「遅い。何をやっているのだあの莫迦娘は」
すでに茶の用意はできている。
温められたポットからは彼自慢のオリジナルブレンド紅茶がほのかに香り、
テーブルの上には今朝方、彼の助手でありそして最愛の人である彼女が作ってきたパウンドケーキ。
そして二人で選んだ色違いのカップとソーサーが出番はまだかと心待ちにしている。
スネイプは少し不機嫌そうに向かい席のイスを睨みつけた。
は美しい黒く長い髪の持ち主で、その瞳は極上の黒曜石のように澄んでいた。
スラリとした容姿で美人の枠に入る彼女だが、その笑顔は子供のようにあどけない。
イギリスより、遠く離れた東の島国からホグワーツに魔法薬学助教授として、スネイプの助手を勤めていた。
そして彼女がスネイプの助手についてから早一年。
いつしか二人の間には深い愛情が生まれていたのだった。
それなのに今のスネイプは不機嫌そうに顔を顰めて、の席を睨みつけていた。
茶の時間はいつも決まっている。彼女自身がケーキを焼いてきたのだ、忘れているわけではなかろう。
「まさか、外に出ているのではあるまいな」
ふと思い出すように呟いたスネイプの表情に、うっすらと焦りの色が浮かんだ。
は雪が大好きだった。
なんでも、が生まれ育ったところは雪は一年に降るか降らないかの町で、
大変珍しい物だといつぞや話していたか。
ここホグワーツではうんざりするほどの雪が降り積もるというのに。
ほとんどの人間が見慣れた光景に素通りするものだが、だけは違った。
裏庭を覗く廊下に出れば、感動の悲鳴を上げて裏庭に駆け出し嬉しそうに空を仰ぐ。
いつだったか、ハグリッドと一緒に森付近まで探索に行き、見事に風邪をひいて帰ってきたこともあった。
スネイプは落ち着かないように、ガタンと立ち上がると。
雪用の厚みのある灰色のローブを羽織い、急ぎ足で扉に歩み寄った。
「また風邪をひいたらどうするのだっ」
バンと勢い良く開け放たれた扉に、刺しぬく様な冷気が入り込んでくる。
スネイプは開け放たれた扉から出て行くことなく、その場に立ち尽くしていた。
扉の外にはスネイプ同様に驚きに目を見開いて固まっているの姿。
「え・・?;教授どうなされたのですか?」
不思議そうに首を傾げて、でもスネイプの焦ったような表情に戸惑いながら
は寒さで身震いをしながら口を開いた。鈴を転がしたような耳に心地良い声と
白く染まった息が同時に零れる。
スネイプはさも疲れたように、溜息をつくとの背中に手をあてて彼女を部屋の中に招きいれた。
パチパチと温かさを感じる音が、暖炉から聞えてくる。
はもう一度身震いをして、「くしゅんっ」と一つ可愛らしいクシャミをした。
「また、外に行ったのか。今日は特に冷えるのに風邪を引く気かね」
いまだ残っているの頭の雪を優しく払いながら、スネイプは呆れたように呟いた。
ふと見れば、その華奢な体は小刻みに震えていて。でもの表情はとても嬉しそうだった。
嬉しそうに目を細め、手に息を吹きかけリスのように擦り合わせる仕草に思わず苦笑いが零れる。
「へへ・・・でも楽しかった〜」
にっこりとスネイプに笑顔を向け、ローブを脱げばスネイプは驚いたように顔を顰めた。
慌てたように室内用のローブをにかけてやれば、にっこりと笑ってローブに腕を通す。
「そんな薄着で出ていたのかっ。それでは風邪をひきたいといっているような者だぞ、阿呆が」
暖炉の前に椅子を置き、そこに半ば強引にを座らせた。
目をパチクリさせているにブランケットをかけ、後ろからそっと抱き寄せれば
冷たくなっているの体温がひどく感じられてー
「こんなに凍えているではないか」
「うんv・・・・・教授?どうしたんですか?」
にっこりと頷くだが、を抱き締めるスネイプの力がこもったので
戸惑ったようにそっと顔だけスネイプを振り返った。
スネイプはの肩に顔を埋めたまま、微動だにしない。スネイプの表情が伺えず
の心が急に不安に掻きたてられた。
「教授?」
恐る恐る呼びかけた言葉にほんの少しスネイプの髪が揺れる。
けれども、スネイプは顔を上げようとしなかった。
「10日前・・・降り出した雪の中に走り出して滑り、手首の骨を折ったのは?」
スネイプの篭った声が耳を掠めて、は罰の悪そうな笑みを浮かべた。
「えと・・・私デスv」
「そうだ、だがその二日後。生徒達と盛大に雪合戦を繰り広げ、
手首の完治が遅れた。阿呆が」
「ハイ;」
スネイプはの肩に顔を埋めたままだというの、その声はを震えがらせるのに
十分な声色だった。スネイプの声は続く。
「そしてその次の日、ハグリッドと森付近へ探索にでかけて、見事に風邪を引いた。
何度だったかな?」
「38度8分・・・・平熱ですってv」
「重症だ。たわけが」
「う・・;」
「三日間うなされ続けて、こりたかと思えば一昨日病み上がりというのに
裏庭を散歩。そして今日は何かね?」
いつの間にかスネイプはジッとを見つめていた。
焦るを少し面白そうに眺めて、その頬をそっと撫でる。
わたわたしたように戸惑うの顔を「今日は?」と覗き込めば、紅潮したとカチリと目が合った。
「今日は・・・えと・・・その・・・;と・・・図書室にv」
「ほぉ。図書室に行くともれなく雪が頭につくのかね」
ここから図書室に行くのに、外とつながっている渡り廊下は通らない。
よって雪が頭や衣服につくことはない。
先ほどまで、の頭そして出かけ用のローブには雪がしっかりとついていた。
が「しまった」と顔を強張らせるのを、喉の奥で笑い、優しくを抱き寄せた。
突然のできごとに身を強張らせただが、その優しい抱擁にそっと彼の背中に腕を回す。
「君には雪の間外出禁止令が必要のようだな」
「ぇえ!?」
回していた腕を弾かれたように解いて、ショックを受けたような表情でスネイプを見つめれば
意地の悪い笑みを浮かべたスネイプがを見つめ返していた。
だが、その目は本気だった。
はショックを受けたように泣きそうな顔になりながら、スネイプの両腕を掴むが
スネイプの目は依然と変わらない。
「や・・・やだあーーー・・・・」
「君のためだ。諦めることだな」
「うぅーせっかくおもしろいもの見つけたのにー」
ぷうっと頬を膨らましながらむくれるの言葉に、スネイプは「おもしろいもの?」と首を傾げた。
こんな見渡す限りの白い純銀の世界におもしろいものなど、あるのだろうか?
不思議そうな顔をしているスネイプを涙目で見あげて頷くと、は立ち上がって外に出かけたとき
着ていたローブのポケットから何やら小さいものを取り出して、スネイプの前へと戻ってきた。
大事そうに両手で包み、そっと開いて見せれば思わずスネイプは息をのんだ。
「ほお・・・・これは・・稀に見ることの出来るホグワーツ結晶ではないか」
「ホグワーツ結晶?」
驚きに声を上げるスネイプには首を傾げて言葉を繰り返した。
の両手の中には、コイン大の雪の結晶がキラキラと光っていた。
の体温に包まれそして暖炉の火の前だというのに、結晶は少しも溶けてはいなかった。
この結晶のことをもしかしたらスネイプは知っているかもしれないと、持ち帰ってきたのだが、
の予想以上にスネイプは驚き、関心を示した。結晶をひとつ手に取り、目を細めて結晶を見つめる。
透明かと思えた結晶は、暖炉の炎に照りだされて様々な色に変化していた。
しばらく結晶に見入っていたスネイプだが、やがて静かに口を開いた。
その視線はいまだ、珍しげに結晶を観察していて。
「なんでもホグワーツでしか見られない結晶のようでな、
流れてくるいくつかの気流が合わさり、それに伴った気温の時に出来るものらしい。
かなり複雑な環境の下でできるものだからな・・・なかなか目にすることができん。
そして不思議なことに、この結晶はその時は溶けずに一日たつと消えるのだ。
どんなに高温のところに置こうが、必ず一日、その形を保つ。」
半ば独り言のように呟いたスネイプは、その結晶をの手の中に戻した。
幸運だったなと薄く笑ってみせれば、嬉しそうにの顔がほころんだ。
「ふふ。ね?外に出てよかったでしょ?!v」
「お前の普段の出かけ方が普通じゃないのだ。禁止は禁止だ。」
「そんなぁ!」
泣きそうなにくくくと喉の奥で笑うと、スネイプはそっとの頬を撫で上げた。
意味ありげに合わせてくる視線に、は零れそうになった涙を堪える。
「我輩とならば出かけてもいいがな」
そう紡がれた言葉に一瞬のうちにはは何のことだか理解が出来なかった。
そして脳裏の奥でかちりと音が聞えたような気がして、は嬉しそうに微笑んだ。
「えと・・またこの後外に行きたいなーとか思っているんだ・・け・・ど;」
ほんの少しおどおどと見あげてくるに、フッと笑うとスネイプは小さくの頬に口付けを落とすと
優しく、紅茶とケーキが待っているテーブルへとエスコートをした。
まずは茶をしてからなと、冷めかけたポットに杖を一振りをすれば、は嬉しそうに顔を輝かせ
手にしていた結晶をそっと窓際へと置き椅子に腰を降ろした。
ゆったりとしたお茶の時間を過ごした二人がその後、手をつなぎ外へ出かけていくのを、
多くの生徒が見かけこんな雪の日にと首を傾げたが、こんな雪の日がいつもとは違うものだと知っていたのは2人だけ。
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久々にお題更新ーそして撃沈ー。
書きたいことが半分も書けなったよ;(書き直せ)
積もりはしなかったけど、先日雪が降って思いついた雪の結晶。
ホグワーツ結晶・・・ありえないヨ!?