浩子が持っていたデジタルカメラを借りて、は坂下とテーブルの上にとシャッターをきる。
テーブルの上に不審なものは見あたらない。
不安気な表情の面々に伊丹はやりづらい表情で改めて現状確認をしている。
気心しれた相手にそんなことをしなければならない伊丹はやりきれないだろう。


「・・では坂下が死ぬ直前までペアを組んでいたのは、神田浩子さん、あなたですね?」


伊丹の言葉に浩子はびくびくしながら頷く。


「えぇ・・でも私坂下さんに毒なんてっ」

「落ち着いてください。ただ聞いただけですよ。それでですね、
あなたと話しているとき坂下に何か変わったことがありましたか?」

「変わったこと?」

「たとえば薬らしいものを飲んだとか、普通触らないものに触ったとかです」

「んー・・ううん。変わったことは何もなかったわよ」


伊丹は小さくため息をつくと、坂下を見やった。冷たいに床にずっと横たわらせていて、
せめて何かを掛けてやりたいが、現場維持のためにそれは許されない。
ふと、の携帯が鳴り響きカメラを置いて携帯をとった。画面には米沢のナンバーが表示され不思議に思い耳に当てる。


「はい、です。・・米沢さん?」






電話をきったは血相を変えて入り口のエレベータへと駆け出した。
怪訝そうに見つめている面々を余所に地上へと上るボタンを押す。









「エレベーターが動いてない!」



「何!?」




伊丹も駆け寄りボタンを押すが、エレベーターは音一つたてなかった。
顔を見合わせている伊丹とに店員がおずおずと入ってくる。


「あのぉ、今このビルの管理センターから電話がありまして、エレベーターが故障し動かないそうです」


「うそぉ・・」

「すげぇタイミングだなおい」



どのくらい時間がかかるのかと物腰が柔らかそうな支配人に問えば、復旧の目目処はたっていないとのこと。
「なんせ古いビルですから」と続ける支配人に伊丹は小さく舌打ちをした。
しかしすぐ思い出したように当たりを見渡す。


「なら階段があるだろ」



非常時のときのために階段があると視線を泳がせば、エレベーターの奥まったところに非常口と書かれた
緑色のプレートがさがった扉を見つけた。
足早に近寄り勢いよくドアを開けると同時に、伊丹は顔を顰める。
そこにはレストランの備品や、使わなくなった大型の重そうなオーブンなどの什器が所狭しと置かれていて、到底通れそうにない。
伊丹は咎める顔で支配人へと振り返った。


「非常時に使えなかったら意味がないだろう」

「はぁ・・」

気まずそうに返事をする支配人には深いため息をつくと、携帯電話を取り出した。
地下の店だが携帯が使えて助かったと心の隅で思う。


「米沢さん?エレベーターは故障しています。復旧の目処はたっていません。
非常用の階段はレストランの備品で到底通れないでしょう。」


(困りましたねぇ。で、どうですか?)


デジタルカメラで現場の写真をとったこと、死因などを細かく伝える。


「他殺か自殺なのかはまだ・・ですが生前のガイシャの様子からして、自殺の線は薄いですね。」


一瞬の沈黙の後、了解したように米沢が答える。



「解りました。とにかく現場へ辿り着かなければ私は何もできませんからね、
エレベータの復旧を待ちながら階段から行けるように荷物をどけます。)


「お願いします」


電話をきると気を持ち直して、テーブルへと踵を返す。
由香里たちは顔を青くさせ入り口のエレベーター付近に椅子を運び座ったり、落ち着かない様子でエレベーターの
前を行ったりきたりしている。
テーブルへと戻ると伊丹は苦い表情で坂下を見つめていた。


「いい奴とは言えなかったが、フットサルのプレイは最高だった」

「伊丹刑事しっかりしてよ。あなたは刑事なんだよ?」

「わかってる」


確かめるように問えば即返される返答。そんな伊丹には気を取り直してテーブルへ視線を移した。


「現場状況から見てこれは他殺よ。もちろん生前の坂下さんの様子を見てもね。
唇と両手に青酸カリが付着していた。おそらくレストラン内で付着したものよ」

「俺達の中に坂下に毒を持った人間がいるということか」


苦虫を噛み潰したような顔でちらりと入り口を見やると伊丹はメモ帳を取り出し、テーブルについた席表を書き出した。
最初から席は決まっておらず、男性陣と女性陣に別れて座る程度。ここで料理の中に毒物が混入されていたのでは?
と出てきたが今日の料理はすべて大皿に盛られ銘々に取るスタイルだ。
もし、この殺人が無差別のものなら料理に混入された可能性も否定できない。
は坂下の手の平に付着していた青酸カリに注目した。


「微量だけれど坂下さんの両手の平から微量の青酸カリが確認できたわ。
けれども舐めたら死に至るほどの量よ。」

もしこれが無差別の殺人ならば、他にも犠牲者が出る可能性も高いはずだ。
昨夜は由香里たちの手にも付着してないか調べたが、誰の手にも付着してなかった。

「となると料理には混入されてなかったか・・・・・っとわりぃ」

渋い顔の伊丹の胸ポケットにしまわれた携帯が鳴り響き手に取る。
相手は伊丹の相棒である三浦刑事のようだ。
どうやら米沢からエレベーターの件を聞いたらしく、共に階段の備品をどかしているという。

「あぁ、そうしてくれ頼む。ちっ・・・思っていた以上に階段のガラクタが多いそうだ」

そうちらりと支配人を見据えながら、伊丹は軽く首を振った。
と、次はの携帯が鳴り響く。また米沢からの電話だろうかとディスプレイを見やると
同時には「あっ」と声をあげ慌てて手耳に当てた。


「杉下警部?」

「出た・・・」


の言葉に急に顔を顰める伊丹。


(とんだ災難に巻き込まれてしまったようですねぇ、さん)

「えぇ、まあ」


苦笑いをするの前で、伊丹が口パクで「切っちまえ」と喚いている。



(なにかお手伝いできることはありますか?〜!力になるぜぇ〜!)


受話器の向こうの杉下の後ろの方で、亀山の声が響いている。
今のを聞いたら伊丹は即効できるだろうなとさらに苦笑いをしながら、ちらりとテーブルの上を見つめた。


「ガイシャはの名前は坂下健。資産家の一人息子でIT関連業の取り締まりをしています。
死因は青酸カリによる服毒死。唇と両手に青酸カリが付着していました。
これからテーブルの上の皿やグラスを調べるところです。」



(そうですか。ところでそこには伊丹刑事もいらっしゃるんですよね?)


「え?あ・・はい」


(代わってください)


携帯を差し出せば、さもめんどくさそうに耳に当てる伊丹。
指でテーブルの上に置いた自分のメモ帳を指し、参考にしろと顎でしゃくる。



「特命に、捜査に参加する権限はないんですがねえ〜?」


(お友だちが亡くなったんですね。ご愁傷様です。服毒死ですか。)


「・・・・まあ・・・そうですが」


(料理に青酸カリが混入されいたのですか?伊丹ィ〜!!ちゃんとやれよぶわーか!
亀山君煩いですよ、失礼しました。何か手を使って食べるようなものなどがありましたか?
無差別という可能性もあります。それともう一つ・・)



「坂下を殺した奴は俺が突き止める!邪魔をしないでいただきたい!!」



突然張り上げ勢いよく電話をきった伊丹に、はびくりと顔を上げた。
入り口にいる由香里達も不安そうに覗きこんでいる。


「伊丹刑事?」

「ぁあ?・・・・あ・・わりい;」


「お前の携帯だったな」と素っ気無く返し背を向けると、「特命の手なんか借りてられっか」と小さく呟く声が
鼓膜に響いた。強く握られた拳が坂下を殺した犯人は必ず自分で見つけてやると語っている。











「伊丹刑事はかなり冷静さを失っているようですね」


「まあ・・・親しい人間が目の前で死んだんですから・・さすがの伊丹もね・・・」


ツーツーと相手を失った受話口からの音をしばらく聞いていた杉下は、落ち着き払った声で通話終了ボタンを押す。
しかしその声とは裏腹に、表情はどこか固いものを感じさせる。
杉下と亀山のデスクを隔てる曇りガラスが入った仕切りに腕をかけながら、亀山がのんびりとした口調で口を挟むが
すでに杉下の耳には入っていない。


「電話をきる前、伊丹刑事は声を荒げながらこう言いました。
「坂下を殺した奴」・・と。ということは毒は料理に混入され無差別を狙ったものではなく、
最初から坂下さん一人を狙っての犯行となります。坂下さんしか触らないものに青酸カリが
混入されていた・・・・」

「大丈夫っすかね?伊丹に任せて」

なんとなく不安な表情の亀山に杉下が小さく笑う。


「大丈夫でしょう。今回は有能なパートナーがついてますから」

「パートナー?」

「えぇ」


首を傾げている亀山にまた小さく笑うと、杉下は携帯でメールだろう操作をし、
最後に一間隔をあけてボタンを押した。













「席は何度か行き交いあったけれど、坂下さんは一歩も席を動いていない・・
伊丹刑事はさっきそう言ったけれど、私もそれはこの目で見てたよ。
「皆移動しているのになんでだろう?」って思ったもの」

「まあ・・あいつはそういう奴だからな。死んだ奴のことをとやかく言いたくねえが、
坂下は自己中心的なところがあったからな。フットサルのプレイの時もな。」


何度か誰がどう動いたか検証し、メモしたのをみながらはぽつりと呟いた。
その呟きに些か声を落としながら伊丹は小さく息を吐き出す。
坂下の隣、そして向かい席に座った人物は全員だ。つまり全員に坂下に毒を盛る機会があったわけである。
恐縮ながら自分と伊丹を除外しても、石崎・轟・由香里・浩子・雪江の5人。
料理を運んできたボーイも除外する。と伊丹は唸ってメモを睨みつけた。


「テーブルの上を調べたわ。坂下さんが座っていた席範囲のテーブルクロス数箇所から
青酸カリの匂いがしたけど、おそらくそれは坂下さんの手に付着したものがついたものね。食器も同様。
煙草・灰皿・口拭き・・どれからも死因となるものはなかった・・」


「どういうことだよ・・くそっ」


死因の原因である青酸カリ付着源を突き止めなければ、この事件は解決しないだろうと
、そして伊丹もわかっていた。苛立ちだけが募っていく伊丹の表情にはくっきりと焦りの色が見えている。
そんな伊丹には顔を顰めた。



「伊丹刑事落ち着いてよ?じゃないと・・」

「うっせえ!わかってる!」


伊丹の声がレストラン内に響き渡った。由香里達が驚いたように二人の様子を見つめている。
一瞬びくっと肩を揺らしただったが・・
















「・・・うっせえ?・・・あんた、誰に向かってそんな口きいてんのよ」




「・・ぁあ?」



「この、鑑識課のさんに向かってうっせえ?。はー?あんた、何様よ」

「んだとぉ。てめえこそ誰に向かって口開いてんだよ、こら」


腕をゆっくりと組み伊丹を睨み上げれば、伊丹も下顎をゆっくりと動かしを睨み下ろした。
そう、警視庁で見慣れた光景が今事件現場で起こったのである。


「捜査一課のうすらとんかち刑事さんにですけどぉ?伊丹さぁん?」

「っにゃろぉ。色気なしの大食い仕事バカがっ」

「っつ・・大体ね、あんた図体でかすぎだから鑑識しずらいのよ」

「悪いな視界に入らなくてよ」


もはやここが事件現場であることを忘れている二人。
激しく言い争いをしている二人に誰も口を挟めなかった。









































「あ・・」


「?どうした。鑑識の米さんよ」


階段の什器を運ぼうとしていた米沢がおもむろに顔をあげたので、三浦は怪訝そうに米沢を見やった。



「今、さんのご乱心スイッチが入った感じがしましたね」



のほほんと呟きながら、休めていた手を動かす米沢に三浦は「はあ?」と顔を顰めるが
思い出したように先が見えない地下を力なく見つめた。


「そうだ・・伊丹と鑑識の姫さんは犬猿以上の仲だったな;」















「あ」


「?どうしました右京さん」


紅茶ポットに葉を落としている杉下が急に声を上げ、亀山は些か驚いたように仕切りの向こうから
首を伸ばした。ほんのすこし焦っているような表情を目にし、ほんの少し得した気分が
亀山の中に芽生える。


「肝心なことを忘れていました」

「肝心なこと?・・・って?」











さんと伊丹刑事は仲が悪いということです」



「・・・・・・・・・・・・・・ぁあ!;」