+何も語らぬ少女+









医務室を後にしたスネイプは小さいため息をつきながら廊下を歩いていた。
カツンカツンと乾いた靴音が静まり返った廊下に木霊する。
ふと思い出したように立ち止まり、懐からから取り上げた薬瓶を取り出した。
カラカラと乾いた音をたてて、瓶の中の錠剤が揺れる。瓶を掲げて見据えれば、錠剤にそっと光が差し込み。
その光景はあまりにも綺麗で、だがその薬はあまりにも強力で・・・

今度は深いため息をつくと、再び小瓶を懐に戻した。
そしてぼんやりと、手のひらを眺める。いまだ残るの頬を叩いた感覚。


「ちっ・・女に手をあげるとは」


憎らしげに手のひらを見つめて強く握りしめる。



「あんたには関係ない!」



あの時のの言葉がどうしても許せなかった。
あの時のの表情に苛立ちが体中を駆け巡った




「簡単に死などとっ・・ばかめがっ!」



握りしめた拳が廊下の壁を叩いた。
だが、苛立ちとともに沸き起こる虚無感。



だいたいなぜ?小娘ごときで我輩が動揺せねばならんのだ?






身の上に起きたことを何一つ語ろうとはせず、スネイプの顔をみる度に顔を引きつらせ・・・
なんとも腹立たしい小娘だといつも思っていた。

それなのに、医務室でみせた苦しそうな表情がスネイプの脳裏に焼き付いて離れない。

悲しい表情をみたくなかった。

なぜそう思ったのかわならない・・









「おぉ、セブルスよは目を覚ましたかの?」




顔を見なくとも声ですぐわかる。
スネイプは迷惑そうに一回目を閉じると、顔をあげて声の主を見据えた。
そこにはやはり予想通りの人物、ダンブルドアがきらきらと半月メガネを輝かせていた。


この校長はいつもそうだ。
人が荒み自問を繰り広げていようが、笑顔で歩みよってくる。


ダンブルドアはニコニコしながらスネイプの肩に手を置いた。



は大丈夫かね?」




その言い方がシャクに触る。どうせまた水晶などで覗いていたのだろうが。
スネイプはキッとダンブルドアを睨みつけると、ダンブルドアの横を通り過ぎた。





「ご自分で確かめればよろしい。死にこがれるバカな子娘をな」


冷たいスネイプの声が静かな廊下に響きわたる。























「セブルス」








落ち着き払ったダンブルドアの声がスネイプの背中に降りかかる。
さきほどの口調とは、流れる空気からして一変していることに気づき、スネイプは一瞬止まってダンブルドアへと振り返った。
そこにはさきほどの半月メガネを輝かせた、皆がよく知るダンブルドアの姿はなかった。
光あふれるその瞳は険しいものへと変わっている。





(言い過ぎか・・・・)




スネイプは深い溜息をついて、苛立ち気に頭をかいた。




「貴方はいつもそうだ。我輩に事を頼んでおきながら理由を教えようとしない。
今回のあの娘が倒れたことに対してもだ。何も話せないのならなぜ!我輩に付き添いをさせる!!
・・・・だがそれでも仕方ないこともあるのだと納得するしかない。だがっ・・」




スネイプは表情を歪めてダンブルドアから顔をそらした。
握りしめた拳が微かに震えだし。

ダンブルドアはスネイプの辛そうな表情に目を細めた。





「お主の言うこともわからんでもない。だがのぅ、セブルスよ・・のことは儂から何も告げられん。告げてはならんのじゃよ。」





その言葉に驚いたようにダンブルドアを見つめれば、ちいさく笑うダンブルドアと目が合う。
それはダンブルドアでさえも胸を痛みつけているのだろう。スネイプは直感的にそう思った。





「だが・・貴方は彼女の全てを知っている・・」



「全てではない」



ゆっくりと自慢の髭を撫でながらダンブルドアは小さい溜息をこぼした。
深く考えているかのように黙り込んでいるダンブルドアを、スネイプは怪訝そうに見つめている。



「だが、我輩よりも知っている」


「・・・・・・・そうだの・・」




必死に感情を堪えているかのようなスネイプの口調に、ダンブルドアは小さく苦笑いを零した。
2人の間に沈黙が訪れる。
やがて、溜息まじりに重々しくダンブルドアが口を開いた。



「ひとつ、告げられるとすれば・・・・・」

































「本当に・・こんな本で・・・」


スネイプを疑っているわけではない。
だけど、あれだけの睡眠薬を摂取しても何も変わらなかったのだ・・
それを、なんの変哲もない本で解消できるとは到底思えない。
はそう半信半疑になりながらもそっと表紙を開いた。




























スネイプは自室のデスクで静かに目を閉じていた。
先ほど、ダンブルドアから告げられた一つの言葉。
それで全てを理解したわけではない。
だが、その言葉はがどれだけ苦しい道を歩んできたのか容易に伺えた。



「だが・・・死に逃げることは許されんことだ。


深い溜息がスネイプの部屋に重く響き渡った。




























「あらあら。読みながら寝てしまったのね」


マダムポンフリーがのベッドを覗くと、読みかけの本を開いたまま小さな寝息を
立ているの姿があった。そのかわいらしい寝顔にマダムポンフリーは優しく微笑むと
そっとの手から本を取り、しおりを挟んで閉じるとベッドサイドに本を静かに置いた。
毛布をかけなおして、顔にかかった髪をそっとはらってやる。


「良い夢を・・ミス・
























































「どういうことだ?ハルツ」

冷たく暗い部屋にパチッパチッと乾いた音が響く。
不機嫌そうに指を鳴らしながら、ヴォルデモートは側近の男を冷たく睨みつけた。
ハルツは深く頭を下げると、傍らにある水盆にゆっくりと手をかざす。
すると水盆には可愛らしいの寝顔が映し出された。


「何者かが、様に妨害の術をかけた恐れがあります。」


その言葉にヴォルデモートは顎に手をあてて何か深く考えていた。



にかけた眠らさずの呪いを見破った者がいると?ダンブルドアか?
いや・・・妨害をするのも闇の術・・あいつには使えん・・」



「一人おりますご主人様」





水盆から手を放し、ヴォルデモートに膝まづきながらハルツは静かに口を開いた。



「セブルス・スネイプでございます。ご主人様」



ハルツの言葉にヴォルデモートの顔が一瞬歪んだ。


「ほお・・・あの裏切り者か・・・・そうか・・あいつならば見破ることもでき、なおかつ
妨害の術も施せるであろう・・・」


「如何致しましょう」



「しばらくは放っておく。くくっ・・たまには安らかに寝かせてやるのもいいだろう」




ヴォルデモートは面白そうにニヤリと笑うと、水盆に映し出されているの頬を撫でた。
水盆に映し出されたの顔が幾重にも波立っていた。


































「あの子は・・・・闇から生まれた子なのじゃよ。」


ダンブルドアの言葉が脳裏から離れなかった。

その夜、スネイプは眠りにつくことができなかった。