+アメジスト+
「芹沢あ〜、手伝ってぇ〜」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、芹沢は読みかけの捜査資料から視線をあげた。
やや焦り気味の声には聞き覚えあり、そちらへ見やると同時にガタリと
キャスター付きの椅子から立ち上がる。
勢いよく立ち上がったために、椅子はカラカラと緩やかに芹沢のデスクから遠ざかるが
それにかまっていられなかった。
彼が見やった視線の先には、段ボール箱を4箱を塔にし抱えている物体。いや人物。
それがフラフラとこちらへ向かってくる。
今にも崩れそうなバランスの悪い塔に、芹沢は少し慌てたようにだが、慎重に段ボール2箱を取りあげた。
段ボール箱4箱を積み上げていたため顔が見えなかったのが、ようやく顔を見せる。
段ボール箱の持ち主はやはり芹沢が脳裏によぎった刑事。
「お前なあ、考えて運べって」
呆れ口調で、ようやく顔を見せた相手に口を開けば、
段ボール箱の持ち主は、助かったと安堵の溜め息を吐き出した。
「ふえ〜助かったあ。ありがとう芹沢あ」
「次運ぶときは台車使えよ」
芹沢の後の席は彼女のデスク。
デスクに乗せた段ボールに疲労感丸出しに寄りかかる相手に、さらに呆れて口を開けば
きょとんとした目が見上げてきた。
「それ、大名案だねっ」
「いや、普通に考えるっしょ」
「むう。そう?」
何やら納得のいかない表情で、彼女は肩まで伸びた美しい髪を無造作にかいた。
彼女の名前は 。
班は違うが同じ捜査一課の刑事、もっというと芹沢と同期である。
芹沢よりと頭1つ分ほど背が低い。いつだか警察官採用身長規定ギリギリだったとケラケラ笑っていた。
小柄だが整った抜群のスタイルにピシッときめられたスーツ姿は凛とした印象を与える。
こんな大量の段ボール箱をどうしたのかと問えば、現在の班が追っている事件の資料だとくたびれ気味に答えた。
そういえば、以前進展のないまま迷宮入りとなった事件と同じ事件が先日起き、
それをの班が担当していることを芹沢はふっと思い出す。
労いの言葉とともに軽く肩を叩けば、は小さく笑ってみせた。
再び資料へ取り掛かろうと座りなおす芹沢に「あ」との声がかかる。
振り返れば、デスクの引き出しを開けなにやら探している様子。
「んーと、はいっ」
スッと差し出された物に芹沢は僅かに目を見開いた。
ベージュの包装紙にさりげなくかけられている、深緑色の細目のリボンで結ばれている小箱。
僅かに戸惑った後、彼は躊躇気味に口を開く。
「バレンタインまだ先だけど・・」
そんな言葉に今度はが驚きに目を見開いた。
まじまじと見つめてくる視線に、ほんの少しの居心地の悪さを感じて「何だよ」と口を尖らせれば、
盛大な溜め息がの口から溢れた。
「ね。まさか忘れたとか言わせないよ?」
「え?何が」
咎めるように身を乗りだせば、僅かに芹沢はたじろいだ。
「芹沢君。自分の誕生日はちゃんと覚えておこうよ」
「誕生日?」
「・・・・・・・あのう・・今日は何日デスカー?芹沢サーン?」
まだ?マークを飛ばしている芹沢には呆れたようにこめかみに指をおく。
芹沢は少し焦ったようにデスク上の卓上カレンダーへと視線を走らせた。
「あ;」
しばらくカレンダーを見ていた芹沢はようやく気づいたように、はにかみながら笑った。
「曜日や日にちの感覚がないんだよ」と答えれば、溜め息つつもは「確かに」と肯定する。
こう毎日のように事件が起こり、昼も夜もない連日が続けば曜日や日にち感覚も
鈍くなるのは当然かもしれない。
「でも今日は芹沢にとって大切な日なんだから。忘れちゃあ駄目だよ」
そう笑いながら改めて差し出せば、恥ずかしそうに笑いながら「ありがとう」と受け取った。
背もたれを抱き込むように椅子に座ると、椅子ごと芹沢の横へとにじり寄る。
「早く開けてみてよ」と催促しているような表情に、芹沢は静かにリボンを解いた。
「わっすげっ」
カサリと軽い音を立てて解かれた包装紙を無造作にデスクに放り、芹沢から零れた
言葉にはにんまりと笑った。
小箱に納まっていたのは彼の誕生石であるアメジストがあしらわれたネクタイピン。
自己主張するわけでもなくさり気無く飾られたアメジストとシルバーのピンは、
のセンスの良さが伺えた。
嫌味にならずにそれでいて、貧相にも見えない。これなら気兼ねなく普段から使える代物だ。
「普段から使えるものって考えたらネクタイピンしか浮かばなくてさ」と笑うに
芹沢は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとっ」
「のわっ」
急に覆い被さってきた影には目を丸くした。
小箱を持ったまま、芹沢が抱きついてきたのだ。よほど嬉しかったのだろうか、
「大事するよ」と抱きしめる力がこもる。
は小さく笑うと、ポンポンと芹沢の肩を軽めに叩いた。
「「あ」」
「「あ」」
不意に背後で重なった声がして、芹沢とは顔を上げてこれまた重なった声をあげた。
2人の視線の先には先輩にあたる、伊丹と三浦の姿。
伊丹と三浦は無言で視線を交わすと、再びドア口へと踵を返した。
「じゃ、後は若いもんにまかせて邪魔者は消えるからよろしく!」
ぱたりと静かに閉まるドアを見届けると、芹沢とは顔を見合わせて「ぷっ」と
吹き出す。「まっいいか」と笑うと、もにこりと笑った。
芹沢から小箱を取り上げると、そっとネクタイピンを取り出し芹沢のネクタイへと
つけてやる。光を受けて穏やかな輝きを発したアメジストがしっくりと
芹沢のネクタイに馴染んだ。
満足そうに頷くを見て、そっと彼女の額へと顔を近づけた。
彼らの2人の先輩はしばらく戻ってきそうにない。
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<言い訳言い訳言い訳>
甘いのかしょっかいのか酸っぱいのかピリ辛なのか激辛なのか
書いている自分がとーんと(閣下口調)わかりません。(死んで来い)
Y氏の誕生日が2月とのことなので、芹沢くんも2月誕生日にしてしまいました。
ドロン!!
2006年2月6日執筆