?ってアンタ……また本読んで」

「え?あ、何?ゴメン、聞いてなかった。あとちょっとで読み終わるの、ハリポタの3巻」

「それ何度目よ…………ってか電車来たけど、乗る気無し?」

「………………………えっ!?」



 パシュー……バタン。



「あ……」

「バイバーイ」



 ゴトン…ゴトトン…ゴトトン……。



の目の前を見慣れた電車が過ぎ去っていく。は電車の中から陽気に手を振る友人をポカンと見送って、それから絶叫した。

「あーっっっっっ!!!」

 それから大慌てで電車を追いかける。の住んでいる田舎ではこれを逃すとあと1時間半待たなければいけない。
追いかけてどうなるとも思えないけどもしかしたら車掌が気付いて止まってくれるかも…。
 それに何があっても帰らなければいけないのだ。

「待って待って待ってーっ!!…きゃっ!?」

 ガクンと足元が崩れた。コンクリートへの激突を予感してが手を突っ張る。




 しかしそんなの視界に一瞬映ったのはぽっかりと開いた真っ暗な口だった。




















「……っっ!!きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 次の瞬間、は何故か落下していた。どうにかしたいと必死でもがくが落ちていくばかりでどうにもならない。


(健二、正樹、駿一…ゴメーン!!!)


 痛そうな落下になることを予測してはギュッと身を固くした。

 ドサッ!!

「っ!?」

 しかし思ったよりも痛く無い着地には混乱した。死んじゃうぐらい痛い落下の時には痛みを感じないのかもと、可笑しな事を考えてみる。
しかしその割には何故かやたらと着地した場所は暖かかった。

「…凄い斬新な登場だったね。大丈夫かい?」

「……………?」

 それにやたらと柔らかく話しかけられては恐る恐る目を開けた。そしてそこには………。
(…変った格好の人)
 ちょっぴりくたびれたマントを着た、鳶色の髪に優しい目をした男の人がを見下ろしていた。きょとんと目を丸くするにニッコリ笑いかける。


「怪我はして無いよね?」

「…え?あ!」


 そこでは自分がお姫様抱っこされているのに初めて気づいて真っ赤になった。わたわたとするのに鳶色の髪の人が心配そうに眉を寄せる。


「どうしたの?やっぱりどこか怪我を?」

「い、いえ!滅相も無い!!あの、どこもなんとも無いので降ろして貰えると嬉しいです!!」

「そう、それは良かった」


 男の人はまたニッコリ笑うと丁寧にを降ろしてくれた。
 ようやく固い地面に足をつけることが出来たはそこでようやく落ち着いて自分を助けてくれた人物を見た。
くたびれて継ぎ接ぎが沢山あるマントに白髪交じりの髪の毛、優しい目。


(あれ?何か…こんな表現読んだよね……?)


 うーん?と首を傾げて考え込んでしまったの耳に柔らかい声が届く。


「本当に大丈夫かい?怪我をしたならマダム・ポンフリーの所へ行った方がいいよ?」

「へ?あ、いや…大丈夫です。本当にどこも痛く無いし…」


(ん?マダム・ポンフリー?)


「あ、危ない!」

「え?」


 ゴッ!


 反射神経の鈍い己が恨めしい。男の声に上を仰ぎ見た瞬間、の額に遅れて落ちてきた自分の学校カバンが…しかも角!が綺麗に激突した。
目の前が真っ白になって思わずよろけたを男が慌てて支える。


「だ、大丈夫?」

「いっ………たぁ〜ぃ……」


 そしてカバンは重力に従い…。



 ガチャン!



「!?」


 妙に澄んだ音を立てて床に打ち付けられる。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 それを聞いた瞬間、は我を忘れて絶叫した。自分の痛みも忘れて屈みこむとカバンの中からガラスの破片を取りだす。


「あぁぁ、3ヶ月もかけて作ったのに…」


 それは小さなステンドグラスのメモクリップだった。細かく砕いたガラスを、繋ぎ目が重ならないよう
太くなりすぎないよう気をつけながら幾重にも重ねて漸く今日完成したのだ。はっきり言ってただの趣味だけど、自信作だった。 それなのに……。


「そんなぁ……」


 はもう手が付けられないほど無数にひび割れてしまったそれを手にガックリと肩を落とした。すると横から手が伸びてきてそれを男が取り上げた。


「あ…あの……」

「あぁ、良かったね、原形は留めてる。これなら直せるよ」


(へ?いや、直せるって……)



 何を言っているのだろう?と呆気にとられるの前で男は杖を取り出すとコンとメモクリップを突付いた。


「レパロ!直せ!」


 パキパキパキ。


「…………………」


 小さな音を立てながら無数にひび割れてしまったステンドグラスは再び元の姿を取り戻した。ポカンとするの手に男がそれを返してくれる。


「はい、今度は割れないように気をつけて」

「あ……はい」


 は殊更丁寧にそれを受け取ると、ハンカチにしっかりと包んでカバンの中にしまい込んだ。それをしまった拍子に一冊の本がの目に止まった。


(これ…ハリポタの………っ!?)


「………ぇ」

「何?どうしたの?」


 かけられる声にはザーッと背筋が冷たくなるのを感じた。


(さっき…そうだ、さっきこの人『マダム・ポンフリー』って言った…よね?しかも…この奇妙な格好……『くたびれたマント』、『鳶色の髪』……は、ははははは………まさか、ねぇ?)


「ルーピン……せんせ?」

「おや、よく私の名前を知っているね」



(やっぱり!?)



 はバチン!とブレーカーが落ちたかのように目の前が真っ暗になった。自分は決して正気を失ったわけではない。しかし…ここはやっぱり………。


「ホグ…わ、ツ………っ!!」

「あ、ちょっと!」


 ここがどこなのか認識した瞬間は走り出していた。一体どうしてなのかは判らないけど自分がとんでもない所に迷い込んでしまった恐怖が走る。
走りに走って息が続かなくなった所で漸く立ち止まる。


「はぁ…」


 息が苦しくてしゃがみ込んだは手に触れるレンガの冷たさに気がついて周囲を見回した。さっきまでは一つも気がつかなかったけれど
見渡す限りそこはレンガで作られた廊下が続いている。


(ベタだけど…)


 は一応頬をつねった。やっぱり痛い。


(ハリポタの世界……って言うか…)


「ホグワーツ…」

「その通りじゃ」

「!?」


 深みのある静かな声が聞こえてはビクリと身を硬くした。振り返った先に美しい桔梗色のローブを身にまとった長い白髪、長い髭の老人が優しく微笑んでいる。


「校長…せんせ……」

「怖かったろうに。もう大丈夫じゃ」


 ポンと優しく頭を撫でられての目から大粒の涙がこぼれた。一つ流れると止まらなくて次々流れていく。


「…ぅ…えっ……っ……」

「怖かったじゃろう。さぞ驚いたじゃろう。もう、心配いらないよ」


 ダンブルドアの手が酷く優しくてはそれ以上何も言う事が出来なかった。










 その日の夜、は与えられた部屋でベッドの上に座り込んでいた。
 はっきり言ってあの後は大騒ぎだった。はダンブルドアに職員室に連れて行かれて他の職員に紹介された。
事のしだいを聞いた中で一番の反応を示したのはの予想通りマクゴナガルと、スネイプだった。
ルーピンは最初に会っているのでどちらかと言えば好意的でさえあった。


は不幸にも次元の裂け目に落ちてしまったのじゃろう。が元の次元に帰れるまで、彼女をここで預かろうと思う』

『預かる…ダンブルドア、そのように重要な事は魔法省にも通達しなくては』

『ミネルバや、今魔法省はシリウス・ブラックの件で神経を尖らせておる。の話を聞かせて不要な騒ぎを起こしたくは無いのじゃよ』

『その者が闇の魔法使いの手のものでは無い証拠は?』

『ディメンターの監視のある今のホグワーツに入る事は叶わんじゃろう』

『そう願いたいものですな』



「………」


 今思い起こしてもピリピリとした緊張感が走る。


「本で、読むより…ずっとキビシ……」


 マクゴナガルもスネイプも…それに他の先生達も本で受ける印象よりずっと厳しい空気を放っていた事にはグッタリと疲れてしまっていた。
もう、何も考えずに眠ってしまいたい。


「あぁ…でも……」


 勉強しなくては。はまだ18歳だが志がある。その為には時間があれば勉強しなくては。


「教科書…」


 は寝心地の良さそうなベッドから意を決して離れるとカバンの中を探った。




「あれ…?」




 夜の暗い廊下をスネイプは歩いていた。寮を抜け出したバカな生徒やあの憎き犯罪者がいないかと目を凝らす。
しかしそんなスネイプの頭の中は決して探しているような人間の事は考えていなかった。
か…)
 どことなく気になるところのある娘だ。怪しいとか、闇の魔法使いの手先とかそういう事ではない。
いや、むしろそんな考え馬馬鹿げているとスネイプには感じられた。
 迷子の子供のような怯えた瞳。俯きがちの表情が黒髪に隠されてそれが酷く頼りない印象を与えた。


(あの娘は一体どこから来たというのか)


 は身の潔白を示したいと持っていた本を差し出した。『ハリポタ』がどうとか言っていたが恐らく職員室内にいる人間で
意味を正確に把握できたのはダンブルドアぐらいだろう。それにその本の中身は真っ白で全く何も書かれてはいなかった。


『そんな!…どうして……』


 の悲痛な声が耳について離れない。恐らく彼女の中ではあれこそが、という確信があったのだろう。


「……ん?」


 ヒタ…と何かの物音が聞こえてスネイプは足を止めた。間違いなく暗い廊下の向こうで何かが動いている。
スネイプは杖を取り出し構えると、慎重に音を立てないようにしてそちらに近づいた。


「…何をしている」

「みぅっ!?」


 暗闇の向こうに見えた姿にスネイプは呆れたように声をかけた。頼りない背中がビクッと震えてそれから恐る恐る振り返る。


「ミス.。君は不用意に出歩かないようにと、ダンブルドアに言われたであろう」


 生徒から親へ、そして魔法省への存在が知られないようにと、はダンブルドアからあまり部屋の外には出ないようにと言い渡されていた。
そのはずのがこんな夜に廊下をうろついている。はスネイプが吐き出した盛大なため息に身を縮こまらせた。


「それで?」

「…ゴメンなさい、私……教科書が一冊足りなくて…それで、きっと最初の場所じゃないかって思って……でもココ…どこも同じ感じの廊下だし、わからなくなって……」

「…で、迷子になったと?」
]
「……ゴメンなさい」


 は小さくなれるだけ小さくなって謝った。いつも本を読んで持っていたスネイプのイメージ。
スネイプがもしそのままの人物だとすれば自分はここで散々な嫌味を言われるはずだ。
迷い込んだ世界にへこみ、教科書が見つからなくてへこみ、これ以上は耐えられそうも無い。
 しかし返ってきた答えは意外なものだった。


「この暗闇では見つかるものも見つかるまい。明日、我輩が探しておいてやろう」

「え……?」

「…急ぐのかね?」

「え!あ、あの…い、急ぐと言えば急ぐし、じゃないといえばそうだし……あの、その……その…」


 は突然速まった自分の鼓動を持て余してわたわたした。
スネイプが親切にしてくれただけでどうしてこんな…。スネイプは思いがけないのリアクションにほんの僅か微笑んだ。


「どんな教科書を?」

「…あの……医学の本を…薬の…」

「ふむ」


 スネイプは少しだけ考えた。自分の部屋にならばおそらくでもわかるような本があるはずだ。魔法界、マグル界問わず本を買い集めているのだから。
しかし、今自分はどうしてこの少女に親切を働こうとしているのだろう?夕方一度会っただけの少女に。


(…まぁ、構うまい)


 どうせ自分はまだ眠る予定は無い。仕事もある。ならばこの少女がいたところで差し障りは無いし、むしろ眠気覚ましになってくれるかもしれない。


「我輩の部屋にも医学書はある…来るかね?」

「え?あ…でも……魔法の本なんじゃ…」

「薬の本となると種類を問わず目を通したくなる性質でな。で、どうする?」


 は目の前で苦笑交じりに笑うスネイプをどこか信じられない思いで見ていた。
これまでスネイプに持っていた『陰険』、『陰湿』、『根性悪』、『えこ贔屓』、『傲慢』といった印象が綺麗に押し流されていく。


「お、お邪魔じゃなければ…お願いします」

「よかろう、付いて来たまえ」


 この後、はスネイプの非常に内容ある講義によれよれになって知恵熱を出しかけた…かもしれない。