「ずっとお傍に置かせてくださいね、教授」
+雪幻夢+
そこは一面白銀の世界に染まっていた。
なぜ自分はここにいるのだろうかと、スネイプは怪訝な表情であたりを見渡す。
つい、今しがたまで、自室で研究の論文を書いていたはずなのに、スネイプは雪で覆われた川のほとりに立っているのだ。
物音一つしない静まり返った世界に、注意深く耳を澄ます。
川は厚く凍り、あたりは動くものもない。
「教授」
ふいに背後で鈴を転がしたような声が響き、スネイプは弾かれるように振り返った。
そこには、白いキャミソールドレスを纏った、が美しい微笑みを浮かべてスネイプを見上げている。
白銀の世界に純白のドレスに身を包んだの肌もまるで、透けるように白い。
彼女には人形の独特の関節のつなぎ部分などが一切なかった。そう、人間同様の姿。
滑らかな肩に細い腕はあまりにも弱々しく見え、スネイプは慌ててに駆け寄り、
自分が羽織っていたマントでを包み込んだ。
「こんな寒いのにそんな薄着で」と半ば咎めるようにを見据えるも、は依然として
美しい微笑みを称えゆっくりとスネイプの胸へと顔を埋める。
ぐりぐりと押し付けてくるようなその仕草に、小さく笑うとそっとを抱き寄せようと腕を伸ばした。
しかし、の足元を見やったスネイプの表情はサッと青ざめる。は雪の上を素足で立っていたのである。
「ッ凍えてしまうぞ!」
怒りと焦りが混じったように声を荒げると同時に、を抱き上げホグワーツ城へと踵を返そうとした。
が、普段より見慣れているはずの、ここから確実に見えるはずの城の姿がなかった。
見えるのは雪に覆われた木々が美しい彫刻に変貌した林のみ。困惑したように立ちすくむスネイプに
ふわりと微笑みながら、その頬をスネイプへと摺り寄せた。
「大丈夫。寒くないよ?だからおろして?」
「しかし・・」と渋るスネイプにもう一度、おろしてを問いかえれば、サクリと軽い音をあて
は雪の上に素足を下ろした。
「大丈夫。ね。少しお散歩しよう?」
いまだ困惑しているスネイプの手をとりながら、は林の奥を指差した。
つないだ手からじんわりと伝わる、の体温にスネイプはある違和感を覚え。
二人並んで静まり返った雪の結晶に覆われた林の中をゆっくりと歩く。サクリ、サクリと雪を踏みしめる
音だけがまるで二人に代わって会話しているようだった。
どれくらい歩いたのだろうか、二人は林の奥まったところまで歩いてきた。
目の前には他の木よりも大きな巨木がそびえている。ホグワーツの敷地にこのようなものが
あったかと首を傾げているスネイプの横で、がカクリと膝を折り倒れこんだ。
慌てて抱きかかえれば、さきほどの微笑みはいつの間にか弱々しい笑みに変わりスネイプを
見つめている。
「私・・・もう限界みたい」
「?・・・どういう意味だ」
薄紫色の瞳には薄っすらと涙が溢れていた。
「人間になりたかったなぁ・・・」
「お前はもう人間だろう」
いつの間にか雪が降り始めていた。風も出てきている。これは嵐になるだろう。
「ね、動かなくなっても傍に置いてくれる?」
「何ふざけたことを言っている?お前はもう人間そのものではないか」
「教授・・・大好キ・・・・・キョ・・ウ・・ジュ」
「!!」
「教授?・・教授!?大丈夫ですか!?」
「っつ・・・・!!ッ・・・」
「はいv私ですv・・大丈夫ですか?何かひどくうなされていましたよ?」
暖炉の炎がゆらゆらと揺らめいている。薪が勢いよくパチンと弾けた。
スネイプはソファにもたれかかり、普段以上に青白い顔をが不安そうに覗き込んでいた。
(夢か・・・)
どうやら、論文を仕上げた後、ソファへもたれかかり眠ってしまったようだ。
夢とわかり、安堵の溜息を深く吐き出すと同時に、を引き寄せ、抱きしめていた。
突然の出来事に目を丸くするだが、僅かにスネイプの体が震えているのに気づき、
人形独特の関節の指を動かすと、そっと優しくスネイプの頭を撫でる。
そんなの仕草にさらに抱きしめる力が篭り。
どのくらいのそうしていたのだろうか、はスネイプがようやく彼女を解放するまで
絶え間なく彼の頭を撫で、時折やや癖がかった黒い髪を梳いていた。
「我輩の傍を離れるな」
「はい?」
くぐもった声にはきょとんと首を傾げた。
覗き込むようにスネイプの顔を見れば、いまだ蒼白い表情を浮かべたままそっと
の頬を撫で上げた。
まるで壊れ物を扱うように、そっと、優しく頬を伝う細長い指は、微かに震えを帯びているのを
は感じた。
「我輩の元から消えることは許さん」
「?・・・・・はいv」
一瞬首を傾げただが、すぐに満面の笑みを浮かべてスネイプへと抱きついた。
さっきよりも優しく抱き寄せ、の髪を梳き撫でる。
夢の光景が脳裏にはっきりと焼きついている。
どんどん固くなっていくの感触が手に取るように感じられた。
夢の出来事のはずなのに、スネイプの中にはなぜか不安が渦巻いていたのである。
そして、彼はもう一つの感情に気づいた。
(そうか・・我輩は)
人形だからとか、自分が保護者であるという感情以上のものが、にあることを
スネイプは確かに感じ取っていた。
ホグワーツは吹雪いているようだ。しばらくは止まないであろう。
は「紅茶淹れますね」と立ち上がると、嬉しそうな笑みを浮かべながらティーカップを取り出す。
そんなの仕草をぼんやりと眺めながらもいまだスネイプの中には
不安の塊が拭うことができないでいた。
理由があるわけではない、ただひどい夢を見ただけだというのに、不安の塊は小さくなるどころか
ますます重くスネイプの中に錘となって沈んでくる。何かの前触れなのであろうか。
コポコポとポットにお湯が注がれ、微かに紅茶の香りが鼻腔をくすぐった。
(を失うことなど・・・)
そう思うと同時に、急にひどい焦燥感が彼を襲った。そう考える自分が腹立たしく思えて
強く拳を握る。
「教授vはいどうぞv」
「ありがとう」
の笑みがスネイプの心の焦燥感を和らげる。
(何を焦っているのだ。現には我輩の傍にいる)
ゆっくりと紅茶カップに口をつける様子に、は彼の隣へと静かに腰をおろした。
暖炉の炎がゆらりと、なにかの生物のように大きく揺れている。
その炎を見つめながらは今まで感じたことのない浮遊感に駆られていた。
(あれ?何?)
スネイプへと視線を向けると、その浮遊感はさらに大きくなる。
目が合うと胸がつまるように苦しい。
(あれ・・何・・・変な感じ)
「?どうしたのかね?」
が手を胸に当て首を傾げている様に、不思議そうにの頭を撫でる。
その感触には胸が熱くなるのを感じた。
「な・・なんでもない?」
「なんだその疑問符は;」
「う・・うん・・・大丈夫」
「恋ね」
「恋っすね」
「恋したわね」
「恋か・・」
「恋・・・・・なんで、あいつなんだー!!ー!!」
ドスッ
「うるさいよ、シリウス。ちょっと黙ってて」
「ハ・・・ハリ〜・・・おじさんに何てことするんだぁ・・・」
翌日の昼食の時間、グリフィンドールのテーブルではを囲んで、皆真剣な表情で腕を組んでいた。
グリフィンドールの席であるのに、なぜかドラコとパンジーまで座っているが、ハリーやロン達は
そんなことよりもの中に芽生え始めたであろう、小さな芽でいっぱいであった。
シリウスはガバッとの両肩を掴んだと同時に、ハリーに鳩尾打ちを喰わされ、石床の上で撃沈している。
が、その顔は情けないようにさめざめと涙を零していた。どうやら、がスネイプに恋したことが
相当のショックであったらしい。
そして、ここにもショックを受けた人物がまた一人。
「・・。君は僕よりもセブルスを選ぶというのかい?僕じゃだめなのかい?」
「出た・・」
普段より、くたびれた表情をさらにげっそりさせたルーピンがよよよとに縋り付いた。
困った表情を浮かべているに代わって、ハーマイオニーとパンジーがベリッと
音がしそうな勢いでルーピンをからはがし離した。
「はいはいっもう!!大の男が生徒達の前でめそめそ泣くなんて!!」
「ほーんと。やっぱり勝者は私達のスリザリン寮監ねv」
「なんかその言い方気に入らないけど。まあ、はやっぱりスネイプ教授が・・て、
もう!!!ルーピン先生!!」
ガクリ膝を崩し、両手を床につけまるで世界の終焉を見ているような表情のルーピンを
ハーマイオニーはバンバンと背中を叩いて勇気付ける。
「もう!二人ともいい男なんだからさ!そのうち素敵な出会いがあるって!!」
ロンやハリーたちもシリウスとルーピンを励ますが、二人は立ち直るどころかさらにげんなりとして
床にのの字を書き始めた。
「俺達・・・スネイプのヤローに先越された・・・」
「まさかセブルスに遅れをとるなんて・・・」
どんなに励ましても二人の耳には届かず、ロンは呆れたように肩を竦めると、
テーブルにつき昼食の続きをとりはじめた。最後まで励ましていたハーマイオニーもとうとう
諦め、二人をそのままにしの隣へと腰を下ろす。
は不思議そうにシリウスとルーピンを見つめていたが、隣に座ったハーマイオニーの
顔を不安そうに覗き込んだ。
「それで・・・ハーマイオニー?・・・私の体、故障してるの?」
今まで感じたことのない、胸が熱くなる症状に、は自分の体が壊れてしまったのでは
ないかと本気で悩んでいたのだ。一瞬、呆気にとられるハーマイオニーだが、あまりにも真剣な
の表情に小さく吹き出した。そんなハーマイオニーの様子にの表情はますます焦りを見せ、
二人と向かい合うように座っていたパンジーもクスクスと笑う。
パンジーの横ではドラコが呆れたように溜息をついていた。
「おい、パンジー。いい加減に教えてやれよ」
「だって、ったらあまりにもおもしろいこと言うんだもん」
「むぅ・・;」
「あぁ、ここにいたか」
「!?教授//」
頬を膨らまして、クスクスと肩を揺らすパンジーを睨みつけたの後ろで
低い声が耳を掠めびくりと肩を揺らして振り返った。
の声は確かに上ずり、緊張しているのが伺える。スネイプは優しくに声をかけた後、
怪訝そうにパンジーとドラコを見やった。
「二人とも。ここはグリフィンドールの席では?」
「あっ。の話をきいていたんです」
「そうか・・・・・・・・・?なんだその物体二つは」
パンジーの返答に納得したように頷いてみせたスネイプだが、不意に視界に入ったパンジーの
足元とロンの足元に目を素早く走らせ、眉間に皺を寄せ顎でしゃくった。
さも、汚いものをみるかのように、その視線は不幸のどん底に陥っているシリウスとルーピンを
捉えている。
「あ・・・;えーと・・・。二人とも宝くじにはずれちゃったみたいで!!」
ハリーが慌てて口を開くが、それをハーマイオニーが抑えた。
(ちょっとハリー!なに見え見えな嘘ついているのよ!!)
(思いつかなかったんだよ!!)
「ほお?それはついてないな」
((信じたよこの人!))
さも愉快そうに二人を見据えると、優しい表情でへと向き直った。
僅かにの体が強張ったのをパンジーが素早く見つけ、クスリと笑う。
「魔法薬の材料の点検をしたいのだが・・手伝ってもらえるかね?」
「はっはい!!//」
二人連れ立って大広間から出て行くの見届けると、パンジーは楽しそうにハーマイオニーに
ウインクした。そんなパンジーにハーマイオニーは怪訝そうにパンジーを見やる。
「何よ」
「あんたも手伝うわよねぇ?」
「何を?」
「あーもう!!この勉強バカ!!スネイプ教授とのことよ!!!」
「悪かったわね!」
「で?どうなの?手伝うの?手伝わないの?」
身を乗り出してくるパンジーを、挑戦的に見据えるとハーマイオニーはクスリと笑った。
「もちろん手伝うわv」
二人不敵に見つめ合う姿に、ドラコとロンは寒気がしたとかしなかったとか。
「は間違いなく、恋をしたのよ!!スネイプ教授にね」
「スネイプ教授も気づいているはず。そういいたいのね?」
「そうよ。二人の邪魔はさせないわよ〜v」
「そうね!とくに・・・・・」
「「あんた達にはね」」
「「う;・・・・」」
パンジーとハーマイオニーは不敵な笑みを浮かべて、こそこそと出て行こうとしていた
シリウスとルーピンを見やった。乙女二人の背後には黒いオーラが漂っていたという。