「な〜、憲一い〜」






























           +飴玉+













木々が纏う木の葉という衣が徐々に赤みを帯び、ひらひらと落ち始める季節。
昼時を過ぎると、じんわりと温かかった空気も肌に刺すような冷たいものへと変わっていき。
そんな中、警視庁・捜査一課内にのたーとした声が静まり返っているフロアに響いた。
九つの班で成り立っている殺人犯捜査係はデスクごとに各班別れている。
声の主である、捜査一課刑事の は椅子に深く座ったまま、
くるりと背後にある別の班のデスクへと振り返った。
の真後ろのデスクには、彼女が呼んだ刑事の席。
「憲一」と呼ばれた刑事は一瞬背筋を伸ばすと、深い溜息を吐き出しながら、
首から上だけで振り返る。
その表情がどこか複雑そうに見えるのは気のせいではないであろう。


「呼び捨てすんな」


「憲一は憲一だもーん」




やや睨みつけるようにを見据えた刑事・伊丹憲一は、だらーっとしている
にスッと目を細めると、「うるせー」と再び途中だった調査書の書き込みへと視線を戻す。


「話終わってないぞー。憲ころすけー」


「だー!!なんだよっ!そのころすけっつーのは!」


くいくいと袖を引っ張られる感触に視線を移せば、口端を上げてにんまりしているがそこにいた。
鋭く睨みつけてやれば、さも怖そうに肩を竦めてみせると伊丹のデスクの上を覗き込む。
何か探しているかのような仕草に伊丹は怪訝そうに顔を顰めた。


「なんだ?消しゴムだったらさっき返したろ」


「いんやー、飴持ってるかなってさ」


「飴ぇ?」


「そう。なんか喉がちくちくすんのよ」


「持ってなさげ〜」と伊丹のデスクの上を見やると、は小さく溜息をつき、
腰を下ろしたままカラカラと音を立てながら自分のデスクへと向き直った。


「飴だったらお前んとこのダイブツが持ってるんじゃないのか?」


の向かい席には伊丹が指すダイブツという愛称で呼ばれている刑事の席。
本名は竹田という。中年で体格のよい男で、とコンビを組んでいる刑事だ。
顔が大仏様に似ているところからそう呼ばれている。
ダイブツは大の甘党でデスクにいつも大好物の大福や最中などがあるのを
皆知っていた。
伊丹の言葉に大きな山のような物体がぐらりと動き、窮屈そうにデスク上の書類からダイブツが顔をあげる。
不思議そうな顔をしているダイブツに伊丹はを指しながら
「こいつが飴欲しがってる」と言えば、はフルフルと首を振ってみせた。


「ダイブツさんの持っている飴はコーヒー味なんだ。私コーヒーだめなんだよ〜」

口を尖らせながら呟くの言葉に、ダイブツは思い出したように頷いてみせた。


「あぁ、飴のことか。さっきも聞かれたんだが俺コーヒー味しか持ってないんだ。
こいつ黒飴とか茶飴が好きなんだよ。伊丹お前たしかコーヒーより日本茶派だろ?」

「あぁ、だからか。でも飴は持っちゃいねえな。・・・・おい、コーヒー味で我慢しろよ」

「やだぁっ憲一の人でなしっ」

「おまえなぁ」


うわ〜んと、さもやる気のない泣き声をあげながら抗議するを伊丹は舌打ちをして睨みつけた。



「年も階級も下のお前に、なんで呼び捨てされなきゃいけないんだ?」


「むう」と、やや不貞腐れたように頬膨らませるを見据えれば、
伊丹の隣の席の芹沢がの顔を見て小さく笑った。


「むか。慶二笑うな」



と芹沢は年齢が近いためか、芹沢のことを呼び捨てにしても芹沢はとくに気に止めていない。
伊丹とのやりとりをおもしろそうに眺めていた芹沢は、の反撃にさも
怖そうにわざとらしく肩を窄めてみせた。


「だってさ、なんか伊丹というより、憲一の方がしっくりくるのよ」

「わけわかんねーし」


「伊丹ぃ、芹沢ぁ!聞き込みに行くぞー」

「あー三浦さん帰ってきたー」

「!なんで、三浦だけちゃんと呼ぶんだよ!」


これ以上付き合ってられんと、書きかけの書類に視線を落とすと同時に
資料提出に行っていた三浦が帰ってきた。コートを手にしながら2人に促している姿を
眺めながら、満面の笑みを浮かべるに、伊丹は噛み付かんばかりの勢いでを睨みつける。
きょとんと伊丹を見上げては「んー」と少し考えると、すこし不貞腐れたように
口を開いた。


「・・・だって、三浦さんは年も階級も私より上だもん」

「俺もだろうが」

「うん。憲一v」

「・・・・・・・(深〜いため息)もういい・・・。確か浅草の件だったよな?」

「おう」





今度こそ溜息混じりにから視線を外すと、メモ帳を胸ポケットにしまいこみながら
立ち上がる。芹沢もコートを着ながら先ほどとは打って変わって真剣な顔つきに、
は伊丹の邪魔にならないよう椅子に座ったまま自分のデスクへと戻ると、
右手を軽く上げて彼らを見送った。


「いってらっしゃーい。寒いから気をつけてねー」

「おう」




玄関ホールを通り抜け、外へ出ると同時に頬に突き刺さる風に伊丹達は思わず肩を窄めた。
雪でも降るんじゃないか?と思うほど空はどんよりと暗い。
芹沢に運転を任せると伊丹は素早く車に乗り込んだ。
先日起きた浅草での強盗殺人事件の進展は芳しくなかった。
聞き込みをするも、なかなか核心につながるような情報は得られない。
おまけに体の芯から体温を奪っていくこの寒さ。伊丹達の表情もさらに険しくなる。
結局、何も収穫はないまま時だけが川のように流れさり、浅草の街は
深い闇の中へと静かにのまれて行く。伊丹がおもむろに夜空を仰げば、澄み切った空気に
星の光が煌々と輝いていた。


「そろそろ引き上げるか」


三浦の言葉に、伊丹は待ってましたといわんばかりに車の方へと踵を返した。
小走りに後ろから芹沢がついてくる足音が妙に響いて聞こえる。
ふと視線を上げた伊丹の先に一軒の店が目に入った。
ビルとビルの間に挟みこまれたこじんまりとした古い店。
しかし、そこからこぼれる光が妙に温かく感じる。そこは駄菓子屋だった。
そう認識すると同時に、伊丹は妙に浮き立つ感覚を覚えた。
覗いてみたい。そんな気持ちがむくむくと湧き立つが、今自分は職務中であると思い出す。
だが、通りすがりに眺める分にはなんら問題はないだろうと、視線は駄菓子屋に向けたまま
店の前を通りかかった瞬間、背後の芹沢が「わー」と懐かしさをこめた声をあげた。


「懐かしいなー駄菓子なんてガキん頃以来っすよ!!」

「そうだな〜。今は駄菓子屋も少ないしなあ」


どうやら芹沢と三浦も同じようなことを考えていたらしい。
三人は誰がというでもなく立ち止まると、軒先に並べられた駄菓子を眺めた。
黒糖がふんだんにかかったふ菓子にカラフルなガム、棒つき飴にチョコレートなどが畳一畳分の木の台に
駄菓子が所狭しと並べられている。現代風になったものもあるが、懐かしさがこみ上げてくる。
ふと芹沢を見やった伊丹は思わず笑いを堪えた。

「おい、お前買っていくのかよ」

 三浦の隣では置いてあった竹篭を手にして、菓子を選ぶ芹沢。その表情は真剣だ。
「ガキだな〜」と三浦と共に笑えば、少し照れたように頷きながらも菓子を選ぶ手を止めない。

「ダイブツさんやにお土産っすよ」

 「たまにはこういうのもいいでしょ」と笑う芹沢に、三浦も「まあそうだな」と楽しげに笑う。
芹沢が選んでいる間、伊丹と三浦はしばし駄菓子を眺めながら昔話に花を咲かせていた。
ふと店内へと視線を移すと、そこには駄菓子とは別に浅草土産なども売られている。
煎餅に雷おこし、人形焼などをはじめ、それにならんで和菓子などもいくつか売られていた。
吸い寄せられるように店内へと入ると、会計している芹沢と店の主なのであろう
老婆が楽しげに話をしている。
それを横目に、伊丹は目の前にある棚からパンパンに膨らんだちりめんの巾着袋を
手に取ると、しばらく沈黙した後、財布を取り出し芹沢へと視線を向けた。



























「むー・・・いくらか・・・でもまだ変だな〜」



 山積みになっていくファイルに、新たなファイルをバランスを考慮してそーっと乗せ終えると、
は喉元をマッサージしながら、けほんけほんと咳払いをした。
伊丹達が出て行くまではさほど痛まなかった喉だが、時間が経つにつれ、痛みが徐々に
強くなってきていた。
そこでは先日遊びに行った特命係で、角田係長が「喉にはカリンエキスがいいのよ〜」と
と特命係の2人に奥さん手製のカリン液を見せてくれたのを思い出し、
小休憩の時間を見計らって生活安全課へと顔を出しに行ったのだ。
事情を話すと角田は快く承諾してくれ、愛妻手製秘話を横耳に、湯でといたカリン湯を
ご馳走になってきたのである。
いくらか痛みが和らいだものの、いまだに違和感が残って仕方がない。


「帰りにカリンエキス買っていこっかなー」


「ちーっす!寒いよっ!!」

 山積みのファイルと窓から見える闇夜を見やり、いい加減に帰りたいと思い始めたの鼓膜に、
聞き込みへ出ていた芹沢の声が飛び込んできた。
首だけ振り返ると、寒そうに肩を窄めて自分のデスクに紙袋を置く芹沢の姿。
その後ろから三浦と伊丹が寒そうに一課へと入ってくる。
手を擦り合わせている三浦に小さく笑うと、椅子に座ったまま伊丹達へと振り返った。


「おかえり〜。今晩雪降るらしいよ〜」

「げっ、まじかよ〜。寒いはずだよ」

「あー・・こりゃ腰に堪えるなぁ・・・」

 の言葉に顔を顰める芹沢に腰を軽く叩く三浦。
伊丹がブルゾンを上着かけにかけたところで、はスッと椅子から立ち上がった。


「おいしい緑茶を淹れるよ」



の言葉にダイブツも一息入れたいらしく、開いていたファイルを閉じた。
茶筒を取り出すに芹沢はデスクに置いた紙袋をガサガサと開き、
袋ごと逆さまにして勢いよく中身を出した。コロコロと転がり出てくるものに
ダイブツが歓喜の声をあげる。

「おー駄菓子かー!懐かしいな」

「でしょー。ダイブツさんとにお土産っすよ」


すもも袋を取り上げてニンマリ笑うダイブツに、芹沢もニヤリと笑う。
その光景を見やって、も嬉しそうに笑った。
茶筒の蓋を開ければ、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。この蓋を開ける瞬間が なんともたまらずは好きだった。
深く香りを堪能すると、軽く瞼を閉じた先に、青空の下一面に茶畑が広がる。
香りを堪能するとゆっくりと急須に茶葉を落としていく。
人数分の湯飲み茶碗もすでにお盆の上にセット済みだ。
ふと、にうっすらと影が落ち背後に誰かが立ったことを感じ取り、
振り返ろうとしたその時だ。



ゴツ




「うにゃっ!」



瞬間、脳天に走る激痛には猫のような呻き声を上げた。何か固い物が頭に落ちたようだった。
両手で頭を撫でていると、背後でくつくつと喉の奥で笑う声が聞こえてキッと睨みつける。
そこにはさもおもしろそうに笑う伊丹の姿。



「け〜んちゃ〜ん?」


たっぷりと嫌味を込めて名前を呼んでやるが、伊丹はたいして反応も示さずに
笑いをやっとのことで堪えると、またの頭にずしっと何かを置き見据えた。


「土産だ。ありがたく受け取れよ」


「み」


 手探りで頭へと伸ばすと、指先に固い物が触れた。
それをしっかり両手で押さえたところで、伊丹は手を離し急須と湯呑み茶碗がのった
お盆を持ち、駄菓子鑑賞会が行われているデスクへと踵を返す。
 の両手には、パンパンに膨らんだちりめんの巾着袋が納まっていた。
ずっしりと重く固い物が入っている。こんなものを頭に落とされたのかと思うと
伊丹を張り倒してやりたい気持ちに駆られるも、は手に納まっている巾着袋に
釘付けになり、好奇心旺盛に紐を解いた。


「わv」



 はらりと解けた巾着袋の口から現れたのは、透明の袋に入った色とりどりの飴だった。
浅草や京都などに行った時によく見かける、様々な飴が入った詰め合わせだ。
ハッカにゴマ飴、渦を巻いた飴に、リンゴを模した飴などがぎっしりと入っている。
よく見れば、が大好きな抹茶飴も入っていた。
伊丹はが喉が痛むことを気にしてくれていたのだ。
キュッと巾着袋を抱きしめると、大きな背中ににっこりと微笑んだ。



「ありがとうっ」


僅かに伊丹の動きが止まったような気がした。すると少し口端をあげた伊丹が
首だけで振り返る。


「ありがたく思ったなら、これからちゃんと伊丹先輩と呼べよ」

「うんvそうするよ憲一v」

「・・・・・・茶にすっぞー」

「はーい」


 帰りにカリンエキスを買いに寄ることはもう必要ないだろう。
は巾着袋の口を閉めると、諦めの溜息を吐き出しつつも、微かに笑っている伊丹から
お盆を取り上げてデスクへと戻った。
そんなの姿を楽しげに見やると、伊丹も急須を手にまた歩き出す。
 外はいつの間にか雪が降り始めていた。今夜も遅くまで残業になるだろう。
駄菓子を交えた昔場話で盛り上がりながらも、伊丹は視界の隅にちらつくファイルの山に
小さく溜息をついた。




























〜おまけ〜




がりがりがりがりがりがり



「お前っ飴は舐めるもんだろう!!」


「何言ってるんすかい、飴は噛むもんでしょ?わかってないなー」













そんな捜査一課の小休憩の時間だったり。























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後書きという名の弁明。


久しぶりっ久しぶりな更新だよ!!奥さーん!
えーっと、冒頭の方を読んでもわかるとうり書き始めは去年の11月?つまり秋?
今は2月よ?立春してるんよ?えーもうすっごーいノロマ更新ですっす。
亀さんにもカタツムリにも余裕で抜かされているノロマっす。

「飴玉」と「浅草」と「伊丹んが飴袋をごっつりとヒロインちゃんの脳天に落とす」
をやりたくで書いたブツなんですが、オリジナルキャラは出るは糖度はないどころか
マイナス数値?といいますか誰夢?事件でごった返している一課でも
たまにゃーのんびり茶したれーみたいな。
でもヒロインちゃんは伊丹さんのこと好きなのね。うん。
飴もらって踊りだすほど喜んでいるのね。

2005/11執筆して2006/2/5出来上がり。遅い・・遅すぎるぞお前!