ヴォルデモーとは逃亡した。
残った死喰い人達は一人残らず連行され、スネイプたちのこの働きは魔法界に
大きな希望をもたらせた。
あれから1週間。
は固く目を閉じたまま・・・・・
+傷だらけの光+
「ミスター・ロングボトム。君はどうやったら薬の色が緑になるのか・・・
ぜひお教え願いたいものですな」
スネイプはネビルの大鍋をゆっくりとかき回すと、皆に見えるように勺ですくってみせた。
スリザリンの席からくすくすと笑いが起こり、ネビルは顔を真っ青にさせカタカタと小刻みに
震えながら俯いてしまった。
いまにも泣きそうなその表情に一瞥すると、「片付けろ」と低く呟き教壇へと踵を返していく。
グリフィンドール生はスネイプに見つからないように睨みつけていたが、ハリーは気づいていた。
失敗したネビルに対して減点がなかったことに。そして、授業は終わるとともに
通達していた処罰さえもスネイプの口から告げられることはなかった。
スネイプはハリーとの約束を守った。たしかに守ったのだ。
しかし、ハリーそしてロンとハーマイオニーがと再会したのは病院の集中治療室。
ガラス越しの対面となった。
いつも満面の笑みを浮かべていた可愛らしい顔は白く青ざめ、今までハリー達が見たこともない、
黒い羽根がボロボロに抜け落ちていた。
体中に差し込まれた管が、の重体をさらに物語らせた。
「ポッター!!!何をしている!!さっさと出て行け!」
スネイプの声にハッとハリーは我に返った。
いつの間にか教室内は生徒達の姿はなく教壇の上からスネイプが苛立ち気に腕を組み、ハリーを睨みつけていた。
ロンに急かされて飛ぶように教室から出れば、すぐさまスネイプも出てきた。
バン!と扉に鍵をかけ、玄関ホールへと足早に歩いて行く。
出掛け用のローブを着ているスネイプの姿に、ハリーは今日の授業が全て終わったのだと思い出した。
「そうか・・今日の授業は全て終わったんだ・・・」
「今日の夕食は何だろうな!お腹ぺこぺこだよ」
「そうね、早く行きましょう」
前を歩くロンとハーマイオニーの後ろについていきながら、ハリーはそっと窓の外を振り返った。
スネイプが箒に跨り飛んで行くのが見えた。
「今日もの所なんだ」
スネイプは全ての講義を終えると、箒を手に学校を飛び出しのところへと通っていた。
今日こそ目を覚ますのではないかと、目を覚まして笑顔を見せてくれるのではないか・・・
けれども1週間と日が過ぎていくにつれ、スネイプの心の中は重くなっていくばかりであった。
今日もは目を覚まさない。
ガラス越しの面会しか許されず、その愛しい頬に触れることはかなわなかった。
「毎日来ているようだな」
コッコッコッと義足の音は振り返らなくても誰だかすぐに見当がつく。
ステッキに寄りかかりながらスネイプの横に立ち並んだムーディをチラリと見やると、
視線はに注いだまま、黙って頷いた。
「お前、この娘の母親の世話係だったそうだな」
「・・あぁ」
ムーディもを見つめたまま、小さく呟いた。
普通の目も魔法の目もじっとを見つめている。それはどこか優しささえ感じるもので。
「母親に起こったことは話でしか知らんが、はよく泣いていた」
「を知っていたのか?」
驚いたように顔を上げてムーディを見やれば、わずかに視線を伏せる。
「は小さい頃から、ヴォルデモートに弄ばれた日々を過ごしてきた。
お前も聞いているだろう」
スネイプの脳裏にがヴォルデモートの元に留まった夜のことがよぎった。
ダンブルドアが自分とハリー達を校長室へと呼び、今までの身に起きたことを話したのだ。
それはあの城でヴォルデモートがを陥れた過去。
はヴォルデモートの操り人形だったのだと、ヴォルデモートから逃れるたびに
恐怖に震え、己を罵りその身を傷つけていたと。
「自分を呪い殺そうとしたを、ダンブルドアとマクゴナガルが押さえつけた
こともあったと・・・」
「あぁ。あの子は戻ってくるたびに自らの命を絶とうとした。
操られていたとはいえ、自我を取り戻すとその記憶が手に取るように思い出される。
感触とともにな。あの子は俺に闇に対抗する術をよく聞きにきた。
再びヴォルデモートに操られないようにと・・けれども血の呪いはかなわない。
連れ戻され、我々が再び取り返す。の傷は深くなるばかりだった」
深い溜息を長く吐き出すと、ムーディは二人の後ろに並べてあった
椅子へ雪崩込むように座り込んだ。皺にまみれたごつごつとした手で顔を拭う
姿は疲れを隠せないでいた。
「が完全にヴォルデモートの支配下に収まってしまったら、
それこそ魔法界は終わりだ。魔法省は何としてでもそれを阻止したい。
彼女がこちらにある限りにヴォルデモートはダンブルドア同様、魔法省に迂闊に
手を出せない。」
「まるで捕虜だな」
小さく吐き捨てたスネイプの言葉に、ムーディは辛辣そうに目を伏せた。
「どちらの側についても、は心安らぐ場所はない。
時折思うのだ。それならばいっそのことあの子を」
「それ以上は言うな」
ムーディの言葉をスネイプは静かに、そして鋭く制した。
たしかにの命を絶つことが、彼女の一番の幸せかもしれない。
けれどもそれではがあまりにも不幸だ。本当にそれが幸せと呼べるものなのか。
母親とホグワーツに逃れたことがあり、ダンブルドアやマクゴナガルそしてゴーストに
囲まれながらが失いかけた笑顔を取り戻したことがあった。
その頃が一番幸せそうだったとムーディは昨日のことのように目を細めていた。
が成長していくにつれ、魔法省はをより監視するようになった。
目を覚まし回復すれば、また魔法省の厳しい管理の下に置かれるだろう。
スネイプはムーディから再びを見つめた。
「傷だらけの光・・・・・か・・」
そして今日もスネイプはの元へと通う。
講義が終わってから夜遅くまで、ただじっとを見つめた。
けれども、まるで体の中に重い鉛がある感覚はもうなかった。
相変わらずの白く、青白い表情だったがボロボロだった黒い羽根がいつの間にか消えていたのだ。
それは長年彼女を診てきた医師によれば、はもうすぐ目を覚ますことを意味しているのだという。
は集中治療室から個室へと移された。まだ数本の管が通された姿は痛々しいが、
もうじき目を覚ますだろうという言葉に、スネイプはやっと安堵のため息を長く吐いた。
の傍らに腰をおろし、じんわりと温かみを帯びてきた手をそっと握りしめる。
時折、髪を梳いてやれば、が薬を浴びて小さくなってしまったことが思い出され、少しだけ笑った。
訪れる度にはどんどん回復していった。まだ目を覚ますことはないが。
赤みがさしてきた頬に、最後の管がはずされ、そっと胸をなで下ろす。
もしかしたら感じ取ることができるかもしれないと、スネイプは自ら作ったカモミールのサシェをそっと枕元に置いた。
ほのかに漂うリンゴのような甘い香りが、もしかしたら、に届くかもしれない。
今日もそっとその手を包み込んだ。
「やれやれ、セブルスよ。そんな顔ではが目を覚ましたら笑われてしまうぞ」
「ダンブルドア校長・・・」
ある日、今日もの傍らに腰を下ろしていると、ダンブルドアがニコニコと微笑みながら入ってきた。
彼の手には小ぶりなバスケットが手にされていて、その中から微かに食べ物の香りがした。
スネイプは一瞬首をかしげた。はまだ目を覚まさないのに・・
そんな表情のスネイプにダンブルドアは笑うと、バスケットをスネイプへと差し出した。
「目がクマだらけじゃぞ?それにろくに食べてもいないようじゃしな。
セブルスに差し入れじゃv」
「・・・・ありがとうございます」
言われて初めて自分が空腹であることに気づいたスネイプは、はにかみながらダンブルドアからバスケットを受け取った。
杖を振ってテーブルと椅子を一脚を出す姿に、今ここで食べるようにと理解したスネイプは、
バスケットをテーブルの上に置き、蓋を開いた。
中には二人分のサンドイッチにサラダ、そしてラズベリータルトが入っていた。
ダンブルドアも椅子に腰をおろしてにっこりとバスケットの中を覗き込む。
「ミネルバが作ってくれたのじゃ。ほほー!ラズベリータルトか。
小さい頃よく泣いていたに作ってあげていたものじゃよ。
タルトを口にすると途端に笑顔になったものじゃ」
そうベッドのを優しく見やり、スネイプに軽くウインクしてサンドイッチを手にした。
スネイプもサンドイッチを手にし口へと運ぶ。久しぶりにとる食事に心が落ち着いていく。
ダンブルドアからの小さい頃の話を聞かせてもらった。
おもにホグワーツに身を隠していた時のことを。ホグワーツにいる時はとても笑顔だったと。
昨日のことのように話すダンブルドアにスネイプは静かに微笑んだ。
ラズベリータルトの甘酸っぱさを堪能し、だいぶ夜が深くなってきた頃にはダンブルドアは
眠たそうに目を瞬きさせた。そろそろ戻る時間だな・・そう立ち上がろうとしたスネイプだが、
ふと気になっていたことを、口にした。
「校長・・・が目を覚ましたらどうなるのです?」
常に魔法省の管理下に置かれていたのだ、今回のことでさらに厳戒態勢がひかれているだろう・・
ダンブルドアの表情が一瞬で曇り、スネイプの中に不安がよぎった。
「・・・・・ん・・・」
重い空気が流れる部屋に、小さい声が響いた。
ハッとを見やれば、薄らと目を開けている。
「ッ!!」
「・・・・・・教授だー・・・・」
顔を覗き込んでくるスネイプに、は小さく笑って見せた。
弱々しく手を浮かせてみれば、そっとその手を取り両手で包んでやる。
「よかった・・・・本当によかった」
の手を包み込んだまま、スネイプは顔を埋めた。
その仕草に、は弱々しく笑うと、スネイプの後ろのダンブルドアを見つめた。
喜びと戸惑いが混じった表情には小さく首を振ってみせた。
その目はまだ虚ろでも強く語っている。
今は・・教授には言わないで。覚悟はできている
が目を覚ました後も、スネイプは毎日の元へ通った。
まだ、上手く歩くことができないの体を支え、院内を歩いたり、
退屈しないようにと本を持ってきたり。
「早くホグワーツに戻れるといいな。生徒達も心配している」
「へへ・・ありがとぉ」
にへらと笑うに、スネイプも笑った。
けれども、は知っていた。もうホグワーツに戻ることはないことを。
退院すれば、自分を待ち受けているものが何であるのかも。
そしてが退院を迎えた日。
スネイプはを迎えに行くために、学校を休み病院へと急いだ。
こんなに胸が高鳴ることはあっただろうか・・。いつもは不機嫌そうな表情が優しいもので
まず何を先に伝えよう・・?
この扉を開ければ、は荷造りを終えて待っている。
決めたのだ、自分の気持ちを伝えると。スネイプは小さく微笑んで扉を開けた。
「・。魔法使いならびにマグル大量虐殺によりその身を拘束する」
スネイプの目の前で、ガシャリと重たい鉄の音を立てて、の手首に手錠がかけられた。
病室には数人の魔法省の役人。何のことだか分からずに、扉の入り口で固まっているスネイプを
ムーディは苦しそうに見つめた。
そっとが顔をあげてスネイプを見た。とても優しく穏やかな笑顔で。
「教授。今まで本当にありがとう、さようなら」
その1週間後、大規模な裁判が行われた。
魔法界の人間誰もがこの裁判に、釘付けになった。
罪人の名は「ヴォルデモートの子供」と新聞には記されていていた。