ドリーム小説
始まりはいつも終わりを感じさせる。
永遠という言葉は様々な場面に囁かれているが、それは一時の気休めでしかないことを私は知っている。
だから私には何もいらないの。
何かを望むなんて死んだら何の役には立たないもの。
それならそんなものは最初からいらない。
私には何も必要ないの。
だけど、皮肉にも、私は出会ってしまったの。自分でも愚かだと思うわ。
なんていう失態かしら!
何も必要としないこの私が、程度の低い愚行に溺れるなんて!
先生?どうしたら私は救われるかしら?
+始まりの終わりは、始まり+
「またここにいたのかね、ミス・」
「・・・ごきげんよう。スネイプ教授」
穏やかな風が吹く休日。
いつものように職員室を出て地下の自室へ向かう際に通りかかる渡り廊下で、ふとスネイプは歩調を緩めた。
彼の視線の先にはよく見慣れた生徒。緑のネクタイに蛇がシンボルの寮章。
自分が寮監をする生徒だ。だが自寮の生徒だけの認識の生徒ではなかった。
彼女は今スネイプがもっとも悩みの種とする生徒なのだ。
「他の者は皆ホグズミードだというのに、君はまた残ったのかね」
長く美しい黒い髪を優雅になびかせ、白く陶磁器を思わせる肌に宝石のようなアクアマリン色の瞳。
なんとも幻想的な風貌だが彼女からは笑みがこぼれるということがなかった。
笑顔だけではない、怒り、悲しみ、嘆き。人が持ち合わせている感情というものを一切表情に出すことがないのだ。
いつも稟と相手を見据える。
「えぇ。私には何の利益をもたらしませんもの」
そして毎回紡がれるこの口調。
呆れ気味にため息をこぼし彼女の横に立ち渡り廊下から望む景色を眺めた。
もスネイプから景色へと視線を戻す。
入学してきた当初のは無口だった。
2年生にあがるころには生と死に何の意味を持たないということを悟り、3年生には常に孤独に伏した。
そのため、彼女には友人がいない。そして今5年生。
彼女は特異の集まりとされるスリザリンの中でも、ひときわ異質の存在として認識されている。
だからといってとやかく言うのは個人の個性を殺してしまう。
それなら他の生徒同様に扱い、卒業させればいい。
けれども何かが彼の中でに対する興味を促しているのだ。
「ここから望む景色こそ価値あるものですわ。」
の珍しい呟きに、はじかれたように彼女の顔を見やれば、いつもと変わらない凛とした横顔。
ふわりと小さな風が彼女の黒髪を優しく揺らしていく。
滅多に自分から口開くことのない少女。かといって何かを問うても、彼女の口から紡がれるのは
無駄を省いた返答だけ。それらを補足するような発言は全くしない彼女が、
自分から口を開くとは・・
そんなスネイプの驚きを知っているのか、おそらく気づいてないのだろう、
は再び口を開いた。
「たった一口。それだけで終わる菓子に、低俗な悪戯のおもちゃ。
そんなものより、今ここにある景色を目に心に焼き付けている方が数段ためになりますわ」
「そう思いませんこと?」そう涼しげな顔がスネイプに向けられる。
いつもなら相手を見据えるだけの瞳が、活き活きとしているように見えた。
あぁ、そうか。
この少女は少しだけ、他の生徒とは捕らえる感覚が違うだけなのか。
なぜかひどく安心した気がして、そっと教え子の頭を優しげに撫でれば、一瞬目を見開く少女。
サッと頬に赤みがさして見えるのは決して思い過ごしではないであろう。
少女らしい仕草にほんの少しからかってみたい衝動を覚えた。
「だが、ハニーデュークのチョコベリークランチは我輩の好みだがな」
そう意地悪そうな笑みを浮かべながら少女の顔を覗き込めば、さらに顔を赤くさせた少女が見据えてくる。
けれども紅潮しているためにいつもの凛とした面影が薄れていて。
「あら、そうでしたの。教授は随分と子供じみた物がお好きなのですね」
必死に冷静さを取り繕うとしているのが、ありありと伺える。
いつもの抑揚のない言葉の羅列に刺々しさを感じて、思わず小さく吹き出せば、
きっと目に力を込めてくる少女。
「用がないのでしたら、私はこれで失礼します」
薄らと苛立ちの色を浮かべて、はサッと踵を返すがそこから立ち去ることはかわなかった。
怪訝そうに振り返れば、至極楽しそうにスネイプがの腕を痛くない程度に掴んでいる。
「まだ、なにか御用」
「出かけてみないかね?」
「・・・・・・・・・・・」
の言葉を遮り、優しい笑みが向けられる。
言葉を飲み込んでしまったの顔を覗き込みながら、教師はぐりぐりと少女の頭を撫でた。
「ここからの景色も大変有意義なものだが、たった一口で終わる菓子の味もまたいいものだ。」
「子供ではありません・・っ!きゃっ」
ムッとスネイプを睨みつけるが、スネイプはの腕を掴んだまま玄関ホールへと歩き出す。
慌てて、教師の名を呼んでも振り返らずにの手を引いて歩いて行く。
もしかして今の言葉で怒らしてしまったのだろうか?
そっと、上目使いにスネイプの顔を伺えば、そこにはいつも不機嫌そうな表情のスネイプは
見当たらなかった。なにかとても楽しそうな表情には自分の頬が熱くなるのを感じる。
「スネイプ教授?」
「だが、まだ大人ではない。今しか楽しめないものもたくさんある」
はスネイプに引きずられるようにして、ホグワーツ城から連れ出された。
少し困った顔をしながらも、少し抵抗しながらもついて行くを
校長室の窓からダンブルドアがにっこりと見守っていた。
「さ、ミス・」
「・・・・・・・・・・」
あっという間にホグズミードへと連れてこられた。
目の前には紙袋いっぱいに詰め込まれたお菓子を持ったスネイプ。
の手をとり、スネイプがそっと一口大のチョコレートをのせた。
訪れていた生徒達は、一度も訪れることのなかった少女の来訪に驚くも興味ありげに二人を
遠巻きに伺っている。
ちらりと教師を見上げれば、好きだといっていたチョコを口に運んでいる。
「私には必要ないものですわ」
「つべこべ言わずに食べろ」
「・・・・」
「・・我輩がすすめた物が食べれないと?」
「・・・・・・」
「それなら、スリザリンから5点減点だな」
「っ!横暴ですわ!!」
バッと睨み上げれば、意地の悪い笑みを浮かべたスネイプがさらににやりと笑った。
パク
見上げた同時にスネイプによって口へと放り込まれたチョコレート。
一瞬の出来事に、は何が起こったのか一瞬のうちにはわからなかった。
徐々に口内に広がってくる、チョコレートのほろ苦い甘さととベリーの甘酸っぱい風味に
の頬がほんのりと赤く染まり、深く俯く。
周りの生徒達も固唾を呑んでを見つめていた。
「・・・・・・・・美味しぃ・・・」
「よかろう」
スネイプの満足した表情に、様子を伺っていたと同じ学年のスリザリンの生徒が
数人駆け寄ってきて、の手を引いて悪戯おもちゃの専門店へと誘う。
返答に困り、スネイプに助けを求めるように見上げれば、優しく頷く教師。
やがて、人ごみまぎれていった問題児を見送るとスネイプ持っていた菓子袋から
再びチョコを取り出して口へと運んだ。
始まりはいつも終わりを感じさせる。
永遠という言葉は様々な場面に囁かれているが、それ一時の気休めでしかないことを私は知っている。
だから私には何もいらないの。
何かを望んでも、死んだら何の役には立たないもの。
それならそんなものは最初からいらない。
私には何も必要ないの。
それなのに、私は出会ってしまったの。
必要のないものだったのに
絶対に自分が触れることのないものだと思っていたのに
あぁ・・・どうしよう・・・
私、恋をしたかもしれません。
どんどんと深みにはまって抜け出せそうにないの。
先生?どうしたら私は救われるかしら?
スネイプの元に、頬を赤く染めてたどたどしい口調で走り寄って行く
の姿がホグワーツで見られるようになるのは翌日からのこと。
スリザリンヒロインを書いてみたくなって;