「ねー?」
「あー?」
+刃と牙と+
真っ赤な夕日、これから訪れる闇。
家屋の瓦屋根に腰下ろし、徐々に地平線の向こうへと沈んでいく夕陽を
眺めながら声だけを隣に同じように腰下ろし眺めている男へと向ければ、
これまた同じように間延びした返事が返ってくる。
それでも視線は輪郭がぼやけ消え溶けゆく夕陽から逸らされることはなく。
ふと、視界の隅で愛用の煙管を吹かしているのであろう、ゆっくりと立ち昇る紫煙がかすめ、
思わず「余裕だなぁ」と一つ、苦笑いを零す。
「晋助、少しは警戒心というものを持とうよ」
「、てめぇは職務っつーもんをわきまえろや」
また同じように返されて、またもうひとつ、苦笑い。
そんな私に晋助は小さく鼻で笑った。
刀を両腕に抱え込むようにして立てている私が身に纏う衣は、まるで深い闇を思わせる黒。
そして刀身の如く鈍く光る銀のライン。
それは紛れもなく今隣にいる男、高杉晋助の宿敵とも呼べる真選組の隊服。
加えて首にスカーフ、ベストとくればそれが隊長格の者であることが容易に伺えるだろう。
敵と敵
それなのに私の鞘から刀は抜かれることはなく、晋助もまたゆったりと寛いで紫煙を吐き出している。
あー、トシに見つかったら五月蝿いだろーなぁー。
「なぁ」
「ん?」
陽はとっぷりと沈み込み、徐々に辺りが薄暗くなってきた。
眼下の大通りには家路に急ぐ子供たち、買い物カゴを持った女性とまだまだ賑やかだ。
そんな光景を眩しそうに見下ろすに、今度は高杉が口を開く。
「お前はいつまで刀を振るう。いつまで戦う」
高杉の視線は徐々に暗くなりつつある空へと注がれているが、その声の鮮明さに決してただの独り言ではないことが読み取れる。
下の通りから高杉へと視線を向け、しばし整ったその横顔を見つめ、小さく笑って刀を抱え直した。
「笑うとこじゃねーよ、オラ答えろ」
の様子に些か気分を害したのか、鋭い右目が睨みつけてきて思わず肩を竦めてみせる。
視線はまたはるか先の地平線を捉え。
「晋助が刀を納めるまで・・・かな」
晋助の中の獣が、呻き止むまで
へらっと零れる笑みに、高杉の右目が見開かれた。
「壊してやる・・何もかもな。
ック、よぉ?てめぇにも止められねぇくらいになぁ?」
「うん、いいよ。晋助が思うままに進めばいいよ」
赤く染まった左目を覆った包帯
狂気を滲ませた右目
傷だらけで震える体を木の根元に預けて
君は哂っていた
私の言葉に一瞬震える体を止め、私を見る君の驚きの目は今でもはっきりと覚えている。
そして次の瞬間には酷く歪んだ笑みを浮かべて、私の頬を撫であげていた。
天人のものか
人のものか
己のものなのかわからないほど、血塗れた手で。
「なら・・俺と来いよ」
「私は君とは行かないよ晋助」
あの時、欲しいものは必ず手に入れていたこの俺が、
なぜ首を横に振ったの手を掴まなかったのか
今でもわからねぇ
ただ、今ならなんとなくわかるような気がする。
「はっそーかい。そいつはしばらく刀下ろせねーなぁ?」
「そうだよねー」
鼻で笑う高杉に、も眉をハの字にして苦笑いを零す。
「晋助ったらこの前料亭を襲撃したばっかなのに、昨日なんかまたやらかすしー」
休みないっつーの
むぅと口を尖らせるに、また馬鹿にしたように笑ってみせ
コンッと小気味の良い音を立てて、煙管の灰を落とす。
あっとが小さく声を上げた。
「ポイ捨て禁止だよ!!」
「そらぁ、煙草だろーが」
「む、大して変わらないよ」
「あー、そーかい」
「逮捕すんぞ晋助」
「はっテロリストが灰捨てで逮捕たあ、これほど間抜けなこたあねえなぁ?」
そう喉の奥で笑いながら腰を上げる高杉を目で追う。
「行くの?」
「あぁ、また幕吏共が会合開くらしいんでな」
「おまっ・・晋助あんたねぇ!少しは控「止めてくれるんだろ」
私は君とは行かないよ、晋助。
今の君は抜き身の刀そのもの、君は狂気そのものだ
君には収める鞘が必要だよ
だから・・・
高杉の飄々とした態度に思いっきり顔を顰めて見せれば、まっすぐな視線が返ってくる。
きょとんと目を丸くするに、刀を抜いて鼻先に触れる寸前のところまで突き出し見下ろす。
の表情が些か硬質を帯びたが、取り巻く空気は変わらず穏やかだ。
「俺の鞘になる。あの時の言葉忘れてねぇよなぁ?」
俺が幕吏どもに牙を向ければ、お前は必ず刀で受け止める
晋助が振り下ろす刀の先がどこであろうと、私が必ず塞ぎ止める
「止めてくれるんだろ?呻き止まない獣の俺を。なあ?」
晋助が突き出す刀先がゆっくりと首筋にあてがわれ、
酷く歪んだ笑みを浮かべた晋助がそこにはいた。
あの時と 同じ顔をした
刀を突きつけられたまま、は表情一つ変えることなくゆっくりと立ち上がると、
自分の刀を抜きそれを高杉へと突きつける。
微動だにしない高杉と鋭く視線が合さった。
「止めてやるさ、真選組として幕吏として・・ううん、それ以上に
晋助
あんたの友人として、全力であんたを受け止めてみせる」
晋助、あんたが刀を納めるその日まで
どのくらいそうしていただろうか、互いに差し抜く強い眼差しで互いに刀を突きつけたまま
辺りがすっかりと闇に溶け込むまで、二人はそうしていた。
やがて、どちらともなく刀を下ろすと、ふわりと笑みが零れた。
先ほどとは違う穏やかな笑みが。
「はっ、友人ねぇ・・・せめて自分の男とでも言ってもらいたいもんだ」
「はぁぁぁ?!何言ってんのぉぉ!!」
「じゃあ、またな」
一気に紅潮するの腕を引き寄せて、頬に掠めるだけの口付けをすれば
みっとの目が見開かれる、それを至極楽しげに見やって踵を返せば、
背後で小さく聞こえる唸り声。
「なっ・・ちょっ・・・はっ・・何すんのよぉ!!バカ晋助ぇぇぇ!!!」
振り返らずヒラヒラと片手を上げて路地裏へと飛び降りれば、
の悪態がまだ屋根の方で聞こえた。
「バカはおめーだ」
何度接吻したと思ってる、ただの女が俺の鞘になれると思ってるのか
小さく鼻で笑って呟いた言葉は、もちろんはるか上にいるにはもちろん聞こえるはずもなく。
やれやれと小さく肩を竦めると、高杉は深い闇の路地へと姿を消していった。
いつか自分の辿り着く先が、の元であると強く願いながら
その時こそ、刀を納められるのだと。
久々の更新;しかも短編。
真選組ヒロインの高杉夢ってなんだかとても好きです。
6月21日執筆