+アロエの女+



















やけに外が騒がしい夜だ。
乳鉢から視線をあげ外の様子を伺えば、いったい何台走っているのだろうと
首を傾げたくなるほどのパトカーのサイレンと、家の前の通りをバタバタと
忙しく駆けていく幾人もの足音。
時折聞こえる怒鳴り声は家の中からはよく聞き取れないが、大方攘夷派の人間が
この付近に逃げ込んだところだろう。
ここら界隈では珍しくないことだ。
そう肩を竦めながらもは小さく溜息をついて、再び乳鉢に視線を落とした。


「困ったな」


ゴリゴリと音をたて、キャラウェイシードを潰していく。
独特の香りが鼻腔をくすぐれば、匙2杯分の挽いておいた粉末を
入れる。


「コンビニで頼んでおいたDVD、取りに行きたかったんだけどなー」


こうも厳戒体制が敷かれていては、下手に出かけて自分が疑われかねないし
攘夷派の人間にばったり鉢合わせになって、人質にでもされたら・・



「明日の納品間に合わなくなるし、しゃーない今夜はおとなしくし・・ん?」




ドサッ



木戸を挟んですぐそこの庭で何かが倒れる音がして、再び乳棒を動かす手を止める。
しばらくそのままの体勢で様子を伺うが、それから何も音も気配もない。
途端、木戸のわずかな隙間から漂ってきた微かな匂いに、は深い溜息をついて腰を上げた。



「めんどくさいなー」



常人では嗅ぎつけられないだろう微量のその匂い。
だが、の職業と以前身を置いていた戦場、そこで嫌というほど味わった匂いに
間違えるはずがない。



血臭だ。



カタカタと木戸を開け静まり返った庭を見やり、ニヤリとは笑った。







「急患一名様ご案内〜vv」














































「う・・・っどこだ?」



障子越しに差し込む陽の光に、高杉晋助は眩し気に意識を取り戻した。
昨晩襲った幕吏達の会合。
それが罠と気づき引き返す頃には真選組に囲まれて。
斬り合いへとなだれ込み、高杉の中の獣が疼き出す。
しかし一瞬の気の緩みがいけなかったか、あの鬼と呼ばれている副長に懐に飛び込まれ
袈裟掛けに斬られた。
とっさに避けたので致命傷にはならなかったが、出血の量に伴い視界が揺らぐ。
なんとか幕吏達から逃げるも意識はアジトまで持ちそうにない。


「っは俺もここまでか」


どこをどう逃げてきたのかもわからず、揺らぐ視界に任せて意識を手放したのだ。
それがどうだ、目が覚めれば土の上でもなければ冷たい牢でもない。
助けられたのか?
そう思うと同時に高杉酷く歪んだ笑みを浮かべた。
よもやこの自分を知らないで助けたのか、とんだ間抜けな奴がいたもんだ。
ならば助けた奴の息の根を止めて早々に立ち去るしかない。
そう上体を起こしかけて、高杉ははじめて自分の体の状態を知った。


「ぐぅっ・・・・・ちっ思ってたより深いか」


ビキッと電気のように体を駆け抜けた痛みに布団へと倒れこみ、
丁寧に巻かれた包帯を苦々しく撫でながら鋭い舌打ちを吐き出す。
それからゆっくり、ゆっくりと傷に触れぬようにやっとのことで上体をお越し息を吐き出すと同時に
スパーンと良い音をたてて障子が開かれた。




「やっほー!生きてるか青年!死んでたら返事しろー?」


「・・・・ぁあ?」



逆光に照らし出されて現れたのは、包帯をお手玉にしている女。
ニッカリと笑いながらもの言う女に高杉は一瞬呆気にとられるも
次の瞬間には女を睨み上げる。
が、女は怯える仕草一つすることなくにっこりと笑って包帯をリズムよくお手玉を続けている。



「ぁあ?じゃないだろ。んな極道もんよろしく下顎燻らして睨みあげんな。
そこはスパンと突っ込まなきゃ「死んでたら返事できるかーっ」て。
・・・ノリ悪いなお前よぅ」



「女、一応礼言って「女じゃない、だ」


ポンと最後の一個を空中でキャッチすると、は座敷に上がり高杉が寝ている布団の横へと胡座をかいて座った。
それを鋭く睨みつけてやるがは気にせず口を開く。


「薬師をやってる。何、礼を言う必要はないさ。
庭で倒れ続けられたらうっとおしいことこの上なかったから手当てしただけのこと、
今日新しく植える薬草があってな、作業に邪魔だったんだよ」


ほらとが指差す方向には植えたばかりらしい薬草が植わっていた。
決して広いとはいえない庭には、薬の調合に使うのだろう薬草が所狭しと
植えられ、隅の棚には植木鉢に植えられた薬草がびっしりと並んでいる。
なるほど、薬師というのは本当らしいしかもかなりの技術をもった。
いくら薬師といえども、栽培からする者は少ない。
目線だけで庭を見やっている高杉に手にしていた包帯を一つ取り出すと、身を乗り出して
高杉の傷を覗き込んだ。不快そうに庭からへと視線を戻すが、は気にすることなく
満足気に頷いている。


「意識取り戻してまたバックリ傷開いちゃうかなと思ったんだけど、
塞がったみたいだね!」


包帯変える必要ないやと傍らに包帯を置いて、にっこりと高杉に笑みを向ける。



「で?お名前は?」


「てめぇにゃ関係ねぇ」


「んだとぉ。高杉オメー、命の恩人にそんな言い方ないだろぉー?」


「・・・知ってんじゃねえか」


「そらぁテレビにラジオ、手配書きまでとあらゆるメディアにあんたさんの顔を名前が
公開されてるんだ。子供でもわかるだろうよ。
でもな?初対面の礼儀として名乗るっつーのがマナーっちゅーもんでしょ?
ジェントルマン・紳士ってやつよ。
それにあんたのことしばらくここで面倒みるんだしって・・・
あーあーあー・・・左目触るなぁ?」


聞いているのか聞いてないのか、高杉は斬られた傷を確認した後ふと違和感を感じて
焼けただれて潰れ、今や機能していない左目へと手を動かしすと包帯を巻いてないことに気づく。
の言葉に顔を顰めると、横においてある包帯を見やった。


「その包帯よこせ、ここに長いするつもりはねえ。今すぐ出て行く」


そう吐き捨てながら包帯へと顎で示し手を差し出すが、一向に包帯を取ろうとしない
高杉の右目が細められる。
大概の者であればこれだけで皆萎縮するところだが、目の前のこの女はどうだ。
ニタリと笑って包帯を懐にしまいこんだではないか。
「てめぇ・・」唸る高杉に臆することなく、高杉の顔、いや左目を覗き込んだ。



「あんたのその左目、高濃度のレーザーで焼き潰されたものだろ?
昔戦場で天人の武器でそういったものを見たことがある。
しかもまともな処置と治療をしてない上に、包帯もこまめに取り替えてないね?
菌が入り込んでかなり化膿していた。しばらく何もせずそのままでいた方がいい」



「・・・・・はっそーかい、世話になったな」


「待て待て待て?あんた私の話聞いてた?」


傷口をかばいながら立ち上がろうとする高杉の肩を溜息を混じりに掴めば
「触んな」と払いのけられ。
「俺ぁ、悠長にしている暇なんざねーんだ」そう傍らに置いてあった自分の刀へと
手を伸ばす高杉に、キラリとの目が光る。
綺麗に洗っておいた着物に袖を通す高杉の背中を眺めながら、懐へと手を伸ばし
横笛のような筒を取り出す。と、それを口元へと持っていき・・・



「っぷっ!!」



プスッ



「っでぇっ!!」



高杉へと吹いた。
呻き声をあげる高杉の首筋には、小さな羽矢。
それを引き抜き捨て、抜刀しながらへと振り返り睨みつける。



「てめぇ・・そんなに死にてぇ・・・・なっ・・・んだ・・」

「誰が帰っていいと言ったぁ?v」


にこりと笑うにガクリと膝をつく、ぶわりと冷や汗が吹き出し
体中をビリビリとしたものが駆け巡り。
グググと顔を上げれば、くるくると筒を回しながら高杉を見つめている


「てめっ・・・な・・に盛りやがった!!」


「痺れ薬と睡眠薬混ぜたやつ。久しぶりの重症患者なんだ、いろいろ試させて
もらうよ?高杉晋助君?」


「っ・・ふざけん・・・」


「はいvおやすみーvvv」


















その翌日から一人暮らしのの家は賑やかになった。



「触んな!!んなもん要らねぇ!!」

「んなに髪がかかってたら膿が取れないだろ?ヘアバンドで髪あげとけって
私しかいないんだから恥ずかしがることないよ?」

「てめーの指図は受けねぇ!」

「そーかそーか、ヘアバンドがいやならゴムで留めておくか。
どれがいい?いろいろあるぞvイチゴにくまちゃんに・・ほらこのポンポンもかわいいよ!」

「・・・・・・(怒)」

「あとは髪剃るとかな。バリカンでよぉ?」

「ヘアバンド、貸せ」

「ラジャー」










「げほっ・・んだよこの薬。苦ーってもんじゃねぇ・・」

「あ、やっぱ苦すぎるかぁ・・もうちょっとベラドンナ減らしたほうがいいかぁ」

「ベラ・・・っおい、てめぇぇぇぇっ;」

「じゃあ、はいv次これ試してみてv大丈夫トリカブトはすっごい微量にしてあるからv」

「飲むかぁぁぁぁ!!」








「おい」

「ん?」

「てめぇ今度は何盛りやがった。足の感覚がねえ」

「あぁ、高杉が何度も脱走図るから、煩わしくてさっき寝てる間に筋にちょっと針
打っといたの」

「てめーそれでも医者かぁぁぁ!」

「医者じゃないもん、薬師だもん。」

「開き直ってんじゃねーよ!!つーか薬師でもどーなんだよ!!」




と、賑やかな日が続いた。
こんな日が何日も続けば、流石の高杉も諦めるほかなく。
いや本当は諦めてはいないのだが、いくら策を練り逃亡を図ってもに見破られるのだ。
こうなったらやけくそで布団の上でおとなしくしている他なく。
だが、やはり薬師としての腕は立つのだろう。
負傷した傷はみるみると完治した。だが、今まで左目への負担が大きかったのか
は刀傷よりも左目の心配をしていたか。
膿は取れ、が調合した薬を塗りこみ包帯を巻いているが、時折奥の方で焼けるような
痛みが走りそれがあまりにも酷いので、渋々とそれを告げれば
いつものあっけらかんとした表情が一瞬に消え、心配そうに高杉の顔を覗きこんだのだ。


「なんでもっと早く言わないの!!」



焦りにも似た怒気を含んだの顔が頭から離れず、それから高杉はの治療に
一切文句を言わなくなった。
先日の静まり返った夜、障子の隙間から見つけた必死の表情で薬を調合してた姿も焼きついて離れない。



「これで菌は死滅するはず、脳への侵食は抑えられるわ。あとは・・」


頭部図が描かれた巻き絵を睨み、唸りながら調合する姿に高杉はそのまま抜け出そうとする
足を止めて、静かに寝床へと踵を返したのだ。
「・・・もうしばらくいてやるか」
完全ではないが、若干の信頼を委ねると同時に今まで見えなかったものが把握できるようになる。

自分の寝床として当てられたこの部屋は、薬屋として店を営んでいる家の中で一番奥に位置し、
さまざまな薬草、高杉も見たこともないような草花が植えられた庭が一望できる一番上等の部屋であること。

新薬の試しだといっては高杉をモルモットにしていただが、先日も認識したとおりやはり
その腕はかなりのものらしく、日中営業時間は客足が途絶えない。


「神楽がまーた変なもん食ってさー、下剤作ってくんない?」

「エリザベスが風邪気味なんだが・・」

「土方さんを抹殺する毒薬を作ってくだせぇ」

「総悟を一週間でいいからおとなしくさせる薬作ってくんねぇ?」

「お願い!!ケツ毛が薄くなる薬作ってぇぇぇ!!」

「はっはっはっ!!おもしろい薬草が手に入ったぜよ!!」


客の中には高杉の見知った客も多く、これには驚いたが、
高杉は店が開いている間はずっと奥の部屋に篭っているか縁側に座り庭を眺めている。
店から声は聞こえるが、高杉は出て行くこともせず、また高杉に気づく者も誰一人としてしなかった。
そんなある日のこと、陽が沈みそろそろ店じまいの時間に駆け込みなのか?客がやってきた。
急を要するものなのだろうと、布団の上で寝転がり耳を澄ます。
だが、聞こえてきた客の声に高杉は飛び起き、部屋を飛び出した。


「やっぱりの漢方薬が一番ッス!!」

「ほう・・そうでござるか。ふむ・・殿拙者にもひとつ調合してもらえるでござるか?」

「もちろんv・・っと、どこが調子悪いのかな?」

「どうも肩の・・「来島っ河上!!」

「あ・・あんた、おとなしくしてなきゃ・・」

「晋助(様)!?」

「・・・は?」



















「・・・ということは、また子ちゃんがよく話ししてた何よりも大事な人って
こいつのこと?」

「わーわー!!シーっ!!シー!!/////
って、晋助様のことをこいつだなんて、でも言っちゃダメッス!!」


その後店じまいを済ますと、立ち話するのもなんだからと高杉の部屋の隣の
座敷へと場所を移しひとまず落ち着くことにした。
陽が傾き始めた庭を望む障子を開け放ち、肌に優しい風そよそよと薬草たちを
撫でていく。
また子はの店の常連で、度々店を閉めるギリギリに訪れては
処方する漢方薬を買い求めていた。閉店間際に訪れる理由は至極簡単、
自分が指名手配犯であるからだ。
そんなことを聞きながら、高杉はアジトでまた子がよく何か薬を飲んでいることを
思い出した。
しかし、任務ならまだしも、また子と万斉と一緒にいるというのは大変珍しい。そう口を開けばあぁと
サングラスで表情が伺えない顔が僅かに動く。
どうやら高杉からの連絡があまりにも遅いので、何かあったのかと思い
捜索を兼ねつつ、どうも最近肩の調子が芳しくないのでまた子にここの店を
教えてもらい案内をしてもらったという。
納得する高杉に、今度はまた子と万斉が高杉へと身を乗りだした。
いったいどうしたのかと。
高杉はチラリとを見やると、溜息混じりにの家にいることになった
いきさつを話した。




「なるほど・・・連絡がこないと思っていたら真選組にでござるか・・・
傷の方は?」


「あぁ、もういい。・・・・丁度いい、俺はこいつらと帰るぜ」


「おいおい、もう少し左目の様子診た方が・・」


眉間に皺を寄せるに鼻で笑うと、サッと立ち上がり刀へを襖で繋がっている
高杉にあてられた部屋へと足を向け、布団の脇に置いている刀へ手を伸ばす。


「どうせ、視力は戻らねーんだ。これ以上の治療は薬の無駄だ。来島、河上行くぞ」


刀を腰に差して踵を返そうとするが、また子と万斉は立ち上がろうともせず
ちらりと顔を見合わせた。そんな二人に僅かに目を細め。


「おい、何してんだ早くし!晋助様のことよろしくッス!!」


「拙者からも頼むでござる、また逃亡を図ったら多少手荒になっても構わぬゆえ」


「・・・っ、何言ってやがんだお前ら」



高杉には目をくれず、また子と万斉は茶を啜るに体を向けた。
自分の命令に逆らったことがない腹心の部下の態度に、高杉は些か驚きを覚え。
けれどもそれが妙に苛立たしく、数歩にも満たない距離をドカドカとまた子と万斉へと
とって返す。


「おいっ「晋助様は!!」


苛立ち気に口を開く高杉をまた子は声を張り上げて遮った。
また子の視線は高杉には向けらず、太腿の上でギュッと力強く握った拳に注がれている。
いつもなら「晋助様!!」と笑顔を向けて命令を乞う部下。始めてみる態度に
おもわず言葉を失った。
静まり返る室内に、また子の呟きがぽつりぽつりと漏れる。



「・・晋助様は・・・いつもいつも無理ばかりするッス・・
また子達にやらせればいいものも無理して一人でやろうとするッス
だから・・こんな時ぐらいゆっくり休んでほしいッス」


グスッと小さくすすり上げる音が響き、また子の頭に万斉の手が置かれる。
サングラスに目の前のの顔が映し出された。


「たしかに。全て把握しておくのが頭たるものであろうが、それら全て己の手で
こなすというのは無理があるというもの。晋助は特に仲間思い故それが激しい。
また片方しか見えないというのは、人一倍目にも負担がかかるでござろう。
殿、拙者からも頼み申す。もう少し晋助をここで療養させてほしい」



深々と頭を下げる万斉にまた子も「お願いっ」と頭を下げた。
沈黙が空間を支配する。ことりと湯呑み茶碗を膳に置くと、立ち尽くしている高杉へと
視線を巡らせた。


「だってさ。あんたはどーしたいんだい?」


「・・・・ふん」そう小さく鼻で笑い、布団へと踵を返し刀を脇に置くと
こちらに背を向けて横になった。












「6日後、迎えに来い」










「晋助様っ!」

また子の顔がパアッと明るくなる。万斉の口元も僅かに笑みが零れ。
二人はに礼を言って、6日後の夜に迎えにくると告げると深くなった闇夜へと
消えていった。
二人が帰っていくときも高杉はこちらに背を向けたまま、見向きも声をかけることも
しなかったが、は高杉の頬が少し赤いことに気づいていた。




「あんたいい部下持ってんのね」


「・・・・・飯まだかよ」


「うわっ何こいつすでに主気分?・・ったく・・今用意するよ」


「酒もだ」


「おい高杉オメーなぁ。一応あんた病人「呑みてぇ気分なんだよ」




少しでいいから飲ませろや




「一合だけだからね」


「あー十分だ」














その日からだと思う。
妙に高杉が丸くなったように見えたのは。包帯を替え薬を塗る時必ず一言は
文句を言わなきゃ気がすまない高杉が、おとなしくしている。
また子ちゃんたちが帰ってから2日たったある日のこと、
今日は店は休みで、私はのんびりと庭の薬草の手入れをしていた。
縁側で高杉はぼんやりと庭を眺めている。



「なあ」


「ん?」




ふいに背後から声がかかり振り向けば、視界を定めていなかった高杉が
見つめていた。その表情がどこか軽いものじゃないと察しは作業をしていた手を止めて
立ち上がり、高杉へと体ごと振り返る。



「何?」


「お前・・・戦に出てたのか」








あんたのその左目、高濃度のレーザーで焼き潰されたものだろ?
昔戦場で天人の武器でそういったものを見たことがある。
しかもまともな処置と治療をしてない上に、包帯もこまめに取り替えてないね?
菌が入り込んでかなり化膿していた。しばらく何もせずそのままでいた方がいい






あの時は怪我の痛みも含め、苛立ちが体中を駆け巡り話に反応している
余裕などなかった。
しかし、傷も塞がり目も視力は戻ることはもうないが、の懇親な治療により
痛むことが少なくなってきた今、高杉はさまざまなことを考え、思案する余裕が出てきた
ところで気になっていたことをに問うた。
は「ん」と薄く笑うと、庭の隅の水道で手を洗い清め手拭いで拭きながら
高杉の隣へと腰を下ろした。



「京の蛤坂から鳥羽伏見・大坂・江戸・会津・仙台・・そして函館と。
医療班だったけどね。
京で私に医学の道へと勧めてくれた人がいたんだ。
その人自身は蘭学には興味なかったけど、「お前ならできる」って半ば無理やり」


「なんだそいつ、随分強引だな」


ははっと笑うの横顔は妙に懐かしそうな表情だ。



「その人は蛤坂で死んでしまった。いつも強引でさ、死ぬ間際まで強引・・
「生きろ、死んで来たら斬り殺す」って本当何から何まで強引だったよ。
久坂さんは」


死んだら斬り殺しても意味ないのにねー



ケラケラ笑うの顔を見つめながら高杉の思考はすでに固まっていた。





「結局医者にはならなかったけど、あ、免許はあるんだけどね。薬草が好きなんだ」



「・・・義助も詳しかったな」


「え?」


「ガキの頃からよ、「これを煎じて飲め」だ「あれが効く」だぁ、ほんと五月蝿ぇ奴だったけぇ」





あー、今のお前にそっくりじゃ





そう意地悪く見据えられ、は目を丸くした。










ガキん頃晋助っちゅう幼馴染がおってのぉ、こいつがまたえっらい体が弱くての!!
俺がいっつも薬草煎じてやってたんじゃけぇ!









生前の久坂の言葉が脳裏を掠める。
突然漏れた高杉の口調と久坂の口調が重なり、開いた口が塞がらない。







「我侭晋ちゃんってあんたのことだったんだ!!」


「何、教え込まれてんだよおめぇぇぇ!!」



ぱあぁっと明るくなるの表情に、青筋を浮かべる高杉。
けれどもそんな高杉にの顔はますます綻んでいく。
久坂が死んだ後もは久坂の志を受け継ぎ、医療班として戦場を飛び回っていた。
高杉と同じ戦場にいたこともあったのだが、顔を合わしたことはなく。
そして話はいつしか戦前の話へと遡り、気づいた頃には日は傾いていた。









































「なあ、お前も来ないか」



ついに6日がたち、高杉は用意をしながら傍らに立って高杉の動作を眺めている
を見やった。高杉の問いににっこりとは首を振る。




「私は久坂さんの意志を受け継いだ。誘いは嬉しい。
けど私はより多くの人の力になりたい。すまない」


「そうか」


少し残念に目を伏せるが、高杉はさらに強要することはなかった。
亡き幼馴染であり友だった意志を受け継いだ、目の前の女の目は意志が強く揺るぎないもので
それが妙に幼馴染を連想させる。きっと薬師としての意志を全うするのだろう。
そう小さく笑うと顔を上げて、まっすぐにを見つめた。


「世話になったな、


初めて呼ばれた名前にからも自然と笑みが零れる。



「また何かあったら来なよ?それと・・・」



そう言いながら、は植木鉢を一つ高杉へと差し出した。
不思議そうに受け取り、植えてある植物を凝視する。



「アロエ?」


「そ、傷にいいんだ。あ、トゲはとって使いなよ。はいこれ使用法。」



「晋助様ァー!!お迎えにきたッスー!!」


「今行く」



裏口の方からまた子の声が聞こえた。一度そちらに声を向けると再びへと
視線を戻す。


「義助もよくこれを使ってたな、ありがたくもらっていく」


そう笑うとグイッとの腕を引き寄せ、片腕で抱きしめた。
片腕にはアロエの鉢。




そして頬に温かい体温が掠め、高杉は闇の中へと消えていった。







後、高杉の行く先には必ずアロエの鉢があったという。



















すいません、途中史実長州関連の原稿やってて、ものの見事に感化され
なんだかシリアス終わり?あれ当初の予定ではギャグ終わりだったのにっ!
久坂さんなんて影もなかったのに!!
ほんと;毎回蛇足で;
きっと、すーっごい落ち着いている時とかえっらい和んでいる時に方言が出るんだ!!と
無理やり設定。(いい加減にしろ)

ここで本文中の薬草について。
あまり知られていない薬草名だと辛いかなと思い、有名な毒草や薬草を
使ったんですけど、なんか無理やりだったような気がします;


ベラドンナ
→原産地ヨーロッパ・アジア西部でいつ日本に入ってきたのかまで
調べてません;すいません;
ナス科で全草に強い毒性があり、根は猛毒。葉からはエキスやチンキなどが精製され
鎮痛剤などに利用されますが、一般利用は危険な毒草です。


トリカブト
→有名な毒草。
猛毒で毒矢や死刑囚の毒殺用に使われていたことも。
現在でも漢方薬で使われることもあります。


アロエ
→こちらも有名な薬草。
江戸時代に薬用として伝わり、医者要らずといわれるほど
頻用されていました。
主にやけど(軽度)・傷・炎症を抑える働きがあります。
うちでは皮とトゲをとって煮詰めて、ヨーグルトに入れて食べてますv



最近高杉書こうとすると、必ず過去に遡る・・・・;そして甘くない(致命的)



執筆・7月4日