+ネビルの大鍋+
ぽかぽかと暖かい冬の昼下がり。
出窓で、ミセス・ノリスとのんびりと日向ぼっこしているは嬉しそうに目を細めていた。
ぬくぬくと、心地よい暖かい波がじんわりと窓の外から伝わってくる。
「むに〜冬の醍醐味よね〜v」
「にゃあv」
ののんびりとした呟きに同意するかのように、ミセス・ノリスも目を細めながら、小さく鳴いた。
しばらくゆったりとした空気が流れていた用務室に、忙しそうにフィルチが帰って来たのは、少し日が傾きかけた三時頃。
両腕に大小のいくつかの包みを抱え、慌だたしくドアを閉める。
は体を起こし、深いため息とともに小包がおろされたテーブルへ歩み寄った。
「やれやれ、道に迷った梟がいてな。ごくたまにあるんだ・・・宛先人のところに届けなくては・・・」
が聞く前に、フィルチは苦笑いをしながらぶつぶつと小包を分けている。
「サフィリーズ・・・ジェイス・・これはこれは、ダンブルドア校長宛のも迷ったのか!重要なものだったらどうするんだっ。
うむ、こっちのは皆届け先がまとまっているから届けに行きやすい。っと・・これは正反対の場所か・・」
「あっ私が行くよ!」
小包を手にし、さも疲れたような表情のフィルチには身を乗り出した。
「そうか?ではお願いしよう」
フィルチは「助かった」というように笑って見せると小包をに手渡した。
にっこりと受け取り、宛先人の名前を見て・・・
は固まった。
頭の中に以前の会話が昨日のことのように思い出される。
(教授ー同姓同名の生徒でもいるんですかー?)
(おらん)
そのほんの少しの間も空けない、きっぱりとした否定の言葉。
「ということは・・・・この小包に書かれている宛先人も・・生徒なわけないよね;」
そう、その小包はスネイプ宛のものだった。
は「う〜」と小さく唸ると、ダンブルドアの方の小包と変えてもらおうと顔を上げた。
「って・・・もういないし・・・・」
フィルチはすでに用務室から出た後だった。
重い足取りで、地下牢へと続く廊下を歩く。
その表情は強張っていて・・・
医務室のことが鮮明にくっきりと思い出される。
スネイプに頬を叩かれ、嗜められてから一度も口をきいていない。
気持ちは引き返したい思い出いっぱいなのに、の片手にある小包がそれを許さない。
ハッと顔を上げれば、いつの間にか魔法薬学教室の前だった。
中では授業中のようで、スネイプのきびきびと説明しているのが聞えてくる。
授業が終わってからの方がいいだろうか?けれども小包には赤い文字で急用と書かれている。
は意を決したように、ぶるぶると首を振ると、控えめに教室のドアをノックした。
「入れ」
スネイプの短く、感情のない返事に少し震えながらノブをゆっくりと回す。
顔だけそっと覗き込めば、一瞬眉を顰めたスネイプが教壇の上で腕組をしていた。
「何か用か」
抑揚のない、でも相手を怖がらせるには十分な口調に、少し不機嫌そうな表情・・
はそんなスネイプに戸惑いながら、声を震わせた。
「あ・・あの・・お届け物があって。急用と書かれていたので・・・でもお邪魔でしたらまたあとで・・・」
「かまわん。入りたまえ」
きぱんとした答えに身を強ばらせ、おずおずと教室に入れば、水を打ったように静まり返っていた教室が途端にざわつき始めた。
皆、頬をほころばせを見つめる。ドラコはさりげなくに手をふって見せた。
そんな生徒達ににっこり笑って見せる。そしてのかわいらしい笑顔にさらに教室がざわつく。
の笑顔に一瞬心を奪われながらも、スネイプは騒がしくなった教室に「静かにしたまえ」と鋭く唸った。
から小包を受け取り、差出人の名前で中身が予想できたのだろうか。
スネイプはつまらなそうに鼻で笑うと小包を開けずに教卓の上に置いた。
そして「ご苦労だったな」と少し口調を和らげを見やれば、はスネイプの近くのスリザリンのテーブルを覗きこんでいる。
魔法薬に興味があるのだろうか?何かしきりに生徒に聞いている。
生徒はスネイプのことを気にしつつも嬉しそうにの質問に答えていて・・・・。
「」
決して咎めるつもりで呼んだわけではなかった。
少なくともが教室を覗きこんだ時よりも、柔らかい口調で呼んだつもりなのだが、
肩をびくつかせ、顔を強ばらせてそっと振り返った。
やはり、頬を叩かれたことで我輩を恐れているのだろうか。
「あ・・すいません!授業中でしたよね」
わたわたしながら、スネイプの顔を見ずにスネイプにお辞儀をすると、足早に扉を歩いて行いく。
「、待ちたまえ」
扉を開け、出て行こうとするに再度、スネイプが呼びかけた。
はドアノブに手をかけながらおそるおそる振り返れば、少し呆れながらため息をつくスネイプと目が合う。
「あ・・な・・何か」
「その・・なんだ。もし興味があるなら見ていてもかまわん」
ほんの少し、気恥ずかしそうに目を泳がせてスネイプが言った。
一瞬、なんのことだかわからず呆けていただが、やがて嬉しそうに頬をほこらばせ、
出て行こうと開けていたドアをパタンと閉じ戻す。
「いいんですか!?」
「邪魔にならんようにな」
少しだけ、スネイプも笑ったような気がしたが、すぐ踵を返し何か生徒に説明を始めたのでその表情は伺えなかった。
は邪魔にならぬようにと、一番後ろの壁際の椅子にちょこんと座り、好奇心いっぱいの表情で教室を見渡す。
教室の中は地下室ということもあり、薄暗く、そして生徒の人数分の大鍋からは
薄紫色の煙が細く、そして長く上っている。
皆、真剣な表情でスネイプの説明に耳を傾けていて・・・・
ホグワーツに来てから、生徒達がどんな授業を受けているのか、またどのような授業風景なのか
は大変興味があった。自身もハリー達の年のときはホグワーツではないが魔法学校に通っていたのだ。
多少違いはあるものの、「魔法薬学」はも習ったことのある科目。
「いいか。慎重に調合を行えば、薄緑いろの薬になる。では始めたまえ」
スネイプの声が少し大きくなり、ははっとしたように生徒達へと視線を移す。
生徒達の目は真剣そのもの。計量スプーンでゆっくりと粉薬を計り、静かに大鍋の中に落としていく。
落としていくと同時に、フワリとエメラルドグリーンの煙がパラシュートのようにゆったりと広がり昇る。
スネイプは、ゆっくりと生徒達のテーブルを歩き回っている。時折立ち止まり、何か生徒にアドバイスするように
生徒に話かけていた。
(へー。スネイプ教授、意外とちゃんと授業やるんだ)
は離れた場所のスネイプを驚いたような、でも感心したような表情で見つめていた。
本当は、スネイプは生徒にネチネチ嫌味を言っていたのだがにはアドバイスしているようにしか見えなかったのだ。
「あ・・・・あ・・・・」
の目の前のグリフィンドールのテーブルで、焦ったような声が聞えた。
1メートルも離れていない目の前で、男子生徒がに背を向けたまま何か戸惑っているかのようだった。
(あれー?たしかあの後姿はネビルだよねー?薬入れ間違えたのかな?)
そう、首をかしげているとネビルの隣にいた、シェーマス・フィネガンがバッとネビルの大鍋に目をやり
「逃げろー!」
と叫んだ。
その声を合図にするかのように、ネビルがいたテーブルの生徒はバッとそのテーブルから離れる。
あまりに突然のことには一体何が起きたのかわからず。
ただ、ネビルがその場から離れたことで、ネビルの大鍋に何が起こったのか見ることができた。
ガタガタと大鍋が揺れ、シューシューと凄い音を立てながら真っ赤な煙を吐き出している。
そして
ドォオン!?
大鍋は凄まじい音とともに爆発した。
「うわっ熱っ!」
は一体何が起きたのかわからず、ギュッと目を閉じた。
目の前で大鍋が爆発し、その中身の液体がに降りかかったのだ。
その熱さと大きな爆発音では思わず椅子から転げ落ちた。
「!!」
スネイプの焦った声が教室中に響き渡った。
ゆっくりと目を開けると、は自分が椅子から滑り落ちて冷たい石の地面に
ぺったりと座っていて・・・
ふと顔を上げれば、スネイプをはじめ、生徒達がを囲んで驚愕したようにを見下ろしていた。
ネビルはガタガタと青ざめて震えている。
どうやら・・・ネビルの大鍋爆発はこのクラスでは慣れた光景のようだ。誰一人、薬を被っていないらしく、
シェーマスにいたっては頭からすっぽりと頭巾を被っていた。
「・・・・・・」
スネイプの震えた声に、はにへらと笑って見せた。
「へへー。大丈夫大丈夫!ちょっと薬被っちゃただけだからv」
そうは頭をかきながら、ひょこっと立ち上がった。
「・・・・・・・・・あり?」
何かがおかしい・・・・たしかに自分は立ち上がって、二本の足で立っているのに。
生徒達よりもほんの少しだがの方が背が高いはずなのに。
は生徒達を見あげていたのだ。
しかもその生徒達もまるで巨人のように思えて・・・・
「あれ?目に薬でも入ったかな?皆が大きく見えるよ」
そう目をコシコシと擦って、もう一度周りを見渡す。が何も変わらない。
いつも楽しく話をしてるドラコやパンジー、そしてハリーやロン達が信じられないといった表情で
を見下ろしていた。
「あれれ?;」
「あ・・・・・・・それは目の錯覚じゃないよ・・・」
ハリーがおそるおそるの頭を撫でた。
「?・・・・・はい?」
ハリーに頭を撫でられてしまい、は嫌な予感がした・・・
(もしかして・・・私・・・・)
そう思った瞬間、の目の前に黒い影ができた。
ふと顔を上げると同時に、フワリとそれに抱きかかえられる。
「ーvvかわいいvvv超!!お子様ぁ!!」
は軽々とハーマイオニーに抱っこされていたのだ。
そこでやっと自分に何が起きたのかは理解した。
はネビルの薬を浴びて、体が縮んでしまったのだった。
「え?・・ぇえ;!!」
「本当にかわいいーvvちゃんvいくちゅでしゅかー?vv」
ハーマイオニーはに頬擦りをし、しきりにの頭を撫でた。
ラベンダーやパンジーも嬉しそうにの頭を撫でる。
「うわー!!なんですとー!!」
はどうみても5歳くらいの幼児にしか見えなかったのだ。
「あぅ・・・・・もぉ〜やだーーー・・・・・・」
はへろへろになりながら、とてとてと廊下を歩いていた。
その横にに歩調を合わせながら、スネイプが笑いを堪えている。
必死に笑いたいのをおさえているのか、肩が微かに震え、喉の奥でクククと笑い起こり・・・
「って教授!!笑い抑えている方が頭くる!笑いたきゃあちゃんと笑え!!」
そんなスネイプの姿に、はキッとスネイプを睨み上げた。
生徒を見上げるよりもはるかに背が高いスネイプ。首が疲れそうだ・・・
スネイプは鼻で笑い、を見下ろすと優しそうに目を細めた。
「悪かったな。あそこまでグレンジャーやパーキンソンに遊ばれるとは・・・・っふ・・」
の頭を撫で、そう宥めすかすが先ほどの光景がよほど面白かったのだろう。
スネイプは堪えきれずに噴出すと、また喉の奥で笑い始めた。
「っく・・・笑いすぎ!教授!」
「っふ・・すまんな。クククク」
「がー!!」
5歳くらいの子どもになってしまったは、教室でハーマイオニーやパンジーを中心とした
女子生徒に散々面白がられ、やっとの思いでスネイプに助けだされたのだ。
というものの、実際助けたのは終業を知らせるチャイムだったのだが。
の柔らかい頬をぷにぷにと軽くつままれ、楓のような手の平を撫でられ
何人もの女子に抱っこされ・・・授業が終わるころにははすっかり疲れ果てていた。
すぐに、元に戻す薬を作ってやれればよかったのだが、ちょうど使う薬草の一つがきれていて
は仕方なくその姿でダンブルドアの元へと向かった。
スネイプは先ほどが渡しにきた、小包を抱えている。スネイプが合言葉を唱え、螺旋階段を上り
扉をノックすると、陽気なダンブルドアの声が返事をした。
「ほうほうvどうしたのかの?セブルス・・・・・・・・・ややっセブルス?!その子は?
まさか隠し子か!!やるのうv」
「んなわけがあるか!」
「おじいちゃ〜ん;私だよーだよー」
ダンブルドアの盛大なボケに、スネイプは思わず持ってきていた小包を握り潰しそうになって叫んだ。
はそんなスネイプに苦笑いをしながら、おずおずとダンブルドアの前に歩み寄る。
ダンブルドアは驚いたように少しだけ目を見開き、そしてキラキラと微笑んだ。
「我輩の授業で、大鍋を爆発させた生徒がいましてな・・・その薬を被ってしまったのです。」
「ほほーv知っとるわいv水晶で見てたからのうvvv」
「なっ!!」
ダンブルドア呑気な返事に、スネイプは怒りを露にした。
見ていたのなら、だと初めから知っていたということだ。
それをわざわざ、スネイプの隠し子か?とトボケてくれ・・・
(っの・・・狸じじい・・・・・)
スネイプが拳をフルフルと振るわせているのを横目で、笑いながら見、
ダンブルドアはの前に屈み、その頭を優しく撫でた。
「ほほ・・・が小さい頃を思い出すのう・・・」
「へへ・・ホグワーツに来た時もこのくらいだったかなー?」
ほんの少し、恥ずかしそうにはにかみながらは嬉しそうに目を細めた。
「元に戻す薬は我輩が・・・1週間ほどはかかりますが、必ず」
「うーむ・・vべつにいいぞ?急がんでも。めんこいし」
「いやっ私が困るって!;」
そして、ダンブルドアはスネイプとに紅茶とお菓子をすすめ、静かなお茶会が催された。
ほとんどがが昔、ホグワーツに来た時の思い出話で。
スネイプはそれを静かに聞いていて。だが、それが苦痛だとは思わなかった。
の紡ぐ可愛らしい声に、その天使のような笑顔に。自分でも意識しないうちにの話にずっと
聞き入っていたのだった。
話は思い出話から、がここに来てからの話に移り変わり、スネイプの授業を見学して
学生時代、は魔法薬学が好きだったなど新たな発見もして話も大いに盛り上がった。
いつしか、とスネイプの胸の中には医務室での一件はきれいに流れていた。
「・・・・起きたまえ」
「みゅ・・・」
お茶会が終わりを告げる頃、はカップを手にしたままちょこんと頭を椅子に肘掛に傾けて
静かな可愛らしい寝息をたてていた。
からカップを取り、そっと肩を揺らすがは猫のような声を出したもの一向に起きようとしない。
スネイプは小さい溜息をつくと、もう一度肩を揺らそうとした。
だが、それはダンブルドアのにっこりとした微笑と軽く上げられた手に、出しかけた手を再び元に戻す。
ダンブルドアはにっこりとを見つめると、スネイプが持ってきた小包に視線を走らせた。
その表情はホグワーツ魔術学校校長のおもむきだ。
それを察してスネイプもダンブルドアへと正しく座りなおす。
「奴らが信用なるものか・・我輩では決めかねますので」
「うむ・・・だが。少しでも同意があるのならば結束しなければ・・事態は悪化するばかりじゃ・・」
「?」
「また、魔法使いの村が襲われた。」
ダンブルドアは鋭くに視線を走らせ、が眠りについているのを
確かめると声を落として唸った。その表情は辛辣で・・
スネイプもその言葉に表情をきつくした。深い溜息とともにゆっくりと腕を組みなおす。
「みゅう・・・・」
緊迫した空気の中に、の可愛らしい声が響いた。
ダンブルドアとスネイプは顔を見合わせて、の顔を覗きこむ。
は「んー」と軽く唸ると、また可愛らしい寝息をたて始めた。
そんなの仕草に思わず、噴出すダンブルドアとスネイプ。
ダンブルドアはそっとの頭を撫でると、またキラキラとした笑顔で微笑んだ。
「セブルスよ」
「はい」
「この子は・・・二度と闇に置いてはいかんのじゃ」
「・・・・・・・はい」
「お主もな。セブルス」
「・・・・・・・」
の可愛い寝顔を眺めながら、ぼんやりと呟やかれたダンブルドアの言葉は、
スネイプの胸に深く食い込まれた。
少し、ほんの少しだけ、戸惑いの表情を浮かべたスネイプに、ダンブルドアはゆっくりと自慢の長い顎鬚を撫でつけた。
スネイプはジッとを見つめていた。