ」と顔を上げる。



「人斬り抜刀斎。昨晩いた赤毛の人だよ。維新志士」


「ああ、あのチビか」



山下が思い出したように、口を開いた。
チビと聞いて、倉永の米神がぴくりと波立つが、
山下はあえて倉永を視界に入れないように、長楊枝を揺らした。


「維新志士が何の用だ?」

「さあ?斎木絡みかな」


呑気に座り込んでいる面々だが、やがて門の方が騒がしくなるのを聞いて、
は立ち上がり座敷を出ていった。







一方、門へと駆けつけた近藤達は、数人の平隊士に刀を突きつけられ囲まれている緋村に一瞬息を飲んだ。
小柄な体躯は、囲んでいる大柄な平隊士にいとも簡単にねじ伏せられそうだが、
緋村から滲み出る気に囲んでいる平隊士から汗が滲み出ている。
緋村が佇むそこだけが威圧的な気が漂っていた。
ゴクリと唾を飲む近藤と土方に、沖田と斉藤が歩み出る。
ぴくりと緋村の柳眉が跳ねた。


「ついに観念した・・というわけではなさそうですね」


そう穏やかに笑う沖田に、緋村は些か気分を害したかのように目を細める。


「何の用だ」


斉藤の鋭い声が緋村の鼓膜に突き刺さる。


「昨晩の・・未来から来たという娘に会いたい」



スッと斉藤の双眸に険が宿った。
未来と聞いて、土方は気をきかし、いまだ緋村を取り囲みながらも「未来?」と
不思議そうに首を傾げている隊士達を下がらせる。
それになんらかの意図があると汲み取った緋村は、スッと近藤と土方に視線を巡らすと丁寧にお辞儀をした。


「突然の来訪申し訳ない。昨晩の件で話がしたい」


そう頭を上げると同時に緋村は僅かに目を見開いた。
近藤の隣にいつの間にか走って来たのだろうか、昨晩の少女が少し息を切らしながらも緋村を見つめていた。
何か言いたそうなその表情に緋村は一息おいて口を開く。



「斎木について話がしたい」


















警戒体制を崩さぬまま、緋村は先ほどの座敷に通された。
斉藤の鋭い眼差しを受けたまま、緋村は目の前の少女を見つめる。
は土崎と顔を見合わせると、静かに緋村へと今までのいきさつを話した。



自分達は800年後の未来から来たということ


未来の新撰組であること


斎木は前は新撰組の三番隊隊長であり、自らキメラという化け物になり部下を殺し逃げたということ



昨晩の様子を知らない近藤達にも説明しながら、主に土崎がことの顛末を話した。
途中、が負傷し斉藤の気転で一時退却した件で、斉藤は近藤達にこれは局中法度に反することで
あるから処罰を受ける覚悟はあると静かに、しかし力強い意志を見せたが、
それはや沖田、そして土崎達による必死の弁明で、咎めはなくなった。
もとより近藤と土方も、斉藤の判断は最良であり法度に反することではないと
訝る斉藤に諭した。
未来から来たという件に関しては、緋村もすでに斎木という免疫があるらしく驚かなかったが、
昨晩初めて目撃したキメラに関しては、さすがに驚愕の色を隠せなかったようだ。
キメラがどのようなものなのか、以前近藤達と同じように緋村も「吐き気がする」と僅かに肩を震わせた。




「斎木はこの時代に起こる事件が後に深く影響するため、
それを調査するために政府から派遣されたと言っていたが?」


「ぁあ?嘘八百だそりゃ。だいたい斎木のおっさんは政府から追われているんだし」



緋村の言葉に山下は鼻で笑い飛ばす。
おそらくキメラ達を動きやすくするために維新志士側に身を潜めたのだろうと、が土崎を見やれば、
低く唸りながら土崎は頷いた。



「キメラを使うため身を潜めるには、維新志士と新撰組は好都合だろうしな。
まあ新撰組は俺らが張ってたし・・」


そう、腕を組むと同時に思い出したように山下へと視線を巡らす。


「勉。斎木はあれからどうなるんだ?」


昨晩、斎木に促進性ウイルスを打ち込んでいたことを思い出し、そう問えば、
山下は無言で傍らに置いてあったアタッシュケースから、ノートパソコンを取り出した。
ディスプレイを開き、カタカタと素早くデータを算出する山下に、
未来の新撰組以外の者達は不思議そうに山下の操る四角い物体を見つめる。
時折、その箱から聞こえる不可解な音に、肩をびくつかせる姿に、
山下は流れるデータを追いかけながらもニヤリと笑った。
沖田と緋村が山下の後ろから肩を並べて身を乗り出しパソコンを見つめる仕草に、はクスクスと笑う。
これが敵同士だと思うと笑い転げたくなる。
やがて、エンターキーをカタン!といい音を立てて打つと山下は不敵な笑みを浮かべた。


「この赤毛が言ってた日光の下でも行動してたと言ってた件だが、日の下ではもう無理だ、夜しか動けない。
右手はすでに潰れている。自我はギリキリのところでもっているってところだな。ちなみに」


と言いかけて山下アタッシュケースからさらに小型の電子機器を取り出した。
モニターに青く点滅するものが見える。


「斎木のおっさんの体内に発信機を取り付けた。
ちょいと今は未来とこの時代の亜空間にいて手が出せねえ。こちらに出てきたら即仕留めだな」


淡々と述べる山下にと土崎、そして原塚と倉永はあんぐりと口を開けた。
なんだよと眉を潜める山下には「んー」と額に手を当てる。



「いつの間にかそんなもの仕込んだデスカ?」

「ん?おっさんが陶酔して語ってる時?」




さも当たり前と答える山下に達は、ははっと乾笑いを零した。
山下という男はいつもこうだ。飄々としていながら抜かりなく、物事をすすめる。
と同い年で、同じ高校に通いクラスも同じであり、新撰組の中でも山下とよく
行動をともにしているが、いまだにその行動パターンが読めない。
は今までの高校生活の回想を頭の中で思い出していたが、
なんだか急にせつなくなってきて、無理やり頭から追い出した。
どうやら山下に相当困らされた模様。はスッと緋村に視線をうつした。





「緋村さんごめんなさい・・未来のことなのにあなたまで巻き込んでしまって」




あなたまでキメラに狙われる羽目になってしまったと深く頭を下げる
緋村は一瞬きょとんと目を丸くした。いつもは鋭い目つきだがその一瞬の表情は
と山下と同年代そのものだ。


「いや。俺が勝手に斉木を挑発しただけだ。前々から何かきな臭い男だと
思っていたし・・」


「そうそう!ちゃんが気にすることないよ!」


「ああ、それに「きめら」に抜刀斎が殺されたなら、それまでの奴だと思うだけだ」


「斉藤・・」


へらへらと笑う沖田に、しらっと言いたいことをいう斉藤に緋村は目を半眼にして
斉藤を見据えた。そんな緋村に挑戦的な笑みを向けると、近藤と土方に視線を向ける。


「近藤さん、土方さん。俺は彼らが斉木を、「きめら」を殲滅するのを手伝いたいと
思ってます」

「あ!僕も!!」

沖田が勢いよく手を上げながら近藤達に向き直る。
うむと大きく頷きかけた近藤と土方に、は慌てたように腰を浮かした。


「そんな!!だめですよ!!」


滅多に声を張り上げないの声に近藤、斉藤達は目を丸くした。
土崎は一瞬を見つめると、静かに目を閉じる。


「これは私達未来の問題です!!たしかにキメラによってあなた方の大切な
同士が殺されてしまい、その無念を晴らしたいのもわかります!!でもっ」


「生きる時代が違うからか?」


斉藤の鋭い声がの鼓膜を突き刺した。
ハッとして斉藤を見やれば、昨晩と同じ斉藤がを突き放した時と
同じ表情でを射抜いている。その鋭い双眸に一瞬息を飲むも、を堪えるように
一度口を強く閉ざすと、スッと斉藤を見据える。



「・・そうだよ。キメラは未来から来たもの。私達の手で終わらせなければならないんだ」






同じ過ちを二度と繰り返さないためにも





の脳裏に自分の上司である、新撰組局長の顔が浮かぶ。










(そう・・また同じ過ちを繰り返しちゃいけないんだ








・・それに










斉藤さんを巻き込みたくない・・)




















「くだらん」


「!・・え・・・」


互いに険を宿した視線が交差する。が、不意に斉藤は鼻先で笑うと
を嘲笑うように口端を上げた。
僅かに動揺するに、近藤や土崎達も不安げに斉藤とを見守る。
斉藤は真っ直ぐにを見据えると、鋭い狼の瞳を突きつけた。





「未来だろうと過去だろうと、今この時代に起きていることは
この時代の問題でもあるはずだ。
それが未来だけの問題だと?歴史が変わる?
それはお前達未来の者の勝手な言い分だろうが」


「お・・・おい、斎藤」


の顔から一気に血の気が引いたのを見やり、近藤は慌てたように
口を挟んだ。
強く突き刺された視線と言葉に、は心臓を槍で貫かれた気分になった。
の隣に控えていた土崎は、いまだに口を固く閉ざしたまま目を閉じ、
倉永は口答えしたそうに斉藤を睨みつけている原塚を抑えながらも、辛辣そうに
唇を噛み締めている。
山下は興味なさそうにパソコンをいじっていたが、その目はどこか陰りが灯っていた。



「あ・・貴方にはわかりません」


膝に置かれた手を震わせながら、は必死に言葉を紡ぐように小さく
吐き出した。
その紡がれた言葉との態度に、斎藤はチリッと苛立つのを覚える。




「わからんな。
所詮は過去と未来か。ならばさっさと片付けて未来に帰れ」


「斎藤!!」

「一さん!!」

冷たく吐き捨てる斉藤に、土方と沖田はキッと斉藤を睨みつけ声をあげた。
しかし、斉藤は小さく近藤に頭を下げると「失礼する」と短く口を開き、
目を見開き固まっているの横を足早に横切ると、静かに座敷から出て行ってしまった。
背後に原塚の声が響いていた。








自室へと足を向けながら斉藤はばしっつと己の額を叩き、鋭い舌打ちを吐き捨てる。


「なんてことを言ったんだ」


顔を真っ青にさせ目を見開くの表情が、残像のように脳裏に焼きついている。
許せなかった
苦しかった
未来だとか過去だとか区別をつけなくてはならないのは、己でもわかる。
だが、それがから紡がれた言葉と思うと、たまらなく腹が立った。
わかっている。
は未来の者、自分はこの時代の者。
わかっている。



「惚れた弱み・・・か」


そう、自嘲すると斉藤はゆっくりと自室の障子を開いた。












屯所の門まで緋村を見送ると、はそのまま壬生寺へとふらふら歩くことにした。
の表情があまりにも酷いのだろう、土崎も何も言うことなくの横を歩き出す。
沈黙が漂い、下駄の音が虚しく響いた。
寺の境内に並んで腰を下ろしてからしばらくして、はやっとぽつりぽつりと言葉を零す。





「早く帰れって言われちゃった・・・」


「そうだな」


「とても冷たい目だった」


「ああ」


「副長ぉ・・私ね」


「わかってる」


視線は寺の門へと向けたまま、土崎はクシャリと横にいるの頭を無造作に撫でた。
小さく響く咽喉に、またボロボロ泣いているんだろうと小さく溜息をつく。
スッと見やれば、やはり。
必死に堪えようとしているのだろうが、その目から止まることを忘れたように
ボロボロと涙が零れていた。


「新撰組条例違反。時代人に思いを寄せた。そうだな?」

「・・・」


膝を抱え、必死に涙を堪えようとする姿がなんとも痛々しい。
条例違反。それよりも土崎は今にも壊れそうに震える少女に胸が痛んだ。

新撰組条例

これは現局長が自らの過ちを再び起こさぬようにと、取り決めたもの。
全ては時代という時の流れを守るために。
その大きな流れの中で芽生えた小さい思いは、いとも簡単に
流れを変え塞き止める威力を持っている。
土崎は小さく息を吐き出した。
自分達新撰組の副長・近護 裕。彼が思いを寄せた女性は歴史という大河の中で
とても小さい存在であった。どこにでもいる平凡な女性。身分もなく
ただ時の流れに身を任せて年を老い、静かに土へ還るだけ。
しかし、その小さなものすらも時代の流れは大きく左右された。
今、隣で泣きじゃくる部下が思いを寄せたのは、後に幾つもの時代に語り継がれる
新撰組の者。しかも平隊士ではなく副長助勤に位置する男。
流れが変わるだけでは済まされないであろう。

できることならば思いを遂げさせてやりたいと思う。
しかし、土崎はさきほど斉藤がを愛しげに見つめる姿を忘れてはいなかった。
の思いは痛いほどわかる


けれども




時代を変えてはならない


時代を滅ぼしてはならない




あの時たしかに斉藤との間に深い溝ができた。



ならばそれを利用するしかない。




また心が近くなる前に










土崎はぐっと歯を食いしばり目を閉じると、すっと冷ややかに目を開いた。
その表情はさきほどのを心配するものから、鬼が宿っていた。







、甘えるな。俺達の任務はなんだ?遊びに来ているんじゃない。
俺達のやるべきことはなんだ」


「・・・任務」


「お前が斉木を討て」


「え・・」


の顔に狼狽の色が走る。しかし土崎は鋭い眼でを見据えた。



「三番隊として、親子として。お前の手で斉木を討て」


「・・・・・私が・・・・先生を」



の目に炎が灯った。
忘れていたわけではない。任務を遂行するべくこの時代に来たのだ。
力強く頷くに、土崎も固く頷いてみせる。


「俺達の任務はキメラとそれに加担した者の殲滅。それ以外にはない」


「私達の任務」


ゆっくりと土崎から視線をはずしながらもの顔には、新たな意志が刻み込まれていた。



(そうだ・・新たな被害を出さないためにも、時代を壊さないためにも
斉木先生を討たなきゃ・・・・)




「副長・・私は斉木先生を討ちます」


の澄み切った表情に、土崎は力強く頷いた。





















流れる時代

生きる時代

存在する時代


同じ三番隊の長であるにも関わらず、いや同じだからこそ貴方と私は相容れてはならない存在。
私は長であることを認めてないけど・・・。


過去と未来は対の存在であり、決して絡み合ってはならない存在。


それが崩れた時、過去も未来も消えてしまう。






だからね、斉藤さん






私は未来という自分の生きる世界のために、貴方の世界から去ります。
私は斎藤さんの世界には存在しない者だもの。




けれど、許されるならば斉藤さんの心に片隅に


私が存在したことを思い留めておいて欲しい











それは私の我儘かなあ・・・