+再会という名の出会い+



































時の流れというものは、誠に早いものである。



山を流れる川のように緩やかなカーブを描き、時折激流に豹変するも、再びせせらぎへー
それは己を取り巻く環境と同じものだった。


ヴォルデモートの子供が裁判にかけられ、記憶とその強大な魔力を封じられてから、
その子供がどうなったかなど、一切報じられることはなかった。
やがて人々の興味も再び行われるクディッチワールドカップへと移っていく。
別れを告げることも叶わず、はスネイプの前から姿を消した。
の想いも時がたつにつれ、霧がかかったように別の感情が心を埋めていく。

は本当に存在していたのだろうかという疑念

本当はとても長い、長い夢を見ていて、現実にはという娘は存在していなかった。
夢とヴォルデモートの子供が偶然にも重なりあっただけで、という人物は
己の想像した架空の人物にすぎなかったのではないか・・・
そう思い込もうとするも、それはスネイプの一瞬の気休めにしかならない。
何度もそう思い込ませ忘れようとしても、彼はしっかりとを覚えているのだ。

黒曜石のような可愛らしい瞳も、絹のような黒く長い髪も。
人懐っこそうな笑顔が、その温かい手がどうして幻だと思えようか。

そう自答自問の日々も2年の歳月が流れれば、スネイプもまた周りの人々と同様
いつもと変わらぬ自分の生活へと身を投じていく。
そしてまた夏が巡ってきた。


とある小さなマグルの田舎町の外れに、ハ−バル・ヒルと呼ばれる丘がある。
町人からは、気難しくも優秀な薬剤師が住む丘として親しまれている。
この薬剤師はどこか寮制度の学校の教授をしていて、夏になると町へと戻ってくる。
とても気難しく、自分は薬剤師などではないし、薬で商売などいていないと不機嫌そうな表情を浮かべるけれども、
関節の痛みを和らげる軟膏を、花粉に聞く目薬を・・・薬剤師は顔を顰めながらも
手際よく薬を調合してくれる。

そんな短い夏の一時。


スネイプは家を囲う庭へと出て、薬草やハーブの手入れをしていた。
大きくも小さくもない、ちょうどいい大きさの茶レンガ作りの家にひっつくようにぐるりと
その周りを囲う草花。居間から庭を望めば、大きなオークの木がまるで風と会話するように
サラサラと揺れている。
厳しい冬を越した燃えるような緑は、この家の主人が長期にわたって不在の間、
この家の屋敷しもべ妖精が丹念に手入れしていたことを物語っている。
一つ一つ薬草を調べ、どれも元気に育っているのをみてスネイプは長年仕えてきた
自分のしもべ、へクターに感謝をした。

ある程度の手入れを終えると、深い溜息とともに滲みでた汗を拭き取る。
容赦なく手りつける陽をちらりと仰ぎ見て、オークの下のベンチに腰を下ろした。
オークの木に遮られた陽の光に、穏やかな風が吹き抜ける。
そっと門から玄関へと続く小道沿いに咲きほこっているカモミールの香りが鼻先を掠め
そっと目を閉じた。サワサワと木の枝が揺れている。遠くでは鳥の鳴き声が聞こえた。
カチャカチャとガラスのような音が耳に飛び込んできて、ゆっくりと目を開ければ
年老いたやしきしもべが、盆の上にグラスを乗せてスネイプの元へと歩いてくる。


「セブルス様ぁ、アイスミントティーですー」


「あぁ・・ありがとう」


グラスを受け取りねぎらいの言葉をかけてやれば、へクターは嬉しそうに大きな目を細めて
大きな耳を軽くパタつかせた。盆を小脇に抱え、ちょんっとスネイプの横に飛び座るのを
薄く笑ってみやりそっとグラスへと口をつける。
やしきしもべ妖精が主人と同じベンチに、そして隣に座るなどほかの屋敷では絶対に許されないことだろうが、
スネイプはへクターが隣に座ろうと、また夜先に寝ようとも決して怒ることはなかった。
カランと乾いた音とともに、喉を突き抜けるミントの清涼感が暑さを忘れさせてくれる。
スネイプもへクターもしばらく何も話すことなく、のんびりと庭を見つめていた。



「セブルス様ぁ」


「なんだ」



突然へクターが自分の肘を揺すった。
不思議そうに視線をわずかに下げれば、へクターが細長いごつごつとした指をそっと
玄関の方へと指差す。
オーク下のベンチからは、庭と玄関から門への小道が一望できる。
へクターの指差す先を捉えたスネイプはわずかながらに眉間に皺を寄せた。
門から玄関への小道に、町人であろうマグルがうずくまってカモミールをジッと見ている。
グラスをへクターに渡し立ち上がれば、へクターはサッと姿を消す。
マグルが屋敷しもべ妖精を見たら大騒ぎになるからだ。
へクターがちゃんと姿を消したのを確かめると、スネイプは足早に庭を横切り、門の方へと向かった。




「何をしている」


「きゃっ」



ザッとうずくまっている人物の後ろに立ち、声を低く唸ればそのマグルは肩をびくりとさせて
飛び立ちあがった。
それは、白いワンピースを着た子供だった。
麦わら帽子を深く被って顔は見えないがおそらく17〜8の少女だろう。
スネイプは不機嫌そうに溜息をつくともう一度「何をしている」と唸る。





「今日は薬は作らん、帰りたまえ」



「あ・・違います。えと・・」



少女は首を一瞬首を傾げてすぐに横に振った。ほんの少し帽子を浮かせて顔を上げる。





「お父さん・・・・じゃない;ムーディ重役が貴方に用があるというので付き添いで・・
その、私、魔法省の者です」



























一筋の風が吹き抜けた

























帽子を軽く押さえながら、にこやかに自分の見上げてくる少女に
スネイプは目を見開いた。



幻か?
この暑さで幻影が見えているのだろう・・


軽く目を閉じて再び目を開く。
目の前には、不思議そうな表情をしている少女。
何度も忘れようとした、乗り越えようとした。
間違いなく今スネイプの前にはが立っている。


・・」


「はい?違いますよー私はといいます。・ムーディー・・ってうわあ!」


手をパタパタと横に振って自分の名を名乗る少女だが、次の瞬間スネイプへと抱き寄せられ
声を上ずらせてしまった。振りほどこうとするも、力強く抱き寄せられ抜け出すことができない。


「だーう;あのーもっしもしー?;」



・・・



「だっから!違うって!」



どんなにスネイプを押しても、抗議の声を上げてもスネイプは少女を放そうとはしなかった。
ずっと、ずっと想い続けていた愛しい者にやっと再会することができたのだから。
少女を抱きしめたまま、スネイプはそっとの髪を見やり優しく撫でつけた。


「髪を切ったのか・・・」


「え?あ、まあ・・・。2年前ほどにって何で知ってるの?」




驚きに目を見開く少女にそっと優しく微笑んだ。
一瞬少女の心臓が高まるも・・・






「!?やー!!!」


「ぐっ!?」


自分の身に何が起きたのか把握する暇もなく、スネイプはいつの間に地面に仰向けになって倒れていた。
腕と背中にじんわりと痛みが広がってくる。ふと視線を上げれば、自分の腕を少女が力強く握っていた。



「初対面の人に向かっていきなり何すんのよ!しばくよ!!」


。やめなさい;」


「あvお父さん!って聞いてよぉ!!こいつ、いきなり抱きついてきた上にキスしてきたのよ!!
唇によ!!く・ち・び・る!!あんまりだわ!!」



聞いたことのある男の声に、スネイプはわずかに頭を上げた。
そこには魔法の義眼に義足。マッドアイ・ムーディが呆れた表情で少女を見つめていた。


「ムーディ・・」


「ミスターをつけろ。といつも言っているだろうがスネイプ。
、いい加減彼を放してやりなさい」


スネイプを一瞥するとムーディは再び少女へと視線を向けた。
少女は「むう」と頬を膨らませてスネイプを睨むと、そっと腕を放す。
肩を押さえながら立ち上がると、少女はたたっとムーディの横にぴったりとくっついて
スネイプをじっと睨みつけた。そんな少女の姿に薄く笑いながら、
じっと少女を見つめているスネイプに小さく口を開いた。


「娘のだ。孤児院から引き取った子でな。今は魔法省の事務をやっている。
魔法使いなのだが、魔法は使えん。スクイブというやつだ。
魔法が仕えない分体術を教え込ませたのだが・・・少々おてんばになってしまってな」


そう笑うムーディに、はちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめてムーディの後ろに隠れてしまった。
スネイプはしばらくを見つめていたが、話があるというムーディに小さく頷くと
二人を家の中へと案内した。
へクターを呼び茶の用意をさせ、二人を庭が一望できるテラスへと案内する。
が気になるもスネイプはムーディの話に耳を傾けた。
薬の調合の依頼で、スネイプは即引き受ける。
ムーディは嬉しそうに微笑むと小さく溜息をついた。話がつくと同時にへクターがニコニコと茶を運んでくる。
カランと氷が揺れているアイスミントティーにややイエローがかった透明のゼリー。
話も他愛のない内容に変わり静かなお茶会が始まった。
家を越して今は隣町に住んでいるということ。自分はじきに魔法省を辞めるので娘が
心配であるということ。
まだは怒っているらしく、あまりスネイプの方を見ようとしない。
ムーディとスネイプの会話を聞きながら、スプーンをゼリーへと滑りこませた。
冷たい感触が口の中に広がり、思わず目を見張る。スプーンを片手に固まっている
気づいてスネイプは少し眉を顰めた。



「ミス・?口に合わなかったかね?」



少しでもの気を治めてほしくてへクターに、ゼリーを出させたのだが
口に合わなかったのだろうか・・・スネイプは不安そうにを見つめた。



「・・・これ・・カモミール?」



「?・・・あぁ・・そうだ。カモミールを抽出して固めたものだが・・」



「美味しいv」




不安げに説明するスネイプにはにっこりと微笑んだ。
その懐かしい微笑みに、目を見開く。
近くの自分用の椅子に腰を下ろして言いつけを待っていたへクターがそろそろと
元へ歩いてきて、ちょいちょいとワンピースの裾を引っ張った。
ゼリーの美味しさにすっかり気分が良くなったは、軽く首をかしげてへクターを見つめる。



「このカモミールはご主人様が手塩にかけて育てたものなのですv
それを私めが丹念に抽出したのです。美味しいでしょう?」


「うんvとても美味しいv私ねカモミール大好きなの!」


へクターににっこりと微笑むと、はちょっと恥ずかしそうにスネイプを見た。



「お父さんから、貴方は魔法薬の教授であると聞きました。
私・・・魔法はできないけど魔法薬にすごい興味があるの。あの・・お庭拝見してもいいかしら」



「たくさんの薬草があってすっごい気なっていたの!」と好奇心に満ちた笑顔で庭を眺めるに、
スネイプは以前のことが走馬灯のように駆け巡った。
記憶があった時のもたしか魔法薬が好きだった。
「だめ・・ですか?」不安そうに見つめてくるに慌てて首を振ると
へクターに案内するように命じた。
へクターは嬉しそうに頷くと、のワンピースの裾を引っ張って庭へと急かす。
二人が庭を散歩するのを眺めながら、ムーディは思い出すように静かに口を開いた。



「22になった。あの子は子供の頃から知っているからな、私が引き取ったのだ。
ほとぼりが冷めるまであまり外に出してやることができなかった。
だからには友人がいない。あの子の記憶は何重にも術が施されて忘却された。
ヴォルデモートに関してのことはもちろん、忘れさせたくない母親やお前たち友人のことをな。
だが、どうしてもあのカモミールのことだけは忘れさせることができなかった」


「それと・・魔法薬か」


引き継ぐように呟くスネイプに、黙ってムーディが頷く。



「何重にも忘却術をかけられたあの子はあらゆるものを忘れてしまった。
あと数回術を施せば、話すこともできなくなっていたかもしれない・・
とても危険の状態だった。」


「酷い話だな。後遺症は?」


「今のところは。記憶を消されて新しい記憶が植えつけられたのだが、
その中にはカモミールと魔法薬のことはなかった。
たしか、あの子が入院していた病室にカモミールの匂い袋がおいてあったのだが・・・
それはお前が?」


「・・・・・・そうだ」


そうだ、ヴォルデモートの放った術をは体を張って受け止めて重体となった。
いつまでも眼を覚まさぬ姿に、もしかしたら香りだけでも感じることができるかもしれないと
カモミールのサシェをそっと枕元に置いたのだ。そうぼんやりと思い出しながら。
スネイプは庭を楽しそうに見て回るを見つめた。



「それが引き金に記憶を取り戻すことがなければいいのだが・・」


「いや・・・それはないだろう」



「確証があるのか?」と怪訝そうに見つめてくるムーディに小さく笑うと、立ち上がり庭へと出た。
そっとの横に立ち何か話しかければ、はにっこりと笑ってスネイプを見上げている。
二人楽しそうに話す姿を眺めながらムーディは優しく目を細めた。
二人の側にいたへクターが気を利かすようにテラスへと戻ってくる。




「おまえは主人思いだな」


そう笑えば、へクターは大きな目を細めてへコリと頭を下げた。



「セブルス様はご帰宅されると滅多に笑いません。私めにねぎらいのお言葉をくださる
時など微笑んでくださいますが、あの方が心の底から楽しいと微笑むことがないのです」



そしてへクターは二人を見つめながら何か思案するように黙り込むと、やや不安げにムーディを見つめた。



「貴方様のお嬢様とセブルス様は良いご友人になれますでしょうか」



「友人?」




やや怪訝そうにへクターを見やれば、ジッと大きな目で見つめている。
ムーディはゆっくりと立ち上がってテラスの柵際に立ち二人を見つめた。



カモミールを切り取り、その花束を渡すスネイプには満面の笑みを浮かべている。
ムーディはそんなに目を細めながら、2年前からへと記憶が変えられる日のことを
思い出した。
それはスネイプへの想い。
自分は罪だらけの身なのに、血だらけの手なのにスネイプを愛してしまったと。
小さく震えながらムーディにそっとすがりついた。
スネイプのことを忘れるのが怖くて、悔しくて、悲しいと。
けれども、スネイプだけのことを忘れさせないことはできない。それは自身がよくわかっていること。
長い間はずっとムーディにすがり付いて泣いていた。
小さく「教授・・教授」と何度も呟いて。
やがて、はムーディを見上げて決心したように微笑んだ。
そしてへと変わったのだ。

もしかしたら、カモミールと魔法薬が好きということを忘れさせることができなかったのは、
そのせいなのだろうか・・・。本人の意識ではなく彼女を形成する細胞の一つ一つが
スネイプ本人ではなく彼に関わる些細なことを残させた。そうなのだろうか・・




「友人か・・だがいずれ友人ではなくなるだろう」


「え・・そんな!!」



小さく呟いたムーディの言葉にへクターは落胆の声を上げた。
けれどもムーディは小さく笑って首を振って見せる。
「されど、気に病むことはない」そう再び庭の二人へと視線を移すムーディを
へクターは不思議そうに見上げていた








それからはよくスネイプの家へと訪れるようになった。
当初はカモミールや興味のある魔法薬のことであろうと思っていたへクターだが
夏が終わりを告げる頃、あることに気づいた。
とても小さな変化、おそらく本人達は気づいていないであろう変化。




いずれ友人ではなくなるだろう




ムーディの言葉がほんの少しわかったような気がした。
スネイプがホグワーツで仕事をしている間もは度々訪れて、
へクターとともに庭の手入れを手伝った。驚いたことに、夏以外は絶対戻ってこなかった
スネイプが休みの日は度々帰宅するようになったということだ。
ムーディの言葉がやっとすべて理解できたへクターは、嬉しそうにダンディリオンの根の土を
はらい落とした。

どの季節が巡っても、スネイプとは引き離されることはもうなかった。
オークの下のベンチでそっと口付けを交わす二人に、へクターは真っ赤になりながら
そっと家へと踵を返す。
花嫁のブーケはカモミールであしらおうと胸を躍らせながら・・・・・・・・・・




再会とういう名の出会いに、
いやはようやく傷だらけの翼を休めることができたのである。
それは愛しい愛しい者の傍らでー


















「傷だらけの光」−完ー

















すいません途中方向見失いました;(大莫迦)
今回のヒロインも相当修羅場くぐってましたね;
さらわれるは、血だらけになるは、記憶消されるはで;
最終話は序章のような形で終わってみようかななんて。
いままでありがとうございました!!