広い敷地を誇るホグワーツの一角に、この時期もっとも美しい場所があるのをご存知だろうか。
ホグワーツ城裏手の小さな丘の上に、まるで幻想のような光景。
樹齢5百年はくだらないであろう、桜の大木が堂々と丘の上に根をおろし、
広々と広げた枝に可憐な薄紅色の花をつけている場所。
桜は遥か東の国、日本の花であるが、桜をいたく気に入った先代の校長が植えたものだといつだか、
ダンブルドアが得意気に話していたか。
また、日本には桜にまつわる伝説が数多く残り、その一部を聞いたことがある。
奇怪なものからありがちなものまで。そんないわくは抜きにして、
その美しさに冬の寒さが和らいでくると同時に咲きはじめる桜は、
この時期ホグワーツに身を置くものの憩いの場所であった。
かくいう我輩もその一人である。







































+桜風天女+
























よく晴れた日だった。
珍しく授業が一つも入っていない午後。
スネイプは城内では見せることのない、のんびりとした足取りで桜の丘へと歩いていた。
今この時間なら生徒は授業中だ。ゆっくりと静寂の中、桜見物をしようと心なしか頬が緩む。
辺りは小鳥たちのさえずりだけが響き、穏やかな空気をスネイプは胸いっぱいに吸い込んだ。
ヒラヒラと桜の花びらが頬を掠め、木々の間から桜の丘が見え隠れし、スネイプの歩調は僅かばかり早まる。
足を進めるにつれ、徐々に姿をあらわす小高い丘の絶景。スネイプの胸も徐々に高鳴っていく。

ふとスネイプの足が止まった。
穏やかだった表情には嫌悪感の色が浮かびあがっている。丘には先客がいたのだ。
こちらに背を向け立っているが、おそらく生徒であろう。
それに、腰まで延びた黒い髪は心辺りがあった。
その瞬間、スネイプの中にくすぶりかけた嫌悪感は瞬く間に消え失せ、逆に好奇心が芽生え、
すぐさま近くの木に身を潜め様子を伺うことにする。
その生徒は微動だにせずにただじっと桜を見上げているようだった。
爽やかな風が小さく舞い、その黒い髪を舞い上がらせてゆく。
サッと見えた首筋の白さにスネイプは思わず見惚れてしまっていた。
やがてその風に身を任せるように、その生徒、いや少女はフワリと身を翻し、
両の手を桜へと翳しながら、緩やかに滑らかに舞いはじめたのだ。
まるで、天から舞い降りた天女のように。小さくも美しい微笑を浮かべながら、
少女は優雅に桜の周りを舞っている。
スネイプはどんどん引き寄せられるようにその少女へ釘付けになっていた。



一際強い風が吹き向けた。



突然のできごとに思わず目を閉じ、風が通り過ぎるのを待つ。
耳に入り込んでくる木々のざわめき。桜の花びらが一斉に舞っている様が目の奥に浮かび、
スネイプはうっすらと目を開いた。



「!」



丘の上を舞っていた天女が忽然と消えていることに、スネイプは一瞬目を見開き、丘へと駆け出した。
目を閉じたのはたった一瞬なのに、少女の姿はどこにも見当たらない。



「?・・・・これは・・・・」



革靴の先に軽い音が走り感じた違和感に、スネイプはふと視線を下ろした。
そっと手を伸ばし、それを手の中に納め再び辺りを見渡す。
やはり、少女の姿は見つけることができずそっと手の中の桜を見つめた。
スネイプの手には桜の花をかたどったヘアピンが納まっていたのだった。

































「どうしよう・・・」


「?どうしたの



就寝時間が迫る寮内の自分のベッドで、は落胆の声をあげた。
やっと借りることができた薬草図鑑にかじりついていたハーマイオニーは、
本に視線を落としながら声だけへと振り向く。
はベッドの上にぺたりと座り込みながら、顔を真っ青にさせてわたわたとサイドテーブルや、
カバンそしてポーチの中を探っている。
カチャカチャとどこか慌てているように何かを探しているに、ハーマイオニーはようやく
視線をへと向けた。


「探し物?」


「うん・・・桜のヘアピン・・・・とても気に入っているの・・」


「どこかで落としたんじゃない?心当たりないの?」


今にも泣きそうなに、ハーマイオニーは小さく溜息をついて本を閉じると、
静かに宥めながら、心当たりがないか問いだす。
「むう・・」と頬を膨らませながら必死に思い出そうとしている様子に思わず笑みがこぼれてくるが、
当の本人は真剣だ。


「あ・・」


「思い出した?」


「うん・・たぶんあそこ・・」


「じゃあ、明日取りに行きましょv」


「うん・・」



しかし、よほど気になるのだろう、は落ち着かない様子でそわそわとベッドの上を
立ったり座ったりしている。
それを視界の隅でとらえながら、ハーマイオニーは深く溜息をついた。
翌朝、ヘアピンが気になって寝付けなかったはまだ朝靄がかかっている中、
早々と着替えて昨日の桜の丘へと走っていった。



「あるかな・・あるかな・・・お願い・・・あって」


まるで呪文を唱えるようにの口から零れる不安。
やがて、木々の隙間から見える見事に咲き誇っている桜に、は胸のもやもやした感じが緊張に変わるのを
感じ取ると、さらに足を早めた。
軽く深呼吸をしながらまだ朝露がついている地面へと膝をつき、根気よく目を凝らす。
しかし、ヘアピンは見つからない。



「ないよぉ・・・そんな・・・」



じわりと視界が歪んできて、、ぐしっと涙を拭きながら木の根元や転がってしまっているかもと
丘の下も注意深く探す。ひらりと風に舞う桜の花びら。
しかし、ひんやりとした地面はの体温を奪ってゆくだけで、何も見つからなかった。




胸騒ぎを覚えまだ霧がうっすらと残る早朝、スネイプは城を出て昨日の丘へと足を向けた。
彼の手の中には、桜のヘアピン。
やがて見えてきた丘に、スネイプは小さく息を飲んだ。
そこには昨日と同じ先客が、桜の根元小さく座りながら泣いていたのだ。



















羽衣を失くした天女は天へは戻ることができずに






















「ミス・。どうしたのかね」


じんわりと伝わってくる頭に置かれた手の感触と、深みのある穏やかな声が
の顔を上げさせた。
サーッと舞う花びらの中に映える、黒装束はそっとへと屈み込むと
心配そうにその顔を覗き込む。



「スネイプ先生?」



またあふれ出てくるものに視界が遮られそうになり慌てて涙を拭う。
けれどもそれは止まることを知らないかのように次々へと溢れた。















羽衣を失った天女は真珠の涙を零して








「大事にっしてたヘアピンを失くしてしまったの・・・先生がくれた桜のヘアピンっ」









天に帰れる日を夢見て舞い踊る










あやすように頭を撫でてやるが、から零れ落ちる銀の雫は止まることを知らない。
スネイプはそっとを抱き寄せると、静かにその耳に呟く。






「ほお?我輩が君に贈った桜の髪飾りか。ならばこれは何かね」





頭に感じる小さな違和感には首を傾げながら顔を上げると、そっと髪に触れた。
の髪には小さな薄紅色の桜のヘアピンがちょこんと納まっていた。
目を僅かに開きながらスネイプを見やれば、優しい笑みで返され。




「昨日、桜の下で舞う天女が落としていってね」


「天女?」


きょとんとしながら言葉を繰り返せば、こくりと頷きスネイプはを立たせた。
言葉を理解したのか瞬く間に顔を紅く染めるに、少し意地悪く笑ってみせる。





「見てたの・・////」









桜の天女は涙を笑顔に変えて微笑んだ









やわらかい陽の光が辺りにさしこみはじめ、鳥達のさえずりが静かに響き渡る。








「我輩のために舞ってくれないかね」










桜の丘に舞い降りた天女は愛する男に見守れ、桜とともに静かに舞った。
















































遅めの桜フェアようやく開催。
第一弾は教授夢で、ちょっと幻想っぽい感じにしたかったんだけど不発。
見事な不発。もう摘発。(不明)