(見えたか?)
耳に装着されたイヤホンから土崎の緊迫した声が響いた。
そこへ鎮座していたは、ゆっくりと瞳を開くとすくっと立ち上がり、
あたりを見渡す。
眼下は夜の帳に静まり返った町並み。
視界の隅で何かが蠢いたがはそれには気にも留めずにあたりを伺う。
−あそこは池田屋。おそらくこの時代の新撰組か−
つとは素早く身を屈めた。
瓦屋根に這い蹲り、下を駆け抜けていく浅黄色の羽織を着た数人の
男達を目で見送る。
「まずいよ、歳。池田屋襲撃後みたいだ。人が外に出回りすぎる。」
(ちっ。奴らこのタイミングを計りやがったな)
怒気を含んだ声に、は鋭くあたりを見渡した。
険を帯びた双眸であたりを警戒しながらも、頭の中では歴史という情報が
脳内で交錯する。
「どうする。奴らは血に引き寄せられてくる。4匹・・・いや5匹・・
レベルは3それ以上だ・・・辛いかも」
右手を腰の獲物にかけつつ、左手でぐっと瓦屋根の足元を支える。
(生きて帰れ)
「了解」
月明かりが眩しい。はイヤホンの伝令に短く答える、さっと身を翻しながら
刀を抜いた。肉が裂ける鈍い音ともに、背後から飛び掛ってきた物体が
咆哮をあげて灰のように崩れていく。
は眩しすぎる月を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まずは一匹」
黒く長いコートの裾が翻ったと同時に、異世界の住人がいた屋根にはすでに
人影はなかった。
「だああっ!!んだよこれはあ!!」
槍を握る力を再度込めると、原田佐之介は焦りの色を露にした。
目の前蠢く人。いやこれは人と呼べるものなのだろうか?
いや・・これは
「化けもんが」
原田と背中合わせに剣を構えている永倉新八が苦々しく、瞳に映る異形を見据える。
池田屋襲撃後、逃げ出した長州一派を追いかけ飛び出してきたが、原田と永倉の隊を
突如襲ったものに一同は一瞬立ちすくんだ。
人の形といえば人かもしれない、しかしその肌の色はまるで黒墨を塗りたくったように
黒く光り、その体は人間組織を無視したような筋肉のつき方をしていて、
異様に盛り上がっていた。
ぼさぼさに伸ばされた剛毛の下からは炎のような赤い目が永倉を射つける。
割れた口から狼を思わせる牙が除き、手と足の先には鈍い光を放つ研ぎ澄まされた爪が
地面や周りの民家を軽々と破壊していく。
一方原田の前に蠢く異形は虎のような姿態。だがそれは虎とも呼ぶには程遠いものだった。
[血ダ・・・血ヲ肉ヲ喰ワセロ]
二枚の舌をだらんと垂らしながら、にじりよる虎に原田の背筋が凍る。
「新八つあーん!!こいつら俺らを食うらしいぞお!」
「うげえ;」
黒色の異形の口が不気味に歪んだ。どうやら笑っているらしい。
口の端から滴り落ちる唾液に永倉の刀がちゃりと鳴った。
同時に襲い掛かる二つの異形。原田と永倉はそれぞれ刀と槍を構えるも
死を悟った。
「原田さん、永倉さんっ無事ですか?!」
聞き覚えのある声とともに二体の異形の体がぐわりと波打った。
途端、砂のように消え原田達は目を見張る。
「なんだこれは」
虎のようなものが消えた灰を見下ろしながら、長身の男が無表情に吐き捨てた。
「総司、一さん・・・・・・」
永倉に手を差し伸べる美少年と背後に立つ長身の男に永倉は、今まで仕方を忘れていたかのように
息を吐き出した。
原田も汗を噴出しながら槍でなんとか自分の体を支えている。
「すまない・・組長のくせにして仕留められないとは」
「いや。これは今までとはまったく物が違いすぎる。」
微かに震える手を擦り合わせる永倉に一と呼ばれた男は、原田の肩を叩きながら
口を開いた。
ふと見渡せば、果てた同士が無残に倒れている。
「あれも長州のですかね?」
「さあ。だが少し違う気がするが」
沖田総司は刀を納め、果てた同士へと屈んでいる斉藤一を見つめながら口を開けば、返される返答。
斉藤一は険を帯びた双眸で果てた同士を見やった。
刀で果てたものではない。腹をえぐられた者、頭部がないもの・・・
さきほど灰と化した異形にやられたものだろう。
瞬間、斉藤を初め沖田・永倉そして原田は戦闘態勢に構えた。
禍々しい殺気と気が近づいてくる。
「おいおいおいおいおいっ冗談じゃねえぞ」
原田の表情に笑いと引き攣りが混じる。
永倉の額からじわりと汗が吹き流れた。
彼らの前に現れた異形は先ほどの比ではない。そう本能が告げている。
二丈、いや三丈あるであろう身丈の戦国の武士を思わせる鎧武者。
でかいが基準ではない。これから滲み出る禍々しい殺気はさきほどの異形とは
まるで桁が違う。
[新撰組。政府の犬。どの時代も変わらぬゴミ共が]
地響きのような唸り声が鎧武者から零れる。一同の背中に冷たいものが流れた。
その様子を楽しむかのように鎧の中の口が不気味に割れる。
鎧武者がゆっくりと刀を抜いた。
その身丈のでかさに違わぬくらい刀もでかい。
「くるぞ」
斉藤の低い声が響いた。
ぐわりと鎧武者の体が傾くと同時に、風を切る音が斉藤の耳を掠める。
ー早いっー
振り下ろされる巨大な刀。吹き飛ぶ家屋と地面。
一同は寸前の所でなんとかかわしきる。
ふと鎧武者の視界に果てた命が映った。再び不気味に割れる口。
「お・・・おい・・なんだこいつあよぉ・・・」
異臭と鈍い音に永倉は口を押さえ蹲る。沖田も表情を青くさせ
目の前の光景から目を背けられないでいる。
鎧武者が果てた隊士を喰っていた
最後の一欠けらが飲み込まれる
兜の奥で赤い双眸が不気味に揺らいだ
[まだ足りぬ。お前らも喰わせろ]
再び飛び掛かかるる鎧武者。さきほどより一段と速さを増していることに
斉藤は目を見開いた。
「ぐっ」
巨大な刀の直撃はなんとか免れたものの、斉藤は鎧の甲冑にあたり吹き飛ばされる。
「一さん!・・・うっごほっ」
沖田の叫び声が無残に響く。が、とたんに沖田は激しく咳き込んで蹲ってしまった。
原田の顔に絶望という色がくっきりと現れる。
[案ずるな。骨も残さず喰らってやろう]
ズンと鎧武者の足が動いた。
「レベル5か。きついなあ」
体勢を整えようと地面に手をつける斉藤の背後でのんびりした声が響いた。
鎧武者の動きがぴたりと止まる。
[現れたな。新撰組]
かぱりと割れた鎧武者の口から零れた言葉に一同は驚きに目を見張り、すたすたと
自分達の間をぬって異形へと足をすすめる少女を見た。
(新撰組?こんな隊士はいなかったはず。しかも・・)
斉藤は無表情のまま、少女を見つめた。
足がすっぽり隠れるほど長い黒い羽織?のような出で立ち。
新撰組は浅黄色の羽織だ。こんな格好の隊士はいないはず。
まさか幹部である自分達にも極秘で新たな任務を請け負った隊士がいるのか・・・
あの局長と副長ならやるかもしれない。
が、この少女から滲み出る何かが、この世界の者ではない感覚に斉藤は珍しく同様していた。
少女は鎧武者の前に出ると、肩越しに斉藤達へと振り返る。
「下がっていてください。巻き込みます」
凛とした耳によく通る声に斉藤はハッとして、蹲る沖田の肩を抱え
ゆっくりと後ずさりをする。斉藤の動きで我に返った原田も永倉を支え起こした。
その様を見届けるとは小さい笑みを零し、目の前の鎧武者へと見据える。
「人を食ったな」
鎧武者の口から滴り落ちる赤い雫。の双眸が険しく光った。
ゆっくりと空を仰ぐ巨大な刀に、は静かに刀を抜いた。
斉藤たちは目の前で繰り広げられる戦いにただ目を見張るばかりだった。
少女の無駄のない羽のような動きが徐々に鎧武者の鎧を斬り落としていく。
しかし鎧武者も息をぜえぜえ言わせながらも確実に少女へと刀を振り落としていく。
この戦い鎧武者の負けだ
そう確信したとき
鎧武者の背後から浅黄色の隊士が数人飛び込んできた。
「藤堂っ!!来るなあ!」
原田が叫ぶよりも鎧武者の双眸が不気味に怪しく光る。
ガパリと口を開き藤堂と呼ばれた隊士へと襲い掛かる
[我の血肉になれ人間!]
「っひ・・」
がきいいんと金属音が交わる音があたりに響いた。
原田達の視線の先には鎧武者の後ろ姿しか見えない。
「と・・・藤堂っ!」
永倉が悲痛な叫び声をあげた。
ぐわりと巨体が傾ぐ。
鎧が灰へと化していくと同時に藤堂の姿が見えた。
突き飛ばされたかのように地面に倒れている藤堂の姿に原田の顔が青ざめる
が
その藤堂の前に立ち塞がるかのように刀を構えている少女。
やがて鎧武者が灰になると藤堂は、何が起こったのかわからないといって青白い表情で
ゆっくりと起き上がった。
「藤堂!!」
永倉がもう大丈夫なのを確認すると、原田は藤堂へと走り寄った。
斉藤と沖田、そして永倉もふうっと息を吐き出して、刀を納める。
「藤堂大丈夫か!!」
「あ・・・あぁ。今のは一体なんだったんだ?」
僅かに震えている肩を抑えながら、藤堂は目の前でいまだ灰を見下ろしている
少女へと向けた。
「あんた・・何者だ?」
僅かに槍を握る力を込めながら原田は、目を細めて少女を見やった。
斉藤達の険しい視線が少女へと向けられる。
しかし、少女はぴくりとも動かない。
「おいっ聞いているのか!」
痺れを切らしたように原田が少女の肩を掴むと、少女の体がゆらりと傾いた。
ぽたりと少女の脇腹から落ちた雫に、原田は目を見張る。
「あー・・・・やっばいなあ・・」
ドサ
灰と化した異形を確認すると、はぐわりと視界が歪みの感じた。
急回転する視界が最後映し出したのは飲み込まれるほどに大きい月。
また笑ってる・・・私はそんなに醜いですか?
そんなに弱いですか?
斉木先生・・・・・