+世界で一番短いクリスマス+
疲労と落胆が合わさった溜息をは深々と吐き出した。
閉じそうになる瞼に渇を入れるように数回瞬きをさせ、気を取り直して目の前の遠心分離機のスイッチを入れる。
世間はクリスマスムードで盛り上がっているというのに、
ここ警視庁にはクリスマスの「ク」の字すらも見当たらない。強いてあげるとすれば
それは「ク」ではなく「苦」の文字であろうとは小さくはにかむ。
クリスマスシーズンに合わせるように、いや、クリスマスだからこそか事件が多発しているこの現状。
それは鑑識課にまで及び、の手元には数件のファイルが手つかずに放置されていた。
この調子では今日もまた徹夜になるだろうと再び溜息を零す。
静まり返った室内に、計器の操る音と壁に掛けられた時計の秒針の音が、
絶妙にゆっくりと絡み合っていく。
(本当ならこの時間は・・・)
秒針の音がの心をさらに虚しくさせる。
そう、本来なら最愛の彼と二人で静かなクリスマスを過ごすはずだった。
久しぶりに腕をふるって作ったクリスマスケーキは我ながらの自身作だったのに、
早朝とともに耳の奥まで響いた電話の呼び出し音で、二人のクリスマスは見事泡となって消えた。
それでも頑張って作ったケーキを、もしかしたら庁内で一緒に食べれるかもしれないという
淡い期待を込めて持ち込み、鑑識課内の冷蔵庫に保管するも、
同僚たちに見つかりまたたくまに彼らの胃の中へと納まってしまったのである。
残った二切れをいたたまれない気持ちで死守し、「食べちゃだめ!」と箱に張り紙を施しなんとか守っているが、
「この調子じゃ今日は会えないかなぁ」
悔しいことにケーキを平らげていった同僚たちは退庁していた。
さらに落ち込みそうな気分を奮いたたせ、新しいファイルを手にとりながらまだ庁内に残っているだろう彼を思う。
また気難しそうに眉間に皺を寄せているのだろう姿を想像すると、おもわず笑みがこぼれた。
新しいファイルを開きながらは遺留品へと視線を移していいく。
「伊丹先輩」
「ぁあ?」
「う;・・例の捜査資料ッス;」
ドスの利いた声といつも以上に寄せられた眉間の皺に芹沢は声を震わせた。
「お先〜」と帰っていく同僚たちにすさまじい睨みをくれてやる伊丹に、芹沢は助けてくれと言わんばかりに小さく溜息をつく。
伊丹の相棒である三浦は「今日は家族サービス」と早々に帰宅してしまい。
捜査一課はいつの間にか伊丹と芹沢の二人だけになっていた。
ちらりと横目で伊丹を見やれば、泣く子をもさらに喚かせる形相で同僚たちが消えていったドアを睨みつけている。
(うーわ・・。怒り絶頂の先輩と二人きりかよぉ)
「おい芹沢ぁ」
「はっはい!」
「まさかてめぇまで帰るってこたあ・・しねぇよなぁ?」
(あぁっ凄まじい形相で笑わないでくださいっす!先輩!まじ怖いっす!)
「はっはい!帰りません!」
「よぉし」
顔を引き攣らせながら芹沢を見据えていた伊丹は、当たり前だと言わんばかりに頷くと視線を捜査資料へと走らせた。
(ちっきしょ!本当なら今夜はと!)
彼を苛立たせていた原因は、最愛の彼女とのささやかなクリスマスを早朝の電話で台無しにされてしまったことだった。
刑事という立場上、それは仕方のないことだがやっとの思いで二人の休みが重なった、しかもそれがクリスマスとなれば
さらに思い出深いものになるだろうと胸躍らせていたのだ。
彼の落胆と苛立ちはたとえようのないものだろう。
仕方ないこととはいえ、次々に帰っていく同僚たちを見ているとだんだん腹が立ってくる。
おまけに事件解決の糸口も見えてこない。
(っち、これは今日は帰れねぇな)
そう苦渋の溜息を零すと同時にデスクの上の電話が鳴った。
面倒臭そうに受話器を取りあげる。
「はい、捜査一課・・・!??」
〈あはっ、その声はかなり状況が苦しいみたいだね〉
受話器の向こうから聞こえたのは今日一日ずっと会えずにいた、
仕事が山済みで気がめいってないか心配だったの声だった。
心配していたほどは疲れてなさそうだったが、からきし元気でもなさそうだ。
くたびれた時のの表情を頭に浮かべ、些か口調を落として彼女を気遣う。
「お前も疲れてるな。あまり無理するなよ?」
〈うんっありがとう!。でね、例の資産家の事件なんだけど・・提出された毛髪、わりと早くに判明したよ〉
「そうか。今行く」
〈うん。他の事件のもいくつか出たからさ。どうせ芹沢君も残ってるんでしょ?〉
受話器を置くと、伊丹と芹沢は連れだって部屋を出た。芹沢が捜査一課入り口の鍵をかける。
カチャリと鍵がかかる音が静まり返った廊下に響き渡るのを、薄く靄がかった頭の中で遠くで響いたように伊丹は感じた。
鑑識課のドアをくぐると、伊丹は僅かに眉を潜めた。
部屋では一人きりでファイルと遺留品を交互ににらめっこしている。
伊丹と芹沢に気づくとはにっこりと二人に微笑んだ。
「お疲れさま。コーヒー飲まない?どうせ根詰めて仕事してたんでしょう?まずはひと休みっ」
と、部屋の奥の仕切りで簡単に設けられた休憩所のソファへ二人を促した。
腰をおろしながら伊丹が不機嫌そうに口開く。
「。お前一人だけなのか?」
大切な彼女をただ一人残し皆退庁したのかと言いたげな伊丹の表情に、は小さく苦笑いする。
「ううん、米沢さんが残ってるよ。別室で拳銃の分析してる」
「あっ。連続強盗事件のすか?」と芹沢が顔をあげるとは頷いた。
出されたコーヒーは伊丹達のために用意していたらしく、ほどよい熱さと香りにもやもやした頭が澄み渡るようだった。
「あっそうだ」とは声をあげると、冷蔵庫の中から同僚たちから死守したケーキ二切れを取り出し伊丹と芹沢の前に出した。
「私の手作りよ!」と胸を張ってすすめれば、二人は嬉しそうに皿を持ち上げる。
「うまいッス!」と連発しながらかっこんでいる芹沢ににっこり微笑む。
「甘さ控えめなんだけど」と少し不安な言葉に「いやっちょうどいいっすよ!」と芹沢。
そんな二人のやりとりに伊丹はふと笑みを消しを見つめた。
は甘いものが好きだ。それをわざわざ「甘さが控えめ」したのは・・
伊丹の視線に気づいたは小さく笑って頷いてみせた。
「うん、もしかしたら庁内で食べてもらえるかもっと思って」
「そうか・・悪いな」
甘さを控えめにしたのは、甘すぎが苦手な伊丹のことを思って作ったためである。
一口、口に運べば軽い甘さが口の中にふわりと広がり、ともに出されたコーヒーとうまく調和され
険しかった伊丹の表情は自然と和らいでいた。
そんな伊丹に嬉しそうに微笑むに芹沢は罰が悪そうに顔を顰めた。
「あ・・さんひょっとして食べてないんじゃぁ・・」
「ん?いいのよ〜。お疲れな刑事さん二人に喜んで食べてもらえたのなら作った甲斐があったわv」
それでも芹沢の表情が晴れないのは、伊丹との仲を知っているからで。
小休憩を済ませた三人は提出された事件ファイルを囲み仕事の表情へと変わる。
糸口が見つかるも、解決までにはまだ時間がかかりそうだ。
今日は完璧に徹夜だなと苦笑いする伊丹と芹沢に、も自分もまだ分析が残ってるから帰れないよと小さく欠伸をした。
鑑識課を出て捜査一課へと戻る静かな廊下。
先ほどから何か考えこんでいる芹沢に伊丹は怪訝そうに「どうした」と声をかける。
二人で過ごす休みがなくなったとはいえ、彼女の顔を見れたしの手作りのケーキを食べれた伊丹は、
先ほどの苛立ちはすでに消えていた。
「なにか気になることでもあったか?」
から受け取った分析結果のファイルをぱらぱらとめくってみる。
「・・・・先輩。今日本当ならさんとクリスマスだったんですよね」
「は?・・あ・あぁ・・まあな。の家で食事しようって・・」
「俺、ケーキとか買ってきます」
「は?」
事件のことで何か気づいたのかと思えば、芹沢の口からこぼれた言葉は自分とのことだった。
捜査一課のドアの鍵を開けながら、芹沢の目には生き生きとしている。
「コンビニですけど・・ケーキ置いてあるだろうし、どうせ徹夜なら一課でクリスマスしてくださいよ。
俺、資料整理してますんで。」
「ちょっ!待てって。んな気使わなくていいって。」
「だめっすよ!俺、さんの分のケーキ食っちゃったんですよ!」
慌てて首を振る伊丹に、芹沢はいそいそとコートを着込んだ。
「さんに来るように電話して、給湯室に食器あるから形だけでもしっかりしておいてくださいよ!」
きびきびとした口調で、珍しく先輩に指図をする芹沢に伊丹は口が挟めない。
「っつか、ここは資料でいっぱいじゃねえか」
「まったく・・・そこが空いているでしょう!?」
慌てている伊丹に芹沢はやれやれと大げさに溜息をつくと捜査一課の奥の一室を
ビシッと指さし、弾丸のごとく部屋を飛び出していった。
「・・・・・取調室でかよ;」
ポツンと残された伊丹は力なく奥の取調室を見つめた。
「恋人を取調室に案内できるかよ;」
「ははっ気にしなくていいのにー」
呼び出したにコトの流れを話すとケラケラと笑った。
そんなに伊丹も小さく笑ってみせる。
「まあ・・あいつなりに気にしてくれたんだろ。一度決めると梃でも曲げねえから」
「ふふ・・誰かさんと同じだねv」
「・・・・お前な;」
取調室に用意された皿やコップは、恋人同士のクリスマスにはとてもムードが欠けているが
は嬉しそうに椅子に腰を下ろした。
それと同時に、取調室の入り口に芹沢が妙に暗い顔をして帰ってきた。
「・・・・せーんぱーい・・・」
「ああ・・悪かったな芹沢・・・・」
「どうも〜v特命係の亀山ですーv」
「あ、亀山さんも残っていたんですかv」
「・・・・・・」
「先輩〜!!すいませんー!!(泣)」
「なんでてめえがいんだよ!!特亀ェ!!」
それは芹沢がコンビニで買い物している時だった。
狙い通りクリスマスケーキが売られているのをゲットし、その隣に陳列している
クリスマス用料理を選んでいる時。後ろから誰かに肩を軽く叩かれたのだった。
不思議に思い振り返れば、そこにはにんまり笑顔を浮かべた亀山が立っていたのである。
「で、「どうせパーティやるんなら大勢がいいだろ!」って勝手について来たんです(T^T)」
「うっせーなー。いいだろ?楽しい方が!!」
「お誘いありがとうございます」
「!?警部殿っいつの間に!」
ずかずかと取調室に入って料理を並べている亀山を苦々しく睨みつけている伊丹の横で、
涼しい声が耳を掠めた。ぎょっとして振り向けば「いやあ、今年はクリスマスケーキ食べれないと
思っていたので大変嬉しいです」と満面の笑みの杉下がいつの間にか立っていた。
今に泣きそうな表情の芹沢にがクスリと笑う。
「うぅ・・先輩ぃ〜さん〜本当にすいませんっす・・」
「いいのよv確かに人数多い方が楽しいしねv」
「では、私もいいですかね?」
ポンポンと宥めるように芹沢の肩を叩くの後ろの方から、嬉々とした声がした。
振り向けば書類を提出しに来たのだろう米沢が、にっこにこと机の上に置かれているケーキを見つめている。
苦々しい表情の伊丹に小さく笑うと、は「食器がたりないねv」と給湯室へ向かった。
がいなくなったのを確認すると、亀山が小さい笑みを浮かべながら願うように伊丹の肩を叩く。
「まあ・・そう目くじら立てるなよ。俺今一人身だからよ、一人でクリスマスって寂しいんだよぉ」
「・・・・てめえのことなぞ知るかっ!おい!芹沢っ参加費徴収しろ!」
「うわっひっでえ!右京さんっ金取るってこいつ!」
「おやおやv」
ケーキにオードブルと並べて、ささやかなクリスマスが捜査一課の取調室で催された。
仕事中なのでアルコールの入っていないシャンメリーを水飲みカップで乾杯をする。
亀山に対して愚痴をこぼしていた伊丹も、と楽しそうに会話している。
杉下と米沢はお気に入りの落語家の話で盛り上がっている。
伊丹との楽しそうな姿に亀山は小さく溜息をついた。
「先輩。だめっすよ?さん横取りしちゃあ」
「しねえよ、ぶわーか!」
芹沢の怪しむ視線に顔を顰めて抗議する。
「でもお似合いっすよね。伊丹先輩とさん。先輩も早く新しい
彼女見つければいいじゃないっすか」
「お前ね、簡単に言ってくれるよなぁ・・・」
大きな体が弱々しく萎れていく様に芹沢はクスクスと肩を震わせて笑った。
二人のために用意したはずのクリスマスが、こう大所帯になって申し訳ない気持ちで
一杯だったが、楽しげに話している二人に芹沢は胸の中がすがすがしくなるのを感じずには
いられなかった。
ささやかなクリスマスも料理がなくなると同時に閉会となり。
また各々の仕事場へと戻っていくのを見送ると、と芹沢はやや散らかったデスクの上を片付け始めた。
「あーちょっといいか?」
「え?」
給湯室へ食器類を片付けにいった伊丹が気恥ずかしそうにを手招きする。
不思議そうに首を傾げるに、伊丹の表情を素早く読み取った芹沢は片付けしておくからと
を促した。
自分のコートを掴むととともに捜査一課から出る。二人が向かった先は屋上だった。
ヘリポートにもなっている屋上は広々としている。
強風と共に体を貫く寒さには思わず肩を窄めた。その瞬間ふわりと背中に掛けられる
感触に小さく顔を上げる。自分のコートをにかけながら伊丹はすまなそうに
の頭を撫でた。
「今日は悪かった。せっかく休みだったのにな。しかも邪魔者どもまで来ちまって」
「あはは・・気にしないで?私も仕事になっちゃったんだから。憲一さんのせいじゃないよ?」
にっこりと笑ってみせると、ポスンと伊丹の胸に飛び込みぐりぐりと頭を押し付けた。
突然のことに驚きの色が隠せない伊丹だが、これは彼女は嬉しい気持ちでいっぱいの
仕草である。そっと包み込むように腕を回せば伊丹にも回される細い腕。
「とても楽しかったよ〜?芹沢君に大感謝だねv」
「そうだな」
「わあっ見て〜」
「ん?」
おもむろに顔を上げたは笑顔を深めて指を闇へと指し示した。の指先の向こうへ視線を走らせれば、
遠くに見えるビルがイルミネーションのように輝いている。
二人寄り添いながらしばし都会のイルミネーションを眺めていた。
「」
「うん?」
「メリークリスマス・・;」
ぶっきらぼうに紡がれた言葉に彼を見上げれば、気恥ずかしそうに目を泳がしている。
それでもを抱きしめる力がやや強くなったのを感じ、そっと彼の頬へ顔を近づけた。
ふわりとケーキの香りが鼻孔を擽ると同時に、じんわりと頬に伝わる感触に伊丹の体が一瞬固まる。
「メリークリスマス。憲一さん」
やっと手にした短い短いクリスマスの一時。
二人寄り添うのを祝福するように星が一つ夜空を流れた。
〜おまけ〜
「だ〜!先輩!二人の邪魔しちゃだめっすよ!」
「っきー!解せねぇ!伊丹ばっかりいい思いしやがって!」
屋上への入り口の内側で芹沢が必死に亀山を羽交い締めにしていた。
ドアを細く開けて様子を伺っていた杉下と米沢が人差し指を口にあて亀山を窘める。
「しー亀山君。声が大きいですよ」
「にしても、さん嬉しそうでよかったですね。一日中暗い顔してましたから」
そう小さく笑うと米沢と杉下は静かにドアを閉めた。
「っきー!なんで伊丹ばっかり!?」
「あ〜もうっ!マジうっさい!!」
何はともかくっ;メリークリスマス!!
2004年度、いい迷惑押し付けクリスマスドリームの相棒版です。
初めて伊丹刑事の名前を呼んでますよ!?自分書いてるときすっごい
気恥ずかしかったです;(おいおい)三浦刑事が家庭もちか公開されてない気がするけど;
自分の中では「三浦刑事は家庭もち」なので。ご了承ください;
伊丹刑事夢だけど、芹沢君がたくさん書けて個人的に満足。
この押し付けドリームは11月〜12月15日掲示板に書き込みしていただき、
尚且つメールアドレスを表示してくださった(もしくはアドレスが確認できる方)
愛侑様
竜 生夜様
あきら様
yoipan様
神威 瑠香様
えりこ様
井上黒蘭様
futuro様
坂下美咲様
のみお持ち帰りができます。気に入ってくださいましたらぜひお持ち帰りください。