「ま〜るま〜る満月♪ふ〜わりっわりv」
「なんだ、その阿呆な歌は」
「わあっ!セブルスだあ!」
+満月+
星が一つもない漆黒の夜空にふわりと満月が浮かんでいる。
虫の音が耳に心地よい初夏の夜。天文台の支柱の上に造られた、ライオン像の背中に腰をかけながら、
にこにこと口ずさんでいるの耳に、ため息混じりの呆れた低い声が響いた。
「ふえ?」と間抜けそうな声をあげ、下界を見おろせば、漆黒の闇に溶け込んでしまいそうな黒衣。
肩まで伸びた少し癖のあるその髪も、吸い込まれそうな意志の強い瞳も深い黒を持った男、
セブルス・スネイプが腕を組み、眉間の皺を深く寄せて見上げていた。
嬉しそうに、そして猫のように目を細めて答える少女に「降りてこい」と顎で指図をすれば、
ふわりと少女の長く黒い髪が揺れる。
重力の法則を無視して、わずかに浮いた体を翻すと滑らかに支柱に沿って旋回しながらスネイプへと降りたった。
「わ〜どうしたんだよぉ!5日も来なかったじゃないかぁ!」
「うむ、すまなんだ」
嬉しそうに自分の首に抱きついてくる少女に小さく微笑むと、そっと頭を撫でる。
けれども感覚は、
ない。
首に抱きつかれているのにその重さを感じなければ、ふわりと揺れた黒い髪が頬を掠めても、風一つ感じなかった。
ニコニコとスネイプの両頬をぱふぱふと小さな手で軽く叩く仕草がなんとも可愛らしい。
だがその手の感覚も空気の流れ一つも感じない。
はゴーストなのである。
「さて、今夜は何を話そうかね」
そう小さく呟けば、パアッとの顔に光が差し込んだ。
くるりと体を翻し、石のベンチへふわりと腰を下ろすと、
隣に座ってと言わんばかりにポンポンと自分の横を叩いて見せる。
「この前はね!セブルスのお友だちの子供の話を聞いたよ!
いつも悪さばかり起こしていて、手に負えないって。たしかハリーって子」
「友だちではいのだが」
いささか不満そうにチラリとを見やれば、「そうなの?」とは不思議そうに首を傾げた。
「いつも楽しそうに声をあげてたじゃないか」
「っつ・・あれは!あいつらが我輩にくだらぬ悪戯を!?」
「すごい悲鳴だったよねv」
「……帰る」
「やー!ごめんってば!お話してよぉ!」
はずいぶんと昔にこのホグワーツの生徒だったのだが、天文学授業の時に過って天文台から転落。
死してゴーストになってもそのまま天文台に留まり、以来生徒の安全を見守ってきた。
スネイプとの出会いは、彼が学生の頃。観測中にスネイプにちょっかいを出そうとした悪戯っこ達を叱りつけてから。
以来、とスネイプは話をするようになったのである。
彼が教師になってからは、天文台から動くことのできないのために、度々夜に訪れ城内で起きたできごとや
魔法界のことを話して聞かせた。首なしニックやポルターガイストのビーブスとは違い、は死に場所である
天文台から動くことができなかった。嘆きのマートルと似たようなものかもしれない。
ただマートルの場合、水道官をつたって場所を移動できるが。
そんなわけではいつもスネイプがくるのを楽しみにしていたのだ。
そして今夜もスネイプはに話をしてやる。
それから次の満月の夜。今夜も星が一つも見えぬ漆黒の闇にふわりと満月が浮いている。
は今夜もライオン像の背中に座りながら満月を眺めていた。
その表情はいつもよりも沈んで見える。
「一度でいい・・ほんの少しでいいからホグワーツ城内に行きたいな・・・」
は死んでから一度も城内を見ていない。スネイプの話はとても魅力的なものばかりだった。
最初はスネイプの話で満足していたが話をたくさん聞くにつれ、自分も城へと行きたい感情か大きくなる。
けれどもそれは叶わない夢。
城へと入るドアを越えることはできないのだ。
「そんなに城へ行きたいかい?」
突然空の上から声がして、弾かれたように顔をあげた。
そこにはまあるい満月がぽっかりと浮かんでいるだけ。
「??」
不思議そうにあたりを見渡していると
「にゃあ!」
はあまりの驚きにライオン像の背中から滑り落ちそうになった。
驚くのも無理はない、突然満月がぐわりと歪んだのだ。
慌てて体制を立て直し、ライオン像の影に隠れておそるおそる満月を見上げれば、
まるで笑っているかのように小刻みに震えた。
「くすくす。脅かしてしまったかな?お嬢さん!月が話をするなんて信じられない顔をしているね!
けれどもこうして話すことができるんだよ。さあさっ隠れてないで出ておいで!
願いを叶えてあげよう!」
おそるおそるライオン像の影から出て行けば、にっこりと笑うように満月がほんの少し欠け縮んだ。
「願いを・・叶えるって?」
「ああ、そうさお嬢さん!わしはもう何十年、いや今夜でちょうど百年になるな!
百年の間ずっと君を照らしてきた。君の再び不幸が事故が起きないようにと、
パトロールする姿勢は敬意を称する!!
そこでだ!百年頑張ってきた君に、わしが願いを叶えてあげようということだよ」
満月はまるで胸を張っているかのように、大きく膨らんでみせた。
その言葉に、思わずの表情が明るくなる。が、すぐに不思議そうに首を傾げた。
「でもどうやって?私何度も扉の向こうに行こうとしたけど、扉にも触れることもできないのよ?」
「おほん!」
もったいぶったように満月が咳払いをした。
まるで良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ゆらゆらと揺れている。
「なんとも画期的なプロジェクトさ!
わしの持つ力をちーっとばかし君に与えるだけなんだよ。君はゴーストから生身の人間へと
なり城の中へと行ける」
「ほっ本当に?!」
「ほっほー!・・・だが、わしの力にも限界があってなー。
朝陽が昇るとともにわしの力は弱くなってしまうのだよ。君は再びゴーストに戻り
天文台へと引き戻されていまう。それでもいいかな?」
少し不安そうに声をくぐもらせる満月だが、はにっこりと微笑んだ。
「ううん!!十分だよ!!朝陽が昇る前ならまだたっぷり時間はあるよ!」
「そうかそうかvそれではさっそく・・少しでも長く楽しめるようになv」
そう軽くウインクしてみせると、満月はぐるりと回転した。
すると突然の体が光だし、体中が熱くなるのを感じた。
カーッと熱くなる感触に思わずきつく目を閉じる。しばらくして、体から熱さが抜けてくるのを
感じてそっと目を開けてみれば、はライオン像から天文台から城へと入る扉の前に立っていた。
満月を見上げてみれば、「ささっ!!時間は有効に!!楽しんでおいで」と揺れ笑っている。
「ありがとう!!!」
満月に大きく手を振ってみせると、はドキドキしながら扉のとってに触れた。
百年ぶりに感じる、とっての冷たい感触。
その感触に感動しながらゆっくりと扉を開いた。
ほんの少し黴臭いような城内の匂いがツンと鼻先を掠めた。塔の深く下まで続く螺旋階段、
その奥深くから吹き上げてくる風に、嬉しそうに目を細める。
タンと軽い音を立てながら、ゆっくりと螺旋階段を降りていく。一段一段を噛みしめるように。
城内はすでに消灯時間を過ぎているようで、あたりはシンと静まり返っていた。
だが、その方がにとっては好都合だ。天文台のゴーストがいきなり生身の人間になって
城を徘徊していたなんて、生徒達に見られたらパニックが起きるだろう。
は懐かしそうに壁に手をぺたぺたと触りながら、長い廊下を歩いた。
気まぐれな階段も、至るところに飾られた肖像画も百年前と同じ。
肖像画の住人達は一瞬、を見て驚いていたけど、
「一晩の奇跡よ」と笑うに「おめでとう」と納得し微笑みかけた。
大広間の中へと入り、大きなテーブルが4列に並んでいるのを見るとはふわりと微笑んだ。
静かに、一番端のテーブル「スリザリン寮」につきそっとテーブルの上をなぞる。
「へへ・・そう・・・ここが私の定位置だったんだよねv」
あたりを見渡せば、静まり返った大広間。
人に見つからずにいるのは嬉しいのだが、やはりなんとなく淋しい気もする。
誰か・・一人だけでも会えたら・・・。
「一人だけなら・・いいかな?」
の中でその一人の人物の顔が鮮明に浮かび上がった。
そっと席を立ち廊下へと出る。向かう先は地下牢。
徐々に暗くなっていく廊下には、ゆらゆらと生きているように蝋燭が揺れている。
何度もくぐったスリザリン寮の扉の前を横切り、寮監の先生の自室である一番奥の部屋へと向かう。
そこは今はスネイプの自室。よく自分の所へと訪れてくれるスネイプなら会ってもいいかもしれないと、
は思ったのだ。
やや、緊張気味に重たそうな扉を叩けば廊下に乾いた音が幾重にもなって響いた。
けれども、重たそうな扉は開く気配はない。
もう寝てしまったのだろうか・・だいぶ遅い時間でもある。
もう一度ノックをしてみるが、やはり結果は同じこと。
少し残念そうに溜息をついて、はそっと踵を返した。
ポス
「ほぉぅ?」
踵を返した瞬間、は何か柔らかく温かいものにぶつかり、目の前が真っ暗闇に包まれた。
ふわりと薬品の匂いが漂ってくると同時に、男の声が上の方より降ってくる。
「こんな遅い時間に出歩くとは大した度胸だ。どこの生徒かね」
冷たく、意地の悪そうな声なのに、その声の主にはにっこりと微笑んで顔をあげた。
「へへーvセブルスだあv」
「?・・・・・お前っ・・か?」
ふわりと舞う絹のような黒く長い髪、そのかわいらしい笑顔にはえくぼができていて・・・
いつも天文台の支柱のライオン像に腰を掛けていた少女が、にこりとスネイプを見上げている。
ここは城内だぞ?それに今我輩にぶつかったのでは・・
驚きに目を見開き、疑わしそうにの頭からつま先まで何度も見つめる。
そんなスネイプの仕草に、驚くのも無理もないかな?と呆れ気味に笑ってみせるとそっと
スネイプの手をとってみた。いつも風一つ感じない感触なのに、からじんわりと伝わる
温かく心地よい熱。その温かさに思わず息を呑んだ。
事の始まりを話そうとするを自室の中へと促し、ソファへ座らせる。
その横に自分も腰を下ろして、じっとを見つめた。
「・・・・それでね、一晩だけ私は城の中へ行くことができたのv」
「そうか・・・」
にっこりと見上げてくるに、やっと納得したようにスネイプは小さく頷いてみせた。
満月が話をして、魔法をかけてくれるなんてマグルが聞いたら、発狂したかと白い目で見られそうだが
ここは魔法界だ。何が起きても不思議ではない。それがが天文台にいついてからちょうど
百年という夜でもあるのだから。
「それでね、ずっと城の中を散歩していたのだけど、誰もいないホグワーツ城は淋しくて・・・
誰かに会いたくて・・・」
「それで?我輩のところへかね?」
「うんv」
答えを導き出すように、呟けばが嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みにスネイプもつられて微笑んでしまう。そして思い出したように顔を上げると
ほんの少し意地の悪そうな笑みを浮かべての顔を覗き込んだ。
そんなスネイプの仕草に、思わずはピクッと少しだけ強張る。
「な・・何?;」
「紅茶はいかがかね?」
「・・・・・・・・紅茶・・・」
その聞いたことのある言葉。けれどもは一瞬なんのことだかわからなかった。
ゆっくりと絡まった糸を解すように、記憶を遡れば徐々にの笑みに光がさす。
その嬉しそうに目を細めるの頭を、かき撫でて立ち上がるとポットに火をかけた。
カップを取り出そうと、棚へ手を伸ばそうとした時「私にやらせて!」とがカツンと
軽い靴音を立てて立ち上がる。「カップは温めるんだよね?」そう薄い水色のカップを
両手で持ちながらスネイプを見上げれば、「そうだ」と小さく微笑んで見せる。
コポコポとかわいい音を立て始めたポット。
じんわりと温まったカップを二つ並べたら、静かに赤みがかった美しい色の紅茶が
注がれた。湯気とともに鼻先を掠める上品な香り。その懐かしい香りを胸いっぱいに
吸い込んだら、準備は整って。大事そうにカップを手にしてソファへと再び腰を下ろせば
スネイプはそっと杖をテーブルへと振った。
「ビスケットはいかがかな?」
ポンっと軽い音がしたと同時に、テーブルの上に現れたビスケット。
「わあv」と声をあげビスケットに手を伸ばすを横目で眺めながらそっとの横へと
腰を下ろす。サクリと軽い音が鼓膜に響き、見やれば幸せそうに目を細め
ゆっくりと味わっているの姿。
「へへへ・・美味しい〜vv」
「そうか」
口内いっぱいに広がる、香ばしい風味。あとからじんわりと感じるほのかな甘さが
なんともいえない。その甘さを存分に楽しみながら、紅茶のカップを口に運べば
優しい口当たりとともに、生身の学生だった頃が昨日のように思い出される。
カップを両手で持ったまま、は幸せそうに目を閉じた。
静かに、静かに時が過ぎていく。
はスネイプとお茶を楽しんだ後、簡単な調合をやらせてもらったり
こっそりとスリザリン談話室に案内してもらったりと大いに楽しんだ。
そして徐々に空が白けて来た頃。
「あ・・・」
は自分の手がだんだん透けていくのを感じで、小さく笑った。
ゆっくりとかざせば、雲がかったように天井がうっすらと透けてみせる。
「そろそろ、時間切れだよv」
「そうか・・」
ほんの少し残念そうなスネイプの声にくすりと笑うと、そっとスネイプを見上げる。
「セブルスありがとうねvずっと付き合ってくれて。とても楽しかったよv」
「それはよかった。また天文台へ訪れよう」
「うんv」
徐々に薄らいでいく感覚や嗅覚には最後までスネイプの感触を感じていようと
ヒシッとスネイプに縋り付いた。
スネイプもそんなの心情を悟ってか、そっとその背中に腕を回す。
けれども次の瞬間、はスネイプの大きな手に抱き上げられていた。
驚くに、薄く笑ってみせるスネイプの顔が間近に迫り、
だいぶ薄れいた感覚に頬が熱くなるのを感じた。
そしての口唇に小さな吐息とスネイプの口唇の感覚が触れた。
「セブッ」
一気に顔を真っ赤にさせただが、とうとうの姿は完全に消えてしまった。
天文台へと引き戻されたのだろうか・・・
静まり返った室内にはスネイプの静かな吐息しか聞こえない。
今ままでのは幻覚だったのではと、目を見張るほどの静けさ。
けれどもテーブルに置かれた2つのカップが、の存在を証明してくれた。
「ぷるっぷる満月♪ふ〜わりっわりv」
「そのセンスのない歌はなんとかならんのか」
「む〜・・セブルスひど〜い!」
今夜も我輩はが待つ天文台に訪れる。
あの晩から、天文台に訪れた我輩はにキスをするのが日常となった。
ゴースト相手では空気の流れさえ感じることはできないが、
あの晩の感触はいつもまでも覚えている。
さて、今夜はどんな話を聞かせてあげようか・・・
二人楽しそうにベンチに座るのを、嬉しそうに満月が見守っていた。
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久しぶりの100のお題です。満月。満月といえばやっぱりルーピン先生かなあと
思いつつも、この100のお題はスネイプ教授メインと決めているので、スネイプ教授で。
もし満月が突然揺れて話をしたら?魔法をかけてくれたら?
ちょっぴりメルヘンで、のんびりした雰囲気を感じてもらえたら嬉しいです。
そんなわけで、ゴーストヒロインさん・・・百十何歳・・・;げふごほっ。
2004/05/25