+紅の語るもの+
「わぁ〜。すごーい!きっれー!?」
はまっすぐに続く赤い絨毯に歓喜の声をあげた。
ふわりと髪を揺らしながら軽く回れば、赤い木の葉がに誘われ優雅に舞い上がり。
胸いっぱいにすがすがしい空気を吸い込むと空を仰ぎ見た。
「わぁっ」
見上げれば、澄みきった青空に燃えるような紅葉のコントラスト。
その例えようのない美しさに、は目を輝かせながら言葉を失ってしまった。
「〜。早いよぉ・・・」
の耳に弱々しくも楽しげな声が耳を掠め振り返れば、
右手でスティッキにすがりつくように歩いてくるリーマスの姿。
ボサボサの鳶色の髪に、無精髭を生やしたくたびれた表情は実年齢よりも高く見えた。
けれども彼の表情にはどこか楽しげな空気も漂わせている。
「あはっ、ごめんねぇリーマス」
は申し訳なさそうに微笑みながら肩をすぼめると、小走りにリーマスへと寄りそっと
彼の左手に自分の右手をそっと忍び込ませた。
ふわりと彼へ笑顔とともに見上げれば、優しく返される微笑。
互いに口を開くことなく、静かに秋色に染め上げられた街道を静かに歩いた。
サクリサクリと落ち葉を踏みしめる度に、軽い落ち葉の音が鼓膜に優しく響く。
二人の顔はすがすがしげに、宙を舞う木の葉に、そして空のコントラストを眺めていた。
「私はね、。とても疑問に思っていることがあるんだ」
「?」
静かで穏やかな空気を打ち砕いたのはリーマスだった。
不思議そうに首を傾げ、リーマスへと顔を向ければ、儚げに微笑みながらを見つめていて。
そんなリーマスの表情にの中に小さな不安が芽生える。
「リーマス?」
「どうしては私の傍にいてくれるのだろうって・・」
ひとつむじの風にかき消されそうな呟きだったけれども、それはの耳に十分に届いた。
驚きに僅かながら目を見開いたの姿がいたたまれなくなり、おもわず視線を反らす。
「こんな醜い僕にいつも寄り添ってくれるんだろうって」
消え入りそうな声は確かにの鼓膜を振動させている。
向けられた背中が微かに震えているのに気づき、はそっと手を伸ばすが、
指先が触れるかのところで力なく腕をおろした。
「僕の手は・・手だけじゃない。僕を形成する全てが人ではないんだ。
満月が終わるたびに自分で傷つけた体に、いつかなんの罪もない人まで傷つけてしまいそうで・・
を傷つけてしまいそうで・・怖くてたまらないんだ。そう・・・どうしては
僕の傍にいてくれるの・・・?」
サワサワサワと緩やかな風に枯れ葉が優雅に舞い上がる。
「リーマスだからだよ?」
背中に感じる暖かい温もりと、柔らかいの音が背中越しから振動してくる。
おそるおそる振り向けば、優しい微笑みがリーマスの心にじんわりと染み込んだ。
「リーマスだから傍にいるの」
再び紡がれた言葉は木枯らし風に消されぬ強い言葉だった。
それでも虚ろ気なり−マスの瞳に、はそっとリーマスの頬をなぞる。
「人狼だからじゃない、リーマスだからよ。貴方は誰も傷つけてないでしょう?」
「今までじゃないんだよ。これから人を傷つけないという保障はどこにもないんだ」
「そう・・なら。私が貴方を守るわ」
「?」
「リーマスが誰も傷つけないようにね」
一段と冷え込んだ風が二人に吹きつけ、は小さく身震いした。
きゅうっと目を細め肩を窄めれば、ふわりと優しい空気の流れとともにリーマスの腕の中に引き込まれ。
きょとんと目を丸くしてリーマスを見上げれば、微かに目じりから淡く光る銀の雫が光った。
苦しげに呼吸を整えながらも、を抱きしめる力がやや強くなる。
「赤いものが怖いんだ・・・。美しいはずの紅葉さえも僕には忌々しい血にしか見えないんだ」
苦し紛れに紡がれた言葉に、は静かに目を閉じる。
「リーマス?目を閉じて?」
「目を?」
「うん」
に促されるままに目を閉じれば、気が狂いそうに広がっていた赤い葉が視界から消えた。
変わりに聞こえてくるのはの静かな呼吸と、風に舞い上がる枯れ葉の擦れ合う軽い音。
その音に耳を研ぎ澄ませば、不思議と心が落ち着いていく。
どれくらい時がたったのだろうか。
しばらくそうしているとやがて、が小さく呟いた。
「恐れないで。私は傍にいるのよ?」
その呟きが耳に木霊した瞬間、リーマスは体中が暖かくなる感触に気づいた。
「そっと目を開けて?」
「・・・・・・・わあ・・・」
恐る恐る目を開ければ、先ほどは辛いと苦しいと思っていた紅葉がすがすがしく目の前に広がっていた。
さっきまで血を連想させていた赤い木の葉さえ、美しく写る。
なぜだろうという疑問が拭いきれないが、それはすぐに答えがわかった。
きゅうっと自分の手の中に滑り込んできた暖かい感触に、リーマスはふわりと微笑む。
そうか・・彼女が傍にいてくれるからなんだ・・・
「ねえ、」
「なあに?」
どうか、最愛の彼女を傷つけることのないように
「これからも傍にいてくれるかい?」
カサカサと木の葉がが優雅に舞い上がる
優しい笑みを称えたがそっとリーマスへと寄り添う。
「もちろんよ、リーマス。ずっと傍にいるよ」
呪われた人狼は人から忌み嫌われる存在だった。
けれども、彼は安らぎの居場所が常に隣にいた。
二人寄り添うのを隠すように、木の葉が舞い上がった。