厨房から発見された、使用済みの手拭きとアンケート票から浮かび上がった人物に、
は驚きの色を隠すことができなかった。
嘘であってほしいと願うも、伊丹の目は強くを見つめている。




「やっぱり完全に無理ね」



由香里は美しい微笑を浮かべ、近くの椅子に腰をおろすと、優雅な仕草で自慢の巻き毛を一房指に絡めた。
は、いやだけではない。
弘子と雪江、そして石崎と轟も驚愕の表情で由香里を見つめていた。
伊丹は何から話を切り出したらと躊躇っているのか、下唇を噛みしめ、いまだ冷たい床に横たわっている坂下を見つめている。
坂下を殺した犯人は必ず見つけだすと拳を握っていたはずなのに、朧げに感じる事件の真相に、
強く握りしめたはずの拳を僅かに緩めてしまったのだ。
伊丹の表情を読みとったは、自分を奮い立たせるように拳を握りスッと顔を上げると、まっすぐに由香里を見つめた。
その表情にはしっかりと警察官としての色が浮かんでいる。


「里美ちゃんが付き合っていた相手は坂下さんだったのね?」

「えぇ、そうよ」


絞り出すように、けれども声を掠れさせまいと必死に紡いだ問いは、いとも簡単に返され、
由香里の返答に弘子と雪江の表情はさらに強ばった。
弘子と雪江も由香里の妹‐里美のことは知っていた。
そして自殺したこともだ。

「じゃ・・じゃあっ、里美を誑かして自殺に追い込んだのが坂下さんなの?!」

必死に平常心を保っている弘子だがその表情とは裏腹に、声は震え、今にも叫びだしそうな勢いである。
弘子の言葉に、やや非難めいた視線で由香里を睨みつけていた石崎と轟は、
まるで体中に電気が走ったように体を震わせ弘子へと振り向いた。
二人は、彼女の妹が坂下にふられた腹いせ程度にしか思っていなかったようで、一瞬にしてその表情を青くさせたのである。
由香里は儚くも美しい微笑を弘子に向けると、その視線を天井へと注いだ。
彼女の瞳には憂いと怒りが渦を巻いているようにみえる。レストラン内がしばし静寂に伏した後、
由香里は静かに事の真相を語り始めた。
それは、弘子、雪江も知らなかった復讐にかられた女の物語だった。






















里美はゴージャスで明るい姉とは正反対に、おどおどしていて、いつも姉の後ろにぴったりとくっついてくような娘だった。
清楚で一途な面もあり、そんな妹を由香里は愛しく思っていた。
そんな里美に恋人ができた時、由香里は心から喜んだのである。
由香里の家でささやかなお祝いパーティを開いた際には、達も駆けつけ、心から里美を応援したのだ。


「今度彼氏をちゃんと紹介してよぉ?見定めてあげるから」


と笑いあっていたのをは今でもはっきりと覚えていた。
しかし、紹介される事はなくその一年後里美は自殺したのである。



「坂下はあの子をいいように利用しただけなのよ」


由香里の声のトーンが僅かに刺々しいものに変わった。その瞳は怒りの感情だけが渦巻いている。
坂下と付き合い始めて数ヶ月たったころから里美の様子がおかしくなった。
理由を聞いても里美は何も話さず、けれども外見からも急激にやつれていく様に由香里は
何度も別れるように説得したのだ。


「あの子は坂下を信じて疑わなかった。一途過ぎたのよ」



そして、アンケート票にもあったナポリでのデートの翌日、里美はビルの屋上から飛び降りたのだ。



「あの子・・・何も話してくれなかった。何かしてやれたはずなのに!
里美が死んであの子が住んでいたアパートの整理をしていたら、日記が出てきたの。
そこには坂下があの子にしたことが細かく書かれていたわ!!事業のためにお金を貸したり、
接待でやりたくないことまでっ・・あの子、心も体もボロボロだったのよ・・・」


日記は里美が自殺をする直前まで書かれていた。それは姉へ宛てた遺書だったという。
姉の話に耳をかさなかった自分が招いたことだと、ちゃんと話していればと。
自分の愚かさを呪ったと。


「それでもあの子なりの精一杯の復讐だったのね・・里美は坂下の会社の屋上から飛び降りたのよ。
だけど・・・坂下はあの子を権力とお金で握りつぶしたの。
あの子の葬儀であいつ何をしたと思う?」



由香里は唇を噛み、拳を握り締めた。彼女の表情には悔しさと怒りがはっきりと現れていた。



「平然と・・・私の両親の前に札束の山を見せたのよっ。あいつの父親とともに
土下座して、この金ですべて忘れてくれって!私は覚えているわ。あの時のあいつの顔、
土下座しながらにやついていたのよ?!許せなかったわ・・・・私の・・・たった一人の
妹をボロ雑巾のように扱って・・最後はお金で解決させるの?」

父親は激怒し、坂下とその父親に札束を叩き返したが、里美が死んで以来、
彼女の両親はまるで死んだように暗くなり、笑わなくなった。
とても明るく元気のいい両親だったのだ。由香里の怒りはますます膨れ上がっていった。


「あの子が死んでから3ヶ月たった頃よ・・。友だちが励ましてくれるためにここの
レストランに来たの。・・・そうしたら誰がいたと思う?ねえ?」


由香里は涙を浮かべながらへと笑いかける。



「坂・・・下さん・・?」


「えぇ!そうよ!!あいつ、もう新しい女とデート!!信じられる?
しかもあいつ何を話していた?あの子の話・・里美を便利屋と言っていたのよ?私決めたわ
この男がこの世から消えない限り里美は永遠に浮かばれないって!!」



ガタンッと椅子を倒す勢いで立ち上がった由香里は、厨房へと駆け込み包丁を手に取り
ゆっくりと戻ってきた。店内の張り詰めた空気がさらに高まる。



「由香里っ!何する気?!」


「今回組んだ合コンは坂下を殺す目的だけのものだったわ。おしぼりに青酸カリを染み込ませて
私が一人一人に配って、配ったら手を洗いに化粧室へ。あの子の日記から坂下はおしぼりで口を拭く癖が
あると知ったの。この店の使用済みおしぼりを回収しに来る時間を調整して。
完璧なはずだった。事情聴取が終わって開放されたら私もあの子の所へいけたのに・・・
なんでかしらね・・・。エレベーターは故障するし、刑事もいたなんて。
でも、あなたを利用しようとしたのがそもそもの間違いだったのかもね。一人、身内に警察官が
いればこの場は免れると思っていたのに」


「由香里!あんた死ぬつもりだったの!!」


弘子の声が店内に響き渡った。
由香里は小さい微笑を浮かべると、包丁を喉元へと突きつけた。一瞬にして凍りつく店内。


「えぇ。坂下を葬ったら私も里美と同じ屋上から飛び降りるつもりだったわ」

「どうして!?」

「やめろ!!君が死んでも何も解決にはならない!!」



「もう・・私には何もないのよ。あの子がいなくなってから」


「だめえっ」


包丁を手にしていた由香里の手が僅かに動いた瞬間、弾かれるようにしては由香里へと飛び込んでいた。
由香里の手を掴み、包丁をもぎ取ろうとするが由香里もを引き剥がそうと悪戦苦闘している。
突然の出来事に伊丹達は近寄れずに、慌てるだけだ。


「っつ・・・っ・・放して!!」

「だめよ!!由香里まで死んだら、里美ちゃんの死が無駄になってしまうっ!」

「っ訳わからないわ!!もうっ・・・・どいてよ!!」









































































「っ・・・・・・」

「・・・・・あ・・・・・・?」


手に響いた振動に由香里は一瞬何が起きたのか分からなかった。
手に走る生温かい感触と、もみ合っていた相手が急に動かなくなったことに違和感を覚える。
ゆっくりと、スローモーションのように崩れ倒れるに、由香里は表情を青くさせ目を見開いた。
手に納まっている包丁は、赤黒く染まり急に軽くなる。床に崩れたの腹部から赤い液体が滲み出ていた。



!!」



伊丹は血相を変えてへと駆け寄った。
轟は素早く由香里から包丁を奪い、由香里の両腕を後ろへと掴みあげ自由を奪った。
弘子ものもとへ駆け寄り、腹部にハンカチを押し当てる。
一瞬、激痛に顔を歪めるも、は伊丹に支えられながら上体を起こし、由香里を見つめた。



「・・・っつ・・・・由香里・・・」

っ!しゃべるな!!石崎っ救急車を!あと俺の携帯をとってくれ!!」

「あぁっ!」

・・・私・・私」


轟に押さえつけられながら、由香里はカタカタと震えながらを見つめていた。
手に残った感触と目の前で倒れ、表情を真っ青にさせているに、自分のしたことに
恐怖しているようだ。



「由香里が死んだら・・・里美ちゃん悲しむよ?っぐ・・」


、しゃべるな」


「大丈夫だ・・よ。・・里美ちゃん、よく由香里のこと「素敵で憧れのお姉さん」だって言ってた。
里美ちゃんの無念はわかる、私達も悔しかった。・・・・・だけど由香里ぃ・・・
貴女、里美ちゃんの憧れを踏みにじるの・・ねえ・・・っうぅっ」


「!?もういい!しゃべるな!!・・・・・・・!三浦!!階段の撤去急いでくれ!
が負傷した!・・・・??おい!!」

?!」


携帯の向こうにでた三浦へ怒鳴る伊丹の腕に、支えられていたがガクリと動かなくなった。
一気に青ざめる伊丹の横で、浩子が悲痛に叫ぶ。
遠のく意識の向こうで、エレベーターが起動する音や自分を呼ぶ伊丹達の声が耳を掠めたような気がしたが、
それを確かめることはできないまま、の意識はどんどん重くなっていく体とともに途切れた。















続ー次回最終話(やっと;)