ヴォルデモートの不気味にな哂い声だけが冷たい部屋を満たしていた。
ルーピンは目の前の光景が嘘であってほしい、幻であってほしい、
悪い夢であってほしいと強く願うしかなかった。
そうだ、これは性質の悪い夢で、目を閉じてもう一度開けば何も起きていない。
そうだ・・きっとそうなんだ。
そう自分に言い聞かせるも、ルーピンは僅かにでも視線を逸らすことができなかった。
+赤い泪+
スネイプの大きく見開かれた瞳に、の赤い瞳がらんらんと輝いている。
徐々に沸いてくる胸の痛みが大きくなり、堪えきれずにガ八ッと血塊を咽せ吐き出した。
その様子を楽しむかのように、ゆっくりとスネイプの体から剣を引き抜けば、剣先が引き抜かれた同時に
崩れるように体が冷え切った地面へと沈んでいく。
「そういえば」とこの光景を蛇のように目を光らせながら眺めていたヴォルデモートが
思い出したように呟いた。
「術を施す前におもしろいことを口走っていたな・・・
「セブルス・・・セブルス」
とな。くくく・・・まさに愉快な話よ。察するにお前もを好いていたのであろう?
さぞかし本望であろうな。愛しい者に命を絶たられるのだからな」
視界が徐々に歪んでいく。ヴォルデモートの低い不気味な声が遠のいていく・・
貫かれた胸がただただ・・焼けるようだった。
「さて」ヴォルデモートの落ち着いた声が響き渡る。
「最期の時だ・・さあ・・」
曇っていく視界に、目の前のが剣を振りかざすのがわかった。
そうか・・・我輩はに殺されるのか・・・
もはや痛みさえも徐々に薄らいでいく。
スネイプは霞み輪郭しか分からなくなったへと小さく微笑んだ。
ポタ・・・・ポタ・・・
温かい水滴がスネイプの頬に落ち、不思議そうに僅かに顔を上げれば。
すぐそこにの顔が迫っている。
ポタ・・・・ポタタ
再び伝う温かい感触に、消え入りかけた力を振り起こし目を凝らしてを見つめた。
薄らいでいた世界が、徐々にはっきとしたものに見えていく。
「・・・」
の顔が鮮明に映し出された同時に、スネイプは驚きに目を見開いた。
剣を振り上げたまま止まっている。
その表情は悲しそうに、赤い両の瞳からは赤い泪がとめどなく零れていた。
「馬鹿な!!」ヴォルデモートの驚きに満ちた声がスネイプの耳を掠めた。
「俺様の術から逃れられるはずがない!!ええい、!!何をしている!!
その男をさっさと殺してしまえ!!」
けれども、それはかなわなかった。
スネイプは軋む体をなんとか動かし、の手首を掴み自分へと引き落としたのだ。
カランと力なく剣が地面に落ちる。は遠くを見つめたまま悲しい表情で
いまだに赤い泪を流していた。スネイプにはわかった。
本当の・・術にかけられて閉じ込められてしまった本来のが
ヴォルデモートに逆らっているのだと。
「・・?迎えに来た共に帰ろう」
そっと抱き寄せ、合わさらない目を覗きこみそっと微かに震えている口唇に
自分の口唇を重ねた。の赤い目がみるみるといつもの黒くかわいい瞳に戻っていく。
その瞬間、裂けた黒衣から覗いていた鈴がにわかにポウッと光りだした。
目を見張ったスネイプは、光がを包んでいくのを感じ、
力強く自分へと抱き寄せその眩しさに思わず、目をきつく閉じた。
「きょう・・・じゅ・・・?」
小さく震えた声にスネイプは目を開く。
腕の中のが力なく瞳で見上げている。黒く可愛い瞳に。気味の悪い笑みは跡形もなく消えていた。
ゆっくりと微笑んで見せれば、の目から再び泪が溢れた。
「私・・・私・・・教授を・・それにルーピンさん達まで・・」
カタカタと体が震えている。キュウッとスネイプの腕にしがみついたままは
きつく目を閉じて俯くが、頬に手を添えて自分へと顔を上げさせる。
「とんでもない・・ことを・・」
「何も言うな」
人差し指をの唇につけ、微笑みスネイプは鈴のネックレスをはずすと
そっとへとかけてやる。
不思議そうに鈴のネックレスに触れ、戸惑ったようにスネイプを見上げれば
小さく笑うスネイプと目が合った。
「忘れ物だ」
「・・・・・・・ありがとう・・助けにきてくれて」
頭をわしわしと掻き乱してやれば、は噛みしめるように目を伏せた。
ポロッと頬から泪が伝う。鈴のネックレスに泪が落ちた瞬間、突然
耳を塞ぎたくなるような金属音とともに、鈴が強い光を放った。
「!?!?」
「な・・なんだ!?」
耳の奥に痛みを感じ、顔を歪ませながら二人は目を細めて鈴を見つめた。
鈴は金属音とともにどんどんと光を放っていく。
プチッとネックレスの鎖が切れ、鈴がふわりと浮いた。
鈴が浮くと同時に、金属音はぴたりと止み鈴を包み上げる光も徐々に和らいでいく。
二人は顔を見合わせて、鈴を見上げた。
すると突然、パリンッと軽い音が響き渡り鈴が粉々に割れた。光が纏ったままの破片が部屋中に飛び散っていく。
スネイプは思わず目を見開いた。
破片がスネイプの腹部と胸に降りかかった瞬間、サッと体に溶け込むように破片が消えていったのだ。
ふと、痛みが消えていることに気づいて傷口に触れてみれば傷は綺麗に塞がっていて。
顔を上げてルーピン達を見やれば、塞がった傷口を不思議そうに撫で、立ち上がっている。
不思議そうに目を見開いている、を見やって立ち上がると、そっとの手を取り
立たせてやる。けれども、は自分の姿をみて一気に顔を赤くさせて蹲ってしまった。
「わわわわ私;こんな格好;・・;」
大きく開かれた胸からは、形のいい谷間が微かに覗きわたわたと隠そうとするが
それを薄く笑って、強引に立たせる。慌てるにローブを脱ぎ肩へとかけてやる。
「安心しろ。大してそそられん」
「そう・・・・!?ひどっ!!」
さらりと嫌味を言うスネイプに、は顔を赤らめてスネイプを睨みげれば、
クククと喉の奥で押し笑う姿。頬を膨らませてそっぽを向けばそこにはルーピンたちがにっこりと立っていた。
「ルーピンさん・・ブラックさん・・その・・私・・・」
「いいんだよーvもう傷も塞がったことだしv」
「そうそうvそれにかわいい子に斬られるのなら本望!!ウゴッ」
ニカッと笑って見せるシリウスに、ルーピンがニコニコ笑顔で鳩尾を食らわすのを横目で
見やりながらハルツが一歩へと踏み出す。
その姿には申し訳なさそうに顔を顰めた。
「ミスター・ハルツ・・貴方にも・・」
裂けた衣服が、彼も傷つけたことを物語っている。
だが、ハルツは小さく笑って首を振るとの肩に手を置いた。
「気にすることはない。無事弟とも会えたことだ」
「様こそお怪我は?」
ハルツの後ろから、もう一人のハルツーカインが気遣うようにへと歩み寄った。
同じ赤い髪の色に紫色の瞳。同じ顔に同じ声。
は二人を交互に見比べてクスリと笑った。
「本当に双子ね」
「・・えぇ!」
一瞬呆気に取られていたカインだが、そのの笑みに嬉しそうに答えた。
その様子を穏やかな表情で眺めていたスネイプはだが、キッと窓の近くに立つ帝王を睨みつけた。
目が合わさると同時に、寒気が背中を駆け巡るがそれを顔に出すまいと力強く杖を握る。
ヴォルデモートは、そんなスネイプを見抜いているように不気味な笑みを浮かべた。
「それで?俺様に勝ったつもりか?」
ゆっくりと腕を組み換え余裕の素振りを見せるヴォルデモートだが、はわかっていた。
パチンパチンと規則的にならす指のリズムがいつもより早いことに。
間違いなく自分の父親は焦っている。焦り、怒りに達している。
これ以上何か起こればヴォルデモートは何をしでかすかわからない。
はサッとスネイプの前に立ち、ヴォルデモートを見据えた。
驚いて、肩を掴んでくるスネイプに小さく笑ってみせその手を制す。
「私は、もう誰も殺したくない。天狗の力なんていらないの
もう・・貴方のいいなりになりたくない」
の告白に張り詰めた空気が流れた。
ルーピン、シリウス、そして双子のハルツのロイとカインもとスネイプを囲むように
ヴォルデモートを睨みつけている。
「くくく・・何寝ぼけたことを・・」
水を打ったように静まり返った部屋に、ヴォルデモートの低く、嘲る視線にの体が強張った。
「今まで散々天狗として俺様に仕えていた分際で。今になってその力を拒むだと?
俺様の血を濃く受け継いでいる者が何を言う」
「わっ私は!!」
蛇のように絡みつくように見据えてくるヴォルデモートには背筋が凍る感覚を覚えた。
震える口調に不敵な笑みがこびり付く。
「忘れたとは言わせん。初めて愚かなマグルを殺した時のことを覚えているだろう?
そう・・お前は5歳だった。俺様の腕に抱かれながら嬉しそうに杖を振るっていたではないか」
「ちがうっ!!私の意志じゃない!!」
「だが、お前の母親に奪われたわけだが。8歳の誕生日には裏切り者を血祭りにさせて
やっただろう?」
「ちがうっ・・望んでないっ」
「10歳でお前の中の闇の力が増幅。お前を拒む愚かな輩を地獄へと葬ったであろうが。
嬉しかっただろうに・・お前をずっと虐げてきた穢れた血だ。憎んでいただろう。」
「ちがう!!ちがう!!もうやめて!!」
ヴォルデモートの言葉が呪文のようにを追い詰めていく。
目に泪を浮かべ、体が震えている。目をきつく閉じて耳を塞いでも脳へと直接
声が赤い目が降りかかってくる。
「15歳。お前は一人でひとつの村を殲滅。女子供容赦なくな」
「・・・・・!?」
目を見開いたにヴォルデモートの赤い目が映り過去を呼び覚ます。
記憶がないはずなのに、我に返れば自分の犯した惨劇が泉のように湧き出た。
赤く染まった両手を、呆然と見詰めていた日々・・・
ガクリと膝が崩れ、冷たい石の地面に手をつく。
定まらない視線、思い出される地獄。
「私が・・殺した・・・」
「そうだ。お前の手でな」
黒く震えた瞳からは泪が止まることなく流れ続ける。
そうだ・・いくら操られていたとはいえこの手は多くの罪なき者の命を奪ってきた。
私はヴォルデモートの娘・・ヴォルデモート同様に私も血にまみれた存在なんだ・・
「そして20歳。血の呪いによって弄ばれた運命より救われる。
少女は光の下、少女を愛する者の傍らで幸福に暮らす。永遠にな」
ふわりとの鼻先を薬品の香りが掠めた。
虚ろな表情で力なく顔を上げれば、を包むようにスネイプが屈んでいた。
優しく微笑み、そっと指で泪を拭いいまだ震えているを抱き立たせ、
ヴォルデモートを睨みつけた。
「我輩も・・許されぬ身だがな。だが、それでも愛しい者を守り通す。
はもう闇には染まらせない、二度と永遠にな!」
「よく言った。セブルス・スネイプ」
パン!と大きな音がして弾かれたように振り返れば、そこには深緑色のローブを
纏った魔法使いが数人杖を構えていた。その中央には義足の足で杖にもたれ掛かり、
一つの目はスネイプにそして、もう一つの目はヴォルデモートを睨みつけている
マッドアイ・ムーディーが立っていた。
「マッドアイ・・」
「ミスターをつけろ、スネイプ。さて、ここからは闇払いの管轄だ」
コンと杖で地面を叩くと同時に、闇払い達がザッとヴォルデモートに杖を向け囲んだ。
冷たく刺し抜く様な視線で睨みつけるヴォルデモートだが、にははっきりと読み取れた。
”焦っている”
はスネイプに抱き寄せられたまま、ジッとヴォルデモートを見つめた。
コッコッコッと義足の軽い音をたてて、ムーディが数歩歩み出た。
「ヴォルデモート!お前の罪状は挙げるまでもない。
お前を拘束、連行する。拒否権は無論ない」
「くくく・・無論、拒否に決まっている」
強い魔法を込めた手錠をかけようとした闇払いが、突然弾き飛ばされた。
その杖を奪い、押さえようとした闇払いへと杖を向け術を放つ。
「貴様!!」
ムーディの魔法の目がギラリと光った。
蛇のような目を不敵に見開きながら、窓際へと優雅に歩く。
手にしている杖は軽く振られ、今にも術を放つ気配を醸しだしていた。
「くくく・・この俺様が貴様らごときに捕らえられるとでも?答えはノーだ。
俺様は誰にも滅ぼせない。そしてここはお前たちの墓場だ!!」
ぎらりとヴォルデモートの目が光った。バッと杖が振り上げられる。
銀色の閃光がムーディやスネイプ達に放たれた。
「ダメェ!!!」
はスネイプを突き飛ばして、ヴォルデモートが放った閃光へと駆け出した。
黒く大きな天狗の羽根を広げて、閃光を体全体で受け止める。
さし抜かれる痛みにこらえながら、は途切れ途切れに呪文を唱えた。
「我が内に潜む狗達よ、天の狗・・・の名・・に於いて命ずる!」
が唱える同時に、黒い羽根から影のように烏のような鳥たちが飛び出していく。
スネイプはに手を伸ばすが、その強い光によって届くことはなかった。
やがて、静まり返った室内にスネイプはそっと目を開く。
「?」
は地面にへたり座り込んだまま、俯いていた。
黒い羽根はボロボロになり、多く抜け落ちている。
「?」もう一度呼んでみるがは微動だにしない。スネイプの中に黒い不安がよぎった。
ザッとへと駆け寄り、ボロボロになった体を抱き寄せる。
カクリとスネイプの胸に頭が埋まる。おそるおそる頬に手をあて顔を覗き込みスネイプは目の前が真っ白になった。
「!!」
は力なく目を閉じていた。
その頬には赤い泪の後が残っていた。