この目さえ光を知らなければ見なくていいものがあった。
だから私は自らの手でこの目から光を奪ったんだ。
今私に見えているのは・・・・無限の漆黒の闇・・・・
「遮光」
コッコッコタッタッタッ
廊下にはたくさんの足音で溢れかえっていた。
時は昼休み。昼食を食べ終えた生徒達はそれぞれ好きな時間を過ごす。
スネイプは仕事がはかどらないため、手短に食事をとり自室へ向かうところだった。
午後からはまた授業がある。それまで少しでも進ませておきたい。
急ぎ足で歩く姿に、生徒達は慌てて道を譲る。彼がどんな人物であるかは学校中が皆知ってることだ。
下手に行く手を妨害すれば、減点は免れそうにない。
ふと、急ぎ足で歩いていたスネイプが歩調を緩めた。
ちょうど左手に裏庭の景色が広がってきた所だ。スネイプの視線はジッと裏庭注がれていて。
そこには彼が目の敵にしているハリー達の姿があった。
ハリー・ポッターといつも一緒にいるロナルド・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーはもちろん、
スネイプの授業を妨害しているのかと思うほど失敗を連発するネビル・ロングボトム・・
他数人のグリフィンドール生徒がマグルのものと思われる球体のような物で何かゲームをしていた。
だが、スネイプが歩調を緩めたのはハリー達ではなく、ハーマイオニーと手をつないでいる一人の女子生徒に
注がれていたのだ。
肩で綺麗に切りそろえられた黒い髪に、かわいらしい瞳。
隣にいるハーマイオニー・グレンジャーよりも小柄な少女は、ゲームをするハリー達を見つめるハーマイオニーと
少し違う方向を見つめて微笑んでいた。
彼女の名前は・。
ホグワーツでは珍しい日本からきた魔法使いの卵。
その国では魔女とは言わず別の呼び名があるらしく、使う魔法も他の生徒とは少し違っていた。
東洋人特有のせいか、他の同い年の同級生より幼くみえる。
そして彼女は盲目だった。
スネイプはを見つめたまま、なぜ彼女が盲目なのか思い返していた。
彼女は小さい頃、自分自身の意思で目から視力を奪い取ったのだという。
禁断の使ってはならない魔術の本に載っていた術で。
自分から光を奪ったことに後悔などしていない、と彼女は言っているが・・・
スネイプはのことが気になっていた。
なぜ、自分がたった一人の生徒、しかも憎らしいグリフィンドールの生徒が気になるのかはわからない。
もしかしたらそれは、ブロンド髪や青い瞳の生徒が多い中、自分と同じ黒い髪に黒い瞳
また一風変わった魔法を使うせいなのかもしれない・・・・・。
がホグワーツに入学する時、教師の大半が反対をした。スネイプもその一人で。
理由は一つ、盲目だからだ。
魔法薬学の調合の危険性、飛行術での箒に乗った時の安定性、魔法生物飼育学で取り扱う生物の危険性。
魔法学校はマグルの学校よりもはるかに危険が多い。だが、ダンブルドアはスネイプ達の反対を押しきってを入学させた。
「まぁ、彼女の反応を見てくれの」と笑いながら。
スネイプは微笑むダンブルドアに腹立たしさを感じながらも、・という名を頭の隅にインプットした。
彼女が入学して始めての授業。ハリーポッターに質問いびりをしながら横目でを盗み見る。
視線は他の生徒と違う方を向いているが、その表情は不安の色が隠しきれないでいた。
実験で爆発を起こされたらたまったもんじゃないと、始終の後ろから腕を組み実験を見届ける。
驚くことに、はできあがりは遅いものの、一つもミスをすることなく薬を完成させたのだ。
薬草には臭い、形がよく似たものがいくつもあるし、煎じた薬を鍋の中に入れるタイミングも微妙なのに・・
それは魔法学薬にとどまらず、他の教科でも発揮され・・
スネイプは・という人物がどうしても気になり、彼女の経歴を調べてみた。
なぜ彼女は目が見えないのか。
が5才頃、彼女が住んでいた山奥の村が何者かに襲われたという。
襲撃者はの父親だった。彼女の父親は強い力の持ち主て常に新しい術の開発をしていた。
そしてあるとき、決して使ってはならないとされている禁書を手にし、その本を開いてしまったのだ。
そして日を追う毎に豹変し、彼女が5才になった日ついに狂い村人を殺し始めた。
は母親に手を引かれながら父親から逃げ出した。だが父親の杖の光が母親の体を突き刺し、
の耳元に「逃げるのよ・・振り返らずに走りなさい」と死んでいった。
背後には村人達の悲鳴と魔法の爆発音が響いていて・・はぎゅっと目を閉じて走った。
振り返らずに走って走って・・・・
「すぐに魔法省の鎮圧部隊が派遣されてのぉ、だが狂ったの父親は自分の杖で自分の首を斬り落とし自害した」
細かい事が分からず、断られるのを承知でダンブルドアに問い出してみると、思いの外校長は・のことを教えてくれた。
その後、魔法省で遺体の確認をしたところだけが見付からなかったという。
付近の山を捜索すると村から三つほど離れた山奥の深い森で見付かった。
父親が狂気と化した元凶の禁書を抱き抱え、虚ろに曇った灰色の瞳で。
「五才の子供にはそれは耐えがたい光景だったであろう・・その後はお主も知っているとうり、わしがあの子を引き取った。」
身よりがなくなったは、顔見知りだったダンブルドアの家に引き取られることになったのだ。
何度もの視力を戻そうと試みたが、どの薬や魔法を用いても視力は戻ることはなかった。
また自身も視力を取り戻すことにも抵抗を感じていたのも原因があった・・・・
そう思い出しながらスネイプは微笑んでいるを見つめていた。
視界を失ったことに後悔はしてないとはダンブルドアに話しているという。
本当にそうなのだろうか。仲の良い親友に囲まれ、様子を見る限りではとても幸せそうで。
それでも何も見たくないというのであろうか。親友の顔を見てみたいと思わないのだろうか。
「何を考えているのだっ人の事など・・・我輩に関係のないことだろうが・・」
スネイプは苦笑いをして首を振ると自室へと踵を返していった。
それから数日たった就寝時間前のこと。
は一人寮へと続く廊下を歩いていた。
ほとんど毎日、ハーマイオニーが手を引いてくれるのだが今日は一人職員室に行ったので、壁に片手をついてゆっくりと歩く。
別に一人で歩くのは初めてじゃないので寮への道は頭の中でインプットされていて。
もう少しで着くだろうとしたとき、は石畳の少し突き出していた石煉瓦に躓いてへたりこんでしまった。
その反動で本や羽ペンが散らばってしまった。
カラカラと転がる音がいくつかして、羽ペンが数本自分から遠いところに転がったのがうかがえる。
「あーぁ。やっちゃった・・・」
は苦笑いをして懐から杖を取り出してひと振りしようとした。
「廊下で魔法を使うことは禁じられているのだが?」
「スネイプ先生・・・」
誰かが目の前に立ったのを感じは杖をおろしてにっこりと微笑んだ。
はわからないだろうが彼女の顔は東洋人特有の幼い顔立ちにかわいい大きな瞳。
微笑むと浮き上がるえくぼ。スネイプはそんなのかわいらしさに一瞬見惚れてしまった。
「?せ・先生?」
「あっあぁ・・グレンジャーは一緒ではないのかね」
スネイプはの羽ペンや本を拾い集め、の手をとってそっと持たせた。
は嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と小さくお辞儀をして、少し顔を上げる。
目の前に立ったスネイプの声はの頭の上の方から聞こえる。はスネイプは自分よりはるかに背が高いと認識していたのだ。
それでもその視線はスネイプの胸元で止まっていた。
「はい。職員室に行っていたんです。それで寮に帰るところだったのですけど、つまずいちゃって・・本当にありがとうございました♪」
は再びお辞儀をすると壁に手を当て再び歩き出そうとした。
だが目の前のスネイプはいっこうに動こうとしない。仕方なく、壁から手を離してよけて通ろうとすると
「スネイプ先生?」
の肩にスネイプの手が置かれた。「ふぅ」とスネイプから小さく溜め息が漏れる。
何か変な事をしてしまっただろうか?でも何もしてないはずだと首をかしげていると―
「寮に帰っていなければならない時間まてあと1分。君の帰る寮はまだだいぶかかるな」
「え・・もうそんな時間・・」
「先程グリフィンドール寮の近くでフィルチを見掛けたな・・」
「うぅっ!どっどうしよう〜。絶対間に合わない〜」
そう困った顔をするに小さく笑い、そっとの手をとった。
「先生?」
「では、我輩がお送りしよう」
教師といれば問われることはないと言うスネイプに驚きながら、はそっとスネイプの大きな手を握り返した。
「ありがとうございます!」
スネイプはが歩きやすいようにゆっくりと歩いた。少しでも話していたかったせいもある。
自分が担当する魔法薬学は不便はないかかという問いからはじまり、が魔法薬学が大好きなことや
入学前からダンブルドアにいろいろ習っていたことなどを聞いた。
様々な話に花を咲かせているうちにあっと言う間に寮の入り口へと着いた。
スネイプとは口には出さないものの、まだ話していたい気持ちで・・
スネイプは以前から気になっていたことを恐る恐る奏でた。
「君は・・・・・もう一度その目で世界を見たいと思わないのかね?」
そう問いただした瞬間、のにこやかな表情が曇った。
やはり聞くべきではなかったと後悔するが、その言葉はすでにの鼓膜を振動させている。
は少し俯いてしばらく黙っていたが、ぽつりぽつりと音を発した。
「わからないんです」
「わからない?」
否定の言葉が返ってくると思っていたその可愛らしい口元からは、困惑している少女の
心がさらけ出した。少し驚きに目を開いて聞き返したスネイプの言葉に、ピクリと肩を震わせ
俯きながら大きく頷く少女。
「友達や先生はどんな顔をしているんだろう・・そう思うと同時に怖い気持ちがあって・・・」
羽ペンや羊皮紙を抱える手がかすかに震えているのを感じて、
スネイプはそっとの頭を撫でた。きょとんと顔を上げるにスネイプは優しく微笑む。
その視線は交わることはなくても。
「すまなかったな。嫌な事を思い出させたようだ・・だが、ミス・」
スネイプは少しかがんで、の耳元にそっと何かを呟いた。
その瞬間、の顔がほのかに赤くなる。
「もし、君が世界を見たいと思ったら・・・いつでもいい。我輩を訪ねてくるがいい」
もういちどの頭を軽く撫でると、スネイプはサッと踵を返していった。
遠ざかる靴音をジッと聞きながら、はしばらく立ち尽くしていた。
「スネイプ先生・・・貴方もそう思ってくれているのですか?」
小さく呟くように奏でられた問いは、スネイプの靴音が聞えなくなってから響いた。
今日もスネイプの授業ではハリーがことごとく減点の対象に晒されていた。
グリフィンドール生が不安の表情で見守る中、はただ一人自答していた。
先日、スネイプが耳元で囁いた言葉・・・・・・ぐるぐると頭を駆け抜ける期待と不安。
やがて、終業のベルが鳴り響くとスネイプの口から溜息まじりの「終わらせる」という声が響いた。
ガタガタと立ち上がり、足早に教室から出て行く生徒達。
「、行きましょう?」
ハーマイオニーの手がに置かれ、席を立つように促すがはジッと前をみて動こうとしない。
「?どうしたの?」
不安そうに少しだけ声を張り上げたハーマイオニーに、スネイプも気がついてに歩み寄ってきた。
「どうした、ミス・?」
右隣にハーマイオニー、そして目の前にスネイプが立っているのを感じてはそっと呟いた。
「あの・・スネイプ先生・・・・・?」
少し怖がっているかのような口調に、スネイプは優しく答えた。
「何かわからないところでもあったのかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・たいです・・・・」
「??」
顔を真っ赤にさせ俯きながら、何か恥ずかしながら、でも必死に言葉を紡ぎだす姿に、
一瞬ハーマイオニーとスネイプは顔を見合わせた。
ハーマイオニーはそっとの背中を撫で、優しく声をかける。
「?もう一度・・」
「・・・・・・・・・・・・・見てみたい・・・・です・・・・・・」
まだ、とても小さい声だったがそれは十分スネイプとハーマイオニーの耳に届いた。
なんのことだかわからないと首を傾げるハーマイオニーだが、スネイプはそっとの頭を撫でた。
「そうか・・・・」
「でも・・・・まだ・・怖いんです・・・・」
「そうか・・・・」
2人のやりとりにハーマイオニーは何となく事の内容を察して、の手をとった。
「私・・・に私の顔を見てもらいたいなv」
「見ん方がいいぞ、ミス・」
「先生は黙ってて」
スネイプとハーマイオニーのタイミングのいい掛け合いにはプッと小さく噴出した。
そんなの姿に、スネイプは小さく咳払いをして微笑んだ。
それから数日後、はスネイプの部屋の扉を叩く。
戸惑いが心を揺さぶるが、スネイプの言葉がどうしても頭から離れなかった
あの日の夜、寮まで送ってくれた時耳に囁いた言葉。
”君に見てもらいたい者はたくさんおるのだが?”
先生もそう思ってくれているのであろうか?
それは手渡されたゴブレットを飲み干してから、聞いてみよう・・・・・
そうはにかみながらはそっとゴブレットに口をつけた。
そして、ゆっくりと開かれた瞼にそっと光が差し込んだ。
ESTOOLの管理人なくた様が主催されている、
スネイプ&アランアンソロジーに企画に捧げます。
初めて盲目のヒロインを書いて見ました。
元々、連載用に用意してあったものなのですが
頑張って短編に・・と見事玉砕しております。
い・・いいのかな・・こんなので・・(滝汗)