+芽生え(後半)+
ミントティーを飲み終えたとスネイプは朝食をとるために大広間へ向かった。
廊下を出た瞬間に吹き抜ける冷たい空気に、思わず身震いをする。
ハァーッと手に息を吹きかけて擦り合わせれば、ほんの少しだけ寒さが和らいで。
とてとてと少し小走り歩いているのに気づき、スネイプはゆっくりとに悟られぬように歩幅を緩めた。
自然とがスネイプの横を小走りから歩きだしたのを横目で認めて、ふと、さきほどの事を思い出す。
それは彼が寝ている振りをしている時のこと―
がスネイプの髪いじくりながら呟いた言葉が、スネイプの中で小さく引っかかって離れないでいたのだ。
「私は好きだけどなぁ」
何か思い出したように小さく笑って呟いた言葉の意味が酷く気になり、いつの間にか心が落ち着かぬように浮き足立っていた。
一体何が好きなのだろうか。もしかしてと小さな期待が胸の中に息づく。
いったいぜんたい、自分は何を考えているのかと薄く自嘲さえ浮かんで。
の髪をといているときにそれとなく聞いてみるつもりだったのだが、
それはが呟いた独り言によって忘れかけていた思いが甦り、聞くどころではなかった。
そのことも気になってはいる。
昔、暗黒の時代の中で出会ったその人にはよく似ていたのだ。
外見ではない、確かに外見もあの人に似ているところもあるが、それよりも仕草や紡ぐ言葉があの人を思い出させたのだ。
そういえばとスネイプは息を飲んだ。
あの人のことと、の知っているかぎりのことを照らしあわせると、たくさんのことが重なり合う。
口調・仕草・黒い髪に澄み切った黒曜石のような瞳・時折見せる儚そうに微笑む顔が。
そしてあの人とは・・・
「・・教授っ!スネイプ教授ってば!」
弾かれたように顔を上げると、が彼のマントを握りしめ不安そうに見上げていた。その表情もよく似ていたか。
はくいっとマントを引っ張ると少し泣きそうな声で呟く。
「やっぱり寝てないから・・今日は寝てた方がいいよ―」
自分がスネイプのマントを掴み放さなかったせいでスネイプは部屋に戻れず、眠れなかったとは思っていた。
自分のせいで。もちろんスネイプは自分の意志での傍にいたのだが。
不安そうに見上げてくるに薄く笑ってみせると、小さく首を横に振った。
考えごとをしていただけだと答えれば、はそうなの?と首を傾げてマントからそっと手を放す。
けれどもその表情はいまだ不安染みたもので。
そんなの頭をわしわしと掻き乱してやれば、一瞬驚いたがキュッと目をつぶり、ぷうっと頬を膨らませた。
「だぁっ!子供扱いするなぁ!」
昨日の今日のできごとだが、は子供扱いされるのがどうも大変嫌だというのが伺えた。
しきりに生徒達に頭を撫でられ、抱え上げられているときのの表情はたいへん嫌がっていた。
スネイプは小さく笑うと、と目線が同じになるように屈みこむ。
子供扱いするなといいながらむくれる姿はまさに子供そのもので、ますますからかってみたくなる。
おもしろ半分に軽くの髪を引っ張ってみれば、も負けじとスネイプの髪を引っ張った。
その行動そのものがまるで子供のようだとは気づいているのか。
自分の髪を痛くない程にくいくいと引っ張てくるを見つめながら、スネイプはさきほどの疑問をに投げかけてみることにした。
「先ほど我輩の髪でいいように遊んでいた時に、何か言っていたようだが」
自分でも何を期待してるのかと嫌気がさしてくる。
けれどもいつからかの自分への感情がとても気になって。
いったい、何を期待しているのだろうか。
は一瞬不思議そうに首を傾げたが、すぐに頬がほんのりと赤く染まった。
そんなことも聞いていんだと呟いて、はにかみながら笑ってみせる。
再び廊下を歩きながら、は小さく息を吸ってスネイプの髪で遊んでいたときのことを話した。
スネイプの衣服には薬品の匂いが染み込んでいて、
ホグワーツの者がこの匂いを嗅げば、誰もが魔法薬学と教授を思い出すであろうということ。
ロンがこの匂いが好きでないと話すと、スネイプは眉を潜めてそれは喜ばしいと鼻で笑った。
そんなスネイプの態度にはクスリと笑ってみせると、「でも」と呟く。
「私は好きだけどなぁ」
そう言ってスネイプに笑ってみせれば、一瞬その笑顔に釘付けになる。
そういえば、昨日ダンブルドアの部屋での茶会で学生の時は魔法薬学が好きだったと言ってたか。
だからなのかもしれないと、頷きつつもなぜか嬉しい思いが体中を駆け巡った。
朝食を終えたは、真っ先にフィルチのところへ向かった。
の幼くなった姿を見て驚いたフィルチだが、すぐにいつもの表情でを迎える。
今日、に与えられた仕事は玄関ホールの床磨き。
そんなもの、屋敷しもべにやらせればいいと思うだろうが、ホグワーツの玄関ホールはまるで鏡のようだと他校からも絶賛されるほど。
それは魔法が使えないスクイブであるフィルチが、毎日丹念に自らの手で磨き上げてきたものだった。
もフィルチが玄関ホールの床磨きだけは特に念入りにしていたのは知っていたし、
それを誇りにさえ思っているフィルチの表情がとても好きだった。
いつもなら、この玄関ホールの床磨き、フィルチが先導きって行いが手伝うという形だったのだが、今日はフィルチは買い出しの日。
睡眠薬を買いに行った時は姿がばれぬように変装をして出かけただが、
本来ならばは身を隠している身、おとなしくホグワーツに残らなければならない。
ホグワーツから出れぬ身だけれども、はそれを苦だと思わなかった。
そんなに背が縮んで掃除が大変ではというフィルチに、半分不貞腐れたような表情を浮かべて
玄関ホールまで見送ると、自分の身の丈よりも長いブラシを手にする。
は魔法が使えるのだから、魔法を使って行えば効率がいい。けれども、は魔法を使おうとしなかった。
今まで自らの手で磨き上げてきたフィルチの苦労を、魔法で簡単に済ませたくなかったのだ。
ギュッと力を込めてブラシを握ると、はゆっくりと床を磨き始めた。
午前中の講義が全て終わり、生徒達は空腹を抱えて急ぎ足で大広間へ向かう。
書類等を置き終えたスネイプも、のんびりと大広間へ向かっていた。
玄関ホールに出ると、なにやら生徒達の人だかりができている。また何か揉め事かと溜息をつき、
偶然にも通りかかった自分に嫌気が差した。要はめんどくさい。
けれども教師という立場から見ぬ振りをすることもできない。渋々と人だかりの方へ踵を返した瞬間ー
「だー!!小さい言うなー!!頭撫でるなー!!」
聞き覚えのある声と、口調がスネイプの耳を直撃した。
人だかりの真ん中に手を震わせながらブラシを握り、破裂するのではと思うほどに頬を膨らませているの姿があった。
だから、その仕草が子ども扱いされるのだと心の中で苦笑いをしながら、しばし遠巻きに様子を見てみることにする。
は寮、男女問わず多くの生徒に囲まれ、抱きかかえられ、頭を撫でられていた。
男子生徒は「そんなに小さくなってしまったらブラシ持つのつらいだろう?」「俺が掃除してやるから」とから
ブラシを受け取ろうとしているが、はガンとしてブラシを放そうとしない。
菓子をに渡す生徒、どこで仕入れてきたのわからない(おそらくマグル製品であろう)猫の耳をにつける生徒。
の表情は怒りの絶頂だが、生徒達はそんなことお構いなしにの世話を焼いていた。
「お前らーーーーーーーーーーーー!!」
「むくれた顔もかわいいーvvちゃーんvv」
どんなに怒っても声を上げても生徒達は、を抱きかかえ頭を撫でる。
スリザリンのミリセントに抱きかかえられたが、少し離れたところから様子を見ていたスネイプと目が合った。
助けてといわんばかりな視線をスネイプにビシビシと投げかけ、呆れ気味に溜息を吐くとスネイプはゆっくりと
生徒達の群れに歩み寄り・・・・・・・・・
くいっ
「あーうー・・・」
の首根っこを掴み上げた。
一瞬にして青ざめて固まる生徒達を尻目にスネイプはを掴み上げたまま、
生徒達の群れから大広間へと踵を返す。
「まったく・・・騒ぎを起こさないでほしいものだな。」
「うぅ・・私のせいじゃないもん!・・・って教授ーおろしてー;」
「却下。幼児となった君の歩行速度はたかがしれている。我輩は忙しいのでな。
歩行中の時間も貴重なのだよ」
「・・・・・・なっんかすっごい腹が立つんだけど」
「気のせいだろう、気にするな」
「がー!やっぱり腹がたつ!!おろせー!!自分で歩くー!」
「ほう、ではまた先ほどの生徒達の中に戻るかね?」
「ぐ・・お・・鬼ー!!悪魔ー!真っ黒くろすけー!!」
「なんとでも」
足早に廊下を歩くスネイプに掴み上げられたまま、口答えをする。
そんな2人の姿に、生徒達は口をあんぐりあけたまま見守るしかなかった。
一人の男子生徒が「あの2人仲良くねえ?もしかしてあの2人・・」といいかけたが
それは「やめろ!!それ以上言うな!絶対ありえない!」と興奮した周りの生徒達に止められてしまった。
どうやらいまや学校で一番とも言えるほど人気なと、学校で一番と言えるほど寝暗なスネイプが
大変仲がよろしいと考えることはもちろんのこと、付き合っているのではという予想はとんでもないらしい。
けれども昼食の席でが嫌いなトマトを、スネイプがおもしろそうにに押し付けているのを見て
生徒達は大いに震え上がった。
「仲がいいのか!嘘だ!!てか!嫌だ!」
そう、顔を青ざめ教員席の2人を多くの生徒が見つめているのを気づいているのかいないのか。
うにゃー!と嫌がるにスネイプは楽しそうにトマトを押し付けていた。
「スネイプの奴。いじめて楽しんでる。頭くるなー」
手にしていたサンドイッチに力を込めながら、ハリーはギッとスネイプを睨みつけた。
ロンもフォークを手に、スネイプを睨んでいてー。
ハーマイオニーはチラリと教員席を見やると、何事もなかったように皿にサラダを盛りつけた。
「そうかしら?も楽しそうよ?」
「「どこが!?」」
有り得ないから!と言わんばかりな表情でハリーとロンはハーマイオニーに振り返ったが
ハーマイオニーは意味ありげに含み笑いをしながら、ドレッシングに手を伸ばす。
「どう見たって、嫌がっているよ!!」
「本当に嫌だったら、席移動するわよ?気づかない?、フィルチの席よ?」
自分を納得させるように呟くハリーに、ハーマイオニーはチラッと教員席に目配りさせた。
ふとみればそうだ。つい最近だが教員席の配置が変わり、ハリー達生徒から見てスネイプの隣にフィルチの席があり、
そしてその隣にの席があったのだ。いくら今日フィルチがいないからといって、もし本当にが
嫌がっていたのなら、スネイプの席と一つ空いた自分の席に座るはずだ。
だが、そんな考えはハリーとロンの頭の中には存在してなかったらしい。
「いや!きっとスネイプが強引に隣に座らせたんだ!!」
「そうだ!ロンの言うとおりだよ!」
「そうだね、セブルスの表情とあのお嬢さんの表情を見る限り、あの二人は口に出してなくても両思いってやつかな?」
「うそ!!そんな地獄絵図のようなこといわないでよ!ルーピン先生!!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「ルーピン先生!!?」
「やv」