+薄紅ゆらり+










「よぉ、終わったか?」


疲労と安堵の溜息を吐き出しながらファイルを閉じると同時に
背後から響いた声に、は小さな笑みを浮かべて振り返った。
姿を見止めなくてもわかる声の主。
そこにはドアを開け覗き込むような姿勢の長身の刑事。
以外の鑑識官は皆退庁しているため、その刑事の声は深くそして心地よく部屋に響く。
席を立ち入り口に立つ刑事ー伊丹の元へ歩み寄ると、は手にしていたファイルを
差し出した。


「完璧に一致よ」

「よぉし」


満足げにファイルを受け取ると、小さくも疲労染みたの溜息に僅かに柳眉あげる。
そっと大きな手をの頭に乗せてやれば、「ん?」と彼女は首を傾げてみせた。


「疲れてるな・・・今日はもう帰りだろ?一杯どうかとおもってたんだが・・」


「今日はやめておくか?」と続けようとした言葉は、ぱあっと綻んだの笑みに
かき消される。


「わっvちょっとくらいなら飲めるようv」

「・・・呑んべが」

「むぅ・・」


本当に嬉しそうに微笑みに伊丹は呆れた口調で、の額を弾いた。
「あたっ」と恨めしげに伊丹を軽く睨みあげる。


「着替えてくるから、エントランスホールで待っててよ」

「あぁ」






ロッカールームで手早く着替えると、足取り軽やかにエントランスホールへと降りた。
私服刑事である伊丹はさきほどと変わらない濃紺のスーツ。
珍しく彼の手元にコンビニエンスストアのもののようなストア袋が提げられていたが、
は特に気にすることなく、伊丹へと歩み寄った。

「おまたせっ」

鑑識官は私服ではなく、支給された作業服のような制服がある。
その制服に身を包んでいるは作業の邪魔にならぬようにと
背中まである長い髪をしっかりと結い上げていた。
きりっとした印象を与える目に、女性にしては長身の枠にはいる身長。
職務中は凛とした空気が彼女の周りを取り巻いているが、
仕事を終え私服に着替えた姿は一瞬伊丹の動悸を早くした。
足のラインがはっきりと出る黒のストレッチパンツに、縦にストライプが入った
ホワイトのシャツ。そしてカジュアルな黒のジャケットを羽織り、
きっちりとまとめられている髪は、さらりとおろされている。
バランスのよいスタイルに意志の強そうな瞳が伊丹に向けられる。
職務中とは全く違う空気を漂わせるに一瞬声が詰まるも、伊丹は
気づかれぬように頭を振り、「行くか」と促した。


「あれ?こっちじゃないの?」


行き着けの店とは反対方向に足を進める伊丹に、は首を傾げる。


「んあ?・・あー」

「別のところ?」

「あぁ」

「いいところ見つけたの?」

「まあな」


いいところと聞いて伊丹の口端が僅かに上がった。
やがて二人がついた場所は人気のない小さな公園だった。
公園の入り口で不思議そうにしているの手を引いて、伊丹はずんずんと
公園の中へと進んでいく。
小さな公園かと思っていたら、思いのほか広いことに気づき、伊丹に手を引かれるまま
はあたりを見渡した。
やがて、あたりが淡くも明るくなりは息を飲んだ。
二人が着いた場所は小高い丘の上。眼下にはネオンに灯された街が一望できる。
しかし、が息を飲んだのは自分の視界の上。
それは立派な桜がと伊丹を見下ろしている。それも一本二本ではない。



「この前偶然見つけてな」


驚きのあまり声が出ないを楽しげに見やり、伊丹も桜を見上げる。
「意外な穴場だろ?」そう続ける伊丹に桜を見上げたまま頷いてみせる。


「すごい・・・・」


二人は近くにあったベンチに腰を下ろすと、伊丹は手にしていた袋を
がさりと開いた。
そこから出てきたのは日本酒と二つのお猪口。
日本酒に目をやったから息を飲む声が聞こえた。


「わっちょっとそれ桜幻華じゃない!!よく手に入ったねえ」


「あぁ、ちょっとした筋からな」


「なかなか手に入らないんだよねえ」としみじみと瓶を手に取りながら
ラベルを読むを眺めながら、伊丹は小さく笑った。
封を切ると、ほのかに桜の香りが鼻腔を掠める。
二つのお猪口に注ぐと、軽く持ち上げて口へと運んだ。


「わあ〜美味しい」

「あぁ、久々に美味い酒だ」



さわさわと桜が揺らぐのを眺めながら、はにこにこと酒を口へと運ぶ。
さーっと薄紅色の花びらが風に舞う。


ふと伊丹を見やれば、彼の頭には桜の花が乗っていた。
くすりと笑って、それを教えてやれば「あー」と苦笑いをして酒を注ぐ。
どうやら払う気はないらしい。



新たに注がれた杯には僅かに目を見張った。


「わvvねえ伊丹さん見てみて」

「ぁあ?・・・あぁついてるなお前」

「へへー」


手に納まる杯に浮かぶは薄紅色の花びら一枚。
にへらと笑うにつられて伊丹も小さく笑った。















日本酒を夜桜眺めながら飲みたいなあ・・・・伊丹んと!
と、えっれー妄想込めてなんとなく書いた。だけ(回し蹴り)