「・・・にゃ―!?」


















































+芽生え(前編)+











はあまりの驚きで跳ね起き、慌てながら周りを見渡した。
自分の部屋、自分のベッド・・間違いない。なのだが・・・





「なんで・・教授がいるの・・」





の目の前には、ベッドサイドにイスに腰をかけて腕を組み、目を閉じているスネイプの姿があった。
おそるおそる顔を覗きこめば、いつも不機嫌そうな表情をほんの少し和らげ、かすかに寝息が聞こえる。



「寝てる・・」



はん〜と小さく唸って昨日のことを思い出した。
たしか、小さくなってそれを報告にスネイプと一緒にダンブルドアの所へ行き、それから紅茶と茶菓子をだされて
ダンブルドアとスネイプの三人でお茶会になり、たくさんお話をして・・




「あれれ。その後が思い出せないぞぉ?」



顔を顰めて必死に思い出そうとするが、お茶会の時に少し瞼が重くなったなと感じてから何も思い出せなかった。
ただ、遠くの方で誰か男だろう人の声が聞こえ、その言葉にひどく安心したような・・
そんな記憶がぼんやりと微かに思い出されだけで。
頭の深い奥がチリチリと痛むような気がして、はぎゅっと目を閉じて首を振り、
思いだすのを諦めることにした。
もう一度、スネイプの顔を覗きこめば先ほどと変わらない、
穏やかな表情のスネイプの寝顔が、少し癖がかった黒い髪の下からのぞいた。
その姿におもわず鼓動が高鳴る。なぜだろう?は自分の頬がほのかに熱くなるのを感じながらスネイプを見つめた。


目を反らすことができない、反らしたくない。



そしての中で生まれた小さな本当に小さな好奇心。
だけど、わずかグリーンピース大ほどの好奇心はあっと言う間に大きくなり、の体を駈け巡った。
きらきらと目を輝かせ、でもそれに反して心臓はバクバクと高鳴り。
はおそるおそる手を伸ばしてそっとスネイプの髪を一房手にとってみた。
思っていたよりもスネイプの髪は柔らかくて、思わずは顔をほこらばせた。
わずかだった好奇心はもうすでに体中を満たしている。
クルクルと指に絡ませてみれば、スルスルとスネイプの髪はの指を離れていき。

ほのかに薬品の匂いがの鼻先を掠めた。
それはいつも薬品を扱っているスネイプの衣服に染み着いたもので、それはスネイプを表す香りとなっていた。
ホグワーツにいる者がこの薬品の匂いを嗅げば、誰もが魔法薬学を思いだし、スネイプを連想させるであろう。
もしかしたら、大半の生徒はもっとも嫌いな匂いなのかもしれない。
そういえば、いつだかロンが

「薬品(=スネイプ)の匂いを嗅ぐぐらいならトロールの方がまだましだ!」と

言ってたっけ?そんなにスネイプが嫌いかと苦笑いをして、はもう一度、指にスネイプの髪を絡ませた。
ふわりと薬品の香りが鼻先を掠める。



「私は好きだけどなぁ・・・」




ぽつりと呟いて、はスネイプの髪から手を放した。
スネイプは目を閉じたまま。
はそっとベッドから抜け出してぺたりと地面に足を着いた。



「あぁ・・そうだった私、すっかり小さくなってしまったんだったけ・・」


いつもとは見渡す位置が違うと気づき、は改めて自分が五歳ほどの子供の姿になってしまったのだと実感した。
ぺたぺたと裸足のまま洗面所へと向かい蛇口を捻る。
いつもすこしかがみ込むように行う洗面も、一夜でつま先立ちしながらの作業へと変わりとても洗いづらい。
やっとの思いで洗面を終え、髪をとかそうと櫛へと手を伸ばすが・・・


「と・・届かない;」



櫛は普段から洗面台の上に作りつけられている棚にあり、
どんなに背伸びをしても、ぴょんぴょんとジャンプしてもまったく届かなかった。
は頬を膨らませながらむうと唸り、櫛を睨みつけた。

























「っふ、くくく」







突然背後で押し殺したような笑いが起こり、は弾かれたように振り返った。
そこには開け放たれた洗面所のドアにもたれかかりながら、
腕を組みかけ片手を額に当て、肩を振るわせながら笑うスネイプの姿があった。
そんなスネイプの姿には顔がカーッと熱くなるのを感じる。


「起きたら声かけてくださいよ!そして笑うなぁ!」


そう、声を張り上げるが、スネイプはさらに肩を揺らして笑った。



「くくく・・・これは早急に薬を作らなくてはな。は大変な毎日だな」


「っつぅ!だったらはよ作れ〜!それに!なんで教授が私の部屋にいるの!?」



そう、両手の拳を振るわせながらスネイプを睨みつければ、スネイプはようやく収まったのだろうか、
のところまで歩み寄り、フッと優しい表情を浮かべての頭を撫でた。
そんなスネイプの行動にはスネイプに釘付けになる。なぜだろう?鼓動が早い。頬がとても熱い。
スネイプはしばらくの頭を撫でいたが、やがて口端をほんの少しだけ意地悪そうに引き上げて一言呟いた。










「誠、小さいな」





「だ―!?」




ムカッと表情をむき出しにするにスネイプは笑うと、の横を通りぬけ洗面台の上の櫛を手に取った。
は一瞬驚いたが、嬉しそうに微笑んで「ありがとう」と手を伸ばす。
櫛を渡そうとしたスネイプだが何か思いついたように、ふと伸ばしかけた手を止めた。
不思議そうに見上げてくるの顔をじっと見つめて・・・


ニヤリ



と一笑。そんな笑みを浮かべる時のスネイプは、大抵にとってよからぬことを思いついた時。
はスネイプの表情に顔を強ばらせ、一歩後ずさりをした。
もう一歩、後ずさろうとしただが、それはスネイプに腕をつかまれて叶わなかった。
子供になった細い自分の腕をつかむスネイプの手を見つめて、おそるおそるスネイプの顔を見上げれば、
さきほどまでの意地の悪い笑みは消え去り、穏やかな笑みを浮かべているスネイプがを見つめていた。
とても温かい眼差しにはスネイプから目を反らすことができない。
まるでなにか強い力にでも引き寄せられるように。そう呆けていると、


「うにゃ!」


はまるで猫のような声を上げた。
急に体がふわりと浮いた感覚が起こり、足がプランと冷たい石の地面から揺れ離れる。
何事!と動揺しているの鼻先にふわりと薬品の香りが鼻を掠めた。
さきほどまで見惚れていたスネイプの整った顔が本当に目の前にあり、
そこでは今自分がスネイプの片手に抱き上げられたのだと認識した。
そう認識すると同時に途端に体中が熱くなる。



「えっえ!きょっ教授!?」


の外見は薬のせいで小さい子供の姿だが、の精神は二十歳の女性だ。
それにこの年で男性に抱き上げあげられるとなると、意識するなという方が無理という話で。
スネイプは自分の精神は大人だとわかっているのだろうか?
それともスネイプにとって二十歳はまだ子供なのだろうか。そう思うと同時になぜかとても切なくなる。

(え・・どうして切ないのだろう?)

を片手で抱き上げたまま、スネイプは洗面室から出て、小さな居間のテーブル席にを座らせた。
そのままの後ろへ周り、そっとの髪を手に取る。


「昨日、校長の部屋で寝てしまった君をここまで運んだのだが・・・
出て行くにも、君は我輩のマントを掴んで全く放そうとしなかったのでね」


静かに呟きながらゆっくりとの髪に櫛を沈めた。
一房ずつ丁寧にとかしていく仕草とスネイプの口から奏でられた言葉に、は一気に赤面する。


「あわ・・;すっすいません;」



トマトのように顔を真っ赤にさせて、わたわた声を震わせるの姿にスネイプは薄く笑った。
そしてふと思い出したかのように、櫛を持った手を止め、の髪を一房手に取る。



「さきほどは我輩の髪でいいように遊んでいたようだが?」


「おっ起きてたの!?」



驚きに声が裏返り、は思わず飛び跳ねそうになった。
そんなの動作がおもしろかったのか、スネイプは喉の奥でくくくと笑うと、
の頭をそっと前に向かせて再び櫛を沈める。
はしばらく赤くなっていたが、スネイプの心地良いとき方に不思議と心が安らぐ気がした。



「教授のとき方ってそよ風みたいーーv」


そう嬉しそうに目を細めるにスネイプはドキっとして、手を固まらせた。
あまりにも突然にスネイプが固まったので、は不安そうな表情でスネイプを見あげた。
スネイプは驚いたような・・そして信じられないといった表情でを見つめていた。
不安になってクイクイと軽くスネイプの袖を引けば、弾かれたようにスネイプが瞬きをする。


「あ・・あぁ・・すまん。」


「私何か変なこといった?」



再び櫛をの髪に沈めたスネイプに少し振り返りながら、は恐る恐る聞けば、
ちらりと戸惑ったようなスネイプの目と視線が合う。
だが、スネイプは薄く笑って首を振った。



「いや・・昔、そんなことを言われたことがあったのでな。少し驚いただけだ」


「へーーーそうなんだーv・・・・・・・って教授女の子の髪とくの趣味なの〜v?・・・・っいて!!」


そう納得しかけただが、ニターと笑ってスネイプに詰め寄った。
いたずらぽいく、スネイプの目を覗き込むと、スネイプは一瞬片眉をぴくりと動かして
の髪をピンッと引っ張る。

「むー!痛いー!何よーちょっと聞いただけなのにー」


「忘れたい過去だ」

頭を撫でながらむくれるに苦笑いをし、スネイプは辛そうに顔を歪めてカタンと櫛をテーブルに置いた。
ハッとして見あげれば、昔を思い出しているようにぼんやりと櫛を見つめていて。
は一瞬戸惑って、頭を撫でるのをやめると「ごめんなさい」と小さく呟いた。
スネイプはそっとに視線を走らせ、「気にするな」と笑って見せる。
だが、その笑顔はとてもぎこちないものだとは感じ取り、胸が痛んだ。
「さてと」と溜息まじりにスネイプは呟いて、ゆっくりとの部屋を見渡した。



昨日、ダンブルドアの部屋で寝てしまったを彼女の部屋のベッドへと
運びいれたスネイプは、そのまま部屋から出て行こうとしたのだが、
それは夢にうなされ始めたが、無意識にマントを掴んで放さなかったのでできなかった。
いや、苦しそうに頭を横に振り続ける少女を一体、誰が一人で残して行けようか。
自分のマントを握りしめる、幼児と化したの手はあまりも小さくて、弱々しかったのだ。
しきりに「嫌だ、戻りたくない」と涙ながらに呟くの額にそっと手をあて屈みこみ、
そっとの耳元に呟いた。

「恐れることはない、我輩が傍にいる」とー。

その言葉がに届いたのか、またはスネイプがそっとの手を包み込むように握り締めたからなのだろうか?
は落ち着いたように表情を和らげるとスースーとかわいらしい寝息をたて始めたのだ。


その寝顔は懐かしいあの人を思い出させた。
いつも淋しそうに笑うその人は、スネイプが会いに行くと嬉しそうに微笑んで。
黒い髪が月光に映し出されていて、まるで精霊のようだった。
彼が彼女の髪をとかせば、嬉しそうに目を細めていつも同じことを呟いていた。


「セブルスのとき方ってそよ風みたいね」と


その彼女はある日突然姿を消した。生きているのかさえもわからなかった。
そして彼女が姿を消して20数年という日が過ぎ去り、スネイプ自身もその記憶が薄らいでいた。
だが、その記憶は今目の前にいるこの少女によって鮮明に呼び覚まされる。
今のこの娘の姿は5歳ほどの幼児だが、あの時のあの人と同じくらいの年の娘。


この娘はあの人と関わりのあるがあるのだろうか?

なぜここまであの人に似ているのだ?
                            


の部屋を見渡しながら、スネイプは一人思いに耽っていた。
もしかしたらこの娘とあの人にはなんらかの接点があり、この部屋にそれを証明するものはないか・・
そんな儚い期待を胸にぼんやりと部屋を見渡すが、それらしきものは見つからなかった。
ふと、視界にの不安そうな表情が写りこんでくる。


「教授?具合でも悪いの?」


その表情があの人を連想させる。君は一体何者なのだ?彼女と関係がある者なのか?


スネイプは焦点の定まらない表情でを見つめていた。
がスネイプの目の前で手を振っても、髪をクイクイ引っ張ってもびくとしない。


「教授〜?」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」



べシッ



思いに耽るスネイプの額に、突然痛みが走った。
我に返れば、むうっと頬を膨らませたがスネイプの額にデコピンをかましたところだった。
辛くも懐かしい思いに耽っていたところを、現実に引き戻されてスネイプは軽くを睨みつけるが、
それは目の前にあるの笑みに、表情を和らげられ・・。
はにっこりと笑うと、ふと思い出したように表情を曇らせた。


「教授・・寝てないんでしょ?ボーっとしてる・・・」



寝てないといえばそうかもしれない。の傍に腰を掛けて目を閉じてはいたが、
意識の向こうでの可愛らしい寝息をずっと聞いていた。
多少目に重みを感じるが、徹夜などレポート採点や研究にと忙しいスネイプにとっては慣れたことで。
薄く笑って「大丈夫だ」と首を振って見せるが、の表情は依然と晴れなかった。
おそらく自分のせいでだと思っているのであろうか。


その仕草もどこかあの人に似ていた



「ふん。小娘のお守なぞ、朝飯前だ」

「むう!何さ!」



そのむくれ方もあの人によく似ている。







口を尖らせながらも少女はポットに火をかけて、
眠気が少しでもとれるようにと、我輩にミントティーを淹れてくれた。
紅茶を口に含み、そっと喉元へと落とせば爽やかな香りと清涼感が我輩の脳へと活力を呼び覚ます。
そしてふと、思い出された。遠い記憶。



「あの人も・・好きだったな・・」


「え?何が?」


「いや・・なんでもない」




ふと紡がれた言葉には首を傾げたが、スネイプは自嘲気に首を振ると
ゆっくりとカップに口をつけた。爽やかな香りと共に甦るあの人の記憶。
遠く忘れかけていた記憶が、一人の少女によって呼び覚まされたのは何か意味があるのであろうか。
だが、スネイプは考えることを諦めて、が淹れたミントティーを楽しむことにした。





その答えを知ることになるのはそう遠くない未来であるとは、
この時スネイプは知る由もなかった。

そして、それが悲しい物語になることも。