もう・・誰も殺したくない・・私に構わないで・・・
偽善者め
+逃避の薬瓶+
「っつ。やあっ!!」
「ッ!大丈夫か!?」
広々とした医務室にのはじかれたような悲鳴が響いた。
肩で息をするの顔を不安そうに覗きこみ、そっと顔にかかった髪を払ってやる。
はスネイプの姿を認めると、落ち着いたように息を吐き出した。
顔だけ動かして辺りを見渡せば、自分が医務室のベッドの上だとわかり、またスネイプへと視線を移す。
「私はいったい・・」
未だ表情を強ばらせているを安心させるように優しく微笑み、スネイプはベッドサイドのイスに腰を掛けた。
「気を失ったのだ・・その・・君の部屋の前でな」
スネイプの言葉に首を傾げながら、はゆっくりと気を失ったことを思い出した。
自分がどうして気を失ったのか・・・
皮被りめが
「っつ・・」
思いだそうとした途端、ズキッと頭に痛みが稲妻のように走り、脳裏に声が木霊する。
「痛むのか?」
頭を押さえて顔を顰めるの顔を心配そうにスネイプが覗き込む。
は小さく笑って「大丈夫」と呟くが顔色が悪い。
スネイプは眉間に皺を少し寄せて、体を起こそうとするを制した。
きょとんと不思議そうに見上げてくるに薄く笑って見せると、くしゃりとの頭を撫でる。
「寝ていたまえ、普段からあまり休んでいないのであろう?」
「え・・?」
確かに眠れない日が続いている。
眠りにつくと、赤い目がいつも襲ってきて冷や汗をかきながら目を覚ましていた。
だけど、それを誰かに言ったことはない。そう、ダンブルドアにさえも。
困惑しているの目の前で、スネイプは小さい小瓶を軽く振った。
カララと乾いた音がの目を見開かせる。
それはが見慣れた小瓶。
眠れない毎日に定められた錠数の何倍も摂取しているもの。
決して規定の量以上とってはいけないと、何度も念を押されていたにも関わらず、その数は日を追うごとに増えていく。
そう、それはが服用している睡眠薬だった。
は少し慌てたように小瓶に手を伸ばすが、スネイプは小瓶を手にしたまま腕をおろす。
「返して」
渡さないという表情のスネイプに、はムッとしながら伸ばしていた手で毛布を握りしめる。
スネイプは呆れたようにため息を一つつくと、小瓶のラベルを見つめた。
中身が少なくなった小瓶がまた乾いた音を奏でる。
「錠剤の残量と、一回に服用する数量。処方された日付と一致しないのだが?」
一週間前、フィルチが買い物に出かけた際に、顔が見えぬように着いて行き、こっそりと購入した睡眠薬。
あまりに強力なため、店の主人は薬を売ることを戸惑ったがは何度も頭を下げ売ってもらったのだ。
薬は約三週間分。なのに今スネイプの手に収まっている睡眠薬はあと数個・・・
は気まずそうにスネイプから顔を背けると、小さい声でもう一度「返して」と呟いた。
「駄目だ」
医務室に鋭いスネイプの声が響く。
バッとスネイプを睨みつければ、まっすぐにを見つめるスネイプと目が合う。
その目は嘲りでもなければ、怒りじみてもいなかった。
ただただ、真剣な目でを見つめている。
そんなスネイプには続けようとした言葉を飲み込んだ。
スネイプのまっすぐな視線がとても居心地悪くて、たまらずフイッと顔を背ける。
「お願いだから・・」
消え入りそうなの呟きに、スネイプはもう一度ため息をつく。
懐に小瓶をしまうと・・・・
ガシッ
の頭をがっしりと掴んだ。
まるでゲーセンのクレーンの如く。
私は景品扱いですか。
驚いて目を見開けば、意地の悪い笑みを浮かべたスネイプと目が合い、の表情が固まる。
「薬の療法はしっかり守れと教わらなかったのかね?ミス・」
まるで生徒に質問しているかのような口調に、は言葉が返せない。スネイプは続ける。
「それともラベルに書いてあることが読めないのかね?」
「よっ読めるもん!」
キッと反抗してみるものの、がっしり頭を掴まれたままのは、子供が怒られむくれているようにしか見えず。
「ほう?では読まなかったのかね。どのみち阿呆この上ないことだ」
グッと言葉を噤んで罰が悪そうに目を伏せるの姿に満足したのだろうか、ようやくスネイプはの頭から手をはなした。
「この催眠薬はかなり強力なもの。君は死ぬ気かね」
静かなスネイプの声が医務室に響く。
は一瞬、顔を上げかけたが、微かに笑って見せた。
その目はどこか蔑みを思わせる。
「・・ふふ・・死ねたらそれは好都合だわ・・・・きゃっ」
薄ら笑いを浮かべる。その途端、ぐいっと腕を強く掴まれた。
驚きに目を見開けば、怒りを露わにしたスネイプと目が合う。
眉間の皺を一層濃くさせ、ギッと唇を噛みしめて・・・僅かに震えていた。
(怖い)の肌がそう感じる。
スネイプは鋭くを睨みつけたまま、低い声で唸った。
「我輩が最も重罪と心得ていることを教えてやろう。
苦しさから目を背き逃げ、そして簡単に死のうと思うことだ。二度と我輩の前で死にたいなどと口走るなよ」
ギラリと深い闇の目がを睨みつける。本気で怒っている。一瞬ひるんだだが・・
「はっ放して!あんたに何がわかる!
私が死のうが生きようが関係ない!ほっといてよ!」
もギッと睨み返した。ぎゅっと毛布を握りしめる手に力がこもる。
バシッ
次の瞬間、何かを叩く音とともにの視界から急にスネイプが消えた。
やがて湧き水のように頬に痛みがジンジンと広がってくる。スネイプに頬叩かれたとわかるまでしばし時間がかかった。
頬を叩かれたまま固まっているを拳を握りしめ睨みつける。
「あぁ、貴様が薬漬けになり死のうが我輩には関係のない話だな。ふん、そんなに死にたければ好きにしろ」
冷たい目でを一瞥する。
は叩かれた頬を手を押さえながら俯いた。
居心地の悪い静寂と空気が医務室に流れる。
どれくらいの時が流れたのだろうか、しばらくしてスネイプは何も言わずにサッと踵を返した。
クイ
何かがスネイプをマントを掴んだ。
怪訝そうに振り返れば、頬を押さえている反対の手で彼のマントを掴む。
顔はまだ俯いたままで、その表情は伺えないが。
「返して」
消え入りそうな声では呟いた。
だが、静まり返った医務室には十分過ぎるほど響く。
「薬返して」
「駄目だ」
冷たい視線でを突き刺す。突き放すかのような口調に、の頭がわずかに揺れた。
それでも、その表情は伺えない。顔をはまだ俯いたまま。
「お願い・・それがないと眠れないの・・・・夢見たくないの」
表情は伺えないが、スネイプのマントを握る小さな手が微かに震えていた。
ギュッと握り締め、皺がつきそうなほどに。
スネイプは呆れたように溜息をつくと、くしゃりとの頭を撫でた。
「それでも駄目だ。。この薬は君には強すぎる。体に良くない」
「それでもいいの・・・本当に・・お願いだから・・・・」
少し顔を覗きこむように優しく促せば、俯いたままのの表情が少しだけ伺えた。
ギュッと目を閉じて、本当に辛そうに。きつく閉じられた目尻から薄っすらと光る涙が見えた。
夢を見るのが本当に怖いのであろう・・ここまでこの娘を追い詰める夢とは一体なんなのか・・
だが、薬を渡すわけにはいかない。この薬はあまりにも強力で小柄なには負担が大きすぎる。
「」
先ほどの罵りとは正反対の優しい声に、思わずは顔を上げた。
少し腫れた目できょとんとスネイプを見つめる。
スネイプはそんなにほんの少し呆れたような笑顔を見せると、もう一度くしゃりとの頭を撫でた。
「薬は渡せん。だが・・・これを渡そう」
そういって、の前に一冊の本を差し出した。
受け取ろうとしたに一瞬止まって、杖を取り出し本に一振りする。
スネイプの杖から可愛らしい、水色の星が数個飛び出して本に吸い込まれていくように消えた。
そして再びへと差し出す。
その本は固めの皮表紙に型押しのタイトル・・そうとう読み込まれているらしく、角のほうが少し磨り減ってきていた。
それはの部屋に行くときに手にしていた彼所有の小説。
スネイプが気にっている小説で、に読んでもらおうと思っていたものだった。
不思議そうにスネイプの顔を見上げてくるに、スネイプは少し顔を赤らめて笑った。
「我輩が気にっている本だ・・その・・なんだ・・君にも読んで欲しくてな。眠る前に読むといい。
この薬よりはいいはずだ・・・」
はじっと本を見つめた。タイトルからでも、ものすごく惹かれる。
だけど・・・
「すごく嬉しい・・・でも、本を読んだからといって夢をみないとは限ら・・」
「その本は眠る前に読みたまえ。」
の言葉を待たずにスネイプが告げた。
まだ何かいいたそうに押し黙るを少し意地悪そうに見おろすと、今度こそ踵を返して医務室の扉へと向かう。
出ていく時、ふと足を止め振り返らずに呟いた。
「君に何が起きたのかは知らん。だが、死のうと思うな。死しても何の解決にならん。
・・・それに君が死ねば悲しむ者もいるのだからな。」
そしてスネイプは医務室から出て行った。
「悲しんでくれる人なんて・・いないから・・・」
自嘲げに儚く笑うの呟きは、廊下を足早に歩いて行くスネイプにはもちろん届くはずもなかった。
けれども、悲しいという気持ちは沸いてこない。
むしろ暖かい感情が沸いてくる。
だけど、これがどんな感情なのかには理解することはできなかった。
ただ、の心情あらわすかのように、その手はスネイプが渡してくれた本をしっかりと抱きしめていた。