6月だというのに、いまだ肌寒い日が続くある晴れた日のことだ。
その少女は幸せそうにそのあどけない笑みを、スネイプへと向けた。
+秘密でない秘密の場所+
久しぶりに顔を覗かせた陽の光を満喫するかのように、多くの生徒達が
裏庭や校庭へと足を向けていく。
暑い日には快適の石廊下も、こう肌寒い日が続くと、誰もがその場を足早に通りすぎていき。
そんな中、スネイプはいつもどおりの不機嫌さを体中に纏い、足早に廊下を歩いていた。
しかし、早くその場を離れたいというわけではない。これが彼の歩き方だ。
また、眉間に刻まれた深い皺、固く閉じられた口元もおそろしく彼が不機嫌だと思わせるが、
別段、スネイプは不機嫌ではなかった。
実験室から職員室へと向かう静まり返った石廊下は、ひんやりとした空気が流れている。
むしろそれを楽しむかのように、頬を掠める冷気に心地よさを感じながら
ぼんやりと足を進めていく。
何度も通り慣れたこの廊下。
目隠ししても難なく辿りつけるであろうこの廊下。
見慣れすぎた光景を通りすぎていくだけだった。
しかし、今日はあることが違っていた。
「♪〜」
ふと、耳を掠めた声にスネイプは足を止めた。
怪訝に辺りを見渡すが、そこは水を打ったように静まり返っている石廊下がどこまでも続いているだけ。
悪戯に飛び交うゴーストのものではない。あたりにはひんやりとした空気がただ、流れているだけだった。
何かの聞き間違いだろう、そう再び足を踏み出したスネイプの耳に、今度ははっきりと誰かの鼻歌が掠めた。
息を殺し、注意深く辺りを伺う。静まり返った廊下に小さくもはっきりと響き渡る声。
それは少女の声だった。おそらく生徒であろう。ゆっくりと鼻歌のする方へと歩き出す。
のんびりとした鼻歌は、冷たくそして静まり返った石廊下に心地良く反響している。
鼓膜にじんわりと染み込んでくるかのような感覚を味わいながら、スネイプの表情は徐々に穏やかなものへと
変わっていたが、もちろん当の本人は気づく由もない。
ある曲がり角まで来ると、一段とその鼻歌が響いてきた。
そこは大聖堂へと続く石廊下。
日曜日、そしてクリスマスなどの特別行事のみだけに開放される大聖堂へと続く石廊下は、
ステンドグラスが埋め込まれた大きな窓が、幾度となく続き、そこへ向かう者の心を厳粛に
戒められる気分にさせる。ステンドグラスにはホグワーツ創始者のレリーフから、
ホグワーツにまつわる逸話が再現されており、この空間だけが別世界のような感覚を植えつけられる。
スネイプにとっても、軽い気持ちでは通ることのできない石廊下の隅に鼻歌の主はいた。
壁にもたれ掛かりちょこんと座り込み、嬉しそうに鼻歌を歌いながらステンドグラスの窓を
眺めている。
ステンドグラスを通して少女に差し込む陽の光はあまりにも幻想的なもので、
そしてまるでこの世の者とは思えないものに、地べたに座っている生徒を、
そしてこの場所を何だと思っていると厳重に注意しようと踏み出すはずの足は、
見えない力で押さえつけられているようだった。
「あ〜スネイプ先生だあ〜」
いまだ声を紡ぎ出せないでいるスネイプの耳に飛び込んできたのは、廊下に座り込んでいる
少女のものだった。ハッと我に返り、それを気づかれないようにスッと少女を見据える。
赤と黄色のネクタイ、獅子のエンブレムに一瞬目を細めるも、向けられたその笑顔に心の奥で
小さく微笑んだ。
「ミス・。ここで何をしているのかね」
「ここは冷えるであろう」と少女へと歩み寄れば、かわいらしい笑みが赤茶色の髪とともに揺れた。
へにゃりと茶色の瞳を細め、ポンポンと自分の横を叩いてみせる。
隣に座れという意味なのだろう。少しばかり顔を顰めるスネイプの心を読み取ったのだろうか、
少女はさらに笑みを深めた。
「大丈夫です!さっきから誰も通りません!!
それにここに座ると、もれなく良いことがあるんです」
そう目を輝かせる少女に少しばかり押されながら、スネイプは少女の横へと腰をおろしながら、
横目で少女を見やった。
・
これがこの少女の名前だ。
あのハリー・ポッターと同じ学年のこの少女は、もちろん授業で担当する生徒であり、
自分の授業で、廊下でそして大広間でよく見かけている。
グリフィンドールというだけでスネイプの体にゾッとする悪寒が走るほど、避けたいもの
だが、この少女に関しては別であった。
年相応に見えない幼さに、ふわふわした性格。
それはスネイプが受け持つ、魔法薬学の授業でも表れていた。
調合を失敗したり、レポートが最低点とういうわけではない。授業の成績は
中のやや上。そう、さほど目立つ生徒ではないのだ。スネイプがグリフィンドールを嫌っているというのは
学校中が知っている。しかしはいつもニコニコとスネイプに質問しにきたり、
廊下ですれ違えば挨拶をしてくる。いつしか、いつもの姿が目に入っている。
それがなぜだかはわからないが。
スネイプが隣に座るのを満足したようににっこりと微笑むと、は嬉しそうに目を閉じて
前を向いた。ステンドグラスを通した陽の光が、ゆっくりとの顔に差し込む。
それはまるで万華鏡のようにも思え、またスネイプはその神秘的なの横顔から
目が離せないでいた。
しかし、隣に座れとすすめておいていながら、はジッと目を閉じているだけ。
スネイプは不思議そうに、ステンドグラスへと顔を向けた。
スネイプの目の前に迫るステンドグラスは、丘の上にそびえ立つホグワーツ城の周りを飛び交う白い鳩の
レリーフだった。
いつもなら、歩きながら眺めているステンドグラスも、自分が地面へと座り込むことによって、
そのレリーフは壮大で雄大な感覚をスネイプに植えつける。
今にも白い鳩がステンドグラスから飛び出してくるのではないか、そんな衝撃が体中を駆け巡った。
普段では絶対感じることのできないものに、スネイプは息を飲むしかできないでいた。
陽の光がじんわりとステンドグラスを通して伝わってくる。
このひんやりとした石の廊下に心地よく伝わってくる熱。
「じんわ〜り。暖かいですよねぇ」
のほほんとしたの声が妙に心地よかった。
にっこりと向けてくるその微笑みもとても眩しいもので。
「目線を変えるだけで、すっごい迫力あるんですよ!ここのステンドグラス〜」
「そのようだな。よく来るのかね?」
「へへー」
ほんの少し意地悪げにを見やれば、小さく肩を窄めて笑顔を向けてくる。
しかし、スネイプの中にそれを注意する気はもう微塵もなかった。
スネイプも目を閉じて、じんわりとステンドグラスを通して伝わってくる
心地よい暖かさを堪能することにした。
だが、次の瞬間クイクイと袖を引っ張られる感覚に少し揺らいでいた意識が、
引き戻される。
を見やれば、瞳をキラキラさせてスネイプを見上げていた。
「ねっ先生!ステンドグラスのレリーフって一つ一つ意味があるんですよね!?」
「あぁ、そうだが?」
頭の脳裏で微かにレリーフの由来を思い出しながら頷けば、さらに瞳を輝かせる。
まるで小動物のような動作に小さく笑うと、そっと前に迫るレリーフを指差した。
「このホグワーツ城の周りを飛び交う白い鳩のレリーフは、平和を表している。
鳩の数に注目したまえ・・・」
「えっと・・」
時がたつのは早いもので、最後のレリーフの意味を教えてもらう頃にはすっかりと
陽は落ちていていた。
スネイプの話は的確で、また彼自身の言葉も加わって大いにを魅了した。
授業では少しビクビクしていた教師だが、はどこかスネイプのことが好きだった。
グリフィンドールというだけで減点してきたり、嫌味を言ってくるのはイヤだけど、
どこか気になる部分があり、今日ここまで話せるとは思っていなかったので、
は心の中でひどく驚くも、嬉しさが隠せないでいた。
ステンドグラスを通して伝わってきていた陽の光も途絶え、あたりは一層冷え込み、
は小さく身震いをした。
「さて、だいぶ冷えてきたな。それにそろそろ夕食の時間であろう。行きなさい」
あっという間に過ぎた時間は、とても有意義なもので、スネイプも満足したように小さく
息を吐き出すと、の頭に軽く手を置いて大広間へと促した。
にっこりと頷くに小さく笑って見せると、膝に手を置き立ち上がった。
「あっ待って先生!!」
小さな腕がスネイプの腕に絡みついてきた。少し怪訝そうにを見やれば、
は驚いた表情で、ステンドグラスを見つめている。
それにつられるようにスネイプもステンドグラスへと視線を向けた。
さきほどは、陽の光に映し出された壮言で雄大なステンドグラスがそこにあったが、
いまは月の光に映し出され、神秘的なステンドグラスがとスネイプを見下ろしていた。
おそらくは陽が出ている時間にしか訪れないのであろう、日が落ちればここはかなり暗くなる。
しかし、目の前に迫るステンドグラスは月の光を浴びて煌々と輝いていた。
「すごい・・・綺麗・・・・」
「あぁ」
そっとを見やれば、いまだステンドグラスにひきつけられている横顔。
その横顔も先ほどとまた違った美しさが宿り、思わず息をのむ。
そんなスネイプに気づいているのかいないのか、はいまだステンドグラスを見つめながら
そっと呟いた。
「先生・・・ここは先生と私だけの秘密ですからね」
「??」
この場所は大聖堂に通じる廊下であり、隠し廊下ではない。
不思議に思っているスネイプに、は今までの中でとびっきりの笑みをスネイプに向けた。
その笑みはどこか悪戯じみてもみえる。
「この位置!座ってステンドグラスを見るこの場所!!絶対に二人だけの秘密です!!」
そう、普段では通りすぎるだけのこの場所。決してだれも地べたに座らないであろうこの廊下。
秘密で秘密ない場所。
「約束ですよ!」と念を押してくるに、スネイプは意地の悪い笑みを浮かべて
の頭を撫でた。
「当然だ。この場所を誰かに教えてたまるかね?」
秘密で秘密でないこの場所で二人は悪戯っぽく微笑み合うと、そっと立ち上がった。
また、一緒に見ましょうねと小さい約束を交わしながら。
あぁ・・久しぶりに更新・・・やっと書けましたスネイプ教授夢。
じつはステンドグラスというものをあまり見たことがありません。
テレビや雑誌などで見かける程度で、一度でいいから教会のステンドグラスなどを
見てみたいと思っているのですが・・
この二人がくっつくのか甘々になるのか!っちゅーのは関係なしに、
のんびりとして、幻想的な空気を読み取ってもらえたら、おいら感激!
2005年6月18日執筆