三日月が哂っている。
ヴォルデモートが自分を嘲笑うように。
ギッと三日月を睨みつけ、スネイプは杖を強く握った。
決めたのだ。
犯した罪は決して拭い去ることはできない。
けれども、もう振り返らないと。己の心に気づいた今はただただ前に突き進むのみ。
「・・今迎えに行く」
+消された想い+
ドオン!!
城門から響く爆音と、生き物のように舞い上がる粉塵。
突然の出来事に、見回りの死喰い人達は驚きを隠せず杖を握りだした。
「侵入者か!?」
「ピーンポーン♪」
一人の死喰い人が目を凝らして、粉塵へと杖をつきつけ呟いた瞬間、
ふと上空に影が横切り、晴々とした声が耳を掠めた。バッと上を見上げ杖を構えるが
それは鈍い音と共に視界が闇へと変わり、ぐらりと体が地面に平伏す。
「よっしゃあ!まずは1匹ィ!!」
シリウスは真下で伸びてる死喰い人を小突くと、サッと体勢を立て直して懐に手を伸ばす。
城の中から仮面をつけた死喰い人達が喚きながらシリウスに向かってきた。
それを見やり、取り出した数個のボールを投げつける。
「変な仮面つけて悪趣味だな、おい!」
ボールが地面にかつんと当たった瞬間、目も眩むような閃光がほとばしり死喰い人達は一斉に
目を押さえつけて地面に転がりまわった。
闇雲に杖を振り回そうとする死喰い人達の背後にゆっくりと人影が打移る。
バキッ
鈍い音共にドサリと倒れる死喰い人。
にっこりと微笑んだルーピンは足で死喰い人を押しやると、シリウスを見やった。
「シリウスー。ちゃんと仕留めなきゃだめだよー」
そうニコリ微笑みながら背後から襲い掛かる死喰い人に肘鉄を食らわす。
呻き声をあげる死喰い人にくるりと向き直ると同時にすばやい回し蹴りを・・
そんな時にでもニコニコ笑顔のルーピンにシリウスは一瞬冷たいものが走った。
「おい;リーマス。お前楽しんでないか?」
「いやぁ。最近物にあたることができなくてさあv」
「・・そ・・そうっすか;」
「お前ら、あまり遊んでいるなよ」
ビシッと厳しい言葉が横切り、ふと振り向けばハルツから放たれた杖が
数人の死喰い人達を気絶させた。
倒れた死喰い人を見据えて小さいため息をつくと、ルーピンとシリウスを軽く睨む。
「痛い目に合うぞ」
「へいへい」
シリウスは肩を窄めてみせると、再び城の中から駆け出してくる死喰い人達に背を向けて走り出した。
「逃げたぞ!追え!!」と背後で鋭い声が聞こえる。その言葉にシリウスはカチンと首だけ振り返った。
「だーれが逃げるかボケ!!」
「そっちは行き止まりだ!捕らえろ!!」
「そうは・・いくかよ!ってんだ」
確かに目の前は城壁で行き止まりだ。方向転換するにも回れ右をすれば死喰い人達。
けれども行き止まりにも関わらず、シリウスは真っ直ぐに城壁に向かって走った。
城壁に激突する瞬間、シリウスはヒラリと跳躍すると、タンッ!と軽い音をたてて城壁を蹴り
死喰い人立ちの真上と飛び上がった。
「へっへー引っかかったな!!おらよ!!」
眼下に死喰い人達を見下ろしたシリウスは、ニヤッと笑うと杖を向けた。
金色の稲妻が竜のような形を象り死喰い人達に向かっていく。
竜が地面に激突すると同時に、バリバリバリと音をてて光が膨れ上がった。
立ち込める煙が薄っすらと晴れはじめ、そこに大きなクレーターができていることを認識する。
幾人の黒いローブが倒れている。
「シリウス!!後ろだ!!」
突然ルーピンの鋭い声が、シリウスの耳を直撃した。
ハッと弾かれたように振り返れば、取り逃がしのであろうボロボロに破れたローブの死喰い人が
シリウスの背後に回っていた。
しまった!!と体勢を立て直すにも、大きな跳躍のせいでまだ足は地についてなく、
体勢を整えることができない。額に冷たい汗が流れた。
ところどころかけた仮面から、怒り狂っているがの如く歯を食いしばっているのが見えた。
”やられる!!”
そう思うと同時に、シュッと空気を裂くような音が耳を掠めた。
それと同時に鈍い悲鳴。
ドサリと地面に落ちた死喰い人を見やって、シリウスは音が聞こえた方へと振り返った。
「よかった・・。しかし兄さん。何の連絡もなしに襲撃してくるなんて思いもよらなかったよ」
振り返った先には杖を構えた死喰い人が立っていた。
一瞬身構えたシリウスだが、仮面の下から聞こえるややくぐもった声に目を見開く。
小さいため息と同時に仮面をとるとそこには、赤茶色の髪に紫色の目、
ルーピンの隣に立つハルツと良く似た男が姿を現した。
「君が・・ハルツの弟かい?」
「・・・双子かよ」
ゆったりと呟かれたルーピンの言葉にシリウスも小さく驚いた。
仮面を剥いだハルツの弟は、兄と瓜二つ。ルーピンの言葉に薄く笑うと、スッと二人の前に
歩み寄った。
「Mr.ルーピンにMr.ブラックだね。兄から話は聞いたよ」
「すまないな、カイン。梟を飛ばしている余裕がなかった」
「わかっている。様だ」
その言葉にシリウスはハッとしたように顔を上げた。
「スネイプの野郎。うまく進入できたんだろうな・・」
「スネイプ?奴もきているのか?」
カインがほんの少し焦ったように声を上げた。そのカインの態度に首を傾げつつも
ルーピンが頷いてみせる。
「そうなんだ、僕達が敵の注意を引いている間にセブルスは城へ・・」
「いけない!!殺されるぞ!!
ルーピンの声を遮り、声を荒げたカインに3人はビクッと肩を揺らした。
「大丈夫だって、を救出したら戻ってくることになっている」
「そうじゃない!!今の様は・・・・」
暗く静まり返った石畳の廊下を、スネイプは用心深く周囲に気配がないか歩いていた。
手にしている杖が一歩、また一歩と暗い闇に進むに連れて握る力がこもる。
冷たい石の壁には一定間隔に堀棚が施され、燭台が安置されていた。
燭台の灯火がなければ、この廊下はさらに深い闇へと変わり、進むことは不可能だっただろうと
小さく安堵の溜息をこぼすも、ユラユラと揺れる炎が壁に映し出される様は、
まるで、サラマンダーが地獄より這い上がり、今にもスネイプに襲いかかるのではないかと
錯覚を覚えるほど。
ふと、足を止め燭台の炎を見つめていたスネイプだが、長いこと見つめている炎に
吸い込まれる気がして弾かれたように首を振り再び足を進めた。
城の中は静かだ。いや静かすぎる。生あるものの気配が全くしない。
は無事なのだろうかと、焦りの波が打ち寄せる度にうねりを増しスネイプに打ちつける。
城外より、微かに聞こえてくる暴動の音が聞こえてこなければ、今ごろ自分の頭はどうにかしていたと
スネイプは僅かながらにシリウスに感謝した。
この襲撃の策はシリウスが出したものだった。まずシリウスとリーマスが正面から襲撃、
門を破壊した同時にハルツが上空から仕掛ける。
死喰い人達がシリウス達に気を取られている隙にスネイプは城の裏側の小さな窓から侵入、を救出する。
ハルツの言葉脳裏を掠める。
「いいか、今回の一番の目的はミス・の救出だ。それ以外は深追いするな」
その言葉をゆっくりと飲み込むように呼吸をすると、スネイプはきっと目を鋭くさせた。
廊下の奥へと進む度に姿ない深い闇がスネイプへと押し寄せてくる。
やがて一番奥の古ぼけた扉の前でスネイプは足を止めた。黒燻し鉄のとってに触れるだけで崩れそうな木造りの扉。
だがこの朽ち果てそうな扉には見覚えがあった。
それは昨晩、が自分とハリー達を逃がす際に使用した扉だった。
何かがスネイプの腹の中に落ちた気がした。間違いなくはこの中にいる。
スネイプは意を決して取ってを握った。ギギギと城に不気味な扉の音が響く。
扉が開くと同時にひんやりとした空気がスネイプの頬を掠めた。
薄暗く広い石畳の円形の部屋。用心深く部屋に踏み込んだ瞬間ポウッと部屋の中がほのかに明るくなった。
そしてスネイプは目を見開いた。
家具が一切置かれていない広い円形の部屋。その中央にたたずむ人物に。
「・・・・・・お前・・・」
その姿にスネイプは打ちひしがれたように顔を歪ませた。
今スネイプの目に写る愛しい人物。
黒曜石のように美しく輝いた腰まで伸びた髪に、
二十歳とは思えないほど幼い顔立ちには、いつもいたずらっこのようなかわいい笑みを浮かべていた・・。
だが今そのかわいらしい笑みは、まるで獣が獲物をみつけたかのような不気味な笑みを浮かべていた。
大きく胸元が開かれた漆黒のスエットのドレスがのボデイラインを美しく象徴する。
膝よりも上の丈のドレスに、黒龍の黒く光る革で作られたロングブーツ。
の白い肌がさらに強調され、その美しさに心奪われそうになる。
けれども
彼女の背中から伸びた黒い鳥の羽根そしてまるで炎のように赤い両の瞳。
そして手にしていた剣がふわりと空中を舞った。
「セブルス・スネイプ。お前を殺してあげるv」
そうクスリと笑うとは僅かに浮かんでスネイプへと斬りかかった。
その軽やかな跳躍はスピードを増してスネイプへと注ぎ、寸前のところでの剣をかわす。
「っつ!!我輩だ!わからないのか!」
「わかっているわvお前はお父様の敵。だから殺すのv」
再びの剣が宙を舞う。スネイプはちっと舌打ちをし杖を取り出すと、
小さく呪文を唱えながら杖先をクルクル回した。
「ふふっ遅いわよ」
目の前にが迫り、不敵な笑みを浮かべて剣を振りおろした。
キィィン
金属が衝突する音が部屋中に響きわたり、僅かばかりは目を見開いた。
が振りおろした剣は、スネイプが魔法で瞬間に作り出した彼の剣によってくい止められたのだ。
ギッと目を鋭くさせたスネイプがを睨みつける。
「お前っ!操られているのかっ」
「・・・・・・クスv」
ドス
鈍い音が耳に響いた瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。
ゆっくりとから腹部へと視線おろせば、は片方の手に短剣を手にし、
それをスネイプの腹部へと食い込ませていた。
「やだぁv余所見してちゃだめじゃない」
「・・っつ・・お前・・・」
ニッコリと笑って短剣を抜くを睨みつけると同時に、ガクリと膝が崩れる。
腹部より流れ出るモノがスネイプの手のひらを伝う様を、は嬉しそうに眺めていた。
違う・・こいつはじゃない・・・
「貴様っ!!何者だ!!」
「俺様の愛娘だよ。セブルス」
冷たい声が部屋に響き、ハッと振り返れば部屋の入り口に寄りかかりヴォルデモートが
気味の悪い笑みを浮かべていた。
地面に膝を付き肩で息をしながら、睨みつけてくるスネイプをチラリと見やるとゆっくりとへと
歩み寄る。はニッコリと微笑むとヴォルデモートへと抱きついた。
「パパv」
「かわいい娘だろう?なあ、セブルス」
の髪を撫でながら、その頬に小さく口付けを落とす。
猫のように目を細め、微笑むにスネイプは打ちひしがれたように目を見開いた。
その様子を満足げに見下ろすと、の腰へと腕を伸ばしながらねっとりと口を開いた。
「どうだ?天狗の力は。サキカの天狗の血と闇の帝王である俺様の血を受け継いだ娘だ。」
「に何をした!!」
スネイプの怒鳴り声が部屋中に響いた。
ヴォルデモートは自分の演説を遮られ、やや表情を険しくさせたがすぐに気味の悪い
笑みを浮かべて見せた。
「何も・・・そう何もしてはいない」
「たわけ!!はそんなことはしない!!」
腹部の傷口を押さえながらフラフラとスネイプはその場に立ち上がった。
自分を庇うように前に立ちはだかるを引き寄せ、そっと隣へと立たせる。
「何もしてはいないさ・・そう服従の呪いをかける以外にはな」
そうさらに薄気味悪い笑みを浮かべるヴォルデモートにスネイプは怒りに満ちた目を見開いた。
そんなスネイプを嘲るようにせせら笑いながら、ヴォルデモートがさらに口を開く。
「娘への呪いは至極簡単でな、その体に流れる血と記憶をほんの少し操るだけで
俺様の意のままに動く。俺様の血を引いているということはなんとも素晴らしい。
俺様の力が失われた時も血がつながっている者への術は可能でな、
幼少の頃より呪いをかけていたのだが、そのたびにあの天狗が邪魔しおって・・・
だがそれももうない・・あの天狗は俺様が消したのだからな」
そう愉快そうに声を上げると、骨のように細く白い指をパチン鳴らした。
それを合図にするかのように、再びがフワリと浮かび上がりスネイプへと斬りかかる。
腹部の痛みを歯を食いしばりながらこらえ、の剣を食い止める。
毒のある笑みが、血のような赤い目が、スネイプを覗き込んだ。
「!!我輩だっわからぬのか!!」
「無駄だ。呪いは俺様にしか解けない・・・と・・あの天狗だったか」
あぁっと思い出したようにヴォルデモートが喉の奥で笑った。
「あの天狗」
それはの母親であるサキカのことだ。ヴォルデモートに殺されたの母親。
そして、自分がほんの少しばかり想いを寄せた・・・人・・
スネイプは目をギッと細め、を睨みつけた。
「、すまない」
そう呟くと同時に、スネイプは左足で思い切りの腹部を蹴り飛ばした。
カハッと一瞬目を見開き宙を舞っただが、ひらりと羽根を広げてストンとヴォルデモートの
足元に着地した。
「おぉ・・痛かったな・・・。口から血が出ている・・貴様、娘に何をする」
を引き寄せ口端より流れた血を拭いながら、ヴォルデモートはスネイプを睨みつけた。
まるで蛇に睨まれたような感覚に、背中がゾワゾワと逆立つ感覚。
その時だ、突然背後でバン!!と扉が開け放たれる音がし、弾かれたように振り返れば
血相を変えたシリウス達が駆け込んできた。
「おい!陰険無事か!!」
「セブルス!!血が!!」
「貴様ら・・・・!?いかん!!」
安堵した表情を浮かべたのもつかの間、ふと視界の隅で黒い物がふわりと浮かんだのを
みとめてスネイプはシリウス達へと「よけろ!」と叫んだ。けれどもその叫びは部屋にこだますことはなく、
背中に走る熱みを帯びた痛みによってかき消されてしまった。
体がぐらついて倒れていく様を、シリウスとルーピン達が目を見開いて駆け寄ってくる。
だめだ・・来るな・・
スネイプの背中を斬りつけたは、ニタリと笑うと駆け寄ってくるシリウス達へと
視線を走らせた。剣がフワリと宙を舞う。
遠くで自分が地面に倒れたような音を聞きながら、ゆっくりと体を起こし、
スネイプは目を見開いた。
そこには至るところから血を流し倒れているシリウス達。
耳には痛くなるほどのヴォルデモートの哂い声が響いていた。
その哂い声にスネイプは体から一気に力が抜け落ち感覚を覚えた。
やっと気づいた、己の彼女への想い。
けれども想い人は呪いをかけられ、解く術もなく・・・・
ふと、スネイプに影がかかり力なく見上げれば、赤い目のが不敵な笑みで見下ろしていた。
あぁ・・これまでか・・
ゆっくりと構える剣にスネイプは静かに目を閉じた。
それならば、いっそう想いを寄せる者に殺されよう・・・
高々と掲げられた剣がキラリ光った。
絶対!!をホグワーツに連れて帰ってきてくださいよ!!!
突然スネイプの耳に、ハリーの声が響いた。
その声にハッと目を見開き、振り下ろされた剣をなんと素手で受け止める。
手に刃が食い込むのをこらえながら、ぎりぎりと押さえを睨んだ。
「そうだ・・迂闊にもあの憎らしいポッターと約束してしまったのだからな・・」
「??何言っているのかしら?」
「まったく・・本当にいつもいつも我輩の邪魔ばかりしおって!!」
「ちょっと・・・」
「やはり、レポート4巻きは少なすぎたな・・帰りしだい試験を行おう」
一人でぶつぶつといっているスネイプに、は不快そうな顔を浮かべた。
が、キッとスネイプがを見据えた。
「お前の呪いを解いて、連れて帰ったら即にだ!」
そう言い放つと、スネイプはクルっと体を翻しから距離をとった。
手から流れる血はそのままに、力強く杖を握り締める。フッと杖先が光だしスネイプも剣を呼びだし
構えてを見据えた。も笑みを浮かべて剣を構える。
互いの目がかち合ったのを合図に、二人は地を蹴った。
二人の合わさる剣を、楽しそうに眺めながらヴォルデモートは呟いた。
「ほお?あの裏切り者も腕がたつようだな・・だが・・・」
キン!!
宙を舞い、振り下ろしたの剣とスネイプの剣が火花を飛ばした。
今まで不敵な笑みを浮かべていたの顔が、初めて苦渋に歪んだ。スネイプも
押されないようにと力いっぱいに踏みとどまった。
クスリv
「セブルス・・・愛してるわ」
その言葉にスネイプは一瞬にして、力を抑えてしまった。
から気味の悪い笑みがこぼれる、ハッとして柄を握る力を込めるが
その瞬間はフワッと身を翻していた。
「っつ・・・」
ルーピンは左肩を押さえながら、ゆっくりと体を起こした。
カイルの話どうりにはヴォルデモートに操られていて、スネイプに斬りかかり
自分達へと向かってきたのだ。
あたりが不自然に静かなことに気づき、ルーピンは顔を上げた。
「セブルス!!!」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
ルーピンは目の前に写った光景に、これは何かの悪い夢だとまだ自分は気を失っているのだと
強く願った。黒いローブから絶え間なく流れる赤い水。
の剣がスネイプを貫いていた。