「はぁ…」
結局が寝入ったのは夜明けも近い時間だった。
朝、昨日と同じ時間に目を覚ましはしたがどうにもぼんやりとしてしまう。夜中眠れないままに考えてふと思った。
(ルーピン先生の噂が出たのってきっと私の所為だ…)
自分が知っている話とすれ違い始めているのはという異分子が入り込んだ所為ではないかとは思い始めていた。
そうでなければ話が合わない。スネイプがグリフィンドール寮を訪れたのもあれが初めての筈だ。
「早く帰らなくちゃ…私……」
これ以上ハリポタの世界を、ホグワーツをかき回すわけにはいかない。
(でもどうやって……)
帰る方法など全く思い当たる方法がなくて、辛くてはギュッと手を握り締めた。
(…少なくても、これ以上ホグワーツの人たちとの接触は)
「「姫ーっ♪♪♪」」
「!?」
ドバン!と勢い良くドアが開いてフレッドとジョージが飛び込んできた。
接触は避けようと心に決めたばかりのがギョッと身を固くする。しかし2人はそんな事はお構い無しにに駆け寄ってきた。
「おはようございまする姫♪」
「あ…お、おはよ……」
「んー?おやおや?姫は目に下に素敵な隈をお作りだぞ?」
「えっ!?」
に2人がニッコリと笑う。
「さ、さ、姫♪一人でお食事などしているからいけないのですぞ」
「そうそう、我らと共に朝食に参りましょう」
そう言っての手を引こうとする双子に慌てて待ったをかける。
「あの、でも…私、あんまり部屋からは……」
「その手は通じませんぞ姫」
「昨日の朝、ダンブルドアから聞いておりますからな」
「そうそう、姫が寂しく無いように仲良くしましょうとね」
「そうそう、こんな可憐な少女を放っておいてはホグワーツの生徒の名が廃るとね」
「校長せんせ…が?」
いいのかそれで?とが疑問に感じてる間にもフレッドとジョージは手を引く事をやめない。
「我らが偉大なるお茶目なダンブルドアのご命令」
「喜んで遂行させていただきますとも!」
「あ!きゃ…!!」
グイッと手を引かれ体制を崩したを双子がすかさず両側から抱えあげて運び出す。
通り過ぎる生徒達の視線が痛すぎてが真っ赤な顔で暴れた。
「降ろしてーっ!!お願いだから!!」
「まぁまぁそう言わず」
「目的地までもう少しですぞ」
「は…恥ずかしいよぉ……」
全く聞き耳持たないフレッドとジョージには赤くなるだけ赤くなって両手で顔を覆った。
そんなの様子にフレッドが相好を崩すと自分一人でをヒョイと抱きかかえた。
「えっ…」
「あぁ、なんて愛らしくいとおしい★」
「おいフレッド…」
手の中からを取られてしまったジョージが不服そうにする。
を取り返そうと伸ばされた腕からフレッドが後づさって離れた。突然流れた剣呑な雰囲気にばかりか周りの生徒も目を丸くする。
あの双子がこんな事で喧嘩をするなんて……。
がギンギンとにらみ合う双子を戸惑った表情で交互に見やる。
「フレッド…やめようよ。降ろして…」
しかしフレッドは不適に笑うと更にをぎゅっと抱き締めた。
「掴まってろよ」
「何格好つけてんだか。お前に似合わないキャラなんだから止めとけって」
ケッとジョージが吐き出すように言う。それからジョージはに向かって優しく微笑んで見せた。
「すぐにその馬鹿から引き離してやるからな。待ってろよ」
「そっちこそ似合わないキャラ演じちゃって間が抜けてるぜジョージ」
ビシシッと鋭い視線が交差する。フレッドはから片手を離すと杖をローブから取り出した。
が慌ててジョージを見ると、もうそちらも杖を取り出し構えている。
はザァッと血の気が引いていくのを感じた。二人は本気だ。
「駄目!やめて…!」
「フレッド…姫に怪我させるんじゃねーぞ」
「そりゃこっちの台詞」
「「行くぜ!!」」
「やめっ…」
が止めさせようと身じろぐがフレッドの腕の力は思ったよりもずっと強くてビクともしない。
パシパシッとお互いの呪文が飛び交い、いつの間にか周りに集まっていた野次馬から悲鳴が上がった。
そしてドンドンと騒ぎが大きくなりあちこちで呪文の光が見える。
(やだ…嘘……どうして、駄目だよぉ…こんな…喧嘩は駄目……)
いつの間にかはフレッドから離れていた。周りを見ると誰も彼もが殺気立っていては立ち尽くすしかない。
(私…私がいたから……)
どこかで爆発音が響いた。それがにはこの世界の壊れる音のように聞こえた。足が震えて立ってるのが辛くなる。
「ごめ……なさい…」
(私…皆を喧嘩させたかったわけじゃない)
「ゴメン…ね…」
パタリと乾いた床に涙が落ちる。バタバタと複数の足音が近づいてきて顔を上げると、
ハリー達を先導にダンブルドアやマクゴナガル、スネイプ、ルーピンが駆け寄ってくる所だった。
あまりの惨状にハリー達が立ち尽くす。ポツリとハリーが呟いた。
「何で……こんな…」
「っ!」
はいても立ってもいられなくて外へと駆け出した。
「!?」
「きゃぁぁぁ!」
それに気付いたルーピンが後を追おうとするが、間近で聞こえた生徒の悲鳴にやむなくそちらへ向かう。
そのルーピンの視界の端を黒いマントがすり抜けた。
「…絶対何か奢ってもらうからねセブルス」
ルーピンは諦め顔でそう呟くと騒ぎを鎮めるために騒動の中へと入っていった。
「はぁ…はぁっ……っ…」
はただ闇雲に走っていた。丘を駆け下り、暴れ柳の近くを通り過ぎ、視界の先が途切れて止む無く立ち止まる。
そこは切り立った崖で、遥か遠くの下に深い湖の水面が見えた。
「私が…いる、から……」
(私はこの世界のばい菌なんだ)
だからあり得ない争いが起こる。あり得ない噂話が湧いて出る。
(それに…皆があんな喧嘩をするなんて……)
は発作的にここから飛び降りようかと考えた。
そうすれば異分子のいなくなった世界は元の姿に戻るのかもしれない……。
「………」
「何をする気か知らぬが止めておけ」
「!?」
ふらりと一歩踏み出した瞬間、ガッシリと両腕を掴まれては驚いて振り返った。
スネイプが僅かに息を乱して立っている。その目が酷く怒っているように見えては怯えた。
「は、離して…」
「飛び落りる気満々の者の腕を放す馬鹿がどこにいる」
「……ごめ…なさい………私、が…いるから…」
「……ミス.」
ボロボロと大粒の涙をこぼし出したにスネイプは驚いて目を丸くした。
が激しくしゃくり上げるのにそっと手を伸ばす。
「泣くなミス……。何が君の所為だというのかね」
「わ、わた…私がいるから……お話が…変っちゃうっ……こ、こんな…大きな喧嘩……みん、な…怪我して……」
「…今回の騒動の原因が君だというのかね」
「私…ばい菌みたいに、この世界を…おかしく、するっ…」
そんなの嫌だ、と泣きじゃくるをスネイプは黙って抱き締めた。
腕の中で小さく震える存在が酷く愛しい。スネイプはが落ち着いてくるのを見計らって話しはじめた。
「こんな程度の影響力など可愛いものだ」
「………ぇ?」
真ん丸く見開いた目が見上げてくるのに涙の後を拭ってやる。
「はこの世界をお話だといった。物語と。確かに君から見ればそうなのだろう。
関係者でなければ知らないような事も良く知っている。しかし、君の言うその物語には毎日の出来事が綴られているのかね?」
「……ううん、毎日は…」
「当然だ。そんなダラダラとしたものを誰が読みたいと思うかね。つまり、君が知らぬだけであの程度の騒ぎはホグワーツでは決して珍しいものではない」
「……………」
ポカンと口を開けるにスネイプが困ったような微笑みを向ける。
「ルーピンの噂の事も随分と気にしていたようだが、あれも君が来るずっと前からあるものだ」
「そ…なの?」
あぁ、と軽く頷かれては落ち込んでいた自分が恥ずかしくなってきた。
勝手に大騒ぎをしてスネイプに心配をかけてしまった。段々と俯いて赤くなっていくにスネイプが抱き締める腕の力を強めた。
「全く、君のお陰で随分と久しぶりにランニングなどした」
「……きっといい運動!だって…だって、お話の中のスネイプ先生って不健康そう」
「…言うではないかね。しかしまぁ、こんな大騒ぎではないにしろ君とて学校で友人と喧嘩する事ぐらいあるだろう?」
「…ううん、しない」
再び表情を固くするにスネイプは内心焦りながらも話の続きを促がした。
ここで慌てて切り上げてもわざとらしいだけだ。
「私、喧嘩は嫌い」
「…誰でも喧嘩は嫌なものだ」
「そうじゃなくて…私…本当に駄目なの」
不安に飲まれてしまいそうなはスネイプのマントにしがみ付くとその胸に顔を埋めた。
暖かくてホッとする。スネイプが優しく頭を撫でてくれた。
「ウチね、母子家庭なんだ。しかも私を筆頭に4人兄弟。下は弟ばっかり。
お母さんは前に話したと思うけど看護婦で、真剣働いて私達を育ててくれてる」
「…そうか」
「お父さんはね、私が9つの時に出て行ったの。良く覚えてる。怖い人だったよ。お酒ばっかり飲んでる人で…」
何かあるとすぐに怒鳴って物を壊していた。それでも子供達に手を出さなかっただけ善良な人だったのかもしれない。
「私の覚えてるお父さんとお母さんはいつも喧嘩してた。怒鳴り声とか悲鳴とか…凄い怖かった。
だから、誰かの言い争う声とか…凄く怖くて駄目なの……」
「では…我輩がグリフィンドール寮で怒った時はさぞ恐ろしかったであろうな」
知っていれば怒鳴ったりなどしなかった。スネイプは自分の行動を激しく後悔した。しかしは首を横に振る。
「大丈夫。私の事、心配してくれて怒ってるのわかったから。そういうのは怖くない」
スネイプはポンポンとの頭を撫でてからふと疑問を持った。
「…君は一体いつ友人と遊んでいるのかね。買い物をし、弟達の食事を作り、医学の勉強をする。相当多忙なスケジュールだ」
「遊ばないよ?」
キョトンとしたの返事にスネイプは驚いてを見下ろした。が軽快にパタパタと手を振る。
「そんな暇無い無い。朝はご飯とお母さんと弟のお弁当作って、買い物して帰ってきて夕ご飯作りながら洗濯と掃除。
食べ終わったら洗い物してお風呂沸かして弟達を順番にお風呂に追いやって…
自分がお風呂に入り終わったらもう勉強する時間だって足りないぐらい。だって私お医者さんになってお母さんを手伝いたいんだもの!」
「…退屈に埋もれる事は無いのかね」
「あ、それ失礼だ!」
はスネイプから少し離れるとビシッと指を突きつけた。
スネイプが僅かに不快そうにその指を人差し指で押し下げる。
「日常生活を退屈なんて失礼でしょ!じゃあ先生が食べるご飯は誰が作ってくれるの?
毎日着てるものだって誰かが洗濯してくれてるんだよ?ご飯作るもの洗濯するのも日常の範囲でしょ?そうやって皆生活してるんだよ」
「………わかった、取り下げる」
何だかちょっとぐうの音も出ないスネイプは素直にそう言った。
は満足そうに頷くとニッコリ笑う。
「私は毎日楽しいよ。皆、私が作ったご飯を美味しいって言ってくれるし、綺麗に洗濯物が出来上がると気持ち良いし、ね!」
「…そうだな」
スネイプには全く判らない事ではあったが、満面の笑みで言われてしまうと納得してしまう。
はちょっと頬をかくと、でもね、と言った。
「でも、ちょっとだけ冒険には憧れてた。私には出来ない事だから憧れてたんだろうけど…でも……本当に冒険しちゃうと…怖いね」
向いてないよね、と苦笑いするにスネイプは首を振った。
「冒険とはそう難しいものではない」
「……?」
「マグルは電車というものに乗ると聞いた。時間が決まっていて、頻繁に通ると」
「うん、そうだよ」
はスネイプが何を言いたいのか判らなくて首を傾げた。スネイプが続ける。
「君は一本乗るべき電車を過ごした事でこの冒険を手に入れた。冒険など、そういうものだ」
「え……どういう…?」
「電車一本乗り換えるだけで世界が変る事もある。これほどの事ではなくとも、未経験の出来事は全て冒険とは言えないかね?」
「………」
そうかもしれない。はスネイプの言っていることが何となく理解できた。
一番下の弟を初めてお使いに出した時、弟はまさに冒険家の顔だった。緊張してて、怖がってて…でも期待や好奇心でキラキラしてて。
「でも…冒険って怖い」
「君は今回の冒険、怖い事だけだったと?」
「それは……」
違う。怖いことは確かにあったけど、でも…凄く楽しかった。
はニッコリとスネイプに微笑んだ。微笑み返したスネイプがの頬を優しく撫でる。
「や」
「あ…校長先生」
声をかけられて2人は初めてダンブルドアが来ていることに気がついた。スネイプが慌てて手をマントの中に引っ込める。ダンブルドアはニッコリと笑って言った。
「や、世界というものは確かに絶妙のバランスで成り立っておる。
しかし我々が思っている以上に大きく包容力のあるものじゃ。少なくともわしはそう思っておる。
大丈夫、少々の乱入者など世界にとっては何も起こっていないのと同じようなものじゃよ」
「……はい」
はしっかりとダンブルドアを見つめて頷いた。ダンブルドアが満足げに頷き歩き出す。
「さて、帰るとするかのう?ミスター.フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーが見たこと無いほどうろたえながら君の帰りを待っておる」
「え…あの2人が?」
あの2人がうろたえた姿なんて想像が出来ない。が目を丸くするとダンブルドアがホッホッホと笑い声を上げた。
「全くもって珍しいじゃろう?わしも早よう帰ってもうちょっと見物したいのじゃ。勿論…」
ダンブルドアが悪戯っぽい目でを見る。
「あの2人には内緒じゃよ?この前も組分け帽子を華やかなピンク色にされてしもうてのう。
いや、あれはなかなかの魔法じゃった。元の色に戻すまで帽子の機嫌の悪いこと」
何だか物凄く想像できる光景にはクスリと笑った。後ろにいるスネイプを振り返ると手を伸ばす。
「帰りましょ!いつまで続くか判らない冒険だけど、終わるまでは楽しみたい!」
「楽しみすぎてトラブルを起こされても困るがね」
スネイプは苦笑するとその手を取ってゆっくりと歩き出したのだった。
「どうしてもセブルスには先を越されるよなー」
夕食の席で、スネイプの隣に座ったルーピンがポツリと呟いた。
グリフィンドールで双子に両隣を占拠され、他の生徒達に軒並み囲まれているを見ていたスネイプが鼻で笑う。
「騒動の鎮圧を優先させた貴様が悪い」
「…キャラクターの差かな」
まさか君に取られるとはなー、とやたらと口惜しそうなルーピンに今回ばかりは何か奢ってやろうかなんて事を考えるスネイプだった。