「ちょっと、そこ動かさないでくださいよ!」





「ぁあ?」














































+気になるあいつ+

































高級マンションの一室。
アンティーク調の家具であしらわれた広々としたリビングに、の鋭い声が響き渡り、
声を向けられた濃紺のスーツの背中が不機嫌に振り返った。

高級マンションに似つかわしくない風景。
ここの家主である初老の男は、生前のやり手だった資産家である威厳は泡の様に消え失せ、
無様に目を見開き、毛皮の絨毯にその身を投げ出していた。
代わりに部屋を忙しく動き回るのは、白手袋をはめた数人の来訪者。
捜査一課の腕章をつけた濃紺のスーツを着た男、伊丹 憲一は不機嫌さを押し出した声で振り返った。
彼の睨みつけた先には、少し慌てたように頬を膨らましている鑑識課の 
は周りに気を配りながら足早に伊丹へ歩いてくると、慎重に伊丹の手から高級そうな壺を取りあげる。


「も〜勝手に動かさないでくださいよ〜。一課さんはあっちから検証してください!」


ビッと指差す方向を面倒臭げに見やり再びを見据えると、が指差す方向へと
のろのろと歩き出す。
視線の先には三浦がリストのようなものを丹念にめくっていた。



「物取りの犯行じゃねえな」


「顔見知りか?」


「まだ分からないな。今芹沢がマンション住民の聞き込みに行っている」


「そう・・・か」


小さく溜息をつきつつ、辺りを見回す。
鑑識の米沢が絨毯から念入りに毛髪などを採取していた。
伊丹に注意をしてきた へと何気なく視線を向ければ、さきほどの壷が並べられた棚から指紋を
取っている。そっと壷を持つ手に思わず目が釘付けになった。
真剣な横顔、その無駄のない慣れた手つき。小柄な体は今この現場にいる人間と比べると、とても小さく、
壷と同様に壊れやすい感覚を伊丹に植え付けた。



(ぉおい!しっかりしろ俺!)


ハッとして我に返り、少し慌てたように辺りを見やる。
幸い誰も気づいてないようでほっと胸を撫でおろし瞬きを数回すると、
三浦が手にしているリストへと視線を落とした。


結局、顔見知りの犯行なのか詳しいことは分からずじまいに現場検証は終わり、
伊丹達はいったん本庁へ戻ることにした。
玄関を出たすぐ近くに広々としたエレベーターホールがあり、そこの隅に足を運ぶと
のんびりと白手袋を外す。
小さく溜息を吐き出し顔を上げれば、鑑識課の連中も引き上げるところだった。
米沢とは何か気になることでもあったのだろうか、二人何か話し込みながら
伊丹のいるエレベーターホールへ向かってきている。


「被害者の体からは血痕は見当たりませんでしたからねえ。血痕が付いたグラス、もしかすると・・」

「そうですね、調べてみます。あとソファに落ちていた羽ですが・・」


一瞬、米沢と話し込んでいたが伊丹へと視線を向けた。
そんなに見ていたのだろうか?そう焦る伊丹に、は二コッと微笑みながら軽く頭を下げ、
米沢とともにエレベーターへと乗り込んでいった。

























「・・なあ芹沢ぁ、鑑識課のさんてなんか・・いいよな」






ガスッ!!





検証から戻った伊丹は、デスクにつきながらファイルを開いていた。
しかし、その視線はファイルには向けられることはなく、ぼんやりと天井の蛍光灯を眺めている。
話をふられた伊丹の後輩である芹沢は、ちょうど伊丹の後ろにあるファイル棚と自分のデスクを行ったり来たり
していたが、普段伊丹の口からは漏れることのない内容に驚きが隠せず、近くにあったパイプ椅子に
おもいっきり足を強打した。



「っってー!!」


「・・・何やってんだよお前」



冷めた目つきで激痛に蹲っている芹沢を見やると、小さく溜息をつきパタリと軽い音を
たてながらファイルを閉じた。
頭が靄がかったようにどんよりしていて、集中できない。事件に集中しようとすれば
脳裏に浮かび上がるのはのことばかり。




「せ・・先輩・・;ひょっとしてあの鑑識課の さんのことですか?」


「だからそう言ってんだろ。タコ」


同じこと何度も言わせんなと舌打ちしながら芹沢を睨みつけると、小さく息を吐き出した。
鋭く睨みけられた芹沢は普段なら軽く首を窄めているところだが、激痛が走る足を擦るのを
忘れるほどに驚いた表情で伊丹を見つめた。
伊丹から零れた、小さい溜息とそのぼけーとした表情に、一気に顔が青ざめる。



「いや。そうじゃなくて・・・先輩まさかあの鑑識課の妖精さんに恋しちゃったんですか!?」


ばっ!!そんなんじゃねーよ!!!・・・・って、待て。妖精だあ?」


「恋」そう聞いて、一気に顔が熱くなるのを感じ、勢いよく芹沢を怒鳴りつけるが、
「妖精」という言葉に伊丹は怪訝そうに芹沢を見据えた。
この時代に「妖精」とは随分不釣合いな言葉だと心の中で嘲笑するも、さきほどの自分に向けられた
のニコリと笑った笑顔は「妖精」と例えるに相応しいと小さく納得もする。
そう思うと同時に顔がにやけそうになり、頬を歯を食いしばり堪えながら、ようやく立ち上がった芹沢を
再度睨みつけた。



「なんだよ。その妖精って」


「先輩知らないんすか?まあ、先輩この手にはとことん疎いっすからねぇ・・」


「うっせ!」


さらりと墓穴を掘る後輩の頭を軽くはたくと、その話題を強制的に追い出すかのように
閉じたファイルをダンッと開いた。
これ以上聞けば芹沢がつけあがるだけだと、無理矢理事件へと集中する。
しかし、妙に明るい表情の芹沢はにんまりと笑うと、パイプ椅子に腰を掛けそのまま伊丹の横へと
にじり寄った。


「っつ、寄んな!!」

「本庁では有名な話ですよ〜。鑑識課の さん。主に土壌分析の鑑識をしていて、
その腕はぴか一!また、あのかわいらしさにのんびりとした性格で、特に笑った時の笑顔が
もう妖精のよう!で、付いたあだ名が「現場の妖精」。本庁にいる刑事の大半が彼女のファンらしいっす。
因みに独身で彼氏君は今のところいませんよ、伊丹先輩!


「・・なんで最後だけ妙に力はいってんだよ;」


「彼女を狙っているライバルは多いですからね!頑張ってください!」


「何、お前話進めてんだよ;別に俺は・・」


「あ、大丈夫です!俺は彼女いるんで。さんかわいいけど、やっぱり
俺は彼女が一番ですから!!狙ってないっすから!」


「っつか、聞けよ!」


「あの亀山先輩もさん狙っているみたいですからね。
ここは負けられませんよ、先輩!捜査一課として、いや男として!!」


「聞け!!」



ガスッ




マシンガントークをかます芹沢の頭を強めに叩き黙らせる伊丹の顔は、
思いっきり赤く染まっていた。
別に恋をしたとかそんなことではないのに、目の前の後輩は何を履き違えたのか
叩かれたにも関わらず、にんまりとした笑みを伊丹に向けてくる。
それがよけいに頭にくる。大体なんで特命の亀山と張らなければならないのか。


「別に俺はそんな気はねーよ!!つか、なんで亀山が出てくんだよ!
あんなのと張り合ったって勝負になんねえ!!それにっさんだって迷惑だろが!」



「はい?なんでしょうv」


ガバッと立ち上がり、芹沢を怒鳴りつける伊丹の後で爽やかな声がした。
ハッと振り返る伊丹と目を丸くしている芹沢の視線の先には、今まで芹沢が熱く語っていた
話題の人物のがにっこりと微笑みながら立っていたのだ。
その微笑みはまるで妖精のようにかわいらしく、でもどこか悪戯めいていて、思わず伊丹は見惚れてしまっていた。


「私のことで揉め事でしょうか・・?」


少し不安げに見上げて来る表情に、さらに顔が赤くなるのを感じ、伊丹はバッ口を押さえると、
わたわたとへとしっかり向き直る。落ち着かないように視線を泳がせ、チラリとへと視線を落とせば、
僅かに首を傾げ、上目使いのとカチリと視線が合った。



「伊丹刑事、顔が赤いですね。具合悪いのですか?」

「いいいいいいやっ。違いますっ!」

心配そうに伊丹の頬に手を伸ばすを制しながら、チラリと芹沢へと振り返った。



(こいつにまかせるしかねえ!!)


明らかに自分は動揺している。ここは元凶となった芹沢にこの場を凌いでもらうほうが
得策だろうと、伊丹は憎らしげに振り返った。
が、そこには空になったパイプ椅子があるだけ。
ハッとして入り口へと視線を走らせれば、にっかりと笑いながら手を上げた芹沢が
脱兎のごとく捜査一課部屋から出て行った。




(野郎!!シメル!!)



「伊丹刑事?本当に大丈夫?」

「ああ・・・え・・大丈夫;」


慌ててへと視線を戻し、上ずった声で何とか返答する。
いまだ不安そうな表情のに「本当になんでもねえから!」と付け加えれば、
ようやく納得したようには手にしていたファイルを伊丹に差し出した。



「現状に血痕が付いたグラスが落ちていました。
被害者には外傷が見つからなかったので、調べてみたのですがこの血痕は被害者の
ものではありません」


「ということは、容疑者か」


「もしくはなんらかの事情を知っている人物ですね」


の言葉に伊丹もスッと刑事の顔に戻り、ファイルを覗き込んだ。
あともう一つとファイルを差し出すから、ファイルを受け取り覗き込む。
そんな真剣な伊丹の横顔を見つめながら、は伊丹に気づかれぬように小さく微笑んだ。

































「ねえ、米さん。捜査一課の伊丹さんてなんかこう・・・・かっこいいですよねv」



グシャ



日が傾きかけた鑑識課。
捜査一課にファイルを届け帰ってきたは、米沢と鑑識課内の休憩所でのんびりとお茶をすすっっていた。
なんだかとても嬉しそうにニコニコとしているを不思議に思い、聞いてみた米沢の耳に入ってきたのは、
あんまし好きではない捜査一課の刑事の事だった。
あまりにも突然なことに、米沢は手にしていたシュークリームを一気に握りつぶしていた。
そのまま固まっている米沢には目をパチクリとさせて、首を傾げる。


「よ・・・米沢さん?;」

「あ・・・はいはいvあの嫌みったらしいデカブツ刑事がなんですかvv」

「米さ〜ん;」


握りつぶしたシュークリームをそのまま手にし、にっこりと笑う米沢はある意味恐怖を感じさせる。
そういえば、米沢は捜査一課のあの三人組があまり好きではないことを思い出したは、
小さく苦笑いをして冷めかかったお茶をすすった。

伊丹のことが気になりだしたのはさっきが初めてではない。
現場で、一課の刑事が鑑識課に訪れた時、そしてが捜査一課に顔を出した時によく見かける長身の刑事。
最初見たときはとても怖そうだと、すこしビクビクしていたのを今でも覚えている。
仕事の話を交わすことは多少あったが、それだけの関係だった。刑事と鑑識官。
でもいつからか、自分でも気づかないうちに伊丹の姿を探すようになっていたのだ。



(さっき伊丹さんと芹沢さんは何を話してたのだろう・・・私の名前・・・伊丹さん言ってたよね・・)




「さっき現場で強く言い過ぎたかなあ・・」



さきほど壷のことで強く注意しすぎたかもしれない・・・。



「謝っておこうか」


「そうですね。あんまし変な事言わないでくださいねvじゃないと僕はシュークリームを
食べる度に潰し続け、一生潰れたシュークリームしか食べれなくなりますからね。」


ハッとして顔を上げれば、少し顔を引きつらせながら笑っている米沢が
潰れたシュークリームを零さないように慎重に口へと運んでいる。
は小さく笑うと、「ごめんなさい」と軽く頭を下げた。

































「あー・・・進まねぇ・・・・」


あの時出て行った芹沢はそのまま三浦と聞き込みに出かけたらしく、伊丹は一人デスクにつきながら
が持ってきたファイルをボーっと眺めていた。
事件のことに集中しなければならないのに、考えに没頭するほど浮かび上がってくるの笑顔。


「やべ・・・芹沢の言ったとおりかもしれねえ・・・」


「何がですかv」


「どわっ!!」


一人だと思って呟いた言葉に返答があり、伊丹は弾かれるように立ち上がった。
そこにはにっこりと後ろに手を組んで立っている



「っつ・・・あんたか;って、何度もおどかすなよ!!」


「へへ・・ごめんなさい」



急に頬が熱くなるのを感じて、それを隠すように声を張り上げた。
は小さく肩を窄めて見せると、伊丹のデスクの上に広げてあるファイルを覗き込む。



「どうですか?」


「あ?あぁ・・まあ・・・な」


全く進んでないなんて言えない。しかもそれが「のことで頭がいっぱいだったから」だなんてだ。
誤魔化すように咳払いをすると、伊丹はファイルを閉じてコーヒーを注ぎにその場から離れた。


「あんたも飲むか?」


首だけ振り返って、紙コップを軽く揺らして見せれば、コクリとは頷いてみせる。


「朝はごめんね」

「は?」

「現場検証の時。強く言いすぎちゃったかなって」

「あ?あぁ・・・あれか。気にしてねえからよ、気にすんな」




(だー!!バカか俺!!何素っ気ねえ言い方してんだよ!!)



コポポポとコーヒーを注ぎ、へと差し出せば、ニヘラと嬉しそうに受け取るかわいらしい手。
そんなに思わず心を奪われた気がした。

























「み?//」


「!?・・っつ、悪りぃ!!すまん!//」





次の瞬間、伊丹は自分がしている事に一気に顔を紅潮させた。
一体自分は何をしているんだと、激しく心の中で自分を罵る。


気づけば伊丹の左手がそっとの頬に添えられていた。


バッと手を離すと、に背を向ける。
耳まで真っ赤に染まっている伊丹に、自分も頬がじんわりと熱帯びていることに気づき、
両手で大事に持っている紙コップに視線を落とす。




「ゴゴゴゴゴゴゴゴミがついてた?/////」


「う・・;あぁ;そっそうだな!そういうことにしてくれ////」






それから顔を会わせるたびに、一層嬉しそうに微笑むに、ほのかに顔を赤くしながら
ポンとの頭に手を乗せる伊丹に、周りが怪しむのはもう少したってからかな?




















終わっとけ。


















久しぶりに書いた小説が・・なんすかこれ。
誰が甘めにしろと!お前最初はギャグだったろ!!なんで角砂糖三個分の甘さなんだ!え?!
とりあえず拘留しといてください、この阿呆を!!
ただ狼狽えている伊丹刑事が書きたかった!ただそれだけ!!(投獄に格上げ)

(2005/06/01執筆)