頬刺す北風がとても痛い
露わになった白い手が悴んで。
小さく身震いするとにんまりと部屋を後にした。
+心の相棒 相棒連鎖番外編・その後の二人の関係みたいなもん。+
パタパタと自分が奏でる足音にクスリと笑う。
頬刺す北風がとても痛いのに、
露わになった白い手が悴んでいるのにも関わらず、
はにんまりと笑みを浮かべたまま、目的の場所へとパタパタ急ぐ。
ここはとある温泉街。
同僚の米沢達にひたすら頭を下げつつ、ささやかな贈り物を配りようやく手に入れた、
一泊二日の温泉旅行。
そしてたった一人の家族である母と二人、数年ぶりの旅行には両手で抱えたバスタオルに
にやける口を埋めて、ほわんと目を細める。
ホテルにチェックインをしてしばし寛いだ後、母と温泉に入り夕食後の今。
はもう一度温泉に入るべく、浴場へと足を向けていた。
母はマッサージを頼んで部屋でのんびり寛いでいる。
短いけれど、ゆったりとしたひと時を今確実に噛みしめているのだ。
ここの露天風呂は8時半まで女性専用だもの!今のうちに入っておかなきゃ!
時計が指す時刻は7時20分ちょっと過ぎたところ。
浴場へ向かうには一度フロントの前を通って別館への連絡通路を通らなくては行けない。
が泊まっている部屋から少し遠いが、温泉好きのにとってこんな距離は大したことではなくて。
「温泉♪温泉♪」
と、小さく口ずさみながらフロントへと続く角を曲がったその時だった。
ドンッ
「きゃっ」
「っつ。!あぶねぇっ」
角を曲がった瞬間、何かにぶつかりその反動では後ろへ倒れそうになる。
が、それは慌てた声とともに腕を引かれてはぶつかった相手−たぶん声からして男だろう胸に収まる形になっていた。
「すいませんっ俺が余所見してたばっかりにっ」
「いいい、いえっ私もちゃんと確認して曲がってれば」
「「ぁああー!」」
降り注いだ申し訳なさそうな声にとんでもないと顔を上げた瞬間、はピシリと固まった。
自分の腕を掴み支えているその男は、それはもう嫌!と言うほど毎日・・いやっ数時間起きに顔を見合わせている人物で。
「おまっ伊丹何さぼってんのよぉ!」
「てめぇと一緒にすんなあぁっ!」
ロビーいっぱいに響いた二人の声に、周りの人々が一斉に振り向き、
伊丹の後ろにいた芹沢と三浦は疲労感露わな溜め息を盛大に吐き出した。
とにかくまた騒ぎかねない伊丹とを落ち着かせて、芹沢はを三浦は伊丹をそれぞれロビー隅の
ラウンジへと引き擦っていく。
ソファに腰を降ろしたところで、は思いついたように顔をあげた。
「あ、たしか今伊丹達が捜査してる被害者の共通点がこの温泉街だっけ?」
は今回伊丹達の事件にあたっていなかった。
別の事件の鑑識に当たっていてそれが解決したからこそ、は休みを獲得できたわけなのだが。
の言葉に向かいのソファに腰を降ろした芹沢と三浦が二人同時に頷く。
伊丹はの隣のソファにどっかりと沈み込んだ。
「そっ。それと3つの現場からこの土地のものと思われる置物のが見つかっているんだ」
「それで俺たちは出張というわけでよ。しばらくこっちに篭りそうになるんだわ。
こっちはさみぃし、腰に堪えるなこらぁ・・・」
「いいよなあ?悠々非番の奴はよぉ?」
芹沢の言葉に、三浦が顔を顰めて長く息を吐き出す。
そんな二人を見やり、伊丹はニヤリと口端をあげながら隣のへと視線を移した。
挑戦的な伊丹の口調と表情に、も勝ち誇ったように口角を上げて対抗する。
「ふふん!私は正当な手続きの上の休みよ。それに聞いて驚けぇ?帰ったら仕事山済みなんだから!」
「・・そこ胸張るところじゃねぇだろ;」
僅かに口を引き攣らせて笑うに、思わず突っ込みを入れる。
むうっと頬を膨らませるとバフッとソファにもたれかかる。
そんなを一瞬目を細めて見やると、伊丹はの浴衣姿と両腕に抱いているバスタオルへと視線を移す。
「お前、風呂入り行くんだったんだろ?引き止めて悪かったな」
伊丹の言葉にハッと立ち上がる。
「そう温泉!
三浦さんも芹沢君も・・・・・ついでに伊丹も温泉でリフレッシュして捜査頑張ってね!」
にっこり笑う三浦と芹沢。そして「俺はついでかよ」と舌打ちする伊丹達と別れるとは再び浴場へと足を向けた。
その背中を見やりながら伊丹はもう一度舌打ちを一つしたが、それはにはもちろん、三浦と芹沢にも届かなかった。
「ん〜気持ちいい〜!」
パシャンと手のひらで湯波を叩くと、そのまま両手の平を頭の上にのばして思いっきり伸びをする。
「−にしても捜一トリオに遭遇するなんてなー。
泊まるホテルも言ってないから本当偶然だったんだねぇ・・」
空を見上げれば雲ひとつない澄み切った夜空が広がっていて、思わず目をこらしてオリオン座を探してみる。
こてんと突き出した岩に頭を預けるとは幸せそうに目を閉じた。
「んん・・・・」
肩を吹き付ける夜風に小さく身震いして、は薄っすらと目を開いた。
あれ?私寝ちゃった?そう呟きながら、何かが目の前にいることに気づいて
すこしぼやける焦点を定めるように、些か眉を潜めてポーっ目の前の物体に焦点を定め・・・・・・・
「え;はっ・・・ちょっ・・・・・・いやぁぶっむぐっ「だー!!叫ぶな;!!」
定まった焦点の先には、先ほどが頭を預けていた岩。の上。
の顔を覗きこむように岩の上に頬杖えをつきながら湯船に浸かっている伊丹の姿。
どこか楽しそうなその表情に、の思考は一気に混線する。
あまりにも驚いたので思わず悲鳴を上げそうになるが、それは伊丹の素早い手のひらで
塞がれてしまった。
まあ。混浴風呂から女の悲鳴があがったとなれば、ちょっと・・・ねえ?いろいろ大変だ;
「頼むから落ち着け?な?」と些か焦った声の伊丹にコクコクと何度も頷けば、そっと開放される手。
「なんで伊丹?;だって・・今は女性限定の時間っ・・・って今何時っ;」
「8時55分」
「はわぁ;」
つまり、寝てしまい出そびれたということだ。
女性限定時刻の8時半前に引き上げようと思っていたのに、温泉の気持ちよさに寝てしまった自分が憎たらしい。
はハッとしたように顔をあげると、ワタワタと温泉に浸かったまま伊丹から後退さる。
その顔は温泉に浸かっているからというにはあまりにも不自然なほど紅潮していて。
「じゃ;じゃあ、私はこれで;」
「っと・・そんな急ぐことねえだろ」
「ひゃぁ/////ちょっ;なっ///」
じりじりと伊丹から死角になる岩場へと逃げ込み、そのまま女性用の脱衣所へ逃げ込もうと試みるも、
それは湯の中から素早く伸びた伊丹の腕を腰に回され、隣に引き寄せられてしまい徒労に終わる。
ここの温泉は乳白色で裸の姿はなんとか隠れるものの、直接肌に伝わる伊丹の腕の感覚に、
の治まりかけた混線寸前だった思考はさらに混線ピークへと向かう。
そのまま放してくれるかと思いきや、伊丹の腕はがっちりとの腰に回されたまま解く気配は全くない。
おそるおそる伊丹へと顔を見上げれば、至極嬉しそうな笑みがを見下ろしていて。
「出るー;」
「あんだよ。別に恥ずかしがるこたぁねえだろ。別に初めてじゃねえし肌触んの」
「サラッと言うなよ;サラッとぉっ!それにいつ他の人が・・・
って絶対芹沢君と三浦さんには見られたくないから!」
だから出るのぉー!!と立ち上がるとするに薄く笑いながら、今度は両手をの腰へと
回しちゃぷんっと音を立て、胸の中にを抱き寄せる。
の背中に肌を密着させるように抱き寄せれば、「うー」と耳を掠める小さな呻き声。
「だーかーらーね?:」
「安心しな、俺だってあいつらにお前の裸見せてたまるかってんだ。
三浦はあまりにも腰がいてーって少し部屋で休んでる。芹沢は本庁に連絡していてまだ時間かかるさ」
それに
そう呟きながら、ゆっくりとの肩口に顔を埋める。
情けねー顔している彼女放っておけるかよ
くぐもった声が振動とともにへと染み込んでくる。
ちゃぷん
雨よけの柱から落ちた雫が、妙に響いて聞こえた。
伊丹の言葉に僅かに目を見開き、ソロソロと振り返れば優しく合さる視線。
伊丹は気づいていたのだ、ラウンジでのの表情に。
どこかやりきれなさそうなその表情に、伊丹は僅かに目を細めたのだ。
「何かあったのか?」
「ん・・・何ていうか・・・その・・・いつもと同じ。
たまにね無性に切なくなるの、毎日のようにううん、時には一日に何件もの事件が起きて
そのたびに解決へと向けて一生懸命、鑑識して。
被害者のためにっこれ以上同じ過ちを繰り返さないように早期解決を目指してって・・・
いっつもが周りが見えなくなるほどむしゃらにやって、でも鑑識結果がでるのはいつもたくさんの被害者が出た後が多くて
犯人を恨む時もあったよ、なんで?なんでまだあんなに小さな子をって・・・
だけどねだけどね?そのたびに思い出すの。被疑者を恨もうとするたびに」
「滝乃・・・さんか」
今から1年半ほど前のことだ
伊丹とがまだ犬猿の仲で、恋人同士になるなんて微塵も思いつかなかった頃。
二人が遭遇したとある事件。
の同窓生による悲しい殺人事件だった。その彼女はまだ服役中で。
伊丹はそっと、の腹部のある箇所をなぞった。
あの事件では負傷した。
今は傷も塞がり薄くなってきてはいるが、
いまだはっきりとわかるその痕跡。乳白色の湯での体は伺え難いが、
時折この腕に抱く、その体のどこに傷があるのは目隠してもわかる。
それを愛しげに摩りながら、続きを促す。
「うん・・・たまにわからなくなるの。被害者と被疑者を鑑識という目で追っていくと
科学的に出てくるはずなのに、手に取るように両方の声が聞こえる時があるの。
そのたびに私わからなくなって・・・こんがらがっちゃって。
帰ったらすぐ仕事があるのはわかっていた。でもそれもまたいつもと同じ、
犯行を追いかけていくだけの鑑識で、先手を打つことができない・・・。
それにさっき三浦さん言ってたでしょ?
「こっちでしばらくかかりそうだ」って。私は明日の午前中には帰るから、
明後日からしばらく本庁で伊丹と会えない・・・。
せっかく今回の温泉で、今までもモヤモヤ全部綺麗さっぱり吐き出して
帰ろうと思ってたのに・・・・・・
ってごめんね・・なんか無茶苦茶だね私」
「あぁ。すげえ滅茶苦茶だな。最初の方何言ってたのかもう覚えてねえよ」
けど
腰に回された両腕に新たに加わる力強く、優しい圧力。
「お前が鑑識官としてくそ真面目で、俺がいないとすっげえ寂しがる奴だって言うのは
よーくわかった」
「うぅ;そういう意味じゃないもん////」と顔を真っ赤にさせて、ぐいぐいと伊丹の腕を解こうとする
に鼻で笑うと、さらに抱き寄せその肩に顔を埋めた。
「俺も同じだ。すべてに対してわけがわからなくなる時がある。
どう視点を変えても先が見えやしねえ、上や周りの言葉が煩しくて仕方ねぇ時もある。」
伊丹も同様に、親しい者の捜査に関わったことがあるからか。
まとまらないの呟きが痛いほどわかる。
それはも感じ取ったようで、先ほど解こうとしていた伊丹の腕に
の手がそっと添えられていた。
「俺達は警察官である前に生身の人間だぜ?
情に流されそうになったり、突っかかりを覚えるのが当たり前だ。
だからそう・・情けない顔すんな。
スランプに陥ったら俺のところにくればいい。
だから俺がスランプッたらそん時は・・・・」
「うんv」
の顔を覗き込めば、さきほどの沈んだ顔は綺麗に湯に流されたか。
そこには少し目尻に涙を溜め込んだ、晴れ晴れとしたの笑顔があり。
こつんとの額に自分の額を重ねれば、そっと閉じられる瞳。
それが合図のように、そっと顔を近づけ−
「伊丹ぃっ!どうだぁ湯加減はー!」
「「っっ/////////!!」」
「あれ?いないのかな?せんぱーい?!」
「ぁっ・・あぁっ!!!いい湯だ!!///」
「よおしぃ!入るぞぉ!!」
「あ、三浦先輩籠どうぞ!」
とのキスまであと1センチをきったところで、三浦の声が二人の肩をびっくんと振るわせた。
脱衣所から顔を出した三浦と芹沢に、自分の胸の中にできるだけが隠れるように背筋を伸ばし、
首だけで振り返り声をあげる。
そんな伊丹の言葉に意気揚々と再び脱衣所へと顔をひっこめた三浦と芹沢に
伊丹とはワタワタと顔を見合わせた。
「とととととととりあえず出るねっ///その・・ありがとう////」
「お、おう;ちゃんと体拭けよ風邪ひくからな///」
「うっうん///」
音を立てぬように湯船からあがると、やや小走り気味に女性用の脱衣所へと駆け込む。
が脱衣所へと姿を消した同時に、男性用脱衣所から三浦と芹沢が現れた。
「おー。風情があっていいなー」
「あれ、混浴って聞いてたのに先輩一人だけなんですか?つまんねぇの」
「あー?誰もこねーよ。って何期待してんだよお前は;」
体を清め湯船に浸かる二人を見やると、
伊丹は気づかれぬようにホッと安堵の溜息を吐き出したのであった。
風呂から上がり、部屋に戻ると携帯に灯る着信アリの点滅ランプ。
ディスプレィを表示するとそれはメールを知らせるもので。送信相手は。
−話聞いてくれてありがとう。本庁で憲一が帰ってくるの待ってるからね。
風邪ひかないよう気をつけて。おやすみなさい−
職務中ではもちろん、仕事の終わり二人きりになっても絶対呼ばない伊丹の名前。
いっつも恥ずかしがって、恋人同士だというのにいまだに自分のことを「伊丹」という。
伊丹がどんなに「」と耳元で呼んでもだ。
でもそれはただ恥ずかしいだけなのはすでに承知済み。メールの中だけで紡がれる名前に、
この出張から帰ったら絶対名前で呼ばせてやると心に決めながら、
伊丹はへと返信すべくキーを押した。
心の相棒に感謝の言葉とお休みの言葉を紡ぐために
二人の時はだーれも入ってこなかったんです。なんて都合の良い混浴ですことv
前々から相棒連鎖の続編もしくは番外編みたいのを書きたいと思っていて、
この温泉ネタは連載終了後からなんとなくあり、先日行った温泉旅行で仕上げたものです。
どんくらいかかってんのという突っ込みはスルーします。あしからず。(ちなみにこんどの温泉混浴じゃなかったですからv)
もともとは相棒連鎖2という感じでその数ヵ月後として3話ほどの連載だったんですが、
短編に化けました。
ちなみに連載内容もまた事件もので、特命と鑑識米さんの4人でなーぜーか雪に閉ざされた温泉街に
来ているわけ。ほんとなぜって突っ込みたいくらいの。
で、そこに都合がいいのも大概にしやがれよと叫びたくなるほどの偶然にトリオが出張で
同じホテルに泊まってて、事件起こって、雪で出られないは吹雪で電線が普通になるわ
また衝突だわ、ヒロイン殺人犯に襲われて伊丹んに手当てされて、急接近vみたいな?
(ラブコメ?っていうか2サス?)
今思えば、ぐっと堪えて短編にしてよかったよかった;。
あと一歩妄想繰り広げていたら、金○一○年っぽくなっていたような。うん、絶対なってた。
連載終了後が2005年4月と自分でも「え?こんなに前だった?」と驚いているのですが、
そのまんまの時間間隔でこの短編があると思ってくださいvつまり約1年半後の設定!
まだ時折衝突しますが、恋人同士設定です。
きっとここまでくるのにいろいろあったんだよ。うんうん。
ドラマではヘタレでも、いざっと言うときには頼れまくれる奴なんだよ伊丹んは。きっと(ぼっそり)
(2007年1月10日)