「いいか、本日の調合はフルーパウダーの第五段階過程だ。
完成後実験を行う。完成していれば、校外の湖への移動が可能になるであろう」
低い威圧的な声が暗い実験室に響き渡ると、一呼吸の間をおいて
教室内に調理器具の擦れ合う音や、椅子をずらす音が静寂を破った。
ホグワーツでもっとも人気の低い魔法薬学。
それはこの科目が非常に高度で理解し難いものだとか、調合が成功する
確率が低いなどが理由ではない。
もちろん経験を積むにつれ、高度なものになるし調合を失敗すれば
命を落とす危険もある。
が、魔法薬学授業内容よりも、担当する教師のせいでもっとも受けたくない
科目ナンバー1に輝いているのが、この魔法薬学だ。
その担当教授−セブルス・スネイプはカツンカツンと靴を鳴らしながら
ゆっくりと生徒の間を通っていく。
「ラベンダー、なんだその髪飾りは外せ。グリフィンドール1減点」
「ロングボトム、また割りおって。グリフィンドール3減点」
「グレンジャー!また余計なことを。グリフィンドールから4減点!」
「ほう・・ポッター・・・・・グリフィンドール5減点」
嫌味な言葉と容赦ない減点が続いていく。
グリフィンドールとは全寮制のホグワーツ校において分けられる4つの寮の一つである。
グリフィンドール・スリザリン・ハッフルパフ・レイブンクローの4つの寮で構成されている
ホグワーツ校は、授業を受け持つ優秀な教授が寮監を努める。
ここまではイギリスにある全寮制学校とはとくに変わりはないであろう。
しかし、魔法薬学とはどういうことか。
ここはイギリス国内ではあるが、その学校の存在自体をほとんどの国民は知らない学校であった。
魔法という力を持つ子供達が通う、魔法使いの学校なのだ。
この学校の授業内容は多くのことが、他の学校とは違っていた。
授業項目は魔法薬学に変身術、飛行術や占い学そして魔法動物飼育学など
イギリスの学校にこういった学問を教える学校があるだろうか?
それも16歳の子供にだ。11歳から17歳までの七年制のホグワーツは
ごくわずかな者だけが入学することのできる学校なのである。
魔法薬学の担当教授であるスネイプは、スリザリンと呼ばれる寮の寮監を務めていた。
実はこのスネイプ、自寮贔屓グリフィンドール嫌いで有名な教授で、自分が受け持つ魔法薬に
なるとここぞとばかりにグリフィンドールから点数を引く。
この点数は、一年の終わりに生活態度・勤勉・スポーツなどの合計点で優勝寮を決めるという
しきたりがあり、生徒達は優勝をするのは自分の寮だと特にクィディッチと呼ばれるスポーツには
特に熱を入れ学校生活を送るのだ。
しかし、スネイプのこの減点はあからさますぎる。どうもグリフィンドールに相当な恨みがある
ようなのだが、己の感情のために減点される生徒達はたまったものではない。
暗く威圧的な教室にさらに黒くじめじめした空気が流れていく。
そんな中で周りの空気を我関知せず、調合に没頭する生徒がいた。
所属寮を見分けやすくするために各寮ごとに制服の裾やネクタイの色が違う。
フレームなしの眼鏡の奥の瞳をしっかりと目の前の大鍋を捉えている、生徒のネクタイはエンジ色、
グリフィンドールのものだ。
腰まである艶やかな黒い髪を散らばらぬようにしっかりと後ろで結び、ゆっくりと大鍋の中身を
かき混ぜる勺の角度と速度を翡翠色の瞳がじっと捉えている。
その大きな瞳は本物の翡翠のごとく、綺麗に輝いていた。
やがて、スネイプはその生徒の後へつくと、黙って腕を組んだままその動向を見つめた。
ゆっくり回される勺に合わせて、中の液体がゆっくりとオレンジ色からエメラルドグリーンへと変わっていく。
液体が完全なエメラルドグリーンへと変色したら、火を止め、釜で水分を飛ばせば完成だ。
スネイプはフンとつまらなそうに鼻を鳴らすとまたゆっくりと歩き出した。
が、ふと隣の大鍋を見て首を傾げる。
隣の大鍋には火がつき中身の液体が入っているにも関わらず、調合している者がいない。
見ればその液体は今にも沸騰しかねない。不審に思いスネイプは懐から杖を取り出し大鍋へと向けながら
その生徒へと口を開いた。
「ミス・。君の隣は誰かね?」
「え?・・・あれ?たしかディーンが・・・」
「げっ!!やべ!すんません!!」
スネイプとと呼ばれた少女の死角で焦った声が上がった。
どうやら羊皮紙を床にばら撒いてしまったようで、慌てて拾い上げていたようだ。
その様子にスネイプは眉間の皺を深くし、減点にしようと口を開きかける。
その時だ
「!!教授っ危ない!!」
「!?なっ」
ドーン!!
ディーンの大鍋の液体が沸騰した瞬間に爆発を起こした。
沸騰する瞬間を目撃したは咄嗟に、大鍋の前にいたスネイプを押しやるが
自分自身のことを考えていなかったようだ。
爆発した大鍋の中身がへと目がけて飛び散ったその瞬間、まるで火をつけたマグネシウムのように
バチバチという音と閃光が起こり、スネイプや教室にいた生徒達は思わず目をきつく閉じた。
やがて、なにが焦げる様な臭いがあたりに立ちこめ、スネイプはそっと目を開いた。
「?」
がいた冷たい石畳の床には、爆破で無残な姿に散らばった大鍋が転がっているだけで
の姿はどこにも、なかった。
イギリス西南部。
自然あふれる森の中に立つ全寮制パブリックスクール・セント・ラファエロ。
あふれんばかりの心地よい太陽の光が、学校全体を照らすなんとも気持ちのよい昼下がり。
校舎棟からやや離れたところに、森に覆われた湖がある。
太陽に光に照りだされた湖面はキラキラと輝き、サワサワと木立がざわめいている。
こんな日はのんびりと日向ぼっこをするにかぎるのであろう。
湖に一隻のボートが爽やかな風に流れを任せていた。
ボートに時折打ち付けられる水音が耳に心地良い。そのボートには一人の男が寝そべっていた。
セント・ラファエロの制服を着くずし、両手を枕がわりに寝そべっている様は
まるでこの湖は自分のものだというようだ。青黒髪に整った顔立ち。
わずかに口端をあげて目を閉じている様子からみると眠ってはいないらしい。
森の向こうで授業終了のベルが小さく聞こえ、アシュレイは小さく欠伸をした。
「さて・・からかいでも行くかね」
誰にでも問うでもないその呟きにアシュレイは切れ長の瞳を開くと、
軽々と上体を起こした。
「ちょっ!!うそっ!!!やだーーーーーーーーー!!!」
「あ?」
バッシャ−ン!
ふいに焦ったような声が耳を掠め、アシュレイは目を細めあたりを見渡した。
その瞬間、アシュレイのボートから5メートルほど離れたところで、水柱が上がった。
何か空から落ちてきたようだ。水柱は勢いよく水しぶきを撒き散らすとまた静かな湖面へと
戻っていく。後には水しぶきでずぶ濡れになったアシュレイが微動だにせずに上体を
起こしたままの体制で固まっていた。
「何だ?」
(にゃー!!えとっ落ち着け!!落ち着くのよ!!!!)
はぐるぐる回り続けていた視界が急に冷たく息苦しいものに変わり、
パニックを起こしかけるのを必死に自分に言いかけ、落ち着くことに専念した。
(えとっまず魔法薬学で調合してたよね?ディーンの大鍋が爆発して、薬が私にかかって・・・
たしか今日はフルーパウダー製造過程の第五段階だったから・・・・)
複雑に絡まった糸をゆっくりと解きほぐすように、起こった出来事を整理していくにつれ、
はどこか水の中に落ちたとのだと理解する。
今日行った調合のフルパウダーとは、主に暖炉で使用するものなのであるが、
そのパウダーを手にして行きたいと場所と特定の呪文を唱えると、
その場所の暖炉へ行くことができると煙突飛行移動の粉である。
フルーパウダーを使用するには使用暖炉を魔法移動交通局へ申請し、主に使用する
行き先の暖炉と繋げなければならないのであるが、それは完成品のフルーパウダーに
関しての話だ。今日行った調合は完成品までの第五段階。
呪文として唱える目的地をインプットさせる段階であり、それが成功したら
校外の湖へと出れるはずだった。
が今いるこの場所は明らかに水中である。
大鍋が爆発した影響でフルーパウダーの効力が発揮されてしまったのであろう。
とにかくホグワーツから出ていないと安心感を覚えると、懐から杖を取り出し、
自分へと杖先を向け心の中である呪文を力強く念じた。
その瞬間、杖先がにわかに光りだしの喉元へと光が飛び出してその光はの
体を包み込んだ。
「ほう・・・この世界にまだ魔法を使える子供が、ここにもいたのか」
ふうっと安堵の溜息を零したの耳元に、女性の声が響き弾かれるように目を開いた。
驚きのあまり口からコポコポと泡が出るが、が唱えた呪文は水中でも息ができる魔法だ。
この魔法が効いている間は、水中の中で息もできるし視界も地上と変わらぬよく見える。
「あ・・あなたは・?」
月光を思わせる絹のように滑らかな青白い髪が、目の前で揺れていた。
深い夜空を映しこんだような紺青の瞳が楽しげに、そして珍しそうにの
翡翠色の瞳を覗き込んでいる。
白いドレスを水の流れになびかせながら、の周りをぐるりと回ると
ようやくその全貌を見ることができた。
美しい女性だ。今までこんなに美しい女性を見たことがあるであろうか。
例えようのない美には水中にも関わらず、頬がほのかに熱を帯びているのがわかった。
しかし、水中で平然としているこの女性はおそらくは水中人。
ふと、は不思議そうに首を傾げた。
「魔法って・・・。だってここはホグワーツでしょう?あなただって魔法界の住人じゃない」
今度は水中をフワリと漂う女性が不思議そうに首を傾げた。
ジッとを見やってから、の着ているローブと手にしている杖を見やると、
驚いたように目を僅かに見開く。
「娘・・そなたはホグワーツの者か。我は「湖の貴婦人」モルガーナ。
そなたはここはホグワーツと思っているようだが、ここはそこよりはるか離れた西部の土地じゃ。」
「はひ?!っごぼっ!!」
湖の貴婦人の言葉に一瞬の表情が固まり、次の瞬間素っ頓狂な声をあげた。
それにあわせてむせ返る空気の薄さにはハッとする。自分へとかけた呪文の
効力が薄くなってきている。
まだ半人前の魔法使いである。呪文の効力は5分ほどが限度だ。
「わわっ効力が切れちゃう!」と慌て始めるの頬にそっと手をあてる貴婦人に
の動きがピタリと止まる。不思議そうに見やれば、美しい笑みを称えた貴婦人が
を魅了していた。
「魔法界の者と会うのは誠久しい。この湖を出たら近くに建物がある。
そこに我が加護を受ける少年がおるから、そやつを訪ねて助けてもらうがいい」
「ごぽっ・・少年?・・・名前は??っつ!!」
先ほどよりも強い噎せ返りを覚え、ついに魔法が切れたことを悟ったは
慌てて水面へと目指した。そして思い出したように貴婦人へと振り返り、
魔法界の住人へ対するお辞儀を丁寧にすると、再び水面へと視線を向ける。
そんなを見送りながら、湖の貴婦人は穏やかなを笑みを浮かべながら
に手を振った。
徐々に水面へと近づいて行く度に、日の光が水の中へと差込んでくる。
外の世界まであと少し。はキュッと口をつぐんで水をかいた。
一方、水面では先ほど水柱が上がってから静まり返っている湖面を覗き込むアシュレイがいた。
すぐにでも何か浮かび上がってくるかと思いきや、かれこれ10分ほど音沙汰ない。
いい加減飽きて、オールへと手を伸ばしたその時だった。
バシャン
何かが跳ねる音にアシュレイは素早く視線を向けた。
何か珍しい物でも出てきたのかとにわかに胸を躍らせていたアシュレイであったが、
それが人間の少女だとわかり、僅かに表情を引きつらせる。オールを取り、噎せ返っている少女へと
ボートをつけると力まかせに腕を掴み引き上げた。
急激に腕に走る痛みに呻き声をあげただが、あっという間にボートへと引き上げられ
思いっきり息を吐き出す。水中では軽く感じた浮遊感も、地上へと上がれば重力の法則に従い、
水分を大量に含んだローブや制服がずっしりと重くのしかかる。
胸をこみ上げてくるものには弾かれたように咽込んだ。
「大丈夫か?」
上の方から降ってくる声と背中を軽く叩かれる感触に、は誰かにボートへと
引き上げられたのだと実感する。が、声が出ない。声を出そうとするとさらに噎せ返り、
はしきりに首を縦に振ってみせ、肯定のサインを送った。
が、噎せ返りながら肩で息をしている様はどうみても大丈夫ではないであろう。
アシュレイは小さく舌打ちをすると、目の前で噎せ返っている少女の背中を軽く撫で続けた。
それと同時に注意深く少女の着ているローブへと視線を走らせる。
明らかにセント・ラファエロのものではない、いかにも魔術的な出で立ちに青灰色の瞳を細めた。
そもそもセント・ラファエロは男子校であるから、少女がいること自体が
おかしいわけなのだが。
ローブの下に着用してるものはいたって普通の学生服のようだ。ローブはこの少女が私服で
着ているものだろうか。しかし、ローブの胸元に見えたエンブレムに
どこかの学校のものであるとアシュレイは素早く判断する。
(グリフィン?・・グリフィンドールか。ホグワーツ?)
エンブレムに刺繍されている文字を盗みとり、素早く脳へインプットされている
膨大な知識をかき分けるが、グリフィンドールという言葉もまたホグワーツという言葉も
アシュレイは見たことも聞いたこともなかった。
そうなれば、どこぞやの秘密結社か魔術師愛好家のサークルか。見たところアシュレイと同じ
位の世代だ。ずいぶん大人びているアシュレイだが、彼はセント・ラファエロの生徒で
最高学年に所属している17歳である。
年齢に大差ないということは学校のサークルか何かであろう、しかしそれにしては
随分しっかりと作られたローブであると再び少女へ視線を戻すと、少女は俯きながら
咽込むも何か伝えようと、必死に手をパタパタさせている。
「何だ」とさらに顔を覗き込めば、翡翠色の瞳と目が合った。
黒い髪に小柄な体系に、アシュレイは東洋人だとおもっていたが今目の前で
揺れている瞳は東洋系のものとは異なる。顔立ちは東洋特有のものだから
おそらくはハーフなのだろうか。
吸い込まれそうなほど綺麗な翡翠色に、アシュレイは知らずにその瞳から目が離せないでいた。
すると不意に少女は体を強張らせて、恐怖にも似た瞳でアシュレイから僅かに体を退けた。
首を傾げようとしたアシュレイに少女の悲痛な叫び声にも似た声が鼓膜を突き刺す。
「いやー!!!なにっあんた!!なんでそんなにいろんなもん連れてんのよっ・・う;・・」
パタリ。
少女はアシュレイの肩口に指を刺し、悲鳴にもあげた声をあげると糸が切れたように
意識を失って、ボートへと倒れこんだ。
助けてやったにも関わらず礼もなければ、いきなり喚きだし勝手に気絶した相手に、
アシュレイは一瞬このまま湖に落としてしまおうかと思ったが、少女の口走った言葉に
口を閉ざす。
少し沈黙した後、オールを手にし岸につけると、気絶した少女を抱きかかえ校舎棟へと足を向けた。
「ふむ・・・あやつに娘を委ねてよかったものかの」
静けさを取り戻した湖の底では、湖面のやりとりを始終を見ていた湖の貴婦人が
小さく溜息をつき、こめかみに人差し指をあてた。
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えーあー・・とうとう手を出してしまいました;英国妖異譚に!!
しかもハリポタともろ融合させちゃってごめんなさいみたいな!!
短編だったはずなのに、なに連載かましてんだよみたいな!!
えと、今回はアシュレイ・・・とモルガーナしか出てきてませんが、
ユウリとシモン、そしてマクケヒトも出すつもりです。
個人夢よりむしろ英国夢!みたいな!!(誰か・・・)
2006年2月14日執筆