リンッ 





冷たい闇に覆われた古城。森の奥深くひっそりと聳え立つこの気味の悪い城は極限られた人間しか知らない。
今この城の主人は、数人の家来を連れ立ち彼が「狩り」というものに出かけていった。
「狩り」といえども、それは貴族たちが嗜みの兎や狐を狩るのではなく、また猟師達が生きるために猪や熊を狩るものでもない。
ただただ、主人の怨みと快楽のための


人狩り


狩られるはマグルと呼ばれる人種。魔法の力を持たない人種。
されど、魔法使いと変わらぬ




同じ人間。



主人は同じ同族を虫けらのように、散らしていった。逆らう者は、たとえ同種族である魔法使いでさえも。
女、子供容赦なく、哀れみもほんの小さな慈悲の心も、主人の瞳にはなかった。
そして主人は今日も出かけていく。

怨みの念だけを体中に纏わりつかせて。




































+受け継がれた鈴の音+













「セブルスッ。貴方のことは一生忘れないわ。本当に感謝している」


「早く!あいつが戻って来る前にっ」



リン



「ありがとう・・さようなら」




リン









あの日、彼女の手に握らせた小さな鈴がついたネックレス。
無事に逃げ延びられるようにと願いをこめて、またなにか自分の痕跡を彼女に託したかった。
いくつもの年が過ぎ、そのネックレスのことも記憶の片隅に追いやられていた。
そのネックレスは今、目の前にいる少女に引き継がれていた。




ハリー達を追うように黒い煙へと飛び込んだ、とスネイプは
まばゆい光の閃光に包まれ、体が急回転する感覚にギュッと目を閉じた。
やがて、あたりが静まり返り体の浮遊感も消えたはそっと目を開いた。
黴臭い匂いがツンと鼻先を掠める。埃っぽい空気に胸が息苦しい。
薄暗くわずかな蝋燭がゆらゆらと不気味に揺れていてる。


思い出される虚無の時。



はザッと立ち上がって、目の前の玉座に座る男を睨みつけた。
これ以上の憎しみはないかのように。





「ヴォルデモート!」






赤く爛々と、見る物を焼き殺すかのような瞳。骨のように白く細い両の指を
絡ませゆっくりと足を組みなおす。
ヴォルデモートは薄ら笑いを浮かべて、を舐めるように見つめた。
それはまさに蛇のように。




「ほおう・・・餓鬼共を連れ込んだつもりが・・思わぬ宝を釣り上げたようだ。
闇の姫君・・・・・そして裏切り者をな!」



「ぐうっ!!」



ヴォルデモートが声を張りあげた瞬間に、の背後で苦痛の呻き声があがった。
バッと振り返れば、顔を仮面で覆い隠している数人の死喰い人に力ずくで押し付けられているスネイプの姿。
その少し離れた檻の中にハリーとロン、そしてハーマイオニーが小さな悲鳴をあげて
スネイプを見つめていた。




「やめろ!!」




手にしていた杖に力を込め、杖先をスネイプを押さえつけている死喰い人に向ける。
その瞬間に青い閃光とともに、大きな音が響き渡り死喰い人が呻き声をあげて、弾き飛ばされた。
はらりと地面に膝を着くスネイプに駆け寄ろうとするだが、それは背後からつかまれた腕によって適わなかった。
冷たい手の感触にゾワリと身の毛がよだつ。
震えるのをグッとこらえながら、恐る恐る振り返ればそこにはヴォルデモートがいた。
細い腕は思いのほか力があり、ガシッと首を捕まれる。



「くっ・・・はあっ!」


「何度も何度も、俺様の下を逃げ出しおって。お前には本当に手を焼く。
だが、もうそれもないであろう。お前は俺様の下へ戻ってきたのだからな」



「!?んっ」


赤い目を細めながら楽しむように、を見つめた。
ギッと睨みつけてくるの首を掴む腕にさらに力をいれ、その唇を己の唇で塞ぐ。
目を固く閉じて逃れようとするを押さえつけ、必要にの唇を奪う。



「!?んん!?」


のくぐもった声がさらに大きくなり、ヴォルデモートは目を細めて嘲け笑った。
は口内に進入してくる蛇に、さらに体で拒絶する。固く閉じられた目から涙が零れて。



ドン!



凄まじい爆発音が響き渡り、ヴォルデモートの顔が激しく歪んだ。
を押さえつける力が一瞬怯み、はバッとヴォルデモートを弾き飛ばす。
ほんの少し体をぐらつかせながら怒りを露にした瞳で振り向けば、
肩で呼吸をしているスネイプが杖を向けていた。苦し紛れに弱々しい口調で
けれどもその目はキッとヴォルデモートを睨みつけている。


「・っ・・・から離れろ・・・くっ」


ガクガクと膝が笑っている。
死喰い人に押さえつけられていたせいだろうか。否、それだけではない。
闇の帝王の恐ろしさは己が死喰い人だった時からよく知っている。
逆らえば死の報復。その闇の帝王に術を放ったのだ。
毅然と立っていられるはずがない。けれども・・・


「教授!?」


ガクリと膝が崩れ地面に手をつくスネイプに、蒼白な表情でが駆け寄ってきた。
体を支えてくるの手を制して、自力で立ち上がる。
不安そうなに薄く笑って見せると、ぐいっとの手を引き自分の背後へと隠す。


「教授?」



「我輩の生徒を返してもらおうかヴォルデモート」


杖を握る力がさらに篭る。膝の震えを力ずくで押さえ込みまっすぐにヴォルデモートを
睨みつけた。檻の中に囚われたハリー達も自力で抜け出そうと、ガンガンと柵を蹴り破ろうと
躍起になっている。スネイプとを囲むように十数人もの死喰い人が
杖先をこちらに向けていた。
ぎらりと周りにも睨みをきかせるスネイプだが、彼の心の中は焦りで一杯だった。



(く・・この人数は多すぎる!!せめてポッター共やだけでも!)



もしスネイプがヴォルデモートに術を放てば、死喰い人達も一斉にこちらに術を放つだろう。
自分の後ろにはがいる。もしに何かあったら・・




「では等価交換といこうか・・裏切り者のセブルス・スネイプよ」




必死に頭の中で可能なすべを紡ぎ出すスネイプの耳に、冷たい低い声が響き渡る。



「等価交換だと?」



怪訝そうに吐き出すスネイプにゆっくりと腕を組みながら、ヴォルデモートがニヤリと笑った。



「そうだ。餓鬼共を開放することは我々に何の利を導かない。それでは不平等だとは思わないかね?
そこでだ、餓鬼共を開放する見返りに貴様もそれ相応のものを差し出してもらおう」




「我輩の命か」


苦々しく吐き出した言葉にヴォルデモートはさらにニヤリと顔を歪ませた。
後ろのが肩をビクッと揺らしてスネイプのマントを握り締める。


「教授!」


「いいのだ。


ダメ!と首を振るにスネイプは静かに口を開いた。





「そんなものでは等価交換とは言えないな。セブルス」


「何!?」


ヴォルデモートの嘲た否定にスネイプはギッと目を険しくさせた。


「貴様の薄汚い命など、どの等価交換にも及ばないわ。俺様の求めるものはそう・・」








薄汚い命



そう蔑まされた言葉に、スネイプはギリッと歯を食いしばった。
けれども、否定はできない。己の左腕が焼けるように痛むからだ。














「俺様の娘を渡してもらおうか」



「娘?」






勝ち誇ったように紡がれた言葉に、スネイプは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
一体この闇の帝王は何を口走っているのだろうか。




























きゅう













スネイプの後ろで何かが力なくマントを掴んだ。
その仕草に、スネイプは目を見開き恐る恐る振り返る。







・・・」



「・・・・ごめん・・・なさい」



震えながら俯く少女は、ただただ小さく「今まで黙っていてごめんなさい」と呟いていた。
スネイプの中に重たい鉛が落ちてきたような感覚。否、それは薄々気づいていたことだった。
先ほどの彼女が滑らせてしまった父親のことで、まさかと目を見張ったこと。
けれども間違いであってほしいと願って。だが、それは鋭い矢のようにスネイプを射抜く。
ただ呆然とを見下ろすスネイプの瞳に、の決心したような笑みが映りこんできた。




「さようなら。今までありがとう」





そっとマントから手を放すとはキッと顔を上げてスネイプの前へと歩み出た。





「いいわ。戻ります。だから子供たちと教授をホグワーツに返して」



「・・・・・・・餓鬼共を放せ」




満足したような笑みを浮かべたヴォルデモートは顎で死喰い人に指図をする。
ガチャンと思い音を立て、開かれた檻からハリー達が引きづり出されて
スネイプの元へと連れこられた。



蒼白な表情で見つめてくる三人に、儚げに笑ってこたえる。


「ごめんね。迷惑をかけて・・皆頑張って学校卒業するのよ?」


そうにっこりと笑い、そっとスネイプへと視線を走らせる。
いまだ、いたたまれない表情で見つめてくる姿に、は視線を逸らすことしかできなかった。









































「さようなら」







重く紡がれた言葉は、静まり返った城内に響き渡った。
くるりと踵を返し、ヴォルデモートの元へと歩き出す。



















(違う・・こんな真実を知りたかったのではない!!)



ハリー達を自分に引き寄せながらも、スネイプはジッとを見つめていた。
呼び止めたいのに声が出ない。否、どう呼び止めたらいいのかわからなかった。
の持つ闇の匂いに疑いを感じて、彼女のことをいろいろ調べ上げた。
けれども、時がたつにつれそんなものはどうでもよくなって。
そして、今知りたいの事は・・・




   





(違う!!我輩が知りたいのは・・)




























「娘の。闇の姫の帰還だ」



自分の前へと戻ってきたに、ヴォルデモートは側で膝まづく死喰い人から
漆黒のローブを取るとバサリとはためかせながらの身を包んだ。
それと同時にの周りに膝づく死喰い人達。のローブの裾にキスを落とす
姿にはただただ無表情でヴォルデモートを見つめていた。
ヴォルデモートのローブの中へと引き寄せられ、いくつもの接吻を施される。
だが、は無表情に接吻を施すヴォルデモートを見つめているだけ。
その瞬間、スネイプとヴォルデモートが目が合った。
きっと睨みつけるスネイプにニヤリと笑うと、見せ付けるようににキスを施す。



「くっ!?」





(ヤメロ・・・彼女に触れるな)





















歯を食いしばるスネイプに満足すると、の肩を抱くとゆっくりと踵を返す。



「さあ、。今宵はお前の闇への凱旋夜会だ。ハルツ。愛しの娘を着飾らせろ」

「は」


の後ろを静かに付き添うローブの男ーハルツーがゆっくりと頭を下げた。



「あの者達はいつ返すのですか」


もう一人の死喰い人が主人に命令を乞う。
ヴォルデモートは一瞬立ち止まり、首だけ振り返ってスネイプ達を見据えた。






























「殺せ」

















「!!?」


その素っ気無い一言に、は弾かれたように顔を上げた。


「約束が違う!」

「約束などしてはいない。餓鬼共を放せと言っただけだ」


力強くローブを掴んでくるに、ヴォルデモートゆっくりとの頬をなぞりながら
笑った。その低い声には怒りに目を見開く。
バッと体を翻し、スネイプ達に飛びかかっていく死喰い人達に杖を向ける。
青い閃光と共に、響く張り上げられた悲鳴。


「この娘!」


そうを掴もうとするヴォルデモートだが、はヴォルデモートの腕をするりと
すり抜けフワリと体を回転させて、ヴォルデモートの鳩尾を力強く蹴りを入れた。
顔を歪ませ蹲るヴォルデモートから離れると、バッとスネイプ達の前に立ちはだかる。




「殺させはしない」



何か呪文を小さく呟くと同時に、丸い小さな球体を地面に投げつけた。
その瞬間に凄まじい爆音とともに、立ち上る濃い煙。


「っ・・!煙幕!!」


「かはっ見えない」


「何をしている!!さっさと捕まえないか!!」


うろたえる死喰い人にヴォルデモートの怒りに満ちた怒鳴り声が響く。
やがて晴れた煙に目を凝らしてみれば、すでに達の姿はそこにはなかった。











































「早く!!追いつかれるわ!!」


「待って・・・・足がぐらついて・・」



気味の悪い月に照らしだされた廊下を達は必死に走っていた。
「早く!」と声を荒げるにロンが膝を押さえつけて走っている。
どうやら先ほどの処から逃げる際に膝を怪我したらしい、押さえつけている指の間から
薄っすらと血が流れている。


「もう少しでポートキーの部屋に行けるから・・頑張って!!」


どうしたの?と怪我を診ている暇などない、一刻の猶予も許されないのだ。
後ろを気にしながらの後を走りついていく。


「ポートキー?だが・・あれは着地地点でも操作が必要なはずだっ」

思い出したようにスネイプが口を開けば、はにっこりと振り返った。


「大丈夫」





やがて、小さな部屋に飛び込んだ達は急いで重い扉を閉めて、鍵をおろした。
「どうするのだ」と肩で息をしているスネイプの前を横切り、古びてはずされた扉を指差した。
ただ、使われなくなり壁に立てかけてあるだけの扉。


「それなのか?」





ドンドンドン


「いたぞ!この中だ!!」




「やばい!見つかった!!」

「どうしよう!!」


慌てるハリー達には古びた扉の前に立つと、両手を何かの印のように
組みはじめた。小さく紡がれる呪文に徐々に光を放つ扉。
やがて、キイと軽い音を立てて扉が開けばその先はホグワーツの校庭だった。


「早く!!扉の向こうに!!」


印を組みながら声を荒げるに、スネイプは慌ててハリー達を扉の中へ押し込んだ。
そして自分もその後に扉の向こうへと駆けこむ。
芝生に尻餅をついて痛がっているハリー達を無視して、スネイプはさっとへと手を伸ばした。




!!早く!!」






けれどもは、にっこりと微笑んだままこちらに向かってこようとはしない。
その儚げない微笑みにスネイプに冷たいものが走った。



!!」


「私は行けない」


「ふざけるな!!来い!!」



がゆっくりと手をおろした瞬間、ゆっくりと扉が閉まり始めた。
閉まるドアにスネイプの顔に焦りの表情が色濃く表れる。



「知られたくなかった・・私が闇の人間だと」


「そんなことはいい!!早く!!」



「これを・・貴方に幸せが訪れるように」



リンと音がして、はどんどん閉まっていくドアの隙間から鈴のついた
ネックレスをスネイプに投げた。
そのネックレスを握り締めてスネイプは扉を押し開けようとする。けれども扉はびくともせず
徐々に閉まっていくだけ。




「あつかましいかな?貴方に私のこと忘れないでほしいの」





!!悪ふざけはよせ!!」




















「教授vさようなら」








!!!」












の優しい笑顔がパタンという軽い音の向こうに消えた。
ドアが閉まると同時にポオッと光が包んで、霧のようにドアが消え。
校庭には現場調査をしていたハグリッドやマクゴナガル達が突如戻ってきたハリー達を抱き寄せ泣いている。
呆然と、消えた扉の前に立ったままスネイプは手の中のネックレスを虚ろな瞳で見つめた。
























"貴方に幸せが訪れるように"















「ふざけるな・・よ・・」















「セブルス!無事じゃたか!・・・は?」


急ぎ足でスネイプの元へきたダンブルドアは安堵の表情を浮かべたが、
スネイプの表情に、スネイプの手に乗るネックレスに目を見張った。


















「幸せにだと?」








手を震わせるスネイプの頬に一滴の雫がつたう。
のかわいらしい笑顔が脳裏に焼きついて。







「お前がいない幸せなどっ・・・・」










こんな真実が知りたくて、お前といたのではない。
お前が闇の力を持っていようがそんなものは関係なかったのだ。















"貴方に私のこと忘れないでほしいの"





















「ふざけるな!!」




脳裏によみがえる先ほどの扉の向こうの
何がさよならだ。何が幸せにだ。
声を荒げたスネイプにハリー達はビクリと肩を揺らした。













「彼女を愛したのだな、セブルスよ」




ダンブルドアの静かな口調に、スネイプは力なく顔を上げた。
キラキラと憂いを帯びたダンブルドアが、スネイプの肩を叩きそっと抱き寄せる。
抱き寄せられたまま、焦点の合わない目で空を見上げた。不気味な三日月があいつの笑みのようで・・





が・・・闇から生まれたなど関係なかった・・たとえそれがあいつの血を引いていようが・・
もう、何も失いたくないのです。彼女を守ろうと誓いはじめていた。
それなのにっ・・・我輩は・・・また・・守れなかった」












三日月を睨みつけながらスネイプは泣いた。
スネイプの啜り泣きと鈴の音が静まり返った校庭に響き渡る。









リン




・・・・・・」


















ユラリと三日月が哂った。